ページ

2011年12月20日火曜日

都内49市区のジニ係数①

橋本健二教授の『階級都市-格差が街を侵食する-』(ちくま新書,2011年)を読んでいます。階級都市とは,階級によって分断された都市のことです。

 東京都内の「山の手」地域と「下町」地域では,住民の階層構成や所得水準にかなりの差があることが明らかにされています。こうした基底的特性に加えて,生活様式や文化までもが大きく異なるのだそうです。東京は,階層による地域の棲み分けがはっきりしているという印象を持っていましたが,本書の統計データは,こうした印象を確信に変えてくれます。

 この本は,無味乾燥な統計データを平面的に並べるだけではなく,過去の文学作品や筆者自身のフィールドワークの資料などもふんだんに使って,格差の様相を立体的に伝えてくれる構成になっています。写真や地図といったビジュアル資料も盛りだくさんです。フィールドワークの後には,オススメの居酒屋に連れて行ってくれるサービスもついています。とてもよい本です。一読をお勧めいたします。
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480066367/

 この本からはいろいろな感銘を受けたのですが,とくに「教えられた」と思ったのは,格差を検討するにあたっては,地域間の格差に加えて,地域内の格差もみる必要がある,という指摘です(143頁)。たとえば,都内の市区間で所得水準が大きく異なるのはよく知られていますが,それぞれの市区の内部の差はどうか,という点にも目配りすることが求められます。

 六本木ヒルズがある港区は,世界レベルの「超」がつく富裕層と,土着の住民が同居している地域です。こういう地域では,住民の富の差はさぞ大きいことでしょう。異なる階層の混住は,他の地域でも進行しています。下町では,廃業した工場の跡地に高層マンションが建てられ,都心で働くホワイトカラー層がそこに住みついています。結果,水上の杭のごとく,木造家屋の群から高層マンションが頭を出すという,やや珍妙な光景が至る所でみられるのだそうです。

 異なる階層が混住することは,悪いことではありません。橋本教授もいわれているように,地域住民の階層構成は,全体社会の縮図に近いほうがよいでしょう。多様な価値観(考え方)を吸収する機会が増えるという意味で,子どもの育ちの上からも望ましいことといえます。

 しかし,それは,異なる階層の人々が地域生活を共にし,交流する機会が十分備わっている,という条件においてです。新しく入ってきた富裕層が,高層マンションという要塞に籠りっきりで,土着の住民と交流しない,それどころか彼らを見下す,という状況はよろしくありません。このような形の混住は,異なる階層の間に「敵対心」しかもたらさないでしょう。

 悲しいかな,目下進行しつつある混住は,このような「分離混住」とでもいうべき形のものが多いように思えます。地域住民を結びつける社会教育センターとしての公民館は廃れていますし,「社長さんもボクらも」裸になって共に汗を流す銭湯も,多くの地域から姿を消しています。

 こうみると,人々の身近な生活圏の内部の格差を観察する必要がある,という指摘も納得です。格差の規模を測る代表的な統計指標はジニ係数です。私は,この測度を,東京都内49市区について計算することにしました。

 総務省『住宅・土地統計調査』から,年収の世帯数分布を,細かい市町村別に知ることができます。最新の2008年調査の結果を使って,六本木ヒルズのある港区のジニ係数を出してみましょう。下表は,計算のための基礎データです。年収が不明の世帯は,計算から除外します。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001028768


 さすがとでもいいましょうか,年収1,000万から1,500万の層が13,990世帯で最も多くなっています。階級値の考え方に依拠して,この層に属する世帯の年収は,一律に1,250万円とみなしましょう。1,000万と1,500万の中間をとった値です。富量は,階級値に世帯数を乗じた値です。それぞれの階層が受け取った富の総量にあたります。

 真ん中の相対度数の欄をご覧ください。世帯数では全体の11%しか占めない,1,500万円以上の最富裕層が,全富量の31%もせしめています。逆に,貧困層はどうかというと,年収400万円未満の層は,世帯数では31%を占めますが,受け取った富量は全体の10%に過ぎません(累積相対度数の欄を参照)。

 予想されることではありますが,港区では,住民の富の差はかなり大きいようです。では,右端の累積相対度数を用いて,ジニ係数を計算しましょう。下図は,横軸に世帯の累積相対度数,縦軸に富量のそれをとった座標上に,12の所得階層を位置づけて曲線でつないだものです。この曲線を,ローレンツ曲線といいます。


 われわれが求めようとしているジニ係数は,このローレンツ曲線と対角線とで囲まれた,弓なりの図形の面積を2倍した値です。図の赤色の面積を求めて,それを2倍すればよいことになります。*詳しい計算の仕方は,7月11日の記事を参照ください。

 図の赤色の面積は0.203です。よって,港区のジニ係数は0.406となります。一般に,ジニ係数が0.4を超えると,社会が不安定化する恐れがあり,特段の事情がない限り,格差の是正を要するという,危険信号と読めるそうです。この区のジニ係数は,この危険水準に達しています。

 他の市区の計算結果も紹介したいのですが,長くなりますので,この辺りで中断します。次回は,都内49市区をジニ係数で塗り分けた地図をご覧に入れようと思います。