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2012年9月6日木曜日

首都圏の市区町村別の就学援助受給率

 学齢(6~14歳)の子を持つ保護者は,当該の子を義務教育学校に就学させるこを義務づけられています。これを就学義務といいます。

 しかし,この義務を履行するには,何かとお金がかかります。公立の小・中学校の場合,授業料はタダですが,各種の学用品,給食費,諸行事参加費(遠足,修学旅行・・・)など,結構物入りです。このご時世ですので,こうした費用負担ができないという親御さんもいることでしょう。*教育費の内訳については,5月31日の記事をご覧ください。

 そこで学校教育法第19条は,「経済的理由によつて,就学困難と認められる学齢児童又は学齢生徒の保護者に対しては,市町村は,必要な援助を与えなければならない」と定めています。これがいわゆる,就学援助です。

 就学援助の対象となるのは,生活保護法が定める要保護者,およびそれに準じる程度に生活が困窮していると認められる準要保護者です。その子ども(学齢)は,要保護児童生徒,準要保護児童生徒と呼ばれます。

 近年,就学援助を受けている要保護・準要保護児童生徒が増えてきています。2001年では106万人でしたが,2010年現在では155万人です(文科省『都道府県・市町村別の教育・社会・経済指標データセット』2012年)。この10年間で,就学援助受給者が約1.5倍に増えたことになります。

 2010年の公立小・中学校の全児童生徒数は1,014万人ほどですから,学齢の子どもの15.3%(7人に1人)が就学援助を受けている計算になります。以下では,この値を就学援助受給率ということにしましょう。

 さて,この15.3%というのは全国統計でみた就学援助受給率ですが,地域別にみると値はかなり変異します。2010年の都道府県別の受給率を出すと,最低の5.6%(静岡)から最高の28.1%(大阪)まで,大きな開きがあります。静岡では18人に1人ですが,大阪は4人に1人です。

 ここまでは,新聞等のメディアでもよく報じられるところですが,都道府県よりも下った市区町村別にみると,もっと広い分布がみられることと思います。この点を明らかにするのが,今回の課題です。

 各県内の市区町村別の要保護・準要保護児童生徒数が分かる資料がないものかと探したところ,文科省『平成21年度・要保護及び準要保護児童生徒数について(学用品費等)』というものを見つけました。何と何と,全県内の市区町村別の数字が漏れなく掲載されているではありませんか。また,分母として使う,公立小・中学校児童生徒数も併せて載っています。これはスゴイ!。

 私はこの資料をもとに,首都圏(埼玉,千葉,東京,神奈川)の213市区町村の就学援助受給率を計算しました。このように細かい地域ごとにみると,値はかなり多様です。結果をどうお見せしようか迷いますが,5%区分で塗り分けた地図(東京の島嶼部は除く)をご覧に入れましょう。


 百聞は一見に如かず。細かいコメントは控えますが,東京は全体的に色が濃くなっていますね。23区のほとんどは黒色(20%超)です。一方,千葉はといえば,15%を超える地域はありません。213市区町村中の最大値は,東京の某区の38.2%でした。およそ5人に2人が就学援助受給者です。

 このような地域差がなぜ生まれるのでしょう。常識的に考えられるのは,子どもを義務教育学校にやるのもままならない貧困層が多い地域ほど,就学援助受給率が高い,ということです。

 この点を確認してみましょう。各地域の住民の富裕度を測る代表的な指標は所得ですが,住民1人あたり所得のような指標を市区町村別に得ることはできません。そこで,次善の策として,税務統計を使ってみます。

 文科省の上記データセットから,課税対象となった所得の総額を市区町村別に知ることができます。私が住んでいる多摩市の場合,2,720億5,400万円です(2009年度)。同年の納税義務者数は7万943人。したがって,納税義務者1人あたりの課税対象所得額は383.5万円となります。この値が高い地域ほど,住民の富裕度が高いと考えてよいでしょう。

 私はこの指標を213市区町村について出し,各々の就学援助受給率との相関をとってみました。下図は相関図です。なお,1人あたりの課税対象所得額が際立って高い3区(東京都内)は,図には含めていないことを申し添えます。


 相関係数は+0.325であり,統計的に有意な正の相関です。むむ。これはどういうことでしょう。課税対象所得額が高い地域(富裕地域)ほど,就学援助受給率が高い傾向が検出されました。常識的に考えれば,両指標は負の相関を呈するはずなのですが・・・。

 住民の富裕度を計測する指標として,1人あたりの課税対象所得額はマズかったということでしょうか。しからば,母子・父子世帯が一般世帯総数に占める比率(一人親世帯率)を充ててみるとどうでしょう。出所は,2010年の『国勢調査』です。

 213市区町村のデータを使って,一人親世帯率と就学援助受給率の相関係数を出すと-0.133です。これは無相関と判断されます。一人親世帯が多い地域ほど就学援助受給率が高い,という傾向はみられません。

 むーん。首都圏の213市区町村のデータでみる限り,貧困と就学援助の関連は明確ではありません。となると,先の地図でみたような地域差は,各市区町村の就学援助認定基準の違い,というような要因によるものでしょうか。

 2009年10月26日の朝日新聞に,「就学援助,自治体で格差」と題する記事が載っていますが,そこでは,このような見方がとられています。就学援助制度の周知や啓発に熱心に取り組んでいる自治体もあれば,そうでない自治体もあるとのこと。
http://www.asahi.com/edu/tokuho/TKY200910260123.html

 記事で紹介されている調査結果によると,小規模な自治体ほど,この種の活動の徹底の度合いが低いそうです。「小規模な自治体では,援助を受けるべき児童や生徒の捕捉ができていない。底抜け状態」といわれています。

 なるほど。ここで使っている213市区町村のデータから,人口と就学援助受給率の相関係数を出すと+0.293であり,有意な正の相関です。上記の新聞記事に即していうと,就学援助制度の周知に熱心な大規模自治体ほど,就学援助受給率が高い,ということになります。

 また記事によると,財政が厳しい自治体では,援助の認定基準が引き上げられる,制度の周知活動がなおざりにされるなどの傾向があるそうな。こうみると,上記の相関図は別の視点から読めます。税収が多く,財政が相対的に豊かな地域ほど,就学援助の認定基準を緩和し,周知活動も徹底することから,就学援助受給率が高くなると。上記マップの黒色(受給率2割超)の地域には,東京の港区のような,1人あたり課税対象所得額が1千万を超える地域も含まれます。

 ここで明らかにしたことを総括すると,就学援助制度はうまく機能していないのではないでしょうか。貧困家庭の救済という,本来の機能が全うされているなら,貧困指標と就学援助受給率との間には明瞭な正の相関関係がみられるはずです。しかし現実はそうではなく,制度運用者のさじ加減がモノをいうような状況になっています。上記新聞記事中の言葉を借りると,「就学援助制度がうまく活用されていない」状況です。

 就学援助の実施主体は市町村ですが,市町村が負担した援助費用の半分は国が補助する定めとなっています。しかるに,2005年度以降,準要保護者に対する援助費用の国庫補助は廃止されました。就学援助の対象者は,要保護者と準要保護者ですが,数的には後者が多くを占めます,このような改革は,各市区町村にとって痛手になっているのではないでしょうか。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/career/05010502/017.htm

 貧困指標と就学援助率の無相関(逆相関)という奇妙な傾向が,最近に固有のものなのかどうか。この点を追究することが今後の課題です。過去の市区町村別の援助受給率を計算するための資料が見当たらないのですが,見つかり次第,手がけてみようと思っています。