文科省の『学校教員統計調査』は宝の山です。3月27日に公表された,2010年調査の詳細結果の統計表を眺めていると,やりたいことが次から次へと出てきます。その関係上,教員関係の話ばかりが続いてすみません。
今回は,大学と短大の教員のうち,定職のない非常勤教員がどれほどいるかを把握してみようと思います。大学教員には,当該大学に正規に属する専任教員と,何時間かの授業を行うためだけに雇われている非常勤教員という,2種類の人種がいます。
大学関係者の間では常識ですが,同じ大学教員でも,専任と非常勤では待遇が大違いです。婚活中の女性の方は,お見合いパーティーなどで「大学教員(講師)です」と名乗る男性に会ったら,「専任ですか?非常勤ですか?」と聞いたほうがよいかと存じます。「わあ,やった。当たりくじ!」などと,即座に舞上がってはいけません。下手をすると,「貧困層転落への当たりくじ」を掴まされることになります(水月昭道『ホームレス博士』光文社新書,2010年,45頁)。
「大変ったって,一応は大学の先生なんだから,人並みの収入はあるんでしょ」と思われるかもしれませんが,さにあらず。そういう人もいるのは確かですが,それはほんの一握りでしょう。まあ,下記のサイトでもご覧になってください。
http://www.j-cast.com/2009/05/06040504.html?p=all
実態がお分かりいただけたでしょうか。こういう「悲惨」な輩がどれほどいるのか,大学教育のどれほどを担っているのかを数量的に明らかにするのが,今回の記事の目的です。
文科省の上記調査から,大学の本務教員と兼務教員の数を知ることができます。後者が,授業をするためだけに雇われている,いわゆる非常勤教員です。ここで注目するのは,この中でも,本務先(本業)を持たない非常勤教員のことです。要するに,非常勤教員の薄給だけで,もしくはそれをメインにして生計を立てている者です。「専業非常勤教員」と呼ばれたりしますが,ここでは「職なし非常勤教員」ということにしましょう。上記のJCASTニュースで哀れみをもって紹介されているのは,このような人種です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172
まずは,この意味での「職なし非常勤教員」の数がどう推移してきたのかを跡づけてみましょう。『学校教員統計調査』の実施年(3年刻み)のデータをつなぎ合わせてみました。
大学・短大の「職なし非常勤教員」は,年々増え続けています。1989年では2万4千人であったのが,今世紀初頭の2001年では6万7千人になり,それから10年を経た2010年現在では9万3千人に達しています。
すごい増加傾向ですが,まずは需要側の要因があるでしょう。少子化により,経営危機に瀕している大学が増えていますが,そういう大学にすれば,割安の非常勤教員は大歓迎です。同じ授業をさせるにしても,専任を雇うのと非常勤を雇うのとでは,コストが大違いです。多くの大学が,人件費の節約のため,非常勤教員の比重を増やしていることでしょう。
もう一方に,供給側の要因があります。1991年以降の当局の大学院重点化政策により,大学院の修了者が急増してきています。修士課程ならまだつぶしが効きますが,博士課程まで出てしまうと,ほぼ大学の教員しか道はありません(とくに文系)。そんな彼らは,たとえ薄給の非常勤教員であっても,声がかかれば喜んで飛びつきます。
この2種の要因のうちどちらが強いかといえば,明らかに後者です。前掲のJCASTニュースの記事で,非常勤を頼まれた場合,給与を聞くことすらできない,ということがいわれていますが,これなどは,求人側(需要側)の立場が際立って強いことを物語っています。なり手(希望者)はいくらでもいるのですから,待遇を上げずとも,人材は簡単に集まる仕組みです。
上記のグラフをよくみると,1992年と95年の間に段差があります。文科省の大学院重点化政策が開始されたのは1991年ですが,この政策の悪しき効果が表出し始めた頃と解釈できます。
普通は,待遇がよくない仕事には人は集まりません。好景気で,民間の給与水準が高い時期は,公務員試験の競争率は下がります。これではいけないと,求人側は給与を上げる,それを受けて応募者が増える・・・これが市場原理でしょう。しかるに,需要と供給のバランスが完全に崩壊している大学教員市場では,そのような原理が作動する余地はないようです。
水月昭道さんによると,大学院博士課程を修了しても定職のない「無職博士」は,およそ10万人ほどと見積もられるそうです。2010年の大学・短大の「職なし非常勤講師」は約9万3千人。両者は近似しています。これは偶然なのか,それとも前もって予測できたであろう必然の結果なのか・・・。
次に,職なし非常勤教員の量を,大学教員全体の中に位置づけてみましょう。私は,大学・短大の本務教員と兼務教員の数を調べました。業界用語に即して,前者を専任教員,後者を非常勤教員ということにします。広義の大学教員の数は,この両者を足し合わせた数です。このうち,職なし非常勤教員が何%を占めるかを計算しました。下表は,この指標の推移をとったものです。
職なし非常勤教員が教員全体に占める比率(依存率)は,大学でも短大でも上昇してきています。この20年間で,大学は9.4%から25.9%への増,短大は21.7%から38.9%への増です。現在の短大では,職なし非常勤への依存率はほぼ4割です。短大で教えている教員の5人に2人が,本職のない非常勤教員ということになります。a<cというのも驚きです。
最後に,大学教員の内訳の変化を観察してみましょう。大学教員は,①専任教員,②定職あり非常勤教員,③職なし非常勤教員,の3種から構成されると考えられます。②は,上表のbからcを差し引いた数です。非常勤であっても,研究所の研究員や実業家というような本職がある者です。
大学と短大について,この3者の組成がどう変わってきたかを,視覚的な統計図で表現してみました。
大学,短大とも,専任教員の比重が減り,職なし非常勤教員の比重が増えてきています。今後,青色はどんどんやせ細り,緑色の領分が増していくのでしょうか。それに伴い,大学教育の質はどうなっていくのだろう,という疑問を持たずにはいられません。
昨年の12月3日の記事では,578大学のデータを使って,非常勤教員率と学生の退学率の相関分析を行いましたが,両変数の間に統計的に有意な正の相関関係がみられました。非常勤率(依存率)を高くしている大学ほど,退学率が高い傾向にあります。
「先生,質問があるんですけど,研究室に行っていいですか?」と尋ねた際,「いや,僕は非常勤だから・・・」という答えばかりが返ってくるような大学では,学生さんの志気は下がるというものでしょう。とりわけ,定職のない非常勤教員の場合,劣悪な待遇に不満を高じさせ,投げやりな態度で授業を行っている輩もいるのではないか,という懸念が持たれます。上記のリンク先の記事で,大学非常勤組合のアンケート調査の自由記述を引用していますので,興味ある方はご一読を。
ひとまず,今日の大学教育の多くは,定職のない不安定な生活状態にある非常勤教員によって担われている,ということを強調しておきたいと思います。