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2011年7月22日金曜日

配偶関係別の自殺率

 E・デュルケムの『自殺論』は,社会学の古典中の古典です。自殺の社会学的研究の先駆であるのはもちろん,社会学的研究の方法論をも教えてくれる名著でもあります。この人物が提起した,「社会をモノのように扱う(traiter la société comme les chose)」という研究方法が,まさに実践されています。

 デュルケムは,19世紀のヨーロッパ各国の自殺率や,さまざまな社会集団の自殺率を明らかにし,社会の統合が弱まるほど,人々は自殺に傾きやすくなることを発見し,「自己本位的自殺」という自殺類型を検出しました。たとえば,配偶関係別に自殺率を出すと,既婚者(有配偶者)よりも未婚者ややもめのほうが圧倒的に高いのだそうです。彼はこうも言います。「人間は,しっかりとした集団に属することなしに,自分自身を目的にして生きることはできない」と。

 『自殺論』が刊行されてからおよそ1世紀が過ぎましたが,現在でも,デュルケムの言葉は妥当性を持っているのでしょうか。6月19日の記事では,若者の職業別自殺率を計算したのですが,職業集団に属していない人間の自殺率が飛びぬけて高いことを知りました。今回は,職業集団よりももっと基本的な集団である,家族集団の有無によって,自殺率がどう異なるのかをみてみようと思います。

 自殺予防対策センターの統計資料から,自殺者数の推移を配偶関係別に知ることができます。わが国で自殺者数が増えたのは,1990年代半ば以降です。この期間における自殺者(15歳以上)の動向を,配偶関係別にみてみましょう。下図は,下記サイトの第5表の統計から作成したものです。
http://ikiru.ncnp.go.jp/ikiru-hp/genjo/toukei/index2.html


 1995年の自殺者数を100とした指数で推移をとっています。図をみると,離別者の伸びの大きさが一目瞭然です。男性でいうと,2003年の離別者の指数は247です。つまり,1995年の数字の2.47倍です。2007年の指数は223となっています。女性でみると,2007年の離別者の指数は215で,この期間中最高です。次に伸びが大きいのは未婚者で,男女とも,2007年の自殺者数は1995年の1.5倍を超えています。

 では,母集団に対する自殺者の出現率という点からするとどうでしょうか。ベースとなる配偶関係別の人口を知ることができるのは,『国勢調査』が行われた年に限られます。私は,1995年と2005年について,配偶関係別の人口と自殺者数を用意し,各グループの自殺率を計算しました。下表をみてください。15歳以上の男性の統計です。


 1995年でいうと,離別人口112万8千人のうち,自殺者数は1,496人です。よって,自殺率は10万人あたり132.6人となります。他のグループに比して,飛びぬけて高い水準です。有配偶者の自殺率のおよそ6倍です。自殺率は,有配偶者<未婚者<死別者<離別者,となっています。

 それから10年を経た2005年でも,同じ構造が引き継がれています。離別者の自殺率は10万人あたり200人に迫る勢いです。他のグループの自殺率の上昇していますが,離別者の自殺率の高さが際立っています。離別者は,15歳以上人口の3.3%しか占めませんが,離婚という形で家族集団をはく奪された,この極少の層において,自殺への社会的潮流(courants sociaux)が渦巻いているように思えます。

 職業集団や家族集団に属していない人間ほど,自殺率が高い傾向は,現代の日本でも認められます。デュルケムのいう「自己本位的自殺」は,時代や社会を超えた普遍性を持っているようです。

 デュルケムは,社会の近代化が進むにつれ,昔ながらの因習やしがらみを嫌う,私事化の傾向が人々の間で強まるのは,必然のことと認めています。近代社会では,宗教集団や家族集団は,人々をつなぎとめる集団にはなり得ない,と主張します。彼が推奨するのは,同業者集団を振興することです。

 わが国でいうと,イエやムラに代わる近代的な集団として,どういうものが考えられるでしょうか。震災や天変地異に誰もが恐れを抱いている状況です。地域単位の防災集団というのはどうでしょうか。老若男女が,ある種の必要性を強く感じながら結成することのできる集団です。

 これは単なる思いつきですが,家庭や職場に変わる,もしくはそれらを補う,新たな(第3の)集団の創出が求められていることは,確かであると思います。宗教や因習に訴えることなく,人々の合理的な精神を吸い寄せることのできる集団とはどういうものか。たやすく答えを出せない根本問題であると同時に,一刻の猶予も許さない緊要の問題でもあります。