いつも本ブログをご覧いただき,ありがとうございます。2010年12月半ばに開設してから1年7か月過ぎましたが,おかげさまで,PV(ページビュー)数は順調に伸びております。今後とも,よろしくお願い申し上げます。
さて,本ブログで閲覧頻度が比較的高いのは,教員の離職率に関する記事です。現在は,教職受難の時代といわれます。精神疾患を患う教員,過労の果てに命を落としてしまう教員など,悲惨な事例が数多く報告されています(最近のものとしては,朝日新聞教育チーム『いま,先生は』岩波書店,2011年)。
http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN978-4-00-022187-0
しかるに,問題の打開策を考えるには,そうした事例的・個別的アプローチの集積と並行して,計量的・俯瞰的なアプローチも必要であると考えます。私は,後者の要請に応えるべく,教員の危機や困難の量を計測する指標(measure)として,離職率というものを思いつきました。
離職率とは,何の変哲もないオーソドックスな指標ですが,文科省の白書等では紹介されていないようです。「教員&離職」という語でググると,本ブログが一番上に出てきます。「これは,いい加減な情報は流せないな」と,気が引き締まる思いです。
そこで,これまで書いた離職率の記事(昨年の5月7日の記事など)を読み直してみたのですが,過ちがあることに気づきました。分子に,定年や転職のようなメジャーな理由とは違った,統計上「その他」という理由カテゴリーに含まれる離職教員数を充てていることです。
まあ,理由が定かでない離職者ですから,各種の不適応で職を辞した教員が多くを占めることでしょう。しかるに,この中には,任期満了による離職者も含まれます。文科省の統計で集計されているのは本務教員の離職者数だから,有期雇用の教員は関係ないだろうと思っていたのですが,産休代替講師のような常勤的な勤務形態の者は,統計上は本務教員として扱われていることを知りました。
したがって,「その他」という理由カテゴリーの離職者を分子に据えると,事態を見誤る恐れが出てきます。そこで,「病気」という理由による離職者数を分子に充てて,離職率を計算し直すことにしました。数的にはかなり少なくなりますが,教員の危機や困難の量を測る指標として,より精緻なものになるでしょう。
では,教員の中で多くを占める公立小学校教員に対象をしぼって,この意味での離職率を出してみようと思います。
2010年度の文科省『学校教員統計』によると,調査の前年の2009年度間に,「病気」という理由で離職した公立小学校教員は609人です。ほう。1日に1~2人が,心身を病んで教壇を去っているのですね。次に分母ですが,同年の5月1日時点の公立小学校本務教員数は,413,321人です(文科省『学校基本調査』2009年度)。
よって,2009年度の公立小学校教員の病気離職率は,前者を後者で除して,1万人あたり14.7人と算出されます。はて,多いのか,それとも少ないのか。この数字の性格を吟味するため,時系列推移をたどってみましょう。分子の資料源である『学校教員統計調査』は3年おきの調査なので,3年刻みの統計になっています。
病気離職率は,70年代末から80年代初頭は少しばかり高かったようです。この頃,全国的に学校が荒れていたことは,よく知られています。その影響でしょう。
病気離職率は90年代にかけて低下しますが,今世紀以降増加に転じます。とくに最近3年間の伸びが著しく,9.0から14.7へと上昇しているのです。この指標でみる限り,近年になって教員の危機状況がひときわ強くなってきていることが知られます。
この3年間は,教育基本法改正,教育三法改正など,いろいろなことがありました。そのことが,教員の病気離職率上昇と連関しているのだとしたら,何とも皮肉なことです。
次に,年齢層別の病気離職率をみてみましょう。率が高いのは,どの層でしょうか。病巣を突き止める作業です。1988年度以降の各年齢層の病気離職率推移を,例の社会地図図式で表現してみました。それぞれの年度における各年齢層の離職率の水準を,色の違いから読み取ってください。
どうでしょう。以前は,紫色や黒色の高率ゾーンは,定年間際の高齢層にしかみられませんでしたが,最近では,それが若年層の部分にも広がってきています。黒色は,1万人あたりの離職率が20を超えることを意味しますが,2009年度は,20代前半と50代前半の両端がこの膿に侵食されています。
職業生活の始めと終わりに位置する2つの危機。後者については,加齢による体力の衰えというような点から解釈できますが,前者は如何。近年に固有の現象といえる,若年教員の危機をどうみたらよいでしょう。
まず,基底的な条件として,教員集団の高齢化があると思います。現在,教員集団に占める若年教員の比率は大変小さくなっています。6月14日の記事でみたように,沖縄では,20代教員の比率はたったの3.2%です(2010年)。
このことは,少ない人員で,上から降ってくる各種の雑務をこなさなければならないことを意味します。現在の教員集団は,若年教員に強い圧力がかかる構造になっていることに注意しなければなりますまい。
あと一点,経験の浅い若年教員をフォローする体制が整っていないことも挙げられるでしょう。上記の記事では,新規採用教員の高齢化について論じた日本教育新聞の記事を引用していますが,そこでは,今の学校現場は新人を一から育てる余裕がなく,即戦力になる経験豊かな人材を求める傾向にあるといわれています。事実,この記事中の統計グラフから分かるように,新規採用教員の高齢化が進んでおり,新卒該当年齢(20代前半)の比重は以前よりもかなり減じています。
こうした状況のなか,経験のない新人教員であっても,さまざまな問題に「自分(オン・ザ・ジョブ)で」対応せざるを得ないことになります。このことは,多大な苦痛の源泉になるでしょう。
8年前,静岡県の磐田市の小学校に勤務していた新任女性教員(24歳)が自殺した事件がありましたが,その原因は,担当する学級で続発する諸問題に孤軍奮闘しなければならなったことによる,心理的な負担(うつ)であったとのこと。*この事件は,19日の高裁判決で労災認定された模様です。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120719/t10013712721000.html
うーん,やはり,病気離職率のほうが,教員の危機状況を診る指標としては使えそうですね。回を改めて,中学校や高校についても,この指標をもとに状況診断をしてみようと思います。