各国の研究者が連携して,「世界価値観調査」なるものが定期的に実施されています。英語表記でいうとWorld Value Survey,略してWVSです。
主な結果をまとめた調査報告書も刊行されていますが,WVSサイトのオンライン分析の箇所にて,設問ごとの回答分布を自分で明らかにすることができます。クロス集計も,3重クロスまでなら可能。これはスゴイ!
http://www.wvsevsdb.com/wvs/WVSAnalize.jsp
調査項目をみると,あるわあるわ,興味深いものが満載です。どこから手をつけたものか迷うくらいですが,政治・社会の領域において,収入配分の在り方についての意見を尋ねた設問があります。
「収入はもっと平等(不平等)に配分されるべきだ」という意見の程度を,10段階で答えてもらうものです。私は,各国の15~29歳の青年層が,この問いに対しどういう回答を寄せているかに関心を持ちました。
インセンティブの上でも,収入は個々人の頑張り度に応じて傾斜がつけられるべきですが,その程度があまりに激しくなると,社会の存続を脅かす要因にもなり得ます。これからの社会を担う青年層が,こうしたビミョーな要素を含む富の配分の在り方に対し,どのような意見を持っているのか。わが国の国際的な位置はどうか。興味が持たれるところです。
私は,最新の第5回調査(5wave)のデータを分析して,世界56か国の青年層の回答分布を明らかにしました(D.K,N.A等の無効回答除く)。「国×年齢層×収入平等」という,3つの変数を掛け合わせた3重クロス表をつくったのです。
手始めに,日本,フィンランド,そしてインドネシアという3つの社会の回答分布をグラフでみていただきましょう。日本とフィンランドは2005年,インドネシアは2006年の調査データです。カッコ内の数値は,各国のサンプル数です。
日本は,真ん中あたりの層が多い,ノーマルカーブに近い型になっています。最も多いのは「6」であり,3人に1人がこのレベルを選択しています。
あとの2つの社会はどうかというと,これがまた対照的な傾向を呈しています。フィンランドでは平等志向の者が多く,インドネシアでは逆に不平等志向の者が多いのです。後者では,10という回答が最多です。この東南アジアの国では,青年層の4人に1人が,収入は極力不平等になるのが望ましいと考えています。昨今,著しい経済発展を遂げているインドネシアですが,その原動力は,富の不平等配分による労働者のインセンティヴであったりして・・・。
しかるに世界は広し。もっと特徴的な社会があるかもしれません。他の53の社会の回答もみてみましょう。といっても,上図と同じような折れ線を56本も描くことはできません。傾向を端的にみてとれる統計図をつくってみます。
1~3の回答をした者を「平等志向群」,8~10の回答をした者を「不平等志向群」と括りましょう。上図の日本の場合,前者は9.0%,後者は25.5%います。フィンランドは順に34.9%,13.9%,インドネシアは5.8%,52.1%なり。
横軸に平等志向群,縦軸に不平等志向群の比率をとった座標上に,56の社会を位置づけてみました。日,韓,米,英,独,仏の6か国については,1990年(第3回調査時点)からの位置変化も分かるようにしました。矢印のしっぽは1990年,終点は2005(2006)年の位置を表します。
あと一点。斜線は均等線であり,この線よりも上にある場合,平等志向群よりも不平等志向群が多い社会であることを示唆します。下にある場合は,その逆です。
いかがでしょう。左上にあるのは,平等志向群が少なく,不平等志向群が多い国です。先ほどみたインドネシアのほか,ガーナ,ペルー,マリといった南米やアフリカの社会が位置しています。西アフリカのガーナでは,青年層の68.9%が,8~10に丸をつけた不平等志向群です。
個々人の労力の成果が見えやすい発展途上国では,その差に応じて収入にも傾斜がつけられるべきと考える青年が多い,ということでしょうか。これらの国はまだ,1次産業や2次産業が主体の社会です。
対極の右下にあるのは平等志向の高い社会ですが,ヨーロッパやアジアの国が多く位置しています。今回観察した56の社会の中で,青年層の平等志向が最も強いのはスイスです。この国では,青年の6割近くが平等志向群であり,不平等志向群は1割もいません。永世中立国だから?関係ないか。
1990年代以降の変化も分かるようにした,日本を含む6か国はどうでしょう。日本と韓国は左上に動いています。平等志向群が減り,不平等志向群が増えた,ということです。つまり,青年層の収入格差容認志向が強まっていることになります。しかし,お隣の韓国の様変わりぶりはすごいですね。このたび就任した,韓国の新大統領にぜひともみていただきたい。
一方,英独仏は,これとは対照的に右下にシフトしています。このヨーロッパの3国は,この15年にかけて,青年層の平等志向が高まった社会です。ドイツの変化がすごいこと。東西ドイツが統合されて間もない1990年の状況が特異だったのかもしれませんが。
大国アメリカは,左下にシフトしています。いずれの群の比重も低下し,間の中間群の量が増えた,ということです。しかるに,8~10の不平等志向群の比重が44%から22%へと半減していることは注目されます。
先にもいいましたが,富の配分の在り方というのはビミョーな問題を含んでいて,上図のどこにあるのがよい(悪い)という価値判断は,一概にできないと思います。高度経済成長期の頃の日本は,もしかすると上図の左上に位置していたかもしれません。
しかるに,収入格差を是認する志向といっても,社会が未成熟な段階のものと,社会が成熟化を遂げた段階のものとは性質が違うようにも思えます。前者は,社会の発展の原動力となり得るものですが,後者は,閉塞感や社会不安の高まりの要因としての側面が大きいのではないか,という感じがします。
その意味で,上図に描かれた日本と韓国の傾向に,私は若干の懸念を抱きます。近年よくいわれる,格差社会化の様相の可視的な表現ともとれるでしょう。現在,第6回の『世界価値観調査』(2010年)が実施中とのことですが,この年の日本の位置はどうなっていることか・・・。
WVSの国別・年齢層別データから,各国の青年層のすがたを多様な側面から明らかにすることができます。収入分布のようなデータもありますので,青年層に限定したジニ係数も出すことが可能です。
ここでみたのは,意識の上での格差是認志向ですが,現実の収入格差はどうなっているのか。日本の国際的な位置はどうか。この点についても,データを出してみようと思っています。