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2012年10月27日土曜日

生涯学習の希望と現実

 話題を変えましょう。現代は情報化社会であると同時に,生涯学習社会でもあります。社会の変動が激しい今日,人は絶えず学習をすることを求められているといえます。

 むろん,生涯学習というのは,そうした外発的な原因だけに後押しされるものではありません。人々の自発的な学習欲求もそれを求めています。職場等での自己疎外状況が強まるなか,学習によって開眼を図りたいという欲求は,総体的に高まっていることでしょう。また,職をリタイヤした高齢者が増えていますが,その中には,余生の目標を学習に定めたという方もおられると思います。

 ところで,生涯学習と一口にいっても,いろいろな形式があります。近所の図書館に足繁く通い,自分が関心を持つテーマを追求するようなものもあれば,大学等に社会人入学して学ぶという形式もあります。前者はインフォーマル,後者はフォーマルな形式といえましょう。

 ここにて私が注目するのは,後者のフォーマルな学習形式です。もっと絞ると,大学等の組織的な教育機関での生涯学習です。大学についていうと,そこで学ぶのは19~22歳の若者に限られません。社会人や高齢者等にも,制度上は門戸が開放されています。

 大学は,生涯学習の機関としての役割も期待されています。先ほど述べた条件に加えて,少子高齢化という社会変動が進むなか,こうした期待は強まりこそすれ,弱まることはないでしょう。

 伝統的な就学年齢を過ぎた成人層のうち,大学等の正規課程で学びたいという欲求を持っている人間はどれほどいるのでしょう。2012年7月の内閣府『生涯学習に関する世論調査』では,Q15において,「あなたは,どのような生涯学習をしたいか」と尋ねています。複数の選択肢から,当てはまるものを選んでもらう形式です。
http://www8.cao.go.jp/survey/h24/h24-gakushu/index.html

 そこにて提示されている選択肢の一つに,「学校(高等・専門・各種学校,大学,大学院など)の正規課程での学習」というものがあります。私が属する30代の対象者の場合,この選択肢を選んだ者の比率は5.2%だそうです。

 この比率を,2010年の『国勢調査』から分かる当該年齢人口に適用してみましょう。本調査によると,同年10月時点の30代人口は1,812万7,846人です。よって,この年齢層の場合,大学等の正規課程での学習を希望している者の実数は,これに0.052を乗じて,およそ93万人と見積もられます。

 同じやり方で,より上の年齢層についても,大学等での学習希望者数を推し量ってみました。下表は,結果を整理したものです。男女別の数値も出しています。


 aの学習希望率は上記世論調査,bの人口は2010年の『国勢調査』から得ています。両者から算出される推定学習希望者数をみると,30代が93万人,40代が139万人,50代が64万人,60代が56万人,70代以上が17万人。合計すると,369万人にもなります。

 2010年5月時点の大学生はおよそ289万人です(『学校基本調査』)。ほう。想定される成人層の大学等入学希望者数は,これをはるかに上回っています。この369万人を全て取り込めるならば,大学側もさぞホクホクであることでしょう。

 しかるに現実はというと,さにあらず。2010年の『国勢調査』によると,30歳以上人口のうち,「通学のかたわらで仕事」ないしは「通学」という状態にある者は,14万5,970人です。先ほど出した369万人という数字とはかなり隔たっています。

 前者を後者で除すと,4.0%です。この値は,希望の実現率とみなしてよいでしょう。大学等で学ぶことを希望する成人層のうち,それを実現できるのは25人に1人という計算になります。世の中思い通りにいかないのが常ですが,生涯学習についても,殊に大学等の組織的教育機関での学びに至っては,希望と現実のギャップが大きいことが知られます。

 同じようにして,学習希望の実現率を性別・年齢層別に計算してみましょう。aは,上表において出した推定学習希望者数です。bは,2010年の『国勢調査』において,「通学のかたわらで仕事」ないしは「通学」という状態にあるとされた者です。組織的な教育機関での学びを実現している者ということで,「実現者」ということにします。


  bをaで除した値が,学習希望の実現率の近似値ということになります。年齢層別にみると,サンドイッチ型といいますか,30代と70代以上の高齢者では,実現率が比較的高くなっています。30代では,まだ社会に出ていない大学院生が多いためでしょう。このような伝統的学生を除けば,実現率はかなり下がると思いますが,その術はありません。70代以上の高齢者については,職をリタイヤし,時間に余裕がある者が多いためと解されます。

 問題は,40~60代の層です。この層では,大学等での学習希望の実現率が軒並み低くなっています。男性の40~50代に至っては,わずか1.4%です。就業率が低い女性の場合,実現率は男性より若干高くなっていますが,値の絶対水準がすこぶる低いことに変わりありません。

 このような構造がわが国に固有のものであるかは知りませんが,是正が図られるべきでしょう。この年齢層は仕事が忙しいから,という理由で片づけられるものではありません。「権利としての教育」の思想は,子どものみならず,成人にも等しく適用されるべきものです。学習希望の実現率が1.4%などという事態は,教育を受ける権利が侵害されていることの数字的な表現に他なりません。

 教育期と仕事期を自由に往来できるリカレント教育システムの構築の必要性がいわれています。人の一生というのは,子ども期(C),教育期(E),仕事期(W),そして引退期(R)に大きく区分されますが,わが国では,「C→E→W→R」という直線コースが明らかに支配的です。

 対してリカレントシステムでは,EとW(R)の間を自由に往来できるようになります。このような制度が実現すれば,後からでも教育は受けられる,学びたい時に学ぶ,という考えを持つ人間が増え,人生の初期(子ども期)において,万人が無目的に大学に殺到するような事態も緩和されることでしょう。この制度の効用は,成人の学習権の保障ということにとどまりません。

 わが国でも,教育有給休暇のような制度が徐々に整備されてきていることは存じております。ですが,現実は上記のごとし。育児休暇を積極的に取得する男性を美化する呼称として「イクメン」がありますが,教育有給休暇を取ることを讃える呼称として「キョウメン」などはいかがでしょう。教員免許状の略と間違われそうなので,まずいですか・・・。

 では,今回はこの辺りで。