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2011年3月2日水曜日

難しくなる社会調査

 私の研究スタイルは,統計を使った実証研究が主ですが,自前の調査はあまりしません。官公庁の既存統計を使うことが多いです。公的な調査のほうが,費用をかけている分,サンプリングなどがしっかりしており,信憑性が高いと考えられるからです。

 とはいえ,問題によっては,自分で細かな調査をしなければならない時もあります。私は,大学院時代,鹿児島県の奄美群島内の一高校を事例として,卒業生の人生行路を追跡調査したことがあります。卒業生名簿から無作為にサンプルを取り出し,ハガキや電話で調査協力の依頼をしました。

 ところが,多くの人に難色を示されました。「宝くじに当たるのならいいけど,こういうのに当たるなんてねえ」という嫌味も浴びせられました。こうした拒否のほか,連絡がとれなかったケースなども除いて,最終的に調査に応じてくれたのは40人でした。当初,サンプルとして抽出したのが100人ですから,有効回答率は40%となります。

 まあ,私のような,どこの馬の骨とも分からない個人からの依頼であったからかもしれません。しかし,公的機関やそれに準じる機関の調査であっても,有効回答率が下がってきています。NHK放送文化研究所が5年ごとに実施している『日本人の意識調査』でいうと,第1回調査(1973年)では有効回答率は78.1%でしたが,2008年の第8回調査では57.5%にまで落ちています(同研究所編『現代日本人の意識構造・第7版』NHKブックス,2010年,付録資料3頁)。

 裏を返すと,2008年の調査不能率は42.5%。最初に選んだサンプルの4割以上が,音信不通や拒否などの理由で,調査ができなかったことになります。では,どの年齢層で,こうした調査不能率は高いのでしょうか。同調査の調査不能率(=100-有効回答率)を,男性の年齢層別に示すと,下図のようです。


 1998年調査以降,20代の不能率は5割を超えており,このブラックゾーンが,2008年では,40代にまで垂れてきています。今後,こうした高率ゾーンがますます広がっていくのではないかと思われます。社会調査受難の時代の到来です。

 ところで,調査不能の理由として,どういうものが多いのでしょうか。NHKの調査では,この点が明らかではないので,内閣府の『国民生活に関する世論調査』を例にみてみましょう。この調査でも,調査不能率は,1980年の16.3%から2010年の36.4%へと高まっています。


 上図は,男性の対象者について,調査不能の理由の中身をみたものです。最も多いのは,調査員が訪問した時に不在であったという「一時不在」ですが,この30年間でその比重は減っています。変わって比率が増しているのは,「調査拒否」というものです。2010年では,理由全体の3割を占めます。この理由が首位に立つのも,時間の問題でしょう。

 調査拒否の増加により,データに基づいた政策立案(evidence based policy)が危機に瀕する事態になるかも分かりません。国レベルの最大の社会調査ともいえる,『国勢調査』の2010年調査では,最終学歴など,かなり突っ込んだ事項も尋ねていますが,この事項の「不詳」率はどういうことになるのやら。この変数をキーにした分析を行う社会学の研究者にとっても,大きな関心事であることでしょう。