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2015年6月4日木曜日

学歴効用の国際比較

 日本は,学歴社会であるといわれます。学歴社会とは,地位や富の配分に際して,学歴がモノをいう度合いが高い社会です。

 その程度は国によって様々でしょうが,わが国は,世界的にみてどの辺りに位置づくのでしょう。今回は,学歴社会の度合いの国際比較をしてみようと思います。具体的にいうと,収入決定に際して,学歴が影響する度合いの比較です。この点については,幾多の専門的な研究がありますが,できるだけ多くの社会のデータを使った検討をしてみようと思います。

 用いるのは,「世界価値観調査」(2010~14年)のデータです。この調査では,対象の国民に対し,自分の世帯の年収が自国の中でどの辺りに位置するかを10段階で尋ねています。
http://www.worldvaluessurvey.org/WVSOnline.jsp

 私は,各国の義務教育(前期中等教育)卒業者と高等教育卒業者の回答分布がどれほど異なるかに注目しました。年齢の影響を除くため,30~40代の中年層に対象を限定します。日本でいうと,上記の収入の設問に有効回答を寄せた30~40代の対象者は,義務教育卒業者が52人,高等教育卒業者が202人です。大学進学率が高いので,後者が多いですね。

 この52人と202人が,自分の世帯の収入をどう評定しているか。原資料では10段階の分布になっていますが,サンプルが少ないので,5段階にまとめることとします。1~2を「L1」,3~4を「L2」,5~6を「L3」,7~8を「L4」,9~10を「L5」としました。Lは,レベルの頭文字です。

 この2群について,5段階の世帯収入自己評定の分布をとると,下表のようになります。日本の30~40代のデータです。


 義務教育卒業者より,高等教育卒業者のほうが高い層に多く分布しています。前者では全体の6割がレベル1(最貧層)ですが,高等教育卒業者では,この層に属するには2割弱しかいません。

 両群の分布のズレは,右端の累積相対度数をグラフにすることで可視化されます。横軸に義務教育学校卒業者,縦軸に高等教育卒業者のそれをとった座標上に,5つの階層をプロットし,線でつなぐと,下図のようになります。統計学でいうローレンツ曲線ですが,収入の学歴差を「見える化」する曲線ということで,世帯収入の学歴ローレンツ曲線と呼びましょう。


 このブログで何度も登場している図ですので,詳しい説明は省きますが,曲線の底が深いほど,2群の世帯収入分布のズレが大きいこと,つまり,収入決定に際し学歴の影響が大きいことを示唆します。

 それは,色つきの面積によって数値化されますが,これを2倍した値が,よく知られているジニ係数です。上記の図から,日本の世帯収入の学歴ジニ係数を出すと0.472となります。義務教育学校卒業者と高等教育卒業者の収入評定分布の対比から分かる,わが国の学歴効用度は,この数値によって表されます。

 はて,他国はどうなのでしょう。私は同じやり方にて,46の社会の学歴効用ジニ係数を計算しました。「世界価値観調査」(2010~14年)の対象国は59か国ですが,義務教育卒業者と高等教育卒業者(30~40代)のサンプル数が50人に満たない国は,分析から外したことを申し添えます。お隣の韓国は,前者の数がとても少ないので,分析対象にはなりませんでした。*英仏は,調査対象そのものから漏れています。

 では,46か国の世帯収入の学歴ジニ係数をみていただきましょう。下図は,値が高い順に並べたランキング図です。


 トップは南米のチリで,学歴ジニ係数が0.745にもなります。その次は,アフリカのジンバブエ。ドイツや中国も高いですね。日本も8位であり,高い部類です。

 アメリカは真ん中辺りで,スウェーデンはもっと下。それよりさらに下には,中東や北アフリカの社会が位置しています。大国インドは下から2番目。義務教育卒だろうと,高等教育卒だろうと,世帯収入の自己評定に,それほど差がない社会です。

 各国の学歴主義の程度は,上記のジニ係数で測られるのですが,それぞれの社会における,高等教育卒業者の量とどういう関連にあるのか,気になるところです。トップのチリは,今回のデータのサンプル数でいうと,義務教育卒業者は78人,高等教育卒業者は65人であり,前者のほうが多くなっています。日本(52人,202人)とは,えらい違いです。高等教育学歴の希少性(プレミア)が際立った社会といえるでしょう。

 私は,この点を吟味するため,横軸に高等教育普及度,縦軸に上記の学歴ジニ係数をとった座標上に,46の社会を散りばめてみました。横軸は,今回の30~40代のサンプル数でみて,高等教育卒業者が義務教育卒業者の何倍かです。日本は,202/52=3.88倍となります。


 高等教育普及度が低く,学歴の効用が大きいチリは,左上に位置しています。ジンバブエやドイツも,このゾーンです。高等教育の希少性があるタイプです。

 日本は,高等教育が大衆化しており,かつ義務教育卒業者と照らした場合,その効用も大きい。大学を出て当たり前,進学が社会的に強制される社会とでもいえましょうか。アメリカもこのタイプです。

 右下は,高等教育卒業者が多く,その学歴価値が下落している社会といえるでしょう。あと一つの左下は,高等教育なんてごくわずかの人間しか行かず,その効用も大したことない。「学歴って何?上層階層のお遊び?」みたいな社会でしょうか。インドはこのタイプなのですね。子どもによい成績をとらせるため,親がこぞってカンニング大作戦に出たニュースは記憶に新しいですが…。

 30~40代の世帯収入の自己評定を,義務教育卒業者と高等教育卒業者で比較すると,こういう布置図が浮かび上がってきます。青少年にとって,生きづらい社会タイプはどれかを考えてみるに,右上の「進学強制」型であるような気がするのは,私だけでしょうか。

 各国の青少年の社会化環境を考える材料として,上記の布置構造図を提示しておきたいと思います。