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2012年12月18日火曜日

軽度の自傷行為の広がり

 11月24日の記事では,東京都内において,自損行為によって救急車で運ばれた者の数を明らかにたのですが,消防庁の『消防白書』に,全国の数字が掲載されていることを知りました。
http://www.fdma.go.jp/concern/publication/

 2011年版の同資料によると,2010年中の全国の自損行為搬送人員は51,833人となっています。この中には自殺未(既)遂者もいれば,ちょっとしたノリでリストカットをしたというような,軽度の自傷行為者も含まれると思われます。

 この統計が意味するところを考えるには,自殺者の数と照合してみるのがよいでしょう。私は,1980年から2010年までの30年間について,全国の自損行為搬送人員数と自殺者数がどう推移してきたのかを調べました。自殺者数の出所は,厚労省の『人口動態統計』です。


 自損行為者数と自殺者数は,1990年代の末頃までは近似していました。97年から98年にかけて大きく増えていることも共通しています。ところがそれ以降,自殺者数が横ばいであるのに対し,自損行為者数が増加を続けたために,両者の乖離が大きくなっています。

 自損行為者数と自殺者数の差は,前世紀末の1999年では4,811人でしたが,2010年では22,279人にまで開いています。

 このことは,自殺を意図しない,軽度の自傷行為者が増えていることを示唆しているのではないでしょうか。精神の安定を得るために,ちょっとした気持ちでリスカや過量服薬(オーバードース)を行うような者です。上図にみられる2つの曲線の乖離は,自傷行為が社会問題化してきたことと期を同じくしているように思えます。

 なお,自傷行為は当然,若者に多いのですが,自損行為搬送人員の多くが20~30代であることは,11月24日の記事でみたとおりです。

 消防統計に示される自損行為搬送人員数は,以前は自殺未(既)遂者が多くを占めていたのでしょうが,今日では,軽度の自傷行為者もある程度含まれていると推測されます。

 その意味で,自損行為搬送人員数と自殺者数の差は,軽度の自傷行為者の量を測るバロメーターと考えてもよいのではないでしょうか。先ほどみたように,2010年の全国値は22,279人です。私は,この数値を都道府県別に出し,それを各県の人口で除した,自傷行為発生率を試算しました。下表は,その一覧です。


 自損行為搬送人員と自殺者の差分は,県によってかなり違っており,人口を考慮した発生率でみても然りです。

 10万人あたりの発生率が20を超える数値は赤色にしています。京都から和歌山までの近畿圏の数値が,軒並み赤色なのが注目されます。全県中で最も高いのは,大阪の31.8です。

 表のデータからは傾向をつかみにくいので,右端の自傷行為発生率の試算値を地図化しましょう。下の図は,10未満,10以上15未満,15以上20未満,および20未満の4階級を設けて,各階級の県を塗り分けたものです。


 近畿圏は真黒,首都圏も濃い赤色で染まっています。ほか,宮城や福岡等の地方中枢県においても,値は高くなっています。このことからして,都市地域ほど,自傷行為発生率が高い傾向にあると思われます。

 事実,2010年の『国勢調査』から分かる,各県の人口集中地区居住率(都市化度)との相関係数を出すと,+0.660にもなります。1%水準で有意な正の相関です。

 今回は,自損行為数と自殺数の差分に着目して,軽度の自傷行為が広がってきているのではないか,という問題提起をしました。とりわけ浸透の度合いが高いのは,若年層であると思われます。このことは,現代日本における彼らの「生きづらさ」の反映ともいえるでしょう。
 
 自傷行為の発生率は,生活苦というよりも,生きている実感がないというような,空虚感に苛まれている人間の量を測る指標であるともいえます。リストカットの動機として,赤い血をみることで,生きている実感を得たかった,というようなことがしばしば語られます。今の日本では,この手の若者が増えているのではないでしょうか。

 ある社会における「生きづらさ」の量を測る代表指標は自殺率ですが,自傷行為率というような指標にも注意していく必要があるでしょう。