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2012年9月25日火曜日

専攻別にみた大学教員の構成変化

「就職決まった?」
「うん,決まった」
「なにそれ,正規?」
「うん,正規」
「おー!」

 学生さんの間で,こういう会話が交わされるのをよく耳にします。いつからか,われわれは,正規就業か非正規就業かという区分に,とてもセンシティヴになっています。

 それもそのはず。現在では,働く人間の4人に1人が,ハケンやバイトといった非正規就業です。新卒年齢の20代前半では,この比率は約4割にもなります(2010年の『国勢調査』より計算)。また,正規と非正規の間には,給与等の就労条件に歴然たる格差が横たわっていることもよく知られています。

 「正規ですか,非正規ですか?」。この問いの根底には,前近代社会において,相手の身分を尋ねる時にも似た思惑があることが少なくありません。そして,返ってくる答え次第で,相手に対する態度をガラッと変えてしまう・・・。悲しいことです。

 さて,大学教員などは,非正規の比重が高いとともに,正規と非正規の間に「身分格差」とでも呼べるような,大きな溝がある職業集団の典型といえましょう。

 2010年の文科省『学校教員統計調査』をもとに,同年10月1日時点の大学教員の構成を明らかにしてみましょう。それによると,大学に正規に属する本務教員は172,728人です(①)。授業をするためだけに雇われている兼務教員(以下,非常勤教員)は202,294人です。この中には,大学の本務教員が他校に出校しているケースが含まれますので,それを除くと149,573人となります。

 この149,573人は,作家や研究所勤務など,本職の傍らで教鞭をとっている「定職あり非常勤教員」と,それがなく,薄給の非常勤講師をメインとして生計を立てている「定職なし非常勤教員」に分かれます。数でいうと,前者が66,729人(②),後者が82,844人(③)なり。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172

 広義の大学教員は,上記の①~③の成分から構成されると考えられます。この3つの構成を百分率で表すと,下表のようです。比較の対象として,1989年(平成元年)の数値も添えています。


 現在では,大学教員の約半分が非正規であり,4人に1人が職なし非常勤教員です。20年前とは,構成が様変わりしています。本務教員の減少,職なし非常勤教員の増加です。後者の比率は,9.0%から25.7%まで増えました。

 1991年以降実施された大学院重点化政策の影響が大きいことでしょう。この点については,4月2日の記事で書きましたので,ここにて詳しくは申しません。また,職なし非常勤教員の待遇の劣悪さ,悲惨さについては,下記のJcastニュース記事をご覧いただければと存じます。
http://www.j-cast.com/2009/05/06040504.html?p=all
 
 このような輩が大学教育の4分の1を担っていることは問題を含んでいると思いますが,それへの言及は後にして,もう少し分析を掘り下げてみましょう。上表のような大学教員の構成は,文系と理系ではかなり違うのではないかと思われます。私は,10の専攻系列について,同じ統計をつくってみました。

 結果を一覧表ないしはベタな帯グラフで示すというのは芸がないので,表現上の工夫を試みました。横軸に本務教員,縦軸に職なし非常勤教員の比率をとった座標上に,各専攻系列の2時点の数値を位置づけ,線でつないでみました。矢印の始点(しっぽ)は1989年,終点は2010年の位置を表します。


  全ての専攻が,右下から左上ゾーンへと動いています。まるで,鮭(サケ)の川上りです。このことの意味はお分かりかと思います。専攻を問わず,本務教員率の減少,職なし非常勤教員率の増加がみられる,ということです。

 こうした変化が最も顕著なのは,赤色の人文科学系です。この20年間で,本務教員の率は51.9%から34.3%へと減り,代わって,職なし非常勤教員の比重が21.6%から55.1%へと激増しました。この専攻では,教壇に立つ大学教員の半分以上が,不安定な生活にあえぐ職なし非常勤教員です。

  図の点線は均等線であり,この線よりも上にある場合,本務教員よりも職なし非常勤教員のほうが多いことを意味します。言葉がよくないですが,人文科学系と芸術系は,この「三途の川」を渡ってしまっています。私が出た教育系は,あとちょっとというところです。今度,『学校教員統計調査』が実施されるのは来年(2013年)ですが,どういう事態になっていることやら。おそらく,上図のような「恐怖の川上り」がますます進行していることでしょう。

「先生,質問があるんですけど,後で研究室に行っていいですか?」
「いや,私は非常勤だから・・・」
「じゃあ,ここで聞いていいですか?」
「いや,ちょっとゴメン。時間ないんだわ。もう別のとこ(大学)行かないと・・・」

 これから先,各地の大学において,こういうやり取りが交わされる頻度が増していくことと思われます。学生さんの側にすれば,1度や2度ならまだしも,何度も何度もこのような(拒絶)反応を示された場合,勉学意欲も萎えてくることでしょう。「なに,この大学?先生は,みんなバイト??」

 一方,職なし非常勤教員の側はというと,待遇の悪さに不満を高じさせ,投げやりな態度で授業を行っている輩もいます。事実,非常勤教員組合のアンケートの自由記述をみると,「専任との給与差を考慮して,質の低い授業を提供すべきと考えてしまう」,「もらえる分だけしか働きたくない」,「誰でも代わりがいる捨て駒と扱われていることが分かったので,熱意が大きく削がれた」というような記述が多々みられます。
http://www.hijokin.org/en2007/6.html

 人件費の節約のため,多くの授業を職なし非常勤教員に外注している大学において,この手の輩が多いとしたら,空恐ろしい思いがします。まさに,「大学崩壊」です。

 8月28日に,中教審は「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」と題する答申を出しました。そこでは,学士課程教育の質的転換の必要がいわれ,教育充実に向けたさまざまな方策が提示されています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1325047.htm

 しかるに,上図のような「川上り」現象を眺めると,どれも空々しいものに聞こえます。滑稽なのは,ここでみたような,教員の「非正規化」の問題について一言も触れられていないことです。職なし非常勤教員が全体の半分,7割,8割を占めるような大学で,「学士課程教育の質的転換」ができるかどうかは,甚だ疑問です。

 あと一点。5月7日の記事では,大学教員社会のジニ係数を計算したのですが,悲観モデルを採用すると,私立大学のジニ係数は,暴動が起きかねない危険水準(0.4)の一歩手前です。2013年の『学校教員統計調査』からはじき出される係数値は,おそらくこのデッドラインを超えていることでしょう。上図のような「川上り」現象を放置することは,大学の維持存続そのものを脅かす可能性があることを,最後に申し添えたいと存じます。