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2013年1月31日木曜日

2013年1月の教員不祥事

 ツイッター上にて,教員の不祥事に関する報道記事(Web)を収集しています。毎月末のブログ記事にて,その月に集めた記事をまとめてみることにしました。

 落ちがあるかもしれませんが,私が把握した今月の教員の不祥事報道は40件なり。記事の略名,日付,メディア名,都道府県,校種,性別,ならびに年齢を記録します。件の詳細を知りたい方は,記事名をヤフーか何かに貼り付けて検索すれば引っかかると思います。

 毎月,この記録を蓄積していけば,それなりのデータベースができ上がることでしょう。がんばって継続しようと思います。

 しかし,ツイッターは便利ですね。自分が興味を持ったWeb記事に据えられているツイートボタンをクリックするだけで,自分のツイッターに当該記事をストックできます。新聞切り抜きの現代版です。朝と晩の2回,主要紙のWebに当たる習慣をつけてみてはいかがでしょう。学生さんにも勧めてみようかな。

<2013年1月の教員不祥事報道>
・顧問教諭の体罰翌日…高2男子キャプテンが自殺(1/8,読売,大阪,高,男性,47)
・小学校教諭、児童に頭突き・靴投げ 減給3カ月の処分(1/10,朝日,大阪,小,男性,39)
・勤務時間中に喫煙、教諭ら6人停職処分…大阪市(1/10,読売,大阪,小,男性)
・体罰で生徒の鎖骨折る…都教委、中学教諭を処分(1/10,読売,東京,中,男性,28)
・将来万引き犯になる…担任が女子生徒に暴言 (1/11,読売,埼玉,高,男性,58)
・頬たたいて鼓膜破る…体罰教諭5人処分 (1/11,読売,福岡,高,男性)
・山梨の県立高、男性教諭が平手打ちの体罰(1/15,読売,山梨,高,男性)
・女生徒を抱擁・作曲してプレゼント 神奈川県立高教諭、セクハラで停職6カ月
(1/15,産経,神奈川,高,男性,58)
・県立高男性教諭を聴取 自動車窃盗・飲酒運転容疑 青森県警
(1/16,福島民放,福島,高,男性,40代)
・50代教諭、児童に暴行/傷害容疑で書類送検へ (1/16,四国新聞,小,男性,50代)
・女子部員にセクハラの顧問高校教諭減給 「勘違いしてしまった」
(1/17,千葉日報,千葉,高,男性,51)
・授業受けない女子生徒の顔殴る…中学教諭を減給(1/17,読売,広島,中,男性,49)
・民間出身校長を解任 高校入試合否漏らす(1/18,産経,東京,高,男性,58)
・体罰、中学教諭2人処分 神戸市教委、殴り骨折などで (1/19,朝日,兵庫,男性,44・53)
・「かっとなって」児童を拳でたたいた40代教諭(1/19,読売,福岡,小,男性,40代)
・寝ている小6女児を触った疑いの担任、懲戒免職(1/19,東京,読売,小,男性,30)
・塩酸を水で薄め生徒に飲ませる 愛知、中学教諭が「罰」(1/19,朝日,愛知,中,男性,23)
・教諭、「もめ事」に駆け付けた警官の顔に頭突き(1/21,読売,山口,中,男性,37)
・聴覚支援学校教諭…生徒踏みつけ、多数回たたく
(1/21,読売,大阪,特,男・女,40代・50代)
・担任教諭、自閉症の小4の手を縛る 愛知の特別支援学級(1/23,朝日,愛知,小,男性,58)
・20代県立高講師が生徒に酒飲ませる(1/23,宮崎日日,宮崎,高,男性,20代)
・女子空手部員に平手打ち 島根の私立校、講師の契約解除
(1/23,朝日,島根,高,男性,30代)
・教諭が願書郵送忘れ、推薦受験できず…処分検討(1/24,読売,富山,中,男性)
・女性教諭を海に投げ入れる 野球部員に指示の顧問停職 (1/24,産経,埼玉,高,男性,36)
・公然わいせつ教諭 停職6カ月の処分 島根県教委(1/24,産経,島根,高,男性,47)
・中学校講師を逮捕=少女2人に買春容疑(1/24,時事通信,福岡,中,男性,28)
・教え子と性的関係、県立高教諭を懲戒免職(1/25,山形新聞,山形,高,男性,32)
・酒気帯び運転:事故の小学教諭を懲戒免--県教委(1/25,毎日,長野,小,男性,50)
・懲戒処分:男子生徒に体罰、特別支援校教諭を戒告(1/25,毎日,新潟,特,男性,40代)
・通勤手当不正受給で県立学校教諭戒告(1/25,毎日,愛媛,高,男性,50代)
・スピード違反免停中に追突事故、男性教諭を停職(1/25,読売,埼玉,小,男性,58)
・京都のバスケ部で体罰、顧問が複数部員に続ける (1/28,読売,京都,中,男性,29)
・教諭がサッカー部員を平手打ち 愛知、高蔵高で体罰(1/28,東京,愛知,高,男性,30代9
・進路指導主事、盗撮目撃され警備員にかみつく (1/29,読売,愛知,高,男性,50)
・バレー部顧問、2部員に体罰…長野・小布施中(1/29,読売,長野,中,男性,27)
・対岸の女子高生盗撮疑い、京都 元講師逮捕(1/29,共同通信,京都,高,男性,58)
・強豪高相撲部顧問が体罰、暴行容疑で書類送検へ(1/30,読売,兵庫,高,男性,34)
・口答えに立腹、担任が小3男児の頬つねりアザ (1/30,産経,和歌山,小,女性,49)
・教諭が体罰、生徒2人の鼓膜に傷…三重の高校(1/30,読売,三重,高,男性,47)
・コンビニで下半身露出の中学教諭、警官に頭突き(1/31,読売,山口,中,男性,37)

