2009年度(2009年4月~2010年3月)の大学等卒業者で,小学校の教員免許状を取得したのは18,937人です。2010年度(2010年4月採用)の小学校教員採用試験の新卒受験者は,15,005人です。単純に考えると,2009年度の小学校教員免許取得者のうち,小学校の教壇に立つことを志して採用試験に挑んだ者の比率は79.2%となります。およそ8割です。
裏返すと,残りの約2割の者は,免許を取得しつつも,教員を志望しないということで,試験を受験しなかったことになります。この中には,大学院で専修免許を取得してから試験に臨もうという者も含まれるでしょうが,大半が,いわゆる「ペーパー・ティーチャー」の予備軍であると考えてよいと思います。
このような人種が増えることは,あまり歓迎できたものではありません。少なくとも,学校現場では,そのような見方が強いようです。教員免許の取得には,2~3週間の教育実習が必須ですが,実習生の指導をボランティアで引きうける(引き受けさせられる),現場の先生方が,上記の数字をみたら,どのように思うでしょうか。憤りを感じる方もおられることでしょう。
7月17日の記事でも申しましたが,採用試験を受験することを,実習生受け入れの条件にしている学校が多いと聞きます。中には,念書を書かせる学校もあるそうです。教職を志望しない者の実習指導に,多大な労力を割かなければならない謂われはありません。現場の先生方のお気持ち,お察しします。*私が言えたことではないのですが…
さて,小学校の免許取得者の採用試験受験率は,2009年度の卒業者では79.2%なのですが,この値は過去からどう推移してきたのでしょうか。私は,1984年度の卒業者から,この指標の推移を跡づけてみました。資料は,文部省(文部科学省)『教育委員会月報』(第一法規)のバックナンバーです。1996年度の卒業者のみ,数字が見つからなかったので,ペンディングにしています。
上表によると,免許取得者は減ってきています。少子化による需要減少を見越して,教職課程の定員が削られていることによるものでしょう。併行して,試験の受験者も減じてきています。後者を前者で除した試験受験率は,1984年度卒業者では88.8%でしたが,それは1999年度の63.1%まで下降します。その後は上昇に転じ,2009年度の79.2%に至っています。
今世紀以降,受験率が高まっているのは,教職課程への当局の指導が強まっているためでしょう。2006年7月の中教審答申「今後の教員養成・免許制度の在り方について」は,教育実習の改善・充実に関連して,「課程認定大学は,教員を志す者としてふさわしい学生を,責任を持って実習校に送り出すことが必要である」とし,「実習開始後に学生の教育実習に臨む姿勢や資質能力に問題が生じた場合には,課程認定大学は速やかに個別指導を行うことはもとより,実習の中止も含め,適切な対応に努めることが必要である」と指摘しています。こうした状況のなか,「ただ免許だけ…」という学生は,相当淘汰されていることと推察されます。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/06071910/008.htm
上記の統計は,小学校の免許取得者のものですが,中学校や高校の免許取得者についてはどうでしょう。各学校種の免許取得者の試験受験率をグラフにしました。下図をご覧ください。
中学校や高校では,免許取得者の採用試験受験率はかなり低くなっています。2009年度でいうと,中学校は36.1%,高校は13.7%です。逆にいうと,中学では73.9%,高校では86.3%の者が「ペーパー・ティ―チャー」予備軍です。
中高では,専修免許を取ってから試験を受験する傾向が強いので,こういう結果になっている面もあると思いますが,この数字はいかがなものかという気もします。現場の先生方は,どのような感想をお持ちになるでしょうか。高校に実習生が5人来たとしたら,そのうちの4人は,腹の底では「試験は受験しまい」と考えているわけです。
中高の教員免許は,現在,ほとんどの大学で取得することができます。2009年度の免許取得者は中学校が47,739人,高校が61,990人です。小学校に比して,かなり多いです。その分,安易な考えで教職課程を履修する学生も少なくない,ということなのでしょう。
免許を取ったが試験は受験しなかった「ペーパー・ティーチャー」予備軍は,2009年度の場合,小・中・高すべて合わせて87,936人です。ここ数年,毎年,8~9万人ほどの「ペーパー・ティーチャー」予備軍が輩出されています。教育投資に見合った収益回収という点からすると,どういう判断が下されるでしょうか。
現在,莫大な投資をして育成した博士号取得人材が無職のまま留置かれるという,無職博士問題が深刻になっています。ペーパー・ティーチャー問題という,社会問題が構築される日も来るかもしれません。