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2018年12月26日水曜日

授業時間の比重

 先週の金曜日(21日),横須賀中央の南蛮茶屋にて,公益財団法人・日本女性学習財団の方々とお会いしました。月刊『We Learn』という機関誌に連載を持たせていただいているご縁です。
http://www.jawe2011.jp/

 理事長の村松泰子先生もお越しになられました。わが母校・東京学芸大学の前学長で,私が学部時代,ジェンダーの社会学を習った先生です。20年ぶりにお目にかかり,ちょっとばかり感激を覚えました。

 教員養成大学の首領という立場であられたことから,教員問題には関心をお持ちで,今の連載と絡め,教員のジェンダー統計に関する話が弾みました。最近の『学校教員統計』では,中高の教科担任の性別集計がされなくなっているという,驚きの話もうかがいました。どういう意図なのやら…。

 後は,日本の教員の労働時間の異常性,とりわけ海外に比して専門性が薄い,という話題も出ました。それは,労働時間に占める授業時間の比重で見て取れます。教員の労働時間の統計はいろいろ出してきたつもりですが,この点の国際比較はまだやっていませんでした。ここにて,その穴を埋めてみましょう。

 データは,2013年のOECDの国際教員調査「TALIS 2013」より得ることができます。個票データに当たって独自に集計するまでもありません。誰でも参照できる統計表の形で,計算済みの数値が公表されています。下記サイトの表6-12です。
http://www.oecd.org/education/school/talis-excel-figures-and-tables.htm

 この表から日本の中学校教員の数値を拾うと,週間の平均総勤務時間は53.9時間で,うち授業時間(Hours spent on teaching)は17.7時間となっています。後者が前者に占める割合は32.8%,およそ3分の1でしかありません。残りの3分の2は,部活指導やら事務作業やらに食われています。

 教員の仕事は「教えること」なんですが,これはどういうことなんやら。日本の特異性は,他国と比較することで鮮明になります。以下は,データが得られる34か国・地域の一覧表です。


 日本の総勤務時間(53.9時間)は,最も長くなっています。よく言われる「日本の教員労働時間は世界一」の根拠です。それでいて,授業時間は短い部類に入ります。

 右端の授業時間比重は,そうしたアンバランス(不自然)の表れです。日本の教員の労働時間は長いけれど,その多くは授業以外のこと(雑務)に食われている。言葉がよくないですが,あたかも「何でも屋」扱いです。

 日本の教員は何をしているのか,教えることの専門職ではないのか。こういう疑問が,異国の人から呈されるでしょう。まあ日本の場合,教員という職業の性格が曖昧で,「教員は専門職か?」という議論にも決着がついていません。単純労働者ではないが,医師や研究者等に匹敵する専門職ともいえない。そこで「準専門職」などという苦肉の表現が使われています。

 対して南米のチリでは,教員という仕事の性格が非常にはっきりしています。トータルの労働時間は日本のおよそ半分で,そのうちの9割が授業です。メキシコ,ブラジルも授業時間の比重が高く,中南米の社会では「教員の仕事は授業」という割り切りが強いことが知られます。

 欧米の諸国は,この両極の中間です。チリ,フィンランド,日本という3つの社会を取り出せば,変化のグラデーションが分かりやすいでしょう。総勤務時間と授業時間の長さを,正方形の面積で表した図にしてみました。上表の数値の平方根をとれば,一辺の長さが出てきます。


 「教員の仕事は授業」という割り切りが明瞭なチリ,それが薄く教員に何でもやらせる日本,その中間のフィンランド,という構図です。

 これを文化の違いと片付けてしまっては,事態の改善は望めません。教育政策で操作可能な要因も多分に関与していると思われます。たとえば「TALIS 2013」のデータから,中学校教員10人あたりの事務職員数を計算すると,チリは9.5人であるのに対し,日本はわずか1.6人です。こういう条件の違いも大きい。こんなだから,日本ではプリント刷りのような作業も教員がしないといけない。

 校務のICT化を進めれば,プリント刷りを無くすことだってできます。北欧諸国では,教員が紙のプリントを大量に配るなんてしません。教材の配布や学校行事の出欠の伝達用は,軒並みネット経由だそうです。しかし日本は未だに「紙の洪水」で,そのことが「重すぎるランドセル」の要因にもなっています。
https://twitter.com/tmaita77/status/993085132264226816

 ここで提示したデータは2013年のもので,5年を経た現在では,事態の改善が志向されています。教員の働き方改革です。チーム学校という形で,教員の仕事を補助する外部スタッフを学校に入れると同時に,部活指導を単独で担える部活動指導員の職も制度化されました。校務のICT化にしても,昨年夏に出された「学校における働き方改革に係る緊急提言」にて,それを推進することが明記されています。

 業務を効率的にこなすことに加えて,業務そのものをスリム化することも欠かせません。今年2月に出された文科省通知では,学校の業務改善の参考資料として,業務の仕分けの手引きを載せてます。以下のようなものです。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/hatarakikata/1401366.htm

A:基本的には学校以外が担うべき業務
 ①登下校に関する対応
 ②放課後から夜間などにおける見回り,児童生徒が補導されたときの対応
 ③学校徴収金の徴収・管理
 ④地域ボランティアとの連絡調整
B:学校の業務だが,必ずしも教師が担う必要のない業務
 ⑤調査・統計等への回答等
 ⑥児童生徒の休み時間における対応
 ⑦校内清掃
 ⑧部活動
C:教師の業務だが,負担軽減が可能な業務
 ⑨給食時の対応
 ⑩授業準備
 ⑪学習評価や成績処理
 ⑫学校行事等の準備・運営
 ⑬進路指導
 ⑭支援が必要な児童生徒・家庭への対応

 こんな感じです。このリストを,今年夏の教員採用試験で出題した自治体もあり,現場で関心を持たれているようです。「よくぞ,お上がここまで出してくれた!」という思いなんでしょう。

 ③の給食費等の徴収ですが,教員がすることじゃありません。住民税と一緒に徴収するか,児童手当から天引きすればいいでしょう。

 ⑤の調査回答も結構負担になっているそうです。私は2015年夏,都の教職員の方々に講演しましたが,終了後の昼食会で「ホント,国や都からの調査多いんですよ。それも内容がかぶっていてね」と,小学校の副校長先生から聞かされました。「最も負担になっている業務を答えてください」という設問があったそうですが,よほど「てめえらの調査への回答だ!」と書こうと思ったそうな。

 調査も精選しないといかんですよね。「こんな調査を新規にしなくても,『全国学力・学習状況調査』の個票データ分析すれば分かることなのになあ」と思うことがしばしばあります。今から5年後くらいには,誰でも,こういう調査のローデータへのアクセスが可能になっていることを切に願います。「PISA」や「TIMSS」といった国際学力調査は,既にそうなっているわけでして。

 ⑪の学習評価や成績処理は,教員免許を持つ教員がしないといけないのですが,ICT化による負担軽減の余地は多分にあり。AIが活用される日も訪れるでしょうね。保育所の入所選考が,数週間かかっていたのが,AIを使うことで数秒でできるようになったというニュースには驚かされます。
https://www.asahi.com/articles/ASLBB62SGLBBUTIL04D.html

 行政の役目は,教員が本来の業務(授業)に注力できる環境を整えることです。元号が変わる来年が,教員の働き方改革が進行し,専門職としての教員像が確立する方途が見える元年になることを期待します。