一昨日のマイナビニュースに「衝撃!ブラック企業は,社員の子供の性格にまで悪影響を及ぼすことが判明」という記事が出ています。
http://news.mynavi.jp/news/2013/09/02/157/index.html
ヨーロッパの調査結果ですが,「父親が毎週55時間以上働いている家庭では,5~10歳の子供が高レベルの攻撃的行動を取りやすい傾向」があり,それは「息子で顕著に見られ,娘では見られない」のだそうです。この結果について,調査にあたった研究者は次のような説明をしています。記事の文章を転載させていただきます。
●「子供は同性の親との交流や過ごす時間が不十分だと,行動にまつわる問題を抱えやすくなるかもしれない。父親が長時間会社で労働していると,男子のエネルギー発散の場となりうる,スポーツやゲームで一緒に遊ぶ時間が少なくなることも原因の一つとして考えられる。」
●「長時間労働で疲弊した父親は,家庭内で子育てのサポートをしなくなりがちで,その状況が母親に過度のストレスや重荷を感じさせ,結果として子育ての質が低下している可能性。」
なるほど。そういうこともあるだろうな,と思います。長時間労働を強いるブラック企業は,労働者のみならず,その子どもの人格にまで悪影響を及ぼす可能性があるのですね。こういう話は初めて聞きました。
これは外国の研究成果ですが,わが国でも当てはまるでしょうか。私は,都道府県単位のマクロ統計を使って,上記のような統計的傾向がみられるか検討してみました。ここにて,その結果をご報告します。
父親世代の男性正社員の長時間就業率を県別に出し,それが各県の子どもの逸脱指標とどう相関するか。こういう問題を立ててみようと思います。
私は,2012年の総務省『就業構造基本調査』にあたって,30~40代の有配偶男性正社員の長時間就業率を県別に計算しました。長時間就業とは,年間250日以上かつ週60時間以上の勤務をいいます。
http://www.stat.go.jp/data/shugyou/2012/index.htm
月あたり20日ほどですから,週5日就業です。5日で60時間以上ということは,1日12時間超。簡単にいうと,週5日,1日12時間以上働いているお父さんということになります。前々回や前回の記事よりも基準を低くしましたが,上記の外国の研究では「週55時間以上」という基準がとられているので,それに揃えることとしました。
まあこれでも,週5日&1日12時間超ですから,ブラックに準じる就業といってよいでしょう。以下では,ブラック就業ということにします。ちなみに有配偶者の数値は,総数から未婚者を差し引いて出したものです。ゆえに,配偶者と別れた離別者や死別者も含まれますが,それは数的にごくわずかですので,問題ないものとお許しください。
上記の官庁統計によると,2012年10月時点における,30~40代の有配偶男性の正規職員・従業員は937万人。うち,年間250日以上&週60時間以上働いているブラック就業者は148万人。よって,お父さん世代のブラック就業率は15.8%となります。およそ6人に1人。結構いますね。
下表は,この値の県別一覧表です。最高値には黄色,最低値には青色のマークをしました。上位5位の順位は赤字にしています。
県別にみると,京都の20.3%から鹿児島の11.0%までのレインヂがあります。前者は5人に1人ですが,後者は10人に1人です。
では,お父さんのブラック就業率の違いによって,各県の子どもの逸脱行動指標がどう変異するかを吟味してみましょう。いじめが社会問題化していることにかんがみ,いじめ容認率という指標をまず考えてみます。
2012年度の文科省『全国学力・学習状況調査』において,「いじめはどんな理由があってもいけないことだと思う」という問いに対し,「どちらかといえば当てはまらない」ないしは「当てはららない」と答えた児童・生徒の比率です。調査対象の公立小学校6年生および中学校3年生の回答比率を県別に出し,上表のブラック就業率と関連づけると下図のようになります。
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/zenkokugakuryoku.html
ほう。父親世代のブラック率が高い県ほど,いじめを容認する児童・生徒が多い傾向です。相関係数は+0.589であり,1%水準で有意と判定されます。
ブラック企業がやっていることはまさに「いじめ」ですが,こういう悪が蔓延っている県では,子どもの人格に歪みが生じる,ということでしょう。冒頭の研究では,父親不在という家庭での子育て面が問題視されていましたが,地域に悪のクライメイトが蔓延するという,より大きな側面もあるのではないでしょうか。子どもは大人社会の鏡なり。
次に,父親のブラック就業と子どもの「攻撃的行動」の関連が指摘されていることに注目し,非行少年の出現率との相関もとってみましょう。2011年中に検挙・補導された非行少年(犯罪少年+触法少年)の数を,同年10月時点の10代人口で除して計算しました。分子は警察庁『犯罪統計書』,分母は総務省『人口推計年報』のものです。
http://www.npa.go.jp/
父親世代のブラック率と10代少年の非行率との相関は,下図のごとし。
回帰直線は右上がりであり,お父さんのブラック率が高い県ほど,少年の非行が多い傾向です。相関係数は+0.423であり,1%水準で有意なり。
こちらは冒頭の研究がいうように,父親不在による,家庭での子育て不全の面から解釈できる部分が大きいと思われます。「男子のエネルギー発散の場となりうる,スポーツやゲームで一緒に遊ぶ時間が少なくなる」ことがいわれていましたが,男子だけの非行率に限定すると,相関はもっと強くなるかもしれません。まあ,非行少年のほとんどは男子ですけど。
他の要因を考慮していない,一要因だけの単純な相関分析をしただけですが,父親のブラック就業は子どもの育ちによからぬ影響を及ぼし得ることが,マクロ統計から示唆されます。
親世代の労働者を長時間酷使し,未来を担う子どもたちの人格をも荒ませるブラック企業。「日本を食い潰す妖怪」という,今野晴貴さんの形容が妥当であることが,ここにおいても確認されます(『ブラック企業』文春新書,2012年)。
いじめやSNSでの悪ふざけなど,子どもや青年の世界でさまざまな問題が起きていますが,それが教育の機能不全(病理)の問題だけに還元されることがあってはならないことを,われわれは改めて認識しなければなりますまい。