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2012年11月26日月曜日

若者の生活意識

 雇用の非正規化やワープア化の進行など,現代の若者の生活状態はあまりよくないものとみられます。ところで,当の若者たちは,どのような意識を持って日々の生活を送っているのでしょうか。

 「実感なき景気回復」という言葉に象徴されるように,客観的な状況とその中で暮らす人々の意識の間には,ズレがみられることがしばしばです。離れた地点から小手をかざして若者を眺めるのではなく,近くにまで行き,彼らと口をきいてみましょう。といっても,代表性を担保し難い自前のインタビューなどをするのではありません。用いるのは,公的な世論調査のデータです。

 まず注目するのは,現代の生活にどれほど満足しているかです。いわゆる①生活満足度であり,世論調査の最もオーソドックスな設問といってよいでしょう。この問いに対し,「満足している」あるいは「まあ満足している」と回答した者の比率を出してみましょう。

 その次は,②将来展望です。人間にとって希望は重要です。「これから先,生活はどうなっていくと思うか」という設問に対し,「よくなっていく」と答えた者の比率に注目しましょう。①と②の設問は,内閣府の『国民生活に関する世論調査』において設けられています。
http://www8.cao.go.jp/survey/

 これらに加えて,あと2つの意識を取り上げます。社会志向と愛国心の程度です。人間は虐げられた状態におかれると,内向き志向になるといいます。そうでなくとも,いつの時代でも,若者は自己チューだとか公共の精神が足りないとかいわれるのですが,それは本当なのか。この点を診てみようと思うのです。

 ③社会志向については,「国や社会のことにもっと目を向けるべきだ」という意見と「個人生活の充実をもっと重視すべきだ」という意見のどちらに近いかという問いに対し,前者を選んだ者の比率がどれほどかを出してみます。

 最後の④愛国心は,他人と比して「国を愛する気持ちは強い方か」という設問に対し,「非常に強い」ないしは「どちらかといえば強い」と回答した者の比率に着目します。③と④のソースは,同じく内閣府の『社会意識に関する世論調査』です。

 2012年の20代の若者について4指標の値を出すと,①生活満足度は75.3%,②将来展望良好度は26.0%,③社会志向度は50.2%,④愛国心度は37.0%,です。それらしい値ですが,これだけでは何ともいえません。私は,1980年(昭和55年)以降のおよそ30年間の変動幅の中に,この値を位置づけてみました。下表をみてください。


 表の左欄には,この期間中の最大値と最小値が示されています。2012年の生活満足度は75.3%ですが,この値は,過去33年間の変動幅(61.7%~77.5%)の中において高いと判断されます。④の愛国心に至っては,2012年の値は観察期間中で最高です。

 表の右端の数値は,観察期間中の最小値を0.0,最大値を1.0とした場合,2012年の値がどうなるかを表したスコアです。1980年以降の変動幅での位置を表す相対スコアです。以下の計算式にて算出しました。OECDの幸福度指数(BLI)において,各国の指標の値を相対化するのに用いられているものです。

 (2012年の値-最小値)/(最大値-最小値)

 2012年のスコアは,生活満足度は0.87,将来展望良好度が0.41,社会志向度が0.84,愛国心度が1.00,となります。将来展望を除く3つについては,2012年の値は過去に比して高いと判断してよいでしょう。

 さて,このスコアを使って,時期ごとの若者の意識を多角的に診るカルテをつくってみましょう。私は,1980年,1990年,2000年,そして2012年の4指標の値を,同じやり方でスコア化しました。下の図は,これらを用いて作成した,4つの時点の若者の意識カルテです。水準が異なる各指標の値を,同列の基準で評価できるようにしている点がミソです。

 ちなみに,2000年の生活満足度と将来展望良好度は,翌年の2001年のデータを使っていることを申し添えます。『国民生活に関する世論調査』は,2000年は実施されていないためです。


 総体的にみて,現在よりも昔のほうが,図形の面積は小さくなっています。2000年の図形は,識別できぬほど小さいです。この年の将来展望スコアは0.0であり,観察期間中において最も希望閉塞の時期であったことが知られます。私が大学を出た年の翌年ですが,当時の「土砂降り」とも形容される就職難を肌身で知っている者として,まことに分かる気がします。

 しかるに,それから12年を経た2012年になると,図形の面積が一気に拡大します。将来展望はともかく,生活満足度,社会志向,そして愛国心の程度は,1980年やバブル末期の1990年よりも高いのです。

 これをどうみるか。まず若者の生活満足度がアップしていることですが,雇用の非正規化やワープア化が進んでいることを思うと,主観的な生活満足度も低いと思われるのですが,現実はその逆になっています。

 この点については,古市憲寿氏の考察が参考になります。古市氏は,その名も『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社,2011年)という著作において,「『今日よりも明日がよくならない』と思う時,人は『今が幸せ』と答える」のだそうです(103~104頁)。逆にいうと,「今日よりも明日がよくなる」という展望が開けているなら,「今は不幸」と答えることになります。
http://www.bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2170655

 なるほど。これからの見通しが開けているのに「今が幸福」と言い切ってしまうことは,そうした展望に蓋(フタ)をしてしまうことと同義です。反対に展望が開けていない場合,今の状態が最高点なのですから,意識の上では「現在の生活に満足」と答える,という論理でしょう。事実,上図にみるように,2012年の将来展望良好度はあまり高くないのです。

 次に,社会志向と愛国心が高いことはどうでしょう。今の若者は自己チューだとかいわれますが,データは,そうしたイメージとは逆の事態を物語っています。まず愛国心が強まっていることは,ワールドカップで日の丸を振りながら「ニッポン,ニッポン」と連呼する若者や,2011年の東日本大震災以降の「がんばろうニッポン,つながろうニッポン」ブームにのって被災地ボランティアに出向く若者の姿を思うと,違和感はありません。

 基本的な生活条件が満たされている現代日本において,空虚感に苛まれた若者が,何らかのコミットメントの対象を求めてのことではないでしょうか。かつての偏狂な国家主義(ナショナリズム)の発生地盤が出てきているのではないか,という懸念もあるようですが,そういうことではないと思います。社会志向の強まりについても,同じ視点から解釈できるでしょう。

 今回の記事では,現代日本の20代の若者の意識を観察したのですが,結果は,一般的にいわれ若者の生活状態から演繹されるであろうものとは違っていました。若者の生活満足度は高く,また一般的なイメージとは異なり,社会志向や愛国心も強いのです。

 しかし,生活満足度が高いことは将来展望が開けていないことと表裏であり,社会志向や愛国心が強いことは,空虚な今を生きる若者がコミットメントの対象を求めていることの表れともみられます。また,さまざまな「縁」から隔絶された若者たちが,自己を承認してくれる「承認の共同体」(古市)を渇望しての結果であるとも読めます。

 上図で示した若者の意識カルテは,一見したところ,好ましい型を呈しています。ですが,その裏には,将来展望閉塞,コミットメントの対象やつながり(縁)の欠乏という問題が横たわっていることを忘れてはならないでしょう。