2017年9月22日金曜日

年収格差の変化

 昨日の「日経DUAL」に,男性の学歴別の生涯賃金を試算した記事が載りました。
http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=11204

 15~59歳までの現役時の賃金総額が,中卒でナンボ,高卒でナンボ,大卒でナンボ,というデータです。予想通り,大きな学歴差が出ています。学歴社会ニッポンの可視化です。興味ある方は,どうぞご覧ください。

 私はこの記事の最後で,「今の子どもたちが働き始める頃はどうなっているか。大学進学率がますます高まり,『大学を出ていなければ人にあらず』の時代になっているか,それとも,雇われ労働の減少により,学歴など関係ない実力主義の時代になっているか。後者の可能性も否定できない」と述べました。今後の趨勢予測です。

 これはフィーリングですが,過去数十年の変化(トレンド)をもとに,もう少し説得力のある展望をしたいなと思いました。私は今41歳でバリバリの働き盛りですが,キリのいい40歳時点の年収の学歴差が,過去からどう変わってきたか。

 厚労省の『賃金構造基本統計』に,標準労働者の所定内月収と年間賞与額が細かい1歳刻みで出ています。標準労働者とは,学卒後すぐに就職し,現在までずっと同じ会社で勤めている者です。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou.html

 年収は,月収の12倍に年間賞与額(ボーナス)を足して推し量りましょう。2016年の資料によると,大卒の40歳男性の所定内月収は42.99万円(a),年間賞与額は192.66万円(b)と出ています。よって年収は,12a+b=708.5万円となる次第です。

 私と同世代の大卒男性の平均年収ですが,結構稼いでいるのですねえ。言わずもがな,私などはこれに遠く及びません。

 この値が過去からどう変化してきたか。他の学歴群との差はどうか。1980(昭和55)年からの推移をラフなピンポイントで辿ってみました。


 上段は年収の見積もり実額(万円)で,下段は高卒を1.0とした場合の指数です。学歴差は,この指数で見て取ることができます。

 上段をみると,どの群も2000年までは年収が上がっていますが,2016年には下がっています。今世紀以降のお寒い状況が表れていますねえ。中卒は,478万円から350万円と,128万円も減っています。

 大卒が高卒の何倍かをみると(下段),1990年で1.24倍とボトムになり,その後は上昇と一途で,2016年には1.3倍となっています。中卒は高卒の6割ちょい,大卒の半分以下です。

 うーん,年収の学歴差はちょっとずつ広がってきているようです。企業が,労働者の採用・処遇・昇進を決める際,関便なシグナルとして学歴を使うのはよく知られていますが,昨今の人手不足の影響により,それが顕著になっているのでしょうか。

 あるいは,私が昨日の日経DUAL記事に書いたように,大学進学率の高まりにより,高卒と大卒の段差がますます大きくなっていくのか…。

 次に,企業規模の差をみてみましょう。年収を規定する条件として学歴が大きいのは分かっていますが,勤めている会社の規模,大企業か中小企業かも侮れません。大卒の40歳男性というように,学歴・年齢・性別を統制して,年収の企業規模差を出してみました。

 小企業は従業員10~99人,中企業は100~999人,大企業は1000人以上の企業を指します。


 同じ条件の男性でも,勤務先の企業規模によって年収は違いますね。どの群も今世紀になって年収が減っていますが,減り具合は小企業ほど大きくなっています。大企業は25万円ほどの減ですが,小企業は93万円のダウンです。

 平成不況,グローバル化・国際化の荒波を被っているのは,零細企業のようです。生産の下請け競争は今や世界規模になっていますが,その影響もあるでしょう。下段の指数で分かるように,同じ大卒の働き盛りの男性でも,年収の企業規模差は拡大の傾向にあります。

 実力主義の時代が到来しているという声も聞きますが,学歴や企業規模といった条件が収入を規定する度合いが増してきています。

 もう一点,ジェンダーの差も押さえておきましょう。女性にすれば,男性との差がどうなっているか,興味がおありでしょう。40歳女性の年収推移を,学歴別に出してみました。下段は,男性の年収(最初の表参照)を1.0とした場合どうなるかという,ジェンダー差の指標です。


 女性も男性と同じく,2000年から2016年にかけて年収が下がっています。大卒をみると,714万円から552万円と,162万円のダウンです。最初の表でみた男性の下落幅(761万円→709万円)よりもずっと大きくなっています。

 その結果,男性との年収格差も開いています。大卒でいうと,2000年では,男性=1.0とした場合の指数は0.94とかなり接近していたのですが,2016年は0.78とかなり下がってしまいました。年収の性差は,学歴が低い群ほど顕著なようです。育児や介護により,中年の女性がバリバリ働くのが難しくなっているのか。

 以上,年収の学歴差,企業規模差,ジェンダー差のトレンドを大雑把に見てきました。残念なことですが,今世紀以降になって,外的な属性による差が拡大していることが知られます。これが続けば,近代社会が否定したはずの(悪しき)属性主義が蘇ることにもなるでしょう。

 そもそも,外的な属性によって収入に傾斜がつくのは,企業の側が能力査定において無精をしているからです。面倒だから,学歴のような分かりやすいシグナルを使おうと。採用活動の「学歴フィルター」などはその典型。

 人手不足の時代の趨勢かもしれませんが,AIなどの活用により,人物査定がもっと精緻に行われるようになれば,状況は変わるかもしれません。

 ここでみたのは,会社に雇われている雇用労働者のデータです。上からの査定を受ける必要のない自営業では,学歴主義の度合いは相対的に小さいでしょう。

 下のグラフは,40代前半の男性の年収の学歴差を,正規職員と自営業で比べたものです。『就業構造基本調査』(2012年)の年収分布をもとに,階級値の仮定を設けて独自に計算しました。


 組織に雇われている正社員では明瞭な学歴差ですが,自営業ではそれが比較的緩くなっています。

 インターネットの普及により,個人が下請けを請け負う「クラウドワーク」が台頭しているといいます。クライアントにすれば仕事の出来栄えが全てで,当人の学歴など関係ありません。

 私が日経DUAL記事で,「雇われ労働の減少により,学歴など関係ない実力主義の時代になっている可能性もある」と書いたのは,こういう状況変化の兆しを見越してのことです。私自身,今はこういう道に足を踏み入れているのですが。