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2019年12月6日金曜日

普通に働いて得られる所得

 師走になり,寒くなってきました。今日の横須賀は曇天で,寒風が吹き荒んでいます。

 インフルエンザの流行も懸念されます。私は10月半ばに行った健診で,「40歳を過ぎたらインフルエンザの予防接種したほうがいいですよ」と言われ,3200円払って注射を受けました。高校を卒業して以来なんで,四半世紀ぶりです。これで罹患を免れる保証はないですが,重症化する確率はかなり下がるとのことです。

 はとバスが停車中のハイヤーに乗り上げ,ハイヤーの運転手が死亡する事故が起きました。バスの運転手はインフルエンザで高熱の状態だったとのこと。会社員なんで予防接種は受けていたのでしょうが,過労で体の免疫が低下し,罹患してしまったのでしょうか。

 仕事に殺されることがないようにしたいものです。労基法で規定されている,週間の労働時間は40時間。1日8時間,週5日がスタンダードです。こういう普通の働き方で,普通の暮らしが得られる社会になってほしい。今年の参院選で,ある候補者がこの点を訴えていましたが,全く同意です。

 現実はどうなんでしょう。毎度使っている『就業構造基本調査』では,「年間日数 × 週間就業時間 × 所得のクロス表」が出ています。そうですねえ。年間就業日数が200~249日,週間就業時間が43~45時間の労働者を,フツーの働き方をしている人とみなし,所得の分布をとってみましょうか。最新の2017年調査のデータを呼び出すと,以下のようになります。


 週5日,1日8時間のフツーの働き方をしている労働者(340万人ほど)の所得分布です。中層が膨らんだノーマルカーブになっています。最も多いのは300万円台で,中央値(累積%=50)は400万円台の階級に含まれることが分かります。

 按分比例で割り出すと,中央値(median)は405万円です。うん,まあ普通の暮らしはできるレベルといえそうです。労働の世界が病んでいるといわれる日本ですが,捨てたもんじゃありません。これは税引き前の所得なんで,手取りにしたらもっと少なくはなりますが。

 しかし,違和感を覚える人もいるはずです。週5日,1日8時間のフルタイム労働をしているが,これの半分くらいしかもらってない! こう叫びたくなる人もいるでしょう。ボーナスなんてない非正規雇用,最低賃金の概念がないフリーランスの人たちなどです。

 従業地位別の分布も出せます。普通に働く労働者から,正規雇用者,非正規雇用者,フリーランスの3つのグループを取り出し,年間所得の分布をとってみましょう。フリーランスは,雇人のない業主を指します。%の母数は,正規雇用が269.1万人,非正規雇用が47.5万人,フリーランスが8.3万人ほどです。


 うーん,同じように普通の働き方をしていても,従業地位によって稼ぎの分布がかなり違っています。最頻階級は正社員は300万円台ですが,非正規雇用とフリーランスは200万円台前半です。

 累積%にして中央値が含まれる階級の目星をつけ,按分比例でそれを割り出すと,正規雇用が447万円,非正規雇用が230万円,フリーランスが234万円となります。労働時間が同じであっても,正社員と非正規・フリーの間では,稼ぎに倍近くの差があるのですね。

 最初の表は,人数的に多い正社員の傾向を反映しているようです。とはいえ,非正規やフリーの人も結構おり,今後,ますます増えることが見込まれます。現状では,こういう人たちが普通の働き方をしても,普通の暮らしをするに足る稼ぎを得るのは難しいようです。週5日,1日8時間労働しても,非正規の3割,フリーの4割が所得200万未満のワーキングプアであるのもイタイ。

 性別と年齢を組み入れてみると,普通の労働で普通の暮らしができる層が限られていることが,もっとリアルに分かります。正規雇用者と非正規雇用者については,性別と年齢もかけ合わせることができます。男性正規,男性非正規,女性正規,女性非正規という4つのグループを設定し,所得の分布が年齢に応じてどう変わるかをグラフにすると,以下のようになります。見やすさを考慮し,所得階級は4つに簡略化しました。


 普通の暮らしに足るのは,緑色赤色のゾーンかと思いますが,この2つが幅を利かせているのは正社員だけのようです。非正規雇用では300万円に満たない人が大半で,女性非正規にあっては200万未満のプアが多くなっています。普通にフルタイム労働をしてコレです。

 最初の労働者全体の所得分布をみれば,「普通の労働で普通の暮らしが得られる」社会になっているようにも思えますが,従業地位・性別・年齢で労働者を分解してみると,一部の層に限られていることが分かります。

 4グループの年齢層別の中央値の折れ線を描いて,おしまいにしましょう。


 普通の暮らし,そこそこの暮らしができる所得のラインを引きましたが,これを超えるのは,働き盛りの正社員に限られることを見取ってください。

 くどいようですが,これは普通の働き方をしている労働者に限ったデータです。にもかかわらず,正規か非正規か,男性か女性かでこんなにも差が出るのは明らかにおかしい。異国の人からすれば,差別以外の何物でもない,という感想しか抱かないでしょう。そもそも「セイキ,ヒセイキ」という区分は何なのかと。

 海外ではどうなのか。正規と非正規の格差の国際比較をやってほしい,というリクエストをよく受けますが,諸外国では「正規/非正規」なんていう区分はありません。労働時間に依拠して,フルタイム,パートという区分けがあるだけです。

 上記のグラフから,男性の正社員に富が偏していることも読み取れます。性役割分業,メンバーシップ雇用が長らく続いてきたことの結果です。しかし男女共同参画の時代になり,企業も正社員を抱える体力がなくなり,おまけに人口の高齢化も進行しています。今述べた2つの慣行は,確実に崩れつつあります。

 これから増えるのは,女性の労働者,パートの労働者,組織に属さないフリーの労働者です。しかし今回のデータではっきりと分かるように,これらの人たちは「普通の労働=普通の暮らし」から遠く隔たっています。

 富と先端技術を有する日本において,1日8時間の労働で普通の暮らしが得られる社会を実現できないはずはありますまい。それを妨げているのは,労働生産性の低さと富の偏りです。前者はAIやICT,後者は同一労働同一賃金の徹底で克服できるはず。

 「働き方改革」が昨今のキーワードですが,令和の時代で自ずと進行するのは「働き方の多様化」です。どういう働き方をしようが,普通に働けば普通に暮らせる社会の実現が望まれるのです。