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2013年1月27日日曜日

殺人率と自殺率の国際比較(改)

 殺人率と自殺率。いずれも物騒な指標ですが,殺人は外向き,自殺は内向きの逸脱行動の最たるものです。

 この2つは別個に観察されることが多いのですが,両者を併せてみることで,所与の社会の国民性のようなものを抽出することができます。今回は,それをしてみようと思うのです。

 この作業は,2011年6月26日の記事でもしていますが,WHO(世界保健機関)やUNODC(国連薬物犯罪事務所)のホームページを改めて閲覧したところ,より多くの国のデータが公表されていることを知りました。ここにてデータを更新することにいたしましょう。

 私は,WHOUNODCのホームページにあたって,2008年の188か国の自殺率と殺人率を収集しました。先の記事ではわずか40か国の統計しか得られませんでしたが,今回はその4倍以上の国のデータを集めることができました。なお殺人率は,一部の国のデータ年次が若干違っていることを申し添えます。日本は,双方とも2008年のものです。

 前後しますが,殺人率とは2008年中に当該国の警察が認知した殺人事件件数を,人口10万人あたりの比率にしたものです。自殺率とは,同年中の自殺者数を同じく人口10万人あたりの数に換算したものです。両者とも,計算済みの数値が原資料に掲載されています。

 では,188か国の殺人率と自殺率をご覧いただきましょう。当然ながら,ベタな一覧表を提示する紙幅はありませんのでグラフ表現をします。横軸に自殺率,縦軸に殺人率をとった座標上に,188か国をプロットしました。


 右下に位置する国は,殺人率が低く自殺率が高いことを示唆します。左上に位置する社会はその反対です。

 ホンジュラス,ジャマイカ,ベネズエラといった中南米の社会では,自殺率よりも殺人率のほうがはるかに高くなっています。一方,日本はといえば,自殺率が高くて殺人率がきわめて低いので,右下の底辺を這うような位置にあります。主要先進国も同じようなもの。米国は,外向的な犯罪が多いなどといわれますが,多くの国際データの中でみると,まだまだ可愛いものです。

 図中の斜線は均等線であり,これよりも上にある場合,殺人率が自殺率よりも高いことを意味します。188か国中85か国(45.2%)が,この線よりも上に位置しています。世界的にみれば,自殺よりも殺人が多い社会って結構あるものですね。われわれが信じて疑わない常識というものが相対化されますなあ。

 それでは,この2つの逸脱指標を使って,それぞれの国の国民性のようなものを明らかにしてみましょう。外向的か内向的か,ということです。

 いま,殺人率と自殺率を合算した値をもって,当該社会における極限の危機状況の量とします。これで表される危機量のうち,どれほどが自殺(自分を殺る)で処理されているか,どれほどが殺人(他人を殺る)で処理されているか,という見方をとります。

 どちらでもいいのですが,自殺のウェイトでみることにしましょう。日本の場合,自殺率は24.8,殺人率は0.5です。よって,危機の処理の仕方がどれほど内向きであるかは,以下の値で計測されます。24.8/(0.5+24.8)=98.0%

 わが国では,極限の危機状況に陥った人間の大半は,その打開の経路を自らを殺めることに求めています。他人を殺めたり,社会に反旗を翻すというような,外向きに向かうのはごくわずかです。

 同じ値を主要国について出すと,アメリカが67.8%,イギリスが85.7%,ドイツが93.5%,フランスが92.6%なり。いずれもわが国より低し。ちなみに,殺人率1位のホンジュラスはたったの9.0%です。逆をいえば,この中米の社会では,危機状況の9割以上が外向きの逸脱によって処理されていることになります。

 これだけでも,わが国の内向的な国民性がうかがえますが,188か国全体の中での位置をみてみましょう。私は,上の測度(内向率)を全ての国について計算し,高い順に並べてみました。下の図は,この順番に,自殺と殺人の組成がどうなっているかを図示したものです。

 188の国名を軒並み記すのは煩雑ですので,日本,アメリカ,そして南米の大国ブラジルの位置だけを示しましょう。カッコ内の数値は,内向率の順位です。


 日本は188か国中4位,アメリカは76位,ブラジルは163位です。日本とアメリカでは自殺のシェアのほうが大きいですが,ブラジルになるとそれが反転します。この南米の国では,危機状況の8割が他人を殺めることで処理されているわけです。

 日本人の内向性はよくいわれるところですが,殺人率と自殺率という逸脱指標からも,その様を浮き彫りにすることができます。

 同じ分析を手掛けた前の記事でもいいましたが,このような内向的な国民性があるのをいいことに,お上が惰眠をむさぼるようなことがあってはならないでしょう。昨今,「自己責任」という言葉が幅を利かせている状況をみるに,このような懸念を強く持ちます。
 
 今回計算した内向率という指標を考案されたのは,私の恩師の松本良夫教授です。前の記事と同じ結びになりますが,以下の論文を紹介させていただきます。松本良夫・舞田敏彦「殺人・自殺の発生動向の関連分析-20世紀後半期の日本の場合-」『武蔵野大学現代社会学部紀要』第3号,2002年。