単身未婚ニート

 2010年の『国勢調査』では,利用者のリクエストを募集して,需要が高いと判断した統計表を追加作成するサービスが実施されている模様です。これまで2回の募集がなされ,それに応えて追加作成された統計表が公表されています。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001044522&cycode=0

 その中に,労働力状態と配偶関係と世帯類型をクロスさせた表があります。この統計表から,単身未婚ニートの数を割り出すことが可能です。

 ニート(Neet)とは,就業していなければ,学校にも行っておらず,かといって職業訓練も受けていない人種です。ここでは,このニートのうち,未婚で一人暮らしをしている者の数を明らかにしてみます。会社,学校,職業訓練機関,さらには同居家族という,あらゆる縁から隔絶された人間というのはどれほどいるのでしょうか。

 25~44歳の年齢層に焦点を当てましょう。この年齢層の非労働力人口のうち,その理由が通学でも家事でもない「その他」というカテゴリーの者は413,763人。これがニートです。このうち,未婚の単独世帯主は31,502人。2010年の10月時点において,若年・中年の単身未婚ニートが3万人超いることが知られます。

 同時点の25~44歳の人口は約3,416万人ですから,ベース人口1万人あたりの数にすると9.1人となります。およそ1,087人に1人。この出現率を5歳刻みの層ごとに出してみると,下表のようになります。


 ほう。単身未婚ニートの量は,絶対数でみても人口あたりの出現率でみても,年齢が上がるほど多くなります。社縁や血縁などの縁を持たない人間が,加齢とともに増えてくる傾向というのは,懸念されるところです。

 『国勢調査』で追加作成された表には,面白そうなものが結構あります。第3回のリクエスト募集はされないのかな。もしされるのであれば,この変数とこの変数のクロス表というように,私も注文を出してみるつもりです。採用されるかは分かりませんが。

 さしあたり,労働力状態と学歴のクロスがみたいな。そうすれば,高学歴ニートの量などを知ることができます。「統計は国民の共有財産」。この理念が着々と具現されているようです。このような条件を存分に利用しようではありませんか。

2013年1月30日水曜日

冬の都立桜ヶ丘公園

 寒波の影響により寒い日が続いていますが,昼は比較的暖かいように感じます。天気もいいようなので,ちょいと散歩。近場の都立桜ヶ丘公園をぶらり。


 昨年の11月21日の記事12月5日の記事に載せた写真と同じスポットを撮ったものです。季節の変化につれて,緑葉→紅葉→枯葉というように移り変わるのが面白い。定点観測です。

