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2018年10月1日月曜日

高校入学と勉強時間減少

 厚労省は『21世紀出生児縦断調査』という調査を継続しています。2001年に生まれた子ども2万6000人ほどを追跡する調査です。

 毎年,調査対象の子どもの家庭に調査票を送り,質問に答えてもらっています。これにより,各年齢時点での子どもの生活を知ることができ,タテにつなげば加齢に伴う変化を跡付けることができます。同一世代を追跡した調査ですので,説得力は満点です。

 先週の金曜に,16歳児を対象とした第16回調査の結果が公表されました。今世紀初頭に生まれた世代も,もう高校生になったわけです。

 公表された統計表の一覧をみると,興味深いクロス表が満載ですが,メディアでは,家庭での学習時間のデータが注目されています。曰く,中3から高1になると,家庭での学習時間が激減すると。

 第15回調査(15歳対象)と第16回調査(16歳対象)のデータを使って,分布のグラフを作ってみましょう。原資料では,8つの時間カテゴリーが設けられていますが,3時間台,4時間台,5時間台,6時間以上は「3時間以上」とまとめます。以下のグラフは,平日1日あたりの家庭での学習時間の分布です。


 中3時では半分近くが2時間以上でしたが,高校に上がるや16.2%にまで減っちゃいます。代わって,1時間も机に向かわない子が55.6%にもなります。ゼロ勉の子は4人に1人です。

 高校受験から解放されたためでしょうが,スゴイ減りようですね。私は,ガンガン宿題を出す高校に入ったので,中3の受験期よりも勉強時間はさらに増したような気がしますが,高校1年生全体ではこうなっています。

 入試のセレクションで,ランクが下の方の高校に入った生徒が意欲を無くすことにもよるでしょう。わが国に高校は威信や進学実績に応じて階層化されており,どの高校に入るかで,卒業後の進路は大よそ察しがつく。生徒は,自己選抜をしてしまうわけです。80年代の教育社会学で繰り返し実証されたことですが,30年を経た現在でも,この現象は健在と思われます。

 中3から高1にかけて宅習時間がどれほど減ったかに応じて生徒をグループ分けし,入った高校の偏差値とのクロスをとったら,おそらく明瞭な相関関係がみられるでしょう。

 あいにくこのような分析はできませんが,上記で出てきた「自己選抜」に関連して,気になるデータがあります。高校1年生のアルバイト実施率です。高校生にもなればバイトをする生徒は出てきますが,男子と女子では実施率が違っています。容易に想像がつきますが,家庭の年収による差もあります。

 以下のグラフは,両親の年収別のバイト経験率曲線を,男女で分けて描いたものです。


 貧困家庭の生徒ほど,バイト実施率が高くなっています。女子はその傾向が明瞭で,年収200万未満の家庭の群では,4割近くがバイトしています。

 私は前に,『黒の女教師』という番組のデータ監修をやったことがありますが,母子家庭の女子生徒が,友人グループとの交際費(スマホ代)を稼ぐために,風俗店でバイトをするシーンが出てきます。上記のグラフを見て,家計補助や学費稼ぎかなと思いましたが,緊密な関係を求める女子では,こういう子も結構いるのではないかと推測しました。

 しかるに,武蔵大学の千田有紀教授が別の解釈を教えてくださいました。貧困家庭の女子生徒は,大学進学を諦める自己選抜をするので,勉強よりもバイトをするようになるのではないかと。
https://twitter.com/chitaponta/status/1046631524785770498

 同じ貧困家庭でも,男子のバイト率は低くなっています。千田教授曰く,「大学進学によって貧困から抜け出そうとするのだろうか」と。なるほどと思います。

 貧困家庭の子どもが教育から疎外されがちなことはよく知られていますが,それにはジェンダー差があるようです。貧困という生活状況がどう作用するかは,男子と女子では違う。男子では,逆境から抜け出そうというバネになり得ますが,女子にあっては,自分の将来を閉ざす「自己選抜」という名の蓋(ふた)にしかならない。

 子どもに対する,親の教育期待(どの学校まで行かせたいか)にも性差がありますが,余裕のない貧困家庭では,それはとりわけ大きいでしょう。「男子は多少無理をしてでも大学に行かせるが,女子はそうはいかない」。こういう親の眼差しも,女子の自己選抜を促しています。

 貧困家庭の子どもに対する支援が盛んになっていますが,経済的支援だけでは,こういうジェンダーの問題は解決できそうにありません。貧困のインパクトは,男子と女子では異なる。困窮家庭の女子生徒に対しては,認知の歪み(自己選抜)を正したり,奨学金等の情報を積極的に提供したりといった,意図的な実践が求められるかもしれません。