先日,「非正規雇用者に老後はない」という見出しの記事を見かけました。確かに,「一階部分」の国民年金しかもらえないのですから,そうだろうなと思います。40年間払い続けたとして,月6万円ほどでしたっけ・・・。
それでも,子どもや親族などの「ソーシャル・キャピタル」を持っている人はまだ救われるのでしょうが,最近はそれも持ち得ない人間が増えています。孤族化が進んでいますものね。その一方で,経済資本も社会関係資本も有する高齢者もいるのですが,こちらは数としては多くないのではないでしょうか。
このことは,高齢者の収入の自己評定分布をみると分かります。『世界価値観調査』(2010~14年)では,対象者に,自分の世帯の年収を10段階で自己評定させています。「あなたの世帯の収入は,社会全体の中でどの辺りか」というワーディングです。
60歳以上の高齢者の点数分布を図示すると,下図のようになります。日本とスウェーデンの曲線を描いてみました。
日本の高齢者では,「1」が最も多くなっています。およそ3人に1人が,自世帯の収入を最低水準と評しています。スウェーデンは中間の「5」にピークがあるノーマル・カーブなのですが,日本は,下が厚く上が細いピラミッド型なのです。
多数の貧しい者と,少数の富める者。高齢期だけを切り取ってみると,わが国は,このような格差社会になっているように思えます。
ここにて「格差」という語が出てきましたが,その度合いを測る代表的な指標はジニ係数です。今回はこの指標を使って,高齢者の収入格差の国際比較をしてみようと思います。
ジニ係数とは,各階層の人間の量と,各々が手にする富量の分布のズレに着眼するものです。下表は,日本の高齢者についてこのデータを作成したものです。上記の世帯収入の自己評定に依拠しています。
収入自己評定が1点の者は階層1(class1),2点の者はC2,・・・10点の者はC10としましょう。C1の者が受け取る富量は1ポイント,C2の者は2ポイント,・・・マックスのC10の者は10ポイントと仮定します。
この場合,C1の階層が受け取る富の総量は,221人×1ポイント=221となります。C2は344,C10は220です。各階層が手にする富量をこのようにして出し,合算すると2262となります。
この2262の富が各層にどう配分されているかを,中央の相対度数の欄でみると,一番下のC1の層には9.8%しか届いていません。人数的には3割と最も多くを占めるにもかかわらず,この層が手にしている富は,全体の1割にも満たないことになります。右欄の累積相対度数をみれば,人員と富量の分布の隔たりはもっとクリアーでしょう。
さて,ジニ係数を計算するには,まずローレンツ曲線を描くのでしたよね。横軸に人員,縦軸に富量の累積相対度数をとった座標上に,10の階層のドットをプロットした線でつないだものです。上表の累積相対度数をもとにローレンツ曲線を描くと,下図のようになります。比較の対象として,北欧のスウェーデンの曲線も描いてみました。
お分かりかと思いますが,曲線の底が深いほど,人員と富量の分布のズレが大きいこと,すなわち収入格差が大きいことを意味します。冒頭の図からも察しがつくことですが,スウェーデンよりも日本の高齢者の収入格差が大きいようです。
われわれが求めようとしているジニ係数は,この曲線と対角線で囲まれた面積を2倍した値であり,0.0から1.0の値をとります。極限の不平等状態の場合は,四角形の半分(0.5)の2倍ですから1.0となります。完全平等の場合は,ローレンツ曲線は対角線と重なりますから0.0となる次第です。
上図をもとに,日本とスウェーデンの高齢社会のジニ係数を出すと,日本は0.404,スウェーデンは0.183となります。*計算の仕方の詳細は,2011年7月11日の記事を参照。
高齢者の世帯収入格差は,日本のほうがはるかに大きいですね。わが国のお寒い状況と,福祉先進国の違いを考えると,さもありなんです。
私は,上記の『世界価値観調査』の対象となった55か国について,同じやり方にて,60歳以上の高齢者の世帯収入ジニ係数を算出しました。下の図は,値が高い順に各国を配列したものです。
ほう,日本は55か国の中でトップではないですか。60歳以上の高齢者に限ると,格差社会化の度合いが世界で最も大きいことが知られます。
わずかな年金しかもらえない高齢者,ソーシャル・キャピタルを持たない単身高齢者が増えている現況を思うと,分かる気がします。冒頭に掲げた,収入の自己評定分布の図をもう一度ご覧になってください。
ちなみに,ジニ係数の絶対値に注意すると,0.4を超えているのは日本だけです。一般に,ジニ係数が0.4を超えると社会が不安定化する恐れがあるといわれますが,わが国はこの危険ラインを超えています。生活苦からの高齢者の窃盗犯(万引き)が増えているといいますが,今後は,社会の存続を揺るがすような逸脱行動が多発しないとも限りません。
今回のデータは,60歳以上の高齢者だけを切り取った結果ですが,これから先,この層が多数派(マジョリティー)になっていきます。上記の図は,近未来における社会全体のジニ係数のランキングを予言しているとも読めるでしょう。
オリンピックが開催される2020年はいざ知らず,2030年,2040年頃には,日本は,持てる者と持たざる者の格差が最も大きな社会になっていたりして・・・。
私がここで計算したジニ係数は,世帯収入の自己評定に依拠して試算したものですが,客観的な収入格差と同時に,人々が主観で感じるところの収入格差もそれなりの意味を持っています。この次元でみる限り,わが国は,多数の貧困層と少数の富裕層という「ピラミッド型」ができていることは確かです(冒頭の図)。
この構造は国際的にみて特異であり,是正を要するものであるという警告を,今回の国際比較のデータは発しているように思います。