ページ

2017年9月4日月曜日

やっぱり教員の勤務時間は長い

 教員の過重労働が世に知れ渡るようになってきました。

 最近出た,妹尾昌俊さんの『先生が忙しすぎるをあきらめない』(教育開発研究所)の第1章では,教員の勤務時間が異常に長いことが豊富なデータで示されています。
http://www.kyouiku-kaihatu.co.jp/class/cat/desc.html?bookid=000489

 私も,教員の長時間労働についてはデータを作ってきましたが,初めてみるデータがいろいろ提示されており,勉強になりました。とくに興味を持ったのは,小・中学校の週間勤務時間分布を,他の産業と比較している表です(25ページ)。

 これによると,教員の勤務時間は,キツイといわれる運輸業・宿泊業・飲食業よりもずっと長し。「大変なのは教員だけではない」という声を聞きますが,他の職業と比べてみても,教員の世界は異常なんだなと感じました。

 私は,この職業比較のデータをもっと精緻化させてみたいと考えました。妹尾氏は,『労働力調査』のラフな産業分類のデータを使っていますが,『就業構造基本調査』に,もっと細かい職業中分類の就業時間の統計が出ています。

 このデータから描ける,全職業の布置図の中に,小・中学校教員のドットを置いてみようと思います。

 まずは,小・中学校教員の勤務時間分布を代表値に集約することから始めましょう。下表は,2016年度の文科省『教員勤務実態調査』(速報)による,学校内の週間勤務時間の分布です。原資料では,教諭と管理職(副校長・教頭)に分けられています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/04/1385174.htm


 5時間刻みの階級に該当する教員の数が,%値で示されています。最頻階級(Mode)は,小教諭・中管理職が55~59時間,中教諭・小管理職が60~64時間,となっています。現場の感覚からすれば「そんなもんだろう」でしょうが,法定の週間労働時間(40時間)から大きく隔たっています。労基法などどこ吹く風です。

 週60時間以上働いている教員の割合は,小教諭が33.5%,中教諭が57.6%,小管理職が62.8%,中管理職が57.8%,です。1日12時間以上勤務している教員が多し。

 階級値(階級の真ん中の値)を用いて,週間の勤務時間の平均値(average)を出すと,小教諭が57.3時間,中教諭が63.2時間,小管理職が63.4時間,中管理職が63.5時間,となります。平均でコレとは酷い。

 これは,学校内の勤務時間によるものです。自宅での授業準備や持ち帰り残業等も含めれば,事態はもっと悲惨なものになります。

 小・中学校教員の週間勤務時間分布を,2つの代表値(週間平均勤務時間,週60時間以上勤務者比率)で表してみました。ここでの目標は,この2指標のマトリクス上に,教員を含めた全職業のドットを配置したグラフを作ることです。

 他の職業についても,同じ値を計算しましょう。2012年の『就業構造基本調査』に,週間の勤務時間の分布を職業別に集計した表があります(下記サイトの表34)。これをもとに,上記の2つの代表値を職業別に明らかにしました。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/GL08020103.do?_toGL08020103_&tclassID=000001048178&cycleCode=0&requestSender=search

 下表は,算出されたデータの一覧表です。資料的意味合いもこめて,省略はしないで全部掲げましょう。週間平均勤務時間が50時間以上,週60時間以上比率が30%以上の数値は赤字しました。キツイ職業の目安です。


 教員の勤務時間は,他の職業に比して長くなっています。長時間労働がいわれる医師,飲食物調理,自動車運転業をも凌駕しています。

 グラフにすると,教員が他を抜きん出ている様が分かります。横軸に週間平均勤務時間,縦軸に週60時間以上勤務率をとった座標上に,教員を含む70の職業のドットを配置すると,下図のようになります。


 教員は,全職業の標準(点線)からはるかに隔たった,右上のゾーンのあります。教員のデータは,学校内の勤務時間に基づきますが,自宅での仕事時間も加味したら,もっと右上にぶっ飛ぶことでしょう。

 タイムカードや残業代という概念が存在しない。公立学校の教員は,月給の4%の調整手当で「使いたい放題」。学校では,一般社会では考えられないことがまかり通っています。かつてデューイは,学校を「陸の孤島」と形容しましたが,労働者の管理についてもそれは当てはまるようです。

 先月末に中教審が出した緊急提言によると,ようやく,この異常な環境が是正される見通しが立ってきました(タイムカード導入!)。
http://www.yomiuri.co.jp/national/20170829-OYT1T50068.html

 タイムカードとは,時間を切り売りして給料を得る労働者の世界では欠かせないアイテムですが,教員の世界ではそれがずっとなかった。教員はカネ勘定で働く労働者とは異なる,「教師=聖職者」というような,昔ながらの教師像が残存しているのでしょう。

 働き方改革の徹底と同時に,こうした社会の眼差しを正すことも必要です。時代と共に,教師像は「聖職者→労働者→専門職」というふうに移行するといいますが,日本は未だに,最初のステージにとどまっています。

 個々の教員は,「やりがい搾取」(本田由紀教授)という罠にはまっていることにも要注意。「子どものためなら」と,現況の異常事態を受け入れてはなりません。ブラック労働を厭わぬ精神を,子どもに植え付けることにもなります。

 教員は,社会(子ども,保護者,教育委員会…)からの眼差しを意識して演技する「役者」のような存在です。制度レベルでの労働条件改善は重要ですが,根本的には,教師像を問い直す作業も必要になるでしょう。

 時代比較や国際比較で,今の日本社会で,常識と信じて疑われない教師像を相対視する。亡き恩師・陣内靖彦先生の著書『日本の教員社会』(東洋館出版,1988年)は,歴史社会学の視点からそれをやっている名著です。