2019年7月25日木曜日

時間給の分布

 昨日のニューズウィーク日本版サイトにて,「非正規女性の半分がワーキングプア,令和日本の悲惨な実態」という記事が出ています。私が書いた記事です。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/07/post-12610.php

 問題関心の発端は,「1日8時間労働で普通の暮らしができる社会へ」という選挙ポスターを目にしたことです。今の日本はそれとは隔たっているのではないか。労働時間と所得のクロス表をグラフにすると,現実は想像以上に酷いものでした。非正規女性にあっては,週40時間,60時間働こうが,半分以上が所得200万未満です。編集者氏がこの点に注目し,上記のタイトルをつけてくださいました。

 しかし,週60時間働いて所得が200万未満って,時間給にするとどういうことになるでしょうか。1か月の労働時間は240時間,これが11か月とすると,年間労働時間は2640時間。所得200万の場合,時間給は200万/2640時間=758円ですか。今時の最低賃金を割ってますね。

 目を凝らせば,もっと低い,明らかに違法な時給水準で働いている労働者もいるでしょう。私は,労働者の時間給の分布を出してみたくなりました。時間給は労働統計の基本事項ですが,当局の公表統計では平均値や中央値が出されるだけです。分布を出せば,違法な賃金で働いている労働者が何%か,という情報が分かります。

 2017年の『就業構造基本調査』では,就業者を「年間就業時間×週間就業時間×年間所得」のクロスで仕分けている表があります。全国編の「男女,所得(主な仕事からの年間収入・収益),年間就業日数・就業の規則性・週間就業時間,従業上の地位・雇用形態別人口(有業者)」(03001)という表です。

 年間200日以上の規則的就業をしている雇用労働者を取り出しましょう。年間就業日数,週間就業時間,年間所得のカテゴリーは以下のようになっています。右欄の数値は,各階級の真ん中の値(階級値)です。


 計算には階級値を使います。週の就業時間を5日で割って,1日の就業時間を出します。週43~45時間の場合,44時間/5日=8.8時間となります。「年間250~299日,週43~45時間就業,所得400万円台」という,フツーの労働者の場合,時間給は以下のようになります。

 450万円/(8.8時間×275日)=1860円

 うん,ごく普通ですね。正社員もパートもひっくるめた数値ですので,違和感はないです。このやり方で,「年間就業時間×週間就業時間×年間所得」のクロス表の各セルに該当する労働者の時間給を出しました。その一部をお見せします(所得は4カテゴリーのみ)。


 4ケタの時給が多いですね。先ほど述べたように,「年250~299日,週43~45時間労働,所得400万円台」のセルだと,時間給の試算値は1860円となります。

 無慈悲な3桁もあります。黄色マークは500円を下回る,明らかに違法なレベルです。年300日以上,週60時間(1日12時間)働いて所得が100万円台後半だと,時給は434円となります(赤字)。非正規には,こういう人は結構いると思われます。

 それぞれのセルに該当する就業者の数を使うことで,時間給の分布を出すことができます。時給500円未満は,黄色のセルの人たちです(他の所得階層もあるので,実際はもっと多い)。

 私は,3重クロス表(年間就業時間×週間就業時間×年間所得)の各セルの就業者を,16の時間給階級に割り振りました。仕分けの対象となったのは,4314万人の雇用労働者です。その結果をご覧いただきましょう。


 3000円までは250円刻み,3000円より先は500円刻みの階級にしました。最も多いのは,1000円以上1250円未満で,全体の13.9%がこの階級に含まれます。このレベルを最低賃金にしろという運動が高まっていますが,的を射ているようです。

 ただ,1000円を下回る労働者が23.3%(4人に1人)おり,750円を割るのは11.0%です。これは,全県の最低賃金を割る違法な水準です。その数,473万人。

 さらに酷いのは時給500円にも届かない労働者で,その数は111万人,全雇用労働者の2.6%に該当します。どういう人かは,上記の時給換算表の黄色マークをみると分かります。1日12時間,年300日以上働いて,所得が200万円にも達しないような人たちです。ブラック・ワーキングプアといっていいでしょう。

 まあ,全体の76.7%が時給1000円以上で,34.8%が時給2000円以上,そこそこ貰っている人が多いじゃん,という印象を受けるかもしれません。ですがこれは,男性・女性,正規・非正規をひっくるめた,雇用労働者全体の分布です。賃金のジェンダー差,雇用形態差があるのは誰もが知っていること。

 男女別,正規・非正規別に分けた4群の分布もみていただきましょう。上段は人数で,下段は%値です。


 グループによって分布の型が違っています。1000円未満の率は,男性正規が11.6%,男性非正規が37.3%,女性正規が20.4%,女性非正規が53.4%となっています。女性非正規では,時給1000円未満が半分を越えます。

 女性非正規では,時給が低い人が多し,750円未満の違法レベルが29.2%,500円未満のブラック・ワーキングプアが5.8%です。なるほど,昨日のNW記事でみたように,週40時間,60時間働いても,所得が200万円に満たない人が半数を超えるわけです。

 夫がいる女性が多いでしょうが,これで独り身,さらには子を養っている人もいます。未婚の中高年女性やシングルマザーです。どれほど働いても貧困から抜け出せない。蟻地獄です。これらの人たちの悲惨な生活実態は,よく報じられるところ。最低賃金の遵守を徹底することが,強く求められます。

 その額は,地方では時給760円ほどなのですが,このレベルの賃金で,「1日8時間労働で普通の暮らしができる」か。1日8時間労働を年に300日(結構キツイ)やったとすると,年収は760円×8時間×300日=182万円で,200万円に届きません。時給1000円だと240万円です。前者は論外ですが,後者にしても,普通の暮らしができるレベルかは意見が分かれそうです。

 随所で言われているように,望まれるのは,時給1500円の実現でしょうか。それができないなら,BI(ベーシックインカム)で補填という手も考えられます。

 ですが,今の日本の現実は上記の通りです。違法な時給水準で働いている人が少なくなく,とりわけ非正規女性では惨憺たる状況になっています。上表の上段をみると,非正規女性の数は756万人で,決して少数派にあらず。

 参院選が終わりました。民意を託された議員さんは,最低賃金の遵守(引き上げ)やBI等も視野に入れ,普通の労働で普通の暮らしが得られる社会の実現に努めてほしいと願います。