2016年7月22日金曜日

就業時間の国際比較

 オーソドックスな主題ですが,このブログではまだ扱っていませんでした。各国の労働力統計(ハード・データ)による比較は山ほどありますが,ここでは,ISSPの国際意識調査(ソフト・データ)による比較をしてみようと思います。

 労働力統計では,性別や年齢といった基本属性を統制するのが困難で,かつ,平均値しか知れないという難点があります。上記のISSPのローデータを使えば,これらを克服することが可能です。

 私は,ISSPの「家族と性役割の革新に関する意識調査」(2012年)のローデータをもとに,25~54歳の男性の週間就業時間を,国ごとに明らかにしました。老弱男女をひっくるめるのではなく,生産年齢の男性に限定します。
http://www.issp.org/page.php?pageId=4

 この調査では,各国の対象者(就業者)に対し,週間の就業時間を問うています。「How many hours, on average, do you usually work for pay in a normal week, including overtime?」というセンテンスです。

 25~54歳の男性就業者の回答分布を,主要国について図示すると,以下のようになります。無回答を除いた,有効回答の分布です。日本のNは225人となっています。他国も,3桁のサンプルサイズはあります。ドイツは対象が東西で分かれていますが,ここでは西ドイツのデータを観察しています。


 カテゴリーをラフに区分した粗い分布ですが,社会による違いが明瞭ですね。1日8時間(週40時間)という労基法の規定など「どこ吹く風」,日本では,半分以上が週50時間以上働いており,4人に1人が週60時間(1日12時間)以上です。お隣の韓国は,もっと酷い。

 ヨーロッパ諸国は,このアジア2国に比して,就業時間が短くなっています。フランスは,4割が週40時間未満です。北欧のスウェーデンは,40時間台が大半で,極端な長時間(短時間)労働は少なくなっています。仕事に費やす時間は,おおむね均質なようです。

 ラフな分布をみたところで,傾向を端的にまとめた平均値を出してみましょう。日本の有効回答者(225人)の平均値は,週48.9時間となっています。週5日勤務とすると,1日あたり9.8時間。

 韓国は50.3時間,アメリカは45.9時間,イギリスは43.3時間,西ドイツは43.4時間,フランスは42.6時間,スウェーデンは42.5時間です。違うものですね。アジア2国と欧米諸国の段差が大きくなっています。

 主要国のデータはこうですが,他国は如何。上記調査の対象の38国について,週間の平均就業時間を計算し,高い順に並べたランキングにしてみました。


 上位5位は,アジア4国とメキシコで占められています。「働け,働け」の文化を見て取れますね。

 アメリカは中位,ヨーロッパ諸国は下位に位置しています。最下位はベネズエラの36.6時間ですが,国家経済が破たんしていることの影響かもしれません。

 「働けば,働くほど豊かになる」。これは,高度経済成長期的な価値観ですが,上記の週間就業時間は,各国の富の産出量とどういう相関関係にあるのでしょう。総務省の『世界の統計2016』という資料に,国民一人あたりの名目GDP額(ドル)が掲載されています。これとの相関図を描くと,下図のようになります。上記の38か国のうち,この指標が分かる31か国のデータです。ドイツの週間就業時間は,西ドイツのものを使いました。
http://www.stat.go.jp/data/sekai/index.htm


  右上がりになるかと思いきや,現実はその反対です。傾向としては,労働時間が長い国ほど,一人当たりのGDP額は少なくなっています。

 右下の社会は第一次産業が多いなど,産業構造の違いを考慮しないといけませんが,それが似通った先進国のデータだけでみても,右下がりの傾向は看守されます。長く働けばいいってもんじゃないようです。

 あくせく働いてモノを作る「大量生産」の時代は終わり,斬新なアイディアがモノをいう時代になっています。労働集約型から知識集約型にシフトしているわけです。

 単純作業はAIがやってくれるし,その範囲はどんどん拡大してきています。それでは賄いきれない「知」の領域において,人間の本分を発揮することが求められます。そのパフォーマンスの良し悪しは,ただ何時間働いたかという,就業時間の数値で測れるものではありません。働く時間と富の生産量の間に,プラスの相関が観察されないのは,こういう事情によります。

 日本は,労働時間は長いが,一人当たりのGDP額はさほど高くありません。上記のような時代の潮流についていけてないのではないか。次期学習指導要領において,「知」の探求やアイディアの出し方を学ぶ「アクティブ・ラーニング」が重視される所以かもしれません。

 上記の散布図は21世紀になった今日のものですが,半世紀前の1960年代のデータで同じ図を作ったら,おそらく右上がりになることでしょう。時代の変化をこれほど明瞭に示してくれるデータというのは,あまりないのではないかと思います。