エミール・デュルケムは,名著『自殺論』において,人はいずれの集団にも属することなしに,自分自身を目的にして生きることはできない,と述べています。このことは,人間とは社会的存在であるという,根本原理にも通じています。
デュルケムが19世紀後半のヨーロッパ社会を観察したところ,人々の社会的連帯が弱まる時期ほど,あるいはそれが弱い地域ほど,自殺率が高い傾向が見出されました。この事実をもとに,自己本位的自殺(suicide egoiste)という,自殺の基本タイプが設定されています。
このような自殺は,どの社会にも存在すると思われます。わが国では,失業率と自殺率が大変強く関連しているのですが,このことは,生活苦というような側面だけから解されるべきではありません。職業集団という,人間にとっての基本的な集団から疎外されていることによる,苦痛や空虚感の表れとみられます。高齢者の自殺率が高いというのも,ある意味,このことに由来するといってよいでしょう。
今回は,職場と同様,いやそれ以上に基礎的な集団単位である,家庭を持っているかどうかに応じて,自殺率がどう変異するかをみてみようと思います。家庭を持たないという場合,まだ家庭を形成していないケースと,一度形成した家庭を失ったケースの2通りが考えられますが,ここでは,疎外感(剥奪感)の度合いが高い後者に注目します。その量を測る指標(measure)は,離婚率です。
私は,離婚率と自殺率の長期推移をもとに,両者がどういう関係にあるのかを明らかにしました。ここでの作業の特徴は,男性と女性に分けて,様相を観察することです。日本は,役割観念の性差(ジェンダー)が強い社会ですが,男女では,違った傾向がみられるかもしれません。
離婚率は,各年の年間離婚件数を,人口で除して算出しました。分子の離婚件数の出所は,厚労省の『人口動態統計』です。離婚とは,1対の男女が別れることですから,分子は男女とも同じです。分母の人口は,男女それぞれの数を充てています。
自殺率は,各年の自殺者数を,人口で除して出しています。自殺者数のソースは,離婚件数と同様,厚労省の『人口動態統計』です。前後しますが,離婚率と自殺率の計算に使った,各年のベース人口は,総務省『人口推計年報』から得ています。
観察期間は,1950年から2011年までのおよそ60年間です。下図には,この期間中の離婚率と自殺率の時系列カーブが描かれています。左側は男性,右側は女性のものです。
どうでしょう。男性の場合,離婚率と自殺率の曲線の型は,かなり似通っています。しかるに,女性はさにあらず。1970年代以降,男性と同じく離婚率は上昇しているのですが,自殺率のほうはほぼ横ばいです。
男性では,離婚率と自殺率の共変関係がみられますが,女性はそうではないようです。この期間中における両指標の相関関係は,散布図にしたほうが分かりやすいでしょう。下図は,横軸に離婚率,縦軸に自殺率をとったマトリクス上に,62の年次のデータを位置づけたものです。赤色のドットは,最新の2011年データの位置を表します。
男性の場合,離婚率が高い年ほど,自殺率が高い傾向が明瞭です。相関係数は+0.750であり,1%水準で有意な正の相関と判断されます。一方,女性はというと,様相は逆になっています。相関係数は-0.477と算出されます。1%水準で有意な負の相関関係です。
上図の相関関係が因果関係的な面を持っているとしたら,どう解釈したものでしょう。男性については,家族集団を失うことによる疎外感が自殺に影響すると思われます。失業した夫に妻が愛想を尽かして離婚届を突き付ける,というケースもよく聞きますが,この場合,男性の側にすれば,家族集団と職業集団を一気に剥奪されるわけです。その苦痛は尋常なものではないでしょう。
問題は女性のデータをどうみるかですが,実をいうと,女性の離婚率と自殺率の負の関連は,デュルケムも明らかにしたところです。この点に関する彼の言を聞いてみましょう。宮島喬教授の訳文を引用します。
「結婚生活は,女子が自分の運命を耐えがたく感じたときでも,その運命を変更することを禁じている。したがって,その規制(一夫一婦制,筆者注)は,女子にとっては,これといった有利さも与えられない一つの拷問なのだ」(宮島喬訳『自殺論』中公文庫,1985年,339~340頁)。
なるほど。19世紀はまだ,女性の人権が認められていなかった時代です。しかるに,現代日本でみても,現実は上のごとし。デュルケムの名著が刊行されてから1世紀以上の時を経た現在でも,東洋の国・日本においては未だに,結婚生活が女性にとって窮屈なものになっているのでしょうか。
ちなみに,離婚と自殺の関連の性差は,個人単位のデータでも立証されます。自殺率が最も高い中高年層について,有配偶者と離別者の自殺率を計算してみました。分子の自殺者数は,2011年の厚労省『人口動態統計』から得ました。分母の配偶関係別人口は,2010年の総務省『国勢調査』の数値を充てました。
男性では,離別者の自殺率のほうが圧倒的に高くなっていますが,女性はその逆です。夫がいる有配偶女性の自殺率のほうが高いのです。
仮説的にいうと,男性と違って女性の場合,離婚が自殺の抑止因になっていることがうかがわれます。このことは,家族生活が女性にとって苦痛をもたらすものになっていることを示唆します。昨今,虐待やDVなど,家族生活にまつわるトラブルが頻発しています。このような問題の解決と共に,女性のより一層の社会参画を促す政策的努力が必要であると思われます。
なお,拙稿「性別・年齢層別にみた自殺率と生活不安指標の時系列的関連」『武蔵野大学政治経済学部紀要』第1号(2009年)では,今回と同じ分析を,年齢層別に行っています。離婚が女性の自殺の抑止因となる度合いが高いのは,どの年齢層でしょう。興味ある方は,参照いただけますと幸いです。
http://ci.nii.ac.jp/naid/40016941572