大学院博士課程を修了し,博士号を取得しても定職に就けない「無職博士」の存在が話題になっています。その原因としてよく指摘されるのが,1990年代以降に文科省が行った大学院重点化政策です。需要量(研究者のポスト)がないのに,供給量(大学院修了者)をうんと増やしたことが,そもそもの間違いであったと。
一方で,博士課程修了者の進路は以前から厳しいものであった,という意見もあります。統計はどちらの見解を支持しているのか。大学院重点化政策が実施される前の1990年と,2010年の修了者の進路状況を比較してみようと思います。統計の出所は,文科省『学校基本調査(高等教育機関編)』です。
この20年間で,博士課程修了者(単位取得退学者含む)は,5,812人から15,842人へと,2.7倍に増えました。では,就職率はどう変わったかというと,67%から64%へと少し減っただけです。就職率およそ6割という状況は以前から続いていたようです。
しかし,これは全体の傾向であって,専攻ごとにみたら違うのではないか,という意見もありましょう。とくに,人文系の悲惨さはよくいわれるところです。では,人文科学系(文学,史学,哲学等)に限定して,同じ図をつくってみましょう。
なるほど。人文科学系に限定すると,就職率は約4割に急落します。逆に,「無業・不詳」が半分以上という惨状になっています。でも,1990年からの変化は,それほど大きなものではありません。
統計の取り方が変わったのではないかと思い,調査概要などにも注意を払ってみましたが,目を引くものはありませんでした。こうみると,オーバードクター問題の原因を,文科省の大学院重点化政策にだけ求めるのは誤りのようです。事実,1983年の時点において既に,日本科学者会議編『オーバードクター問題-学術体制への警告-』(青木書店)という本が出ています。
とはいえ,絶対水準でみた場合,博士課程修了者の無職率の高さは,やはりどうかという気がします。趣味や嗜好が高じてアーティストを私的に志した人たちとは違って,国税を使って育成された人たちです。こうした人的資源をむざむざと壊してしまうのは,国にとっても損であると思います。
追記:博士課程修了後,何年かしてから正規の研究職に就くケースが多いので,修了時点の比較では不十分ではないか,というご意見をいただきました。ごもっともです。修了後5年くらいまでを追跡した統計を比較すれば,違いがクリアーに出るかもしれません。こういう追跡調査を文科省がしてくだされば,と思います。