日本教育新聞で週1の連載を初めて5年になります。我ながらよく続けているもんだと思います。「毎週,よくネタが尽きませんね」と言われますが,ブログやツイログをちょっと漁れば,ネタなんていくらでも出てきます。
https://blog.goo.ne.jp/tmaita77
本紙は国内唯一の教育専門紙で,全国津々浦々の学校で講読されていると聞きます。私のコラムは2面に格上げしていただき,読者の目に触れやすくなっています。そのせいか,コラムをみたという読者さん(多くが教員)からメールが来ることも増えてきました。
一昨日の夕方,地方の高校の先生からメールがきました。「日本の学校は,職業と直結した職業教育が脆弱であると思う。他国と比較したデータはないか」というものです。うーん,ざっくりしていて答えにくいですが,教育を受けている生徒や学生の評価をうかがい知るデータはあります。
内閣府が2018年に実施した『我が国と諸外国の若者の意識に関する調査』では,生徒・学生に対し,「現在通っている学校は,仕事に必要な技術や能力を身に付けるうえで意義があるか」と訊いています。4段階で答えてもらう形式です(Q48の3)。
https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/ishiki/h30/pdf-index.html
私は,各国の中学生・高校生・大学生のサンプルを取り出し,この問いに肯定の回答をした生徒・学生の率を出してみました。「意義がある」という,最も強い肯定の回答のパーセンテージです。*個票データの分析による。
結果を簡素なグラフにすると,以下のようになります。
日本はいずれの段階でも,意義を認める生徒・学生の率は低くなっています。中学校は28.3%,高校は28.7%,大学は23.2%です。中高生よりも大学生で低い,という傾向すら出ています。「中→高→大」と,コンスタントに評価が上がっていくアメリカとは対照的ですね。
ドイツは高校で高いですが,教育と職業訓練の2本立て(デュアルシステム)のなせる業でしょうか。
メールをくださった高校の先生は,「やはり…」と肩を落とされているかもしれません。日本の生徒・学生に,学校の職業教育の意義を評価させると,こういう有様になります。まあ日本の生徒の場合,将来就きたい職業なんて未定という子が多いので,「意義がある」という明瞭な評価をしにくかったとも考えられます。
それに,上記の結果をもって学校だけを責めるのは筋違いでしょう。日本の雇用はジョブ型ではなく,メンバーシップ型で,企業は学生が学校で何を学んだかなんて関心を持っていません。面接で,学校で学んだことを訊かれるなんて稀。先方が知りたいのは,性格にクセがないか,組織の和を乱さないか,長く勤めて自社の色に染まってくれるか…。こんなところです。ねらいは,一緒に働くにふさわしいメンバーを迎え入れることです。
対してジョブ型の欧米では,学校で何を学んだか,何ができるかを徹底的に訊かれます。逆にいえば,それを訊かないと侮辱罪として学生の側から訴えられるケースもあるそうです。労働者に期待する職務が明瞭で,それを遂行する能力を有しているか。この点をジャッジすると。学校では,実践的な職業教育に力が入るわけです。
日本では,入社後に職業訓練を行い,長いことかけて自社の色に染めていきます。勤続年数と共に給与をアップさせ,定着のインセンティブを強めるという仕掛けつきです。しかし,そういう「丸抱え」のやり方も綻びを見せ始めています。大企業は40代半ば以降の社員のリストラをしていますし,経団連のトップも「もはや終身雇用の維持は難しい」と口にしています。企業も体力がなくなり,学校にも実践的な職業教育を期待する度合いは高くなっていくでしょう。
そもそも,異国の人にすれば「クレイジー」としか思えないメンバーシップ型を維持していたら,これからますます増える外国人労働者,高度なスキルをもった外国人労働者を採用するなんてできますまい。彼らは,自分の能力に見合った給与を情け容赦なく求めてきますのでね。「新人は,最初はみんなお茶くみと雑巾がけから」。こんなことをしたら,裁判を起こされちゃいます。
今年の春に専門職大学ができましたが,こういう時代の変化に即したものだと思えます。教員の4割は実務家教員とすることとありますが,中等レベルの学校でも,こういう人材がある程度必要になってくるでしょう。実践的な職業教育は,大学を出たての22歳の若者には難しい。産業界の経験のある実務家教員の採用枠を増やすべし。また副業が奨励され,パラレルキャリアの時代になりつつあるので,社会人講師に教壇に立って貰うのもよし。
教育は人なりと言いますが,実践的な職業教育を充実させるには,上記のように教員集団の組成を変える必要も出てきます。その度合いは,民間企業の経験が長い教員,またパート教員の割合で測ることができるかと思いますが,この2つのマトリクス上に世界各国を散りばめるとどうでしょう。下のグラフは,「TALIS 2018」の個票データから作ったものです。
うーん,日本は2つの指標とも低いので,原点付近にあります。パート教員率は9.7%,民間経験10年以上の教員に至っては1.9%なり。学校と社会の敷居が高い故か,教員の多様性が進んでいません。
対して,右上のカナダやブラジルはスゴイですね。教員の8割はパートで,3~4割が民間経験が長い実務家教員となっています。17日公開のニューズウィーク記事でデータを出しましたが,ブラジルでは教員の仕事時間の9割は授業なんですよね。その理由が分かる気がします。
学校とは,勉強をするところ。社会生活に必要な資質や能力を育むところ。これが原点です。社会の変化に伴い,学校も,このような原点回帰が求められるようになっています。思い切ってスリム化を断行し,業務を授業に絞るのはどうでしょう(学校行事等の特別活動は授業です)。そうすれば,教員の多様性を押し進めることもできます。目指すべきは,上記のマトリクスにおいて右上にシフトしていくことです。
少子高齢化に伴い,学校にも人手不足の波が及んでいます。今となっては,教師と子どもが全身全霊で触れ合うことによる全人教育など,学校だけでできることではありますまい。積極的に学校を開放し,外部社会の助けも借りて,社会全体で子を育むという気構えが必要なのです。
そういう分業において,学校は教授・学習活動に専念する。それがどれほどできているかは,最初のグラフで示された,職業教育への評価によって知ることができます。学校の職業教育への評価が低いのは,日本の雇用慣行による部分が大きいのですが,機能を散漫させている学校の問題でもあるように思います。