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2019年6月1日土曜日

子どもの生活安全度

 川崎市で通り魔事件が起き,2名が犠牲になりました。そのうちの1人は,小学校6年生の女子児童です。

 「どういう世の中になってしまったのだろう」と,人々は恐怖に慄いています。あまりの恐怖に,監視カメラの網を張り巡らせるべきだとか,登下校の子ども1人1人にできる限り大人が付き添うべきだ,という意見も出ています。子を持つ親にすれば,こうも言いたくなるかもしれません。

 不遜ですが,数でみて,殺される子どもはどれほどいるのでしょう。厚労省『人口動態統計』の死因統計に「他殺」というカテゴリーがあります。最新の2017年統計によると,他殺という死因による0~14歳の死者数は29人となっています。

 「1年間で,こんなにも多くの子どもの命が奪われているのか」と憤慨されるでしょうか。しかし,70年ほど前の1950(昭和25)年の統計にて,同じ数を拾うと732人となっています。現在の25倍です。戦後初期の頃は,1年間で732人,均すと1日2人の子どもが殺されていたわけです。

 ラフな10年間隔の推移をたどると,以下のようになります。


 きれいな右下がりの傾向になっています。時代と共に,凶行の犠牲となる子どもは減ってきています。むろんこの数はゼロにならないといけないのですが,子どもの生活安全度が向上してきているのは確かです。

 「子どもが減っているからだろ」と思われるかもしれません。事故死や自殺など,他の危険指標も見たいとう要望もあるでしょうか。それにお応えいたしましょう。0~14歳の人口,交通事故死者数,自殺者数も揃えてみました。


 少子化により,子ども人口は減ってきています。1950年では2942万人でしたが,前世紀の末に2000万人を割り,2017年では1540万人となっています。戦後初期の頃に比しておよそ半減です。

 しかし,交通事故死者や殺人被害者のほうは,それよりもずっと速いスピードで減っています。下段の指数(1960年=100)をみると,それがよく分かるでしょう。ただ,自殺だけは要注意信号のようですが。

 総じて,子どもの生活安全度は昔に比して上がっています。にもかかわらず,「子どもが危険だ」と,世間はパニック状態です。

 ここにて,ハンス・ロスリングの名著『ファクトフルネス』の一節が想起されます。突発的な事件,センセーショナルな報道により,社会が悪くなっていると思い込む「ネガティブ本能」が働きやすくなると。こういう状況下では,監視カメラの増設だの,社会の異分子の排除だの,極端な意見も支持されやすくなります。

 怖いのは,こういうふうに歪められた世論に押されて,政策が決定されることです。とりわけ教育の分野では,それが起きる危険性が高いです。私見ですが,2015年の「道徳の教科化」は,上記のようなネガティブ本能に押されて実施されたのではないかと思っています。

 学者や評論家の仕事は基本的には問題提起であり,「今の社会は悪い」「ここが問題だ」と言います。「今のままでOK,何もしなくていい」などとは言いません(言えません)。しかし『ファクトフルネス』でも言われていますが,「悪い」と「良くなっている」は両立します。前者は今の状態であり,後者は過去からした変化です。この両輪をバランスよくとらえ,歪んだネガティブ本能が暴走するのを抑えたいものです。

 さしあたり力点を置くべきは,被害予備軍のガードよりも,凶行を生まないための環境づくりでしょう。メンタルケアや福祉の拡充は,その中核に位置します。増加傾向にある子どもの自殺防止と同時に,極刑をも恐れぬ「無敵の人」をなくすことにもつながります。

 ロスジェネには,「無敵の人」の予備軍が多くいそうで怖い。朝日新聞の取材でも申しましたが,就労のハードルを下げ,パート等の「ゆるい」働き方を普及させ,精神を病んだ人をも包摂するインクルージョンを進めるべきです。AIの恩恵は,それに活用されるべし。
https://digital.asahi.com/articles/ASM4T747JM4TULZU017.html

 話が逸れましたが,揺るぎない事実を知るのは,とても大事なことです。これからも,それに寄与する仕事をしていきたいと思っています。