2013年12月8日日曜日

成人の知的好奇心の国際比較

 昨年に実施された,OECDの国際成人力調査(PIAAC)の結果が公表されています。学力調査の成人版であり,わが国の平均点がトップだったことが話題を読んでいます。曰く,「おとなの学力,世界1」。
http://www.nier.go.jp/04_kenkyu_annai/div03-shogai-piaac-pamph.html

 ところでこの調査では,学習に対する意欲や日々の学習行動についても尋ねており,私としてはこちらのほうに関心を持ちます。変動の激しい社会では,新しいことを積極的に吸収していく意欲・態度が求められるのは,言うまでもありますまい。

 こういう関心を持って調査票を眺めたところ,ズバリ該当する設問がありました。属性調査(Background Questionnaire)のI_Q04dにおいて,以下のセンテンスに自分はどれほど当てはまるかと問うています。

 I like learning new things (私は新しいことを学ぶのが好きだ)

 私は,本調査のローデータ(未加工データ)を使って,この設問への回答結果を国ごとに明らかにしました。最初に,わが国を含む主要国の回答分布をみていただきましょう。対象は,各国の16~65歳の国民です。(   )内の数字はサンプル数です。無回答・無効回答は集計から除外しています。

 なお,ローデータは下記サイトにてダウンロード可能です。SASとSPSSのファイルで提供されています。私は,エクセルのほうが使い勝手がいいので,SPSSでDLしたのをエクセル形式に変換しました。この作業に際しては,非常勤で教えに行っている武蔵大学の情報処理センターのパソコンを使わせていただきました。記して,感謝申します。
http://www.oecd.org/site/piaac/publicdataandanalysis.htm


 日本の成人の知的好奇心は,他国と比して高くないようです。「とてもよく当てはまる」と「よく当てはまる」を強調しましたが,欧米4国と日韓の間に断絶があります。両者の合算値は日韓では4割ほどですが,他の4国では6割を超え,米仏では8割にも達します。

 読解力や数学的思考力はトップですが,知的好奇心の面では芳しくないようですね。アメリカなんかはその逆。どっちがいいのやら・・・。

 知的好奇心と学力のマトリクス上に,調査対象となった各国を散りばめてみましょう。後者は,国際差が大きい数的思考力の平均点を用います。下図は,双方が分かる21か国の布置図です。点線は,平均水準を意味します。


 日本は,数学力はトップですが知的好奇心は下から2番目なので,左上に位置しています。対極には,先ほどみた米仏や南欧の国がありますね。

 今から10年,20年先のことなんて分からない。インターネットをも超えるテクノロジーが出現するかもしれない。こういう変動社会において,躍進する可能性を秘めているのはどちらか。現在のみならず「未来」の視点も据えるなら,日本の位置に対する評価も変わってくるでしょう。

 むろん,新しい知識というのは既存の知識の上に積み上げられるものであり,知的好奇心は,そうした土台を伴っていることが望まれます。上図の右上にあるのは,それが比較的具現されている社会です。ほう,いずれも北欧国ですね。スウェーデンとかは,生涯学習の先進国としてよく紹介されますが,さもありなんです。

 あと一つ,面白い図を紹介しましょう。「新しいことを知りたい」という知的好奇心は年齢によって異なりますが,年齢ごとの好奇心分布をスウェーデンと日本で比較したものです。ローデータを使うことで,こういう細かい統計を作成することも可能です。


 両国とも,若年層のほうが知的好奇心が高く,年齢を上がるにつれてそれは萎んでいきます。これは生理的な側面も含んでいますが。2つのグラフをみてどうでしょう。日本の20歳の好奇心は,スウェーデンの65歳とほぼ同じではありませんか。

 凝視すると,左右のグラフはつながっているようにも見えますよね。ある方がツイッター上で「スウェーデン人の死後の世界が日本人なんだ」とつぶやいておられました。言葉が穏やかでないですが,言い得て妙かなとも思います。

 加齢による知的好奇心の変化というのは,脳の構造変化のような生理要因にのみ由来するのではなく,社会現象としての側面も持っているのですなあ。

 「大人の学力,世界1」という目出度い結果が出ているのですが,それは,子ども期にかけて試験という外圧で刷り込まれたものなのかもしれません。しかるに,変動の激しい社会では,人生の初期に学校で学んだ知識は直ちに陳腐化してしまいます。こういう時代では,学校を離れた後も,新しいことを自分で吸収していく意欲・態度が重要となります。

 学校教育では,あらゆる学習の基盤となる基礎知識を教え込むと同時に,こうした「学ぶ意欲」を涵養することが求められますが,わが国の場合,後者が弱いのではないか,という懸念が持たれます。それどころか,長期の学校生活を経る過程において,それが摘み取られているという皮肉な事実があるかもしれません。学ぶ意欲の追跡調査なども実施されて然るべきではないでしょうか。

 私は,武蔵野大学で調査統計法という授業を担当していますが,どうせ使わない,すぐ忘れるような「教科書的」内容をねじ込むのではなく,統計を活用して世の中の問題を「斬る」意欲・態度を身につけてもらうことに主眼を置いています。

 授業評価の質問紙にて,「この授業の内容をもっと自分で深めてみたいという気になったか」という設問がありますが,私が一番注目するのはココです。Yesという回答比率が少しでも高くなるよう,日々奮闘しているつもりです。