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2012年9月21日金曜日

教員への敬意の学校差(45か国)

 国際学力調査のPISAをご存知でしょうか。各国の15歳の生徒を対象に,OECDが3年おきに実施している大規模調査です。対象国の教育関係者は,本調査の結果に一喜一憂します。読解力の国際順位が何位,数学的リテラシーは何位,というように。
http://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/index.html

 しかるに,この調査は学力調査だけからなるのではなく,生徒質問紙調査や学校質問紙調査も含んでいます。その中には,生徒の生活意識や各学校の教授活動の有様などを明らかにする,興味深い質問が数多く盛られています。

 むろん,これらの質問紙調査の結果も公表されてはいます。ですが,国ごとの単純集計だけではなく,設問と設問をクロスさせたり,複数の設問の回答結果から,関心のある尺度(反学校尺度など)を構成し,その多寡を規定する要因を探ったりする分析を,自前で行えたらいいのになあ,と前から思っていました。

 現代は,インターネット時代です。OECDのサイトにて,回答結果がそのまま入力された段階のローデータをダウンロードできることは知っていました。このような,加工が施される前の原データを使って,独自の分析を手掛けた研究もあります。たとえば,須藤康介「学習方略がPISA型学力に与える影響」『教育社会学研究』第86集(2010年)など。
http://ci.nii.ac.jp/naid/40017178243

 では私もと,OECDサイトの該当箇所(下記)に当たってみたのですが,目的のデータセットは,SASやSPSSといった高度(価)なソフトのファイルで提供されています。私はそれを持っていないので,諦めかけたのですが,下のほうに,メモ帳のテキスト形式の圧縮データがアップされていることに気づきました。
http://pisa2009.acer.edu.au/downloads.php

 これを展開し,エクセルに取り込めば,目的のデータセットを得ることができます。ここ3日ほど,ヒマをみつけて格闘してみたのですが,ようやく取り込みに成功しました。以下の写真は,学校質問紙調査のデータセットです。"School"の綴りが間違っていてすみません。


 74か国,総計18,641校分のデータです。容量もかさんで,50MBにもなりました。起動や保存にも時間がかかりますが,まあ,これは仕方ありません。

 さあこれで,PISA2009の学校質問紙調査のデータを,問題関心に即して,自前で分析できる手筈が整いました。何から始めたものやら・・・。

 調査票をざっとみたところ,「生徒による教師への敬意が欠けていることが,支障となることがあるか」という設問に目がとまりました。デュルケムは,「道徳的権威(l'autorité morale)とは,教師にとって不可欠な資質である」と述べていますが,現代日本の教員は,この「不可欠」の資質をどれだけ備えているのか,興味を持ちました。

 日本の場合,PISA2009の対象は15歳(高校1年生)の生徒です。よって,学校質問紙調査の対象は,高等学校ということになります。上記の設問に対する,わが国の185校(無回答,無効回答は除外)の回答分布は,「全くないが」18.4%,「非常に少ない」が57.3%,「ある程度はある」が23.2%,「よくある」が1.1%,です。

 これだけでは「ふーん」でおしまいですが,本調査の対象は,高等学校です。わが国の高校は,有名大学への進学可能性に依拠して,明にも暗にもランクづけられています。集団による外的拘束性といいますか,どのランクの高校かによって,生徒の生活意識や行動が非常に異なることは,教育社会学において繰り返し明らかにされています。

 そうならば,教員への敬意の度合いにも,相応の学校差がみられるでしょう。上記の185校のランクを測るのに使える設問はないかと,調査票に目を凝らしたところ,次のものが目につきました。

 「あなたの学校(学科)に対する保護者の期待を最も特徴づけているのは,どれですか」という設問で,3つの選択肢が提示されています。

 ①:本校が非常に高い学業水準を設定し,生徒にこれに見合った高い学力をつけさせていくことを期待する圧力を多くの保護者から受けている。
 ②:生徒の学力水準を高めていくことを本校に期待する圧力を,少数の保護者から受けている。
 ③:生徒の学力水準を高めていくことを本校に期待する圧力を,保護者から受けることはほとんどない。

 ①を選んだ学校を「進学校」,②を選んだ学校を「準進学校」,③を選んだ学校を「非進学校」といたしましょう。各群の学校数は,順に,54校,91校,40校です。なかなかきれいな分布ではないですか。調査対象校が,精緻なやり方で抽出されたことがうかがわれます。

 では,この3つの学校群において,教員への生徒の敬意(respect)がどう異なるかを観察してみましょう。下図をご覧ください。


 相対的な差ですが,教員への生徒の敬意は,非進学校ほど低くなっています。③と④の回答の比率は,進学校では9.3%ですが,ランクを隔てた非進学校では35.0%にもなります。上述のような階層的構造を持っている,わが国の高校教育システムの反映といえましょう。

 ところで,このような傾向は,わが国に固有のものなのでしょうか。申すまでもなく,PISAは国際調査です。ローデータが手に入りましたので,他国についても,同じデータを簡単につくることができます。

 私は,各国の調査対象校を同じやり方で3つの群に仕分け,両端の進学校群と非進学校群について,上図の③と④の回答率を明らかにしました。教員への生徒の敬意が欠けている学校の比率と読めます。ただし,いずれかの群のサンプル数が20校を下回る国は,分析から除外しました。

 下図は,横軸に進学校群,縦軸に非進学校群の比率をとった座標上に,日本を含む45か国を位置づけたものです。日本(9.3%,35.0%)の位置がどこかに注意してください。


 均等線(Y=X)よりも上方にあるのは,教員への敬意が欠けている学校の比率が,進学校よりも非進学校で高い国です。Y=3Xよりも上に位置する国は,その差が3倍を超えることを示唆します。

 ほう。日本は,3倍超の位置にあります。日本のほか,チェコ,オーストラリア,ハンガリー,そして南米のチリなどがこのゾーンにプロットされています。これらの国では,わが国と同様,後期中等教育段階において,高等教育進学規範に由来する学校差が大きいものと推測されます。

 日本よりも大学進学率が高いアメリカは2.5倍です。総合制ハイスクールの伝統があるこの国では,高校が階層化されている程度は,日本に比べれば小さいものと思われます。複線型の中等教育が廃止されたイギリスは,2.8倍というところです。

 さて,図の右下に目をやると,日本的な感覚からすれば驚くべきといいますか,非進学校よりも進学校において,教員への敬意が欠けている学校の比率が高い国が見受けられます。多くが東欧の諸国です。これらの国の後期中等教育システムの仔細は存じませんが,基底にあるのは,平等的な社会主義のエートスでしょうか。こうした社会では,成績で生徒をしごくような教員は蔑視を受けるのかもしれません。むろん,調査に回答した各学校の校長の判断基準が異なる可能性も無視できませんが。

 PISA2009のローデータを使って,私が最初に手掛けた分析は,以上のようなものです。記録にとどめておこうと思います。これからも,分析の結果を随時,この場で開陳していきます。

 ところで,学校質問紙調査に加えて,生徒質問紙調査のローデータもエクセル形式でつくりたいのですが,メモ帳のテキストファイルからの取り込みがうまくいきません。容量が大きすぎるからです。必要な部分だけを取り込む方法はないものか。格闘中です。