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2019年10月6日日曜日

能力よりもジェンダーがモノをいう国

 「学力が収入に直結する社会 家の蔵書量が多いほど高学歴が多い」という記事を見かけました。
https://www.moneypost.jp/587237

 紹介されているのは,子ども期に家の蔵書量が多かった群ほど,高学歴の率が高いというデータです。早稲田大学の橋本健二教授が,SSM調査のデータから導かれたものです。橋本先生は以前,練馬の武蔵大学におられ,お招きを受け,2013年度の後期に「不平等の社会学」を担当させていただいたことが思い出されます。

 蔵書という文化資本が多い家庭で育った子は,学力が高くなり,高学歴を得て,高収入の職業(地位)に就ける。分かりやすい因果経路です。塾通い等の費用を賄えるかという経済資本(家庭の所得)に注目されることが多いですが,子どもの認知面の学力に影響するのは,経済資本よりも文化資本であると思われます。

 ところで,私が関心を持ったのは上記記事タイトルの前段です。「学力が収入に直結する社会」。これも誰もがピンとくることですが,データで可視化されているのを見たことはないですね。

 ホワイトカラー労働が増えている現在では,認知面の学力が職務遂行能力と近似する度合いが高まっており,学力と収入の相関関係は,当人の能力がモノをいう「メリトクラシー」の度合いを見て取るメルクマールであるといえます。

 この2変数の相関関係は,OECDの国際成人学力調査「PIAAC 2012」から明らかにできます。調査対象の16~65歳の成人を,数学的思考力の習熟度レベルに依拠して3つのグループに分け,現在年収の分布を比較してみます。

 数学の習熟度に基づくグループ分けですが,日本のサンプルの分布をみるに,レベル3未満を「低群」,レベル3を「中群」,レベル4~5を「高群」と括ると,量的にバランスがよくなります。

 このやり方で日本の成人有業者を3群に分け,年収の分布をとってみます。年収には性別(ジェンダー)が強く影響しますので,この変数は統制したほうがいいでしょう。下図は,男性と女性に分けて,数学学力と年収のクロス分析をした結果です。下記サイトのリモート集計から導きました。
https://nces.ed.gov/surveys/international/ide/


 数学学力が高い群ほど,年収が高い傾向にあります。年収は「有業者全体の中でどのくらいの位置と思うか」という問いに答える自己評定ですが,参考にはなるでしょう。

 男女とも,きれいな右下がりの模様が描かれており,ハイタレントの人ほど稼ぎが多いという,メリトクラシーの社会になってはいるようです。厳密にいえば,横軸の学力とて,育った家庭環境といった生得要因の影響を受けていますので,100%そうとはいえませんが…。

 それにグラフを見てみると,稼ぎを規定する要因は,当人の学力だけではないことが知られます。女性では学力レベルに関係なく,青色のプア(下位25%未満)が幅を利かせています。

 よく見ると,女性の高学力グループ(右端)よりも,男性の低学力グループ(左端)のほうが,収入が高いではありませんか。年収上位25%以上の人(稼ぐ人)の割合は,前者では19%ですが,後者では26%となっています。

 女性の場合,家計補助のパート勤務が多いからでしょう。正社員であっても,収入の高いポジションは男性に占有されがちです。女性のハイタレントが浪費されているんだなあ,という感想を抱くのはあまりにも容易い。

 女性の高学力群は,男性の低学力群よりも稼ぎが少ない。これが日本の現実なんですが,こういう社会って他にあるんでしょうか。「PIAAC 2012」は国際調査なんで,他国のデータも作れます。各国のサンプルからこの両群を取り出し,年収が上位25%以上の人の率を計算しました。下表は,データが得られた21か国の中での対比です。


 稼ぎが多い人の出現率ですが,前述の通り,日本の女性の高学力群ではが19%,男性の低学力群では26%です。前者から後者を引いた値はマイナスになります。

 表を見ると,学力の高い女性の稼ぎがそうでない男性より低い国って,日本,韓国,スロバキアの3国だけのようです。アメリカでは,女性高学力群の数値が男性低学力群より21ポイントも高くなっています。実力主義のお国柄ですね。「ジェンダー < 能力」です。

 国際的にみればこれがスタンダードで,日本は遺憾ながら,それから最も隔たった国であるようです。そういえば,日本の高学歴マザーのフルタイム就業率は,宗教的な統制の強い中東諸国と同レベルなんでした。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/11/post-8805.php

 また,「PIAAC 2012」のデータで検討してみると,日本の生産年齢女性では,フルタイム就業者よりも専業主婦の学力平均点が高いのです。統計的に有意ではないもの,他国には類を見ない独特の傾向です。

 女性のハイタレントが眠ってしまう国。地方の優秀な女子高生が大学に進学できない,という事実もあります。要因を挙げたらキリがないですが,まずなすべきは,女性がフルタイム就業しやすい環境を作ること。増税で得られた財源は,保育士の待遇改善に充て,保育所の受け入れ枠を増やすべきでした。この点は,何度でも申しておきたいと思います。