 私は東京都の多摩市に住んでいるのですが,この市の都市公園面積の比率は10.9%で,首都圏で1位であることを知りました。

 下図は,1都3県の194区市町村を,都市公園面積の比率に依拠して塗り分けたものです。さいたま市,千葉市,横浜市,川崎市,および相模原市の政令指定都市内の各区の塗り分けはしていません。


 194区市町村の都市公園面積率の上位5位は,以下のごとし。

1位 東京・多摩市 ・・・ 10.9%
2位 埼玉・滑川町 ・・・ 9.7%
3位 東京・武蔵村山市 ・・・ 7.8%
4位 東京・台東区 ・・・ 7.4%
5位 埼玉・戸田市 ・・・ 7.2%

 近場に緑が多いなと思っていましたが,その印象が裏づけられました。家賃相場も高くはないし,よいところ。

 春になったら,上の写真はピンク色に染まります。3月下旬頃に,同じ場所の写真を撮りましょう。定点観測です。

2013年1月29日火曜日

児童・生徒の理系職志望率

 文科省は毎年,『全国学力・学習状況調査』を実施していますが,2012年度調査より,学力調査の教科に理科が加えられています。理系人材の育成を重視しようという方針からでしょう。
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/zenkokugakuryoku.html

 これに伴い,児童・生徒への質問紙調査においても,理科の嗜好や学習に関連する設問が盛られるようになっています。その中の一つに,以下のものがあります。

 「将来,理科や科学技術に関係する職業に就きたいと思いますか?」

 児童・生徒の理系職志向の程度を測ることができる,興味深い設問です。私は,この問いに対し「当てはまる」ないしは「どちらかといえば当てはまる」という,肯定の回答を寄せた者の比率がどれほどかに注目しました。以下では,理系職志望率ということにします。

 まずは,国公私という学校の設置主体によって率がどう変異するかをみてみましょう。調査対象学年の小6と中3について,3群の理系職志望率をグラフ化してみました。


 ほう。学年を問わず,国私立と公立の間に断絶がありますね。両者では,在籍児童・生徒の階層が違うと思いますが,国私立校の場合,理系の研究職の子弟が結構多かったりして。

 なお,国公私立とも,学年を上がるにつれて理系職志望率は下がってきます。内容の高度化するとともに,受験が近いということで,実験や観察の比重が減り,座学が多くなることの故でしょうか。ちなみに,わが国の理科の授業スタイルは,国際的にみて知識偏重型であることが知られています。
http://synodos.livedoor.biz/archives/1990703.html

 次に,都道府県別の傾向です。児童・生徒の理系職志望率が高い県はどこでしょう。下表は,公立校の数値の県別一覧表です。47県中の順位も添えています。


 同じ国内であっても,子どもの理系職志望率は地域によって多少違っています。両端の極差でいうと,小6では8.4ポイント,中3では7.6ポイントの開きがみられます。

 右欄をみると,小6と中3の順位に差がある県が多いようですが,両学年とも赤色(5位以内)なのは,栃木と富山です。この2県は,児童・生徒の理系志向が相対的に強い「理系」県として性格づけることができましょう。富山といえば「くすり」を想起しますが,そういう地域性の影響もあるのかしらん。

 蛇足ですが,発達段階を上がった中学校3年生の理系職志望率の都道府県地図を掲げておきます。黒色は,25%(4分の1)を超える県です。


 当局の公表資料から知ることができるのはここまでなり。これだけでも面白いのですが,残念なのは男女の差,すなわちジェンダー差が分からないことです。

 理系志向の男女差はよく知られているところであり,昨年の11月8日の記事では,日本の女子高生の理系志向が国際的にみて最低であることが明らかになりました。

 男性はかくあるべし,女性はかくあるべしというジェンダー規範が強いわが国では,女子児童・生徒の理系志向が抑制される過程が,暗にも明にも存在するのかもしれません。今回分析した理系職志望率が男女別に分かれば,小6から中3にかけての男女差の変化を観察することで,そうした過程が本当にあるのかどうかが分かります。

 『全国学力・学習状況調査』の児童・生徒質問紙調査の結果が,学校の設置主体別や県別に公表されているにもかかわらず,性別のデータがなぜ出されていないのかが疑問です。性というのは,最も基本的な属性カテゴリーだと思うのですが・・・。

