2019年6月11日火曜日

月収のデータを知らぬ広告

 阪急電鉄の車内広告が炎上しています。以下のような文章が書いてあります。
https://mainichi.jp/articles/20190610/k00/00m/040/238000c

 毎月50万円もらって毎日生き甲斐のない生活を送るか,30万円だけど仕事に行くのが楽しみで仕方がないという生活と,どっちがいいか?

 月収は50万円がスタンダードで,30万円は低い部類だ,と言っているかのようです。SNSでは「世間の感覚とズレている」「30万のどころか,その半分しかもらえていない」といった声が上がっています。私も,そう言いたいです。

 上記のフレーズには,50万と30万という数字が出てきますが,今の労働者の月収をこのラインで区切った分布をご覧に入れましょう。10人以上の民間企業に勤める一般労働者の月収分布で,2018年6月のものです。同年の厚労省『賃金構造基本統計』によります。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou.html

 一般労働者とは,パート等の短時間労働者を除く労働者です。フルタイム就業者とほぼ同義とみていいでしょう。


 どうでしょう。阪急の広告で暗に「低い」と言及されている30万のラインですが,この線を超える労働者は多くありません。40~50代の中高年でやっと半分を超える程度です。ましてや,50万を越える人などマイノリティーです。

 問題の広告は,水色のゾーンの人たちの反感を買ったのではないかと推測します(私もその一人です)。広告の作成者は,月収30万にいかない人なんてそういないだろう,と読んだのでしょうが,さにあらず。これが今の日本の現実です。

 しかしまあ,広告を作る過程で「おかしい」と異論が出なかったのでしょうか。大手の広告代理店に作成を委託したと思われますが,そういう所に勤めている人は,収入の感覚が世間一般とズレているのかもしれません。

 1000人以上の大企業に勤務する,大学・大学院卒の男性労働者に絞って同じ図を作ると,以下のようになります。


 先ほどの労働者全体の図と,模様が大きく異なります。この集団だと,月収50万がスタンダードで30万は低い,と言えなくもないです。広告を作ったのは,もしかするとこういう人たちだったのかもしれないですね。

 悲しいかな,全労働者の数パーセントしかいないであろう,勝ち組?集団によって作られた広告は,世間様の反感を買い,車中から撤去される運びとなりました。ぎゅうぎゅうの通勤電車の中,こんな広告が目に入ったらストレスも倍増するというものです。

 阪急電鉄は反省の意を示し,今後はチェックを強化すると述べています。結構なことですが,社内ではなく,外部人材のチェックを経るべきでしょうね。私がモニターだったら,間違いなく上記のようなデータを示してダメ出しをするところです。

 ネットメディアの隆盛によりフェイクニュースが増える中,ファクトチェックや質の担保をどうするか,という問題が出てきています。手間がかかるのはもちろん,それなりの専門知も必要で,誰にでもできる仕事ではありません。

 そこで,無職博士のチカラを借りるのはどうでしょう。4月15日の文春オンラインの記事にて,「ガードマンや店員として働いている人文系の博士に2万円を払い,ザっとチェックしてもらうだけで,メディアの質は大幅に高まる」と言われています。その通りかと思います。
https://twitter.com/tmaita77/status/1117639837568233472

 情報化社会では,各種の媒体を通して,いろいろな創作物が飛び交いますが,フェイクの排除,不正(盗用など)の摘発,クオリティの担保に際して,浪費されている知的人材のパワーを使わない手はありますまい。実は私も,ある会社と長いことお付き合いし,この手の仕事をさせていただいています。定収入が得られ,助かる限りです。

 阪急の広告騒動を機に,知的人材の活用の在り方も考えてみてはどうでしょう。