2020年3月30日月曜日

失業の重みの国際比較

 コロナウィルス感染防止のため,週末の外出自粛が呼びかけられています。それを通し越して,不要不急の労働を禁止した国も出てきました。南欧のスペインです。

 「不要不急の労働」という言い回しは,われわれ日本人にすれば違和感がありますが,働くことをそれほど重視していないお国柄の表れでしょうか。スペインの失業率はメチャ高で2ケタはデフォルト,それでも国民は,明るい太陽を浴びながら談笑したり,寝転んだりしています。

 しかし日本はそうではありません。失業のダメージは大きく,「失業=人生終了」という向きさえあります。職を失っても命まで取られることはありませんが,自分自身で命を断つ,そう自殺してしまうのです。

 データでみても,失業と自殺は非常に強く相関しています。男性はとくにそうで,失業率と自殺率の時系列カーブを描くと,それがよく分かります。失業率とは,働く意欲のある労働力人口(15歳以上)のうち,職探しをしている完全失業者が何%かです。自殺率は,人口10万人あたりの自殺者数をいいます。前者は『労働力調査』,後者は『人口動態統計』に計算済の数値が出ています。


 戦後のおよそ70年間の経験データです。どうでしょう,気味が悪いくらいシンクロしています。90年代半ばの経済悪化期に激増し,最近の好況期では減っているのもそっくりです。

 1953~2018年の66年間のデータで相関係数を出すと,+0.8821にもなります。非常に強い相関で,失業率が分かれば自殺率をほぼ正確に言い当てられるレベルです。66年間のデータから,失業率(X)と自殺率(Y)の関係式を打ち立てると,以下のようになります。話を簡単にするため,一次式でいきましょう。

 Y=4.1843X+14.152

 Xの係数から,失業率が1%上がると自殺率が4.2上がることが知られます。人口10万人あたりの自殺者が4.2増えると。男性人口を6000万人とすると,失業率1%アップで自殺者が2520人増える計算です。2%アップで5000人,4%アップで1万人の自殺者が出る…。冷や汗が出ますが,コロナにより各地で雇い止めが起きていることを思うと,失業率2%,4%アップはあり得ない事態ではない気がします。

 失業1%の重み。われわれは「そうだろう」と感じますが,異国の人,とくに労働禁止令を出したスペインの人からすれば「?」でしょうね。

 欧州の日系企業で駐在員をしている方がツイッターで曰く,「スペインのお客さんに真顔で,どうして仕事が原因で自殺することがあるんだ?って言われたことがある」そうです。失業率が1%上がっただけで,自殺者が2500人も出るなんて,絶対に信じられないでしょう。

 上記のグラフは日本の男性のものですが,他国でも,こんな不気味な模様が出来上がるのでしょうか。私は国際統計にあたって,男性の失業率の自殺率の推移を明らかにしてみました。失業率は「ILO STAT」,自殺率はWHOの「Mortality Database」によります。

 1991~2015年の四半世紀の推移をとれました。日本とスペインのデータを並べると,以下のようになります。


 日本の失業率はマックスでも5%ほどですが,スペインは高いですねえ。上述のように2ケタがデフォルトで,最近では2割を超えています。働く意欲のある男性の5~4人の1人が失業状態であると。

 しかし自殺率のほうは,日本のほうがずっと高くなっています。観察期間中の自殺率の変動幅は,日本は20.6~38.0,スペインは10.7~13.1です。スペインの自殺率はほとんど変動なしですね。失業率は,スペインのほうが大きく揺れ動いているというのに。

 これだけでも,スペインでは失業率の変化が自殺率にほとんど影響しないことを見て取れますが,グラフでかっしりと可視化してみましょう。横軸に失業率,縦軸に自殺率をとった座標上に,両国の25年間のドットを配置すると,以下のようになります。失業と自殺の相関の日西比較です。


 は日本,はスペインのドットですが,傾向が全く違っています。

 日本は失業率が増えると自殺率も増える「正の相関」で,相関係数は+0.886にもなります。しかしスペインは無相関です。失業率が大きく揺れ動いていますが,自殺率はほぼ変化なし。失業が自殺に影響しない社会といえます。

 予想はしてましたが,ここまでハッキリ出るとは驚きです。失業のダメージがまるで違う。日本では外出自粛がせいぜいですが,スペインは労働禁止まで軽々と踏み込んでいけます。

 他の目ぼしい国についても,同じ期間のデータで,男性の失業率と自殺率の相関関係を出してみました。以下に,算出された相関係数を掲げます。いつも取り上げる7国とスペインに,世界最大の感染者が出ているイタリアも加えました。

 日本 ・・・ +0.886
 韓国 ・・・ +0.145
 アメリカ ・・・ +0.542
 イギリス ・・・ +0.611
 ドイツ ・・・ -0.238
 フランス ・・・ +0.134
 スウェーデン ・・・ +0.087
 スペイン ・・・ -0.017
 イタリア ・・・ +0.412

 失業の重みの国際比較です。予想通り,失業が最も重くのしかかるのは日本のようです。米英とイタリアも比較的高いですが,それ以外の国はほぼ無相関といってよし。

 失業したら厳しい状況に置かれる。収入が途絶えるだけでなく,周囲からも蔑視を向けられ,親戚や友人とも顔を合わせづらくなり,どんどん孤立していく…。日本では,失業は経済的にも社会的にも大きな痛手となります。

 「働かざる者食うべからず」の国で,失業者の惨めな状態を見ては,「自分はこうはなるまい」と,皆があくせく労働をしています。失業者は,スケープゴートみたいな存在です。

 しかし,そういう人が多数になってくると,話は変わってくるでしょう。みんな仲良く仕事をなくす(しない),働かない選択肢もあり。コロナという黒船の襲来により,こういう社会への変身を迫られているのが今の日本です。スペインは既にそうなっていますが。

 堀江さんの『時間革命』に書いてあった気がしますが,今の日本では,なくてもいいような仕事をしている人が結構いるんですよね。「必要かどうかも分からない,むしろ世の中の害になるようなこんな仕事,辞めてしまいたい」。こう思いつつも,失業者というレッテル貼りを恐れて続けてしまう。

 これから人口の高齢化が進み,AIも台頭してきます。長らく続いてきた価値観を払拭し,失職しても生きられる社会を目指すべきです。目下,日本はそれとは最も程遠い社会であることは,失業と自殺の相関係数(+0.8!)という数値ではっきり可視化されています。言葉を変えると,感染症に最も弱い社会です。

 「不要不急の労働を禁じる」。こういう言葉が,首脳者の口から出る国になりますように。