ページ

2017年4月19日水曜日

県別・年齢層別の過労死予備軍率

 新年度になりましたが,「働き方改革」の流れを受けて,企業も労働時間の短縮を考えざるを得ない状況に置かれています。

 その先陣をきっているのがヤマト運輸で,配達時間指定の見直し,ドライバーへの直通電話の縮小などを打ち出しています。従業員の過重労働緩和に向けた取組で,今後も大いに進めていただきたいと思います。

 2015年の暮れに,大手広告代理店・電通の若手社員が過労の末に自殺する悲劇が起きました。その引責で首脳陣が交代し,過労死防止の研修会などを催しているようですが,「形だけの改善は無意味,軍隊のような社風をなくして」と,遺族の思いは複雑なようです。
http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/170412/cpb1704122330004-n1.htm

 このような悲劇は二度とあってはなりませんが,残念ながら,その予備軍はおそらくかなりの量にのぼるでしょう。2012年の『就業構造基本調査』のデータをもとに,%値を見積もってみましょう。

 この調査では,就業者の年間就業時間と週間就業時間を調査しています。マックスのカテゴリーは,前者が年間300日以上,後者が週75時間以上です。年間300日以上ってことは,月25日以上,週6日以上働いていることになります。1日あたりの労働時間は,75/6=12.5時間以上。

 1日の法定労働時間は8時間ですので,1日の残業時間は4.5時間超。週にすると27時間以上,月当たりでは108時間以上の残業ということになります。

 電通で過労自殺した社員の月当たりの残業時間(100時間超)に匹敵します。上記の統計資料にて,過労死予備軍の量を把握するには,「年間300日・週75時間以上」の就業者数を拾うのがよいでしょう。

 はて,電通レベルの過労死予備軍は,数でみてどれほどいるか。働き盛りの40代の男性正規職員(正社員)でいうと,これに該当する就業者は9万9400人で,年間200日以上の規則的就業をしている40代男性正社員全体(609万4700人)の1.63%に当たります。61人に1人です。

 量のイメージを持っていただくため,面積図を掲げましょう。


 法定の「ホワイト」な働き方をしている労働者(左下)もいる一方で,いつ命を落としてもおかしくないレベルで働かされている労働者もいる(右上)。ブラックの病巣が広がることがあってはなりません。

 ちなみに点線は,年間300日・週60時間以上の就業者です。実数は29万5200人で,全体に占める割合は4.8%となっています。参考までに,図示しておきました。

 以上は40代の男性正社員のデータですが,他の年齢層はどうでしょう。20代,30代,40代,50代という10歳刻みの年齢層別に,男性正社員の過労死予備軍率(K)を出してみましょう。

 なお最近の『就業構造基本調査』の公開データは充実していて,都道府県別の数値も出すことができます。県ごとに,年齢層別の過労死予備軍率を計算できるわけです。どの県のどの層がヤバいか? 言葉がよくないですが,病巣の分布を明らかにすることは,効果的な対策を行う上で意義あることでしょう。

 結果の一覧表をみていただきましょう。200日以上就業の男性正規職員の中で,年間300日・週75時間以上働いている者(過労死予備軍)が何%かです。2.0%以上は黒色,1.8%以上2.0%未満は灰色のマークをしています。


 どうでしょう。過労死予備軍率の高率ゾーンの分布ですが,黒色や灰色のマークが結構あることに気づきます。

 表をタテにみると,働き盛りの30代でブラックが多いですね。16の道府県において,過労死予備軍の比率が2.0%(50人に1人)を超えています。マックスは奈良の3.48%,29人に1人です。これは危ない。

 角度を変えて表をヨコにみると,ヤバい県がどこかが見えてきます。ブラックが2つ以上あるのは,北海道,山形,群馬,東京,三重,京都,奈良,徳島,高知,福岡,熊本,宮崎,となっています。北海道と熊本は,20~40代の3つのセルがブラックになっています。若者の就労環境の点検が必要でしょう。

 もっとも,これは5年前(2012年)のデータで,今年に実施される『就業構造基本調査』のデータではどうなっているか分かりません。ただ,こういう地域別・年齢層別のデータを出せることを紹介したいと考えました。

 限りある資源で有効な対策を行うには,要注意層の分布を明らかにし,そこに資源を傾斜配分することです。

 さて,冒頭で触れた電通の話に戻りますが,同社の新入社員の声に「仕事のキツさや上下関係の厳しさは分かっている。早く一人前になりたい」というのがありました。意気込みは結構ですが,異常な就労環境を受け入れることはあってはなりますまい。
http://www.sankeibiz.jp/business/news/170403/bsd1704031154010-n1.htm

 おかしいと思うことには,声を上げること。動くこと。自分や,自分を失ったら嘆き悲しむ家族を守るためです。今,学校教育で「生きる力」の育成が重視されていますが,自分の身を守る労働法規の教育は,高校や大学で必修にすべきではないかと感じます。文字通り,「生きる力」の中核の要素ではないですか。

 教育社会学にあっては,児童・生徒が,ブラック労働を厭わない方向に,いかにして仕向けられるか(社会化されるか)を解明することが求められるでしょう。私の仮説ですが,教員がブラック労働のモデルを提供してしまっているように思えます。教員の就業状況の改善は,未来の健全な労働者を育む上でも必要なことなのです。