 報道によると,この4月に実施される2013年度調査より,全児童・生徒を対象とした全数調査に戻されるとのこと。それだけデータ数も増えるのですから,性別や地域類型別の結果なども公表していただきたいものです。

2013年1月27日日曜日

殺人率と自殺率の国際比較(改)

 殺人率と自殺率。いずれも物騒な指標ですが,殺人は外向き,自殺は内向きの逸脱行動の最たるものです。

 この2つは別個に観察されることが多いのですが,両者を併せてみることで,所与の社会の国民性のようなものを抽出することができます。今回は,それをしてみようと思うのです。

 この作業は,2011年6月26日の記事でもしていますが,WHO(世界保健機関)やUNODC(国連薬物犯罪事務所)のホームページを改めて閲覧したところ,より多くの国のデータが公表されていることを知りました。ここにてデータを更新することにいたしましょう。

 私は,WHOUNODCのホームページにあたって,2008年の188か国の自殺率と殺人率を収集しました。先の記事ではわずか40か国の統計しか得られませんでしたが,今回はその4倍以上の国のデータを集めることができました。なお殺人率は,一部の国のデータ年次が若干違っていることを申し添えます。日本は,双方とも2008年のものです。

 前後しますが,殺人率とは2008年中に当該国の警察が認知した殺人事件件数を,人口10万人あたりの比率にしたものです。自殺率とは,同年中の自殺者数を同じく人口10万人あたりの数に換算したものです。両者とも,計算済みの数値が原資料に掲載されています。

 では,188か国の殺人率と自殺率をご覧いただきましょう。当然ながら,ベタな一覧表を提示する紙幅はありませんのでグラフ表現をします。横軸に自殺率,縦軸に殺人率をとった座標上に,188か国をプロットしました。


 右下に位置する国は,殺人率が低く自殺率が高いことを示唆します。左上に位置する社会はその反対です。

 ホンジュラス,ジャマイカ,ベネズエラといった中南米の社会では,自殺率よりも殺人率のほうがはるかに高くなっています。一方,日本はといえば,自殺率が高くて殺人率がきわめて低いので,右下の底辺を這うような位置にあります。主要先進国も同じようなもの。米国は,外向的な犯罪が多いなどといわれますが,多くの国際データの中でみると,まだまだ可愛いものです。

 図中の斜線は均等線であり,これよりも上にある場合,殺人率が自殺率よりも高いことを意味します。188か国中85か国(45.2%)が,この線よりも上に位置しています。世界的にみれば,自殺よりも殺人が多い社会って結構あるものですね。われわれが信じて疑わない常識というものが相対化されますなあ。

 それでは,この2つの逸脱指標を使って,それぞれの国の国民性のようなものを明らかにしてみましょう。外向的か内向的か,ということです。

 いま,殺人率と自殺率を合算した値をもって,当該社会における極限の危機状況の量とします。これで表される危機量のうち,どれほどが自殺(自分を殺る)で処理されているか,どれほどが殺人(他人を殺る)で処理されているか,という見方をとります。

 どちらでもいいのですが,自殺のウェイトでみることにしましょう。日本の場合,自殺率は24.8,殺人率は0.5です。よって,危機の処理の仕方がどれほど内向きであるかは,以下の値で計測されます。24.8/(0.5+24.8)=98.0%

 わが国では,極限の危機状況に陥った人間の大半は,その打開の経路を自らを殺めることに求めています。他人を殺めたり,社会に反旗を翻すというような,外向きに向かうのはごくわずかです。

 同じ値を主要国について出すと,アメリカが67.8%,イギリスが85.7%,ドイツが93.5%,フランスが92.6%なり。いずれもわが国より低し。ちなみに,殺人率1位のホンジュラスはたったの9.0%です。逆をいえば,この中米の社会では,危機状況の9割以上が外向きの逸脱によって処理されていることになります。

 これだけでも,わが国の内向的な国民性がうかがえますが,188か国全体の中での位置をみてみましょう。私は,上の測度(内向率)を全ての国について計算し,高い順に並べてみました。下の図は,この順番に,自殺と殺人の組成がどうなっているかを図示したものです。

