日本で長らく続いてきた終身雇用ですが,それも限界の兆しが見えつつあります。経団連のトップも「もう終身雇用制の維持は難しい」という趣旨の発言をしていますね。
年功賃金と終身雇用。日本的雇用慣行の2つの柱ですが,社会の可視化(見える化)を商売とする私としては,統計でそれがどれほど広がっているか,もっと疑えば本当にそれはあるのか,ということを明らかにしたくなります。
前者の年功賃金は,可視化は簡単です。賃金の年齢カーブ,正確を期すなら特定世代の賃金の年齢カーブを描けばいいだけのこと。1月20日の記事で,収入の年齢曲線の国際比較をしましたが,日本の「右上がり」はどの国よりも明瞭です。
後者の終身雇用についても,会社の勤続年数や転職回数のデータで分かります。探せばこういうデータはあるでしょうが,日本だけだと「ふーん,そうだろうね」でおしまいです。願わくは国際比較をしたい。他国の状況から日本を逆照射し,変革の可能性も知りたい。
こんな関心をもって,OECDの国際成人力調査「PIAAC 2012」の調査票をサーチしたところ,転職回数の設問は見当たりませんが,「今の雇い主の下で働き始めたのは何歳の時ですか?」という問いはあります(D_Q05a1)。雇用の流動性のデータになりそうです。
http://www.oecd.org/skills/piaac/publicdataandanalysis/
45~54歳の男性雇用労働者を取り出し,上記の問いへの回答をとってみました。手始めに,日本,アメリカ,スウェーデンという3つの社会の回答分布を比べてみましょう。アラフィフ男性が,今の職場で働き始めたのは何歳かです。リモート集計でやりましたので,粗い整数値になっていることをお許しください。
日本では20代前半が33%と最も多くなっています。大学卒業年齢ですね。ストレートに解釈すると,アラフィフ男性の3人に1人が,新卒で入った会社にずっと勤め続けていると。
対してアメリカとスウェーデンでは,最も多いのは40代前半です。この2国では,アラフィフ男性の半分が,今の会社に勤め始めたのは40歳以降だと答えています。アメリカでは高い給与を求めてバンバン会社を移るといいますが,それが数値に出ています。
では,他の国はどうでしょう。「PIAAC 2012」では,OECD加盟の25か国のデータを得ることができます。原資料の8カテゴリーを4つに簡略化し,国ごとの分布をとってみました。下図は,40歳以上という回答の割合が高い順に25か国を並べたものです。
45~54歳の男性労働者に,今の会社に勤め始めた年齢を尋ねた結果ですが,国によって大きく違っています。
ニュージーランド,エストニア,デンマークでは,6割が40歳以上と回答しています。今の会社の在籍期間がほんの数年という人たちです。組織を移った回数を尋ねたら,5回,10回という回答はザラでしょうね。雇用の流動性が高い社会です。
先ほど比べたアメリカは中間くらいで,日本はというと見事に最下位です。アラフィフ男性の6割が,20代に入った会社に勤め続けています。予想はしていましたが,雇用の流動性が最も低い社会であることが露わになりました。
諸外国では,高い給与が得られる,自分の専門性が活かせるといった理由で,労働者は組織を頻繁に移ります。アメリカでは,大卒者の採用面接で専攻について訊かなかった採用担当者が侮辱罪で訴えられるそうな。それだけ「個人」が重視されている,ということです。
日本はさにあらず。面接で給与なんて聞くのはタブーですし,採用側も当人の専攻分野なんかに興味を持ってません。知りたいのは,性格にクセがないか,組織の和を乱さないか,長く勤めて自社の色(やり方)に染まってくれるか…。こんなところでしょう。
長く勤めるのがよしとされ,転々と色々な所を渡り歩いている人は「耐性がない」と低く見られます。事実,アラフィフ男性の年収を今の会社の勤続年数別にみると,日本では有意に差が出るのです。転職(場)が仇になる国です。
https://twitter.com/tmaita77/status/1120544380039909377
「石の上にも3年」「若いうちはできるだけ辛抱すべし」。さらには「すし職人が一人前になるには10年の修行が必要だ」という説もありますが,堀江貴文さんは「ありえないことだ」とこれを一蹴しています。時間の無駄以外の何物でもない,既得権者が新参者を排除するために(勝手に)ハードルを設けているだけだと。
若いフレッシュマンの皆さん,上役のこうした戯言は聞き流すのがよいと思います。冒頭で書いたように,経団連の首領が「終身雇用はもう無理だ」と言っています。長く勤めて奉公したところで,会社の都合で捨てられるのがオチです。前回の記事で言いましたが,大企業では45歳以上の中高年の首切り(リストラ)が始められています。
雇用の流動性が高まるのは,いいことだと思います。日本固有の職域の病理(パワハラ,転勤強要…)が治癒されるための条件になるでしょう。前回申したように,一つの組織に「しがみつく」生き方は,非常にハイリスクです。
日本も,これから変わってくるでしょう。上記のグラフは2012年のものですが,今度「PIAAC」調査が実施される2022年では,模様が様変わりしているかもしれません。いや,そうあってほしいです。労働者にすれば,組織によりかかることなく,自分で研鑽を続けないといけない。厳しいですが,楽しい時代の幕開けでもあります。
AIの台頭は人間を労働から解放してくれる,雇用の流動性の高まりは人生を楽しくしてくれる。未来の勝ち組となる「強い」人は,こういう考えのできる人ですよね。