「生涯学習」という言葉をご存じでしょうか。英語でいうと"life-long learning",字義通り,生涯にわたって学習する,という意味です。教育を受けることや学習をすることは,人生の初期(子ども期)で完結するのではなく,人は生涯にわたって学び続ける存在である,という考えが根底にあります。
以前は「生涯教育」といっていましたが,それだと,人間を生涯にわたって管理するというような,上からの押し付けという感が強いので,現在では「生涯学習」といわれるようになっています。「学習」という言葉が使われることで,人間の主体的・能動的な側面が強調されています。
現在のような変動の激しい社会では,子ども期に学校で学んだ知識や技術は直ちに陳腐化してしまいます。社会の変化に適応していく(追いついていく)ためにも,現代人は,生涯にわたって絶えず学習をする必要に迫られている,といえましょう。これは社会的な要因ですが,個人の側にしても,余暇時間が増えるなか,学習や創作活動などを行うことにより,自己実現を図りたい,という欲求が高まっているものと思います。
このような背景から,人々の生涯学習を支援・推進すべく,さまざまな施策が打ち出されています。臨時教育審議会が,21世紀の教育改革の目玉ポイントの一つとして,「生涯学習体系への移行」の方針を明言したのは,1987年のことです。その後,1990年に生涯学習振興法が制定され,生涯学習推進のための都道府県の施策等について規定されました。最近では,2008年2月の中央教育審議会答申にて,「学習成果の評価の社会的通用性の向上」など,国民の生涯学習を支援するためのより具体的な方策が提言されています。
こうした状況のなか,生涯にわたって学習活動に励む人間の数も増加していることでしょう。大学や大学院への社会人入学者なども,以前よりかなり増えているものと思います。しかるに,注意すべきことは,生涯学習への参加は,各人の自発的意志にもっぱら委ねられていることです。放置するならば,生涯学習に参加する人間の社会的属性が著しく偏る恐れがあります。具体的にいうと,富裕層や高学歴層への偏りです。
生涯学習というのは,人々が「自発的な意志」に基づいて,生涯にわたって学ぶことなのであるから,このようなことは問題にすべきではない,といわれるかも知れません。しかるに,生涯学習政策は,子ども期に何らかの事情で教育機会に恵まれなかった人々対し,「学び直し」の機会を与えるという,社会的公正の機能を果たすことが期待されています。このような見方からすると,生涯学習への参加者の属性が(富める者)に偏るというのは,望ましいことではないでしょう。生涯学習によって,教育格差が是正されるのではなく,拡大再生産されていることになるからです。
はて,実態はどうなのでしょう。総務省の『国勢調査』は,人口の労働力状態について調べています。最新の2005年調査によると,30歳以上の成人のうち,「通学のかたわら仕事」あるいは「通学」というカテゴリーに含まれるのはおよそ14万人です。30歳以上の成人人口(8,757万人)に対する比率は,1万人あたり16.0人となります。成人1万人につき16人が,大学などの組織的な教育機関で学んでいることになります。%(100人あたり)にすると,0.16%です。
私は,この比率(以下,通学人口率)が地域によってどう違うかを明らかにしました。私が調べたのは,東京都内49市区の,成人(30歳以上)の通学人口率です。統計の出所は,上記と同様,2005年の『国勢調査報告』です。49市区全体の通学人口率は,1万人あたり29.1人でした。先ほどみた全国値(16.0)よりもかなり高くなっています。ですが,49市区別にみると,成人の通学人口率はかなり違います。下図は,率の高低に依拠して,各地域を塗り分けたものです。
49市区中の最大値は文京区の74.0人,最小値は昭島市の16.3人です。通学している成人の比率に,4倍以上の差があります。通学人口がベースの人口1万人あたり45人を超えるのは,豊島区,文京区,そして国立市です。人口1万人あたり20人に満たないのは,足立区,青梅市,昭島市,福生市,東大和市,武蔵村山市,あきる野市,です。
むーん。通学人口率が高いのは,どうも,住民の学歴構成が高い地域であるような気がします。仮にそうであるならば,上述したような,生涯学習への参加者(life-long learner)の属性の偏りが,地域単位の統計から実証されることになります。
長くなりましたので,この辺りで止めにしましょう。次回は,各市区の成人の通学人口率が,高学歴住民率とどう相関しているかを明らかにしようと存じます。