 188の国名を軒並み記すのは煩雑ですので,日本,アメリカ,そして南米の大国ブラジルの位置だけを示しましょう。カッコ内の数値は,内向率の順位です。


 日本は188か国中4位,アメリカは76位,ブラジルは163位です。日本とアメリカでは自殺のシェアのほうが大きいですが,ブラジルになるとそれが反転します。この南米の国では,危機状況の8割が他人を殺めることで処理されているわけです。

 日本人の内向性はよくいわれるところですが,殺人率と自殺率という逸脱指標からも,その様を浮き彫りにすることができます。

 同じ分析を手掛けた前の記事でもいいましたが,このような内向的な国民性があるのをいいことに,お上が惰眠をむさぼるようなことがあってはならないでしょう。昨今,「自己責任」という言葉が幅を利かせている状況をみるに,このような懸念を強く持ちます。
 
 今回計算した内向率という指標を考案されたのは,私の恩師の松本良夫教授です。前の記事と同じ結びになりますが,以下の論文を紹介させていただきます。松本良夫・舞田敏彦「殺人・自殺の発生動向の関連分析-20世紀後半期の日本の場合-」『武蔵野大学現代社会学部紀要』第3号,2002年。

2013年1月26日土曜日

都道府県別の教員の病気離職率

 文科省『学校教員統計』の教員異動調査では,調査実施年の前年度間に離職した教員の数が計上されています。最新の2010年調査では,前年の2009年度間の離職教員数が明らかにされているわけです。
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kyouin/1268573.htm

 教員が教壇を去る理由はさまざまでしょうが,統計上は,以下の9つの理由カテゴリーが用意されています。数字は,2009年度間に当該の理由で離職した幼・小・中・高の教員数です。

 ①:定年 ・・・ 21,023人
 ②:病気(精神疾患) ・・・ 909人
 ③:病気(精神疾患以外) ・・・ 869人
 ④:死亡 ・・・ 601人
 ⑤:転職 ・・・ 5,916人
 ⑥:大学等入学 ・・・ 198人
 ⑦:家庭の事情 ・・・ 6,799人
 ⑧:職務上の問題 ・・・ 472人
 ⑨:その他 ・・・ 10,085人

 当然ですが,定年が最も多くなっています。次に多いのは,8つの理由のいずれにも該当しない「その他」です。一身上の理由というような曖昧なものは,この中に含まれることでしょう。現在,退職金の目減りを恐れて「駆け込み退職」する教員がいるようですが,この理由は,統計上は「その他」に括られることと思います。

 「家庭の事情」という理由も結構多いですね。老親の介護というものがメインでしょう。結婚退職などもこれに含まれるのかな。

 あと一つ,4ケタ台なのが「転職」ですが,この中には,現場の教諭から指導主事になったというようなケースも入れられているようです。教職に嫌気がさして他の職に転じたという者だけではないとのこと。

 さて,教職危機の量を測る指標(measure)として離職率がよく用いられるのですが,上記の①~⑨のうち,どの理由の離職者数を分子に据えたものでしょう。2011年5月7日の記事では,⑨の「その他」の数を分子にして離職率を出したのですが,後から分かったところでは,任期満了による離職もこの中に含まれるとのことです。これはいけません。現在,有期雇用の教員が増えていますしね。

 そこで,②と③を足し合わせた広義の病気離職者数を分子にして,離職率を計算することとしました。精神疾患とその他の病がほぼ半々ですが,病気を患って職を辞す教員の量は,教職の危機や困難の程度を可視化するのに使える指標であると思います。

 昨年の7月23日の記事では,公立小学校教員について,この意味での離職率(病気離職率)の時系列推移をたどってみました。そこで分かったのは,直近の3年間(2006年~2009年)にかけて率がかなり上がっていること,その傾向はとりわけ若年層で顕著なことです。

 今回は,教員の病気離職率を都道府県別に出してみようと思います。各県における教職危機の程度を数量化してみようという試みです。

 私は,2010年度の『学校教員統計』から分かる,2009年度間の病気離職者数を,同年5月1日時点の本務教員数で除して,教員の病気離職率を計算しました。分母の出所は,文科省の『学校基本調査』です。

 全国統計でいうと,2009年度間の幼・小・中・高の病気離職教員数は1,778人です。同年5月1日時点の幼・小・中・高(全・定)の本務教員数は1,020,323人。したがって,2009年度の教員の病気離職率は,1万人あたり17.4人と算出されます。約575人に1人。決して多い数ではありませんが,この値の相対水準でもって,各県の状況を診断してみようと思うのです。

 下表は,このやり方で明らかにした,47都道府県の病気離職率の一覧です。rank関数で出した,各県の相対順位も添えています。


 最高値には黄色,最低値には青色のマークをしました。ほう。最高の広島と最低の岩手では,教員の病気離職率が5倍近くも違いますね。

 上位5位は,広島,東京,奈良,鳥取,そして石川なり。地理的に分散しているようですが,47都道府県全体を見渡してみて,教職危機の地域性のようなものがみられるでしょうか。この手のことを確認するには,地図化(mapping)が一番です。上表の病気離職率をMANDARAで地図化してみました。


 高率県は地理的に分散していますが,首都圏や近畿圏が濃い色になっています。地方中枢県の広島と福岡も濃い青色で塗られていますね。

 ざっとみた限り,教職危機の量は,都市性と関連があるように思われます。2010年の『国勢調査』から各県の人口集中地区居住率を出し,教員の病気離職率との相関をとったところ,+0.448という正の係数値が出てきました。47というサンプル数を考慮すると,1%水準で有意な相関と判定されます。

 都市性の度合いが高い県ほど,教員の病気離職率が高い傾向です。まあ,都市部ほど,教員に無理難題をふかっけてくるモンスター・ペアレントも多くいるでしょうしね。それに住民の学歴構成も高いので,いろいろと口うるさい保護者も多いことでしょう。このことは,久冨善之教授がどこかでいわれていたような気がします。

 ところで,上図の地図で濃い青色になっている広島と福岡ですが,この2県は少年非行の発生率が高い県です。2009年の警察庁統計を使って,各県の非行少年出現率(小・中・高の刑法犯検挙・補導人員数/小・中・高の全児童・生徒数)を出し,教員の病気離職率との相関係数を出すと+0.334となります。こちらは5%水準で有意です。

 児童・生徒の問題行動の頻度というのも関連している模様です。教員から生徒への暴力(体罰)が大問題になっていますが,その逆(対教師暴力)もあり。手ひどい暴力を受けて,労災認定される教員もいます。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20130117-OYT8T00477.htm?from=tw

 教職危機の指標としての病気離職率と関連する要因は,他にもいろいろあるでしょう。教員の給与水準やTP比等,勤務条件指標との相関も興味深いところです。上の地図で白色になっている東北の県は,教員の給与の相対水準(対民間)が高いのだよな。

 あと,教員集団の構成というのも侮れない要因です。病気離職率は若年教員で圧倒的に高いのですが,教員集団の年齢ピラミッドの型がいびつで,少数の若年教員に圧力がかかるような構造ができている県では,病気離職率の水準は高い,という仮説を立てることもできます。

 教職危機の地域差の要因分析というのは,大変重要な課題ですが,まだ手つかずのようです。面白い結果が出たら学会で報告しようと考えているのですが,そこまでは至らず。もっと枠組みを洗練させて取り組んでいきたい課題です。

2013年1月24日木曜日

教員の権威低下のデータ

 昔に比べて教員の威厳が低下した,教員の権威が失墜したなどとよくいわれます。そのことが,現在の教職危機を発生せしめる条件をなしている面もあります。

 学校に理不尽な要求をつきつけるモンスター・ペアレントの存在が社会問題化していますが,半世紀前の人間がタイムマシンでやってきて,保護者が教員に怒鳴り散らす,教員が保護者に土下座するなどの光景を目にしたら,それはもう仰天することでしょう。

 ところで,教員の権威低下がよく指摘される割には,それを示す客観データを目にしたことがありません。ちょいと探してみたところ,統計数理研究所の『国民性調査』の中に,関連する設問が盛られていることを知りました。
http://www.ism.ac.jp/kokuminsei/table/index.htm

 『国民性調査』は,1953年(昭和28年)以降,5年間隔で実施されているもです。対象は20歳以上の国民。以下の設問への回答変化を,最新の2008年調査までたどることができます。

 問い 「先生が何か悪いことをした」というような話を,子供が聞いてきて,親にたずねたとき,親はそれがほんとうであることを知っている場合,子供には「そんなことはない」といった方がよいