「予見せんがために,見る(voir pour prevoir)」とは,オーギュスト・コントの有名な言葉ですが,過去のトレンドから未来を予測するのは,データ分析の重要な仕事です。
アメリカで,経済的理由による自殺者が増えているという記事を見かけましたが,決して対岸の火事ではないでしょう。参院選が間近ですが,日本の政治家さんにも真剣に考えてもらいたい問題です。今や,「格差・貧困」は,わが国の社会状況を言い表すキーワードです。
http://news.livedoor.com/article/detail/11680650/
私は前に,失業率と自殺率の長期推移のグラフを作ったことがありますが,見返してみると,2本の曲線は気持ち悪いくらい同調しています。失業率が上がれば,自殺率も上がる。こうした共変関係がクリアーです。
あらゆる財やサービスが貨幣を通じて交換される社会では,失業によって収入源を断たれることは,大きな痛手になります。生活苦に陥り,最悪,自らを殺めるという因果経路も十分に想定できます。影響は,失業した本人だけに限りません。稼ぎ手が失職状態に置かれることは,当人に扶養されている家族成員の生活苦をももたらすことになります。
失業率と自殺率の相関が強いのはこういう事情によりますが,両者の関連はあまりにクリアーで,前者が分かれば後者をある程度正確に推し量ることができるほどです。私は,冒頭のコントの言葉を思い出し,タイトルの問い「失業率が1%上がると,自殺者は何人増えるか?」に,解答を与えてみることにしました。
まずは,失業率と自殺率の長期推移をグラフを見ていただきましょう。失業率とは,15歳以上の労働力人口に占める,完全失業者の割合です。労働力人口は働く意思のある者のことで,学生や主婦などは含まれません。完全失業者とは,働く意思があり,せっせと職探しをしているにもかかわらず,職にありつけていない者をいいます。要するに,働く意思がある者のうち,職に就けていない者が何%かです。この指標は1953年以降の推移を知ることができます。ソースは,総務省『労働力調査』です。
http://www.stat.go.jp/data/roudou/index.htm
もう一つの自殺率は,人口10万人あたりの自殺者数です。各年の自殺者数を,当該年の人口で除して算出されます。厚労省の『人口動態統計』に,計算済みの数値が出ています。2014年は,10万人当たり19.5人となっています。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1.html
下図は,失業率と自殺率の長期推移のグラフです。両方を知ることができる,1953~2014年のカーブが描かれています。
ご覧のように,両指標のカーブは形状がよく似ています。高度経済成長期に下がり,低成長期に上がり,バブル期に下がり,90年代以降の不況期に上がり,リーマンショック後の最近は下がっていると。
2つの指標の相関係数は,+0.7224であり,統計的に有意です。
自殺率は景気動向と関連していることは明瞭ですが,ここですべきことは,失業率と自殺率の関連を定式化することです。1950~2014年に61年間のデータをもとにすると,失業率(X)と自殺率(Y)の関連は,以下の一次式で表されます。多項式にすれば精度はちょっと上がりますが,大差はないので,話を分かりやすくするため,一次式でいきましょう。
Y=1.983X+14.406
この式の係数から,失業率(X)が1%上がると,自殺率(Y)は,1.983上がることが示唆されます。失業率が1%アップすると,人口10万人あたりの自殺者が1.983人増えると。人口1億2千万人と仮定すると,実数でみて,自殺者が2380人増える計算になります。
失業率が1%上がると,年間の自殺者が2380人増える。1日あたり,およそ7人の増加です。2014年の労働力人口は約6500万人。このうちの1%,つまり65万人の雇用がなくなることで,2380人の自殺者が出る恐れがある。
過去60年あまりの経験的事実(データ)から,ラフなやり方で打ち立てた定式化ですが,失業率1%の重みが伝わってきます。