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2011年12月3日土曜日

非常勤率と退学率の相関

前回は,2011年現在における,全国615大学の非常勤教員率を明らかにしました。非常勤教員率とは,非常勤講師や特任教授などの非常勤教員が,全教員に占める比率のことです。個々の大学ごとにみると,非常勤教員率が0%の大学もあれば,8割や9割を超える大学もあります。

 非常勤教員率の高低によって,大学教育の質(中身)がどう異なるかは,大変興味深い問題です。前回も書きましたが,この指標があまりに高いことは,部外者に教育を「丸投げ」している度合いが高いこととイコールですから,好ましいことではないでしょう。

 非常勤教員の多くは,本務校を持たない専業非常勤講師であると思われます。完全な買い手市場のもと,彼らは劣悪な労働条件で働くことを強いられています。不満を高じさせ,投げやりな態度で授業を行っている輩も少なくないのではないでしょうか。

 首都圏・関西圏大学非常勤講師組合は,4年に1度,大学非常勤講師の生活実態を調査しています。2007年度調査の自由記述をみると,次のような不満の念が綴られています。
http://www.hijokin.org/en2007/6.html

 「非常勤の給料がこれだけ安いというのは,実際には大学は教育に投資するつもりがないと言うことでしょう。まさか学生も,非常勤とはいえ大学教員が,サラリーマンの平均年収にも満たない収入で働いているとは思ってもみないでしょう。最近は専任の先生との給与格差を考えて,もっと質の低い授業を提供すべきかもしれないなどと,意地の悪いことを考えてしまいます (実際には学生を相手にすると,そんなことできませんが)」。

 「ある大学で一昨年,翌年からのコマ数を減らすと言われた。・・・コマ数減を言ってきた専任教員に,コマ数を減らされるのは困ると渋ったところ,『同意してもらえないのなら他に探すしかありませんね』と言われた。なんと配慮のない,専任であることの権力を振りかざした高慢な言い方であろう。大変な憤りを感じたが,生活に響くので仕方なく同意せざるを得なかった。数年間その大学で教えてきて,熱意を持っていろいろ努力してきたつもりであったが,非常勤なんて所詮,弱い立場だし,誰でも代わりがいる捨て駒と考えられているのだと実感した。それまでの自分の実績などまったく評価されないことが分かったため,モチベーションは大きく低下し,その大学での熱意は失われてしまった。学生に罪はないので,もちろん,授業は精一杯やるが,プラスアルファの情熱はないし,いろいろな面で割り切って考えるようになった」。

 安い賃金,単なる雇用の調整弁(捨て駒)として扱われることからくる疎外感・・・こうした状況から,すっかり教育への意欲を減退させた非常勤講師の姿が看取されます。

 上記の2人はまだ,学生のためにも手抜きはしまい,と自制することができています。しかし,このような自制心をも失くしてしまった非常勤講師もいることでしょう。もし,開講している授業の大半を非常勤講師に外注している大学で,この手の輩が多いとしたら,どういうことになるでしょうか。考えるだけでも,空恐ろしい思いがします。まさに「教育崩壊」です。

 こうみると,前回明らかにした各大学の非常勤教員率は,学生の退学率のような指標と相関しているのではないかと思われます。非常勤教員の比重が高い大学ほど,退学率が高いという,正の相関関係です。

 読売新聞教育取材班『大学の実力2012』(中央公論新社,2011年)の巻末資料には,各大学について,在学期間(4年)中の退学率が掲載されています。2007年4月入学者が,2011年3月までの間にどれほど退学したか(除籍になったか)を表す指標です。

 前回,非常勤教員率を明らかにした615大学のうち578大学について,上記の意味での退学率を知ることができます。私は,この578大学のデータを使って,非常勤教員率と退学率の相関関係を調べました。下図は,両指標の相関図です。


 横軸に非常勤教員率,縦軸に退学率をとった座標上に,578大学を位置づけています。データの数が多いので,明瞭な傾向ではありませんが,うっすらとした正の相関です。相関係数は0.166でした。578というデータ数を考慮した場合,1%水準で有意な相関と判断されます。

 非常勤教員率が高い大学ほど,学生の退学率が高いという傾向が,統計的に支持されます。むろん,これは相関関係であって,因果関係であると断定はできません。退学率と相関する要因は他にもあるでしょう。ですが,上図のような統計的事実が出てきたことは,看過できることではありますまい。

 専任教員の比重を減らし,授業の多くを非常勤教員に外注することは,人件費を下げるという,経営上の戦略としては有効でしょう。しかるに,そのことには,教育の質の低下,ひいては学生の退学率増加,という副作用が伴う可能性があることも,認識しておきたいところです。

 上記の散布図をよくみると,非常勤教員率が同じくらいの大学でも,退学率が大きく異なるケースが多々あります。この差は何に由来するのでしょうか。もしかすると,非常勤教員の待遇の有様が違っているのかもしれません。

 今日,大学教育の多くの部分は非常勤教員によって担われています。それ故,非常勤教員の待遇の有様と,大学のアウトプット指標の相関分析は,大変重要な課題であると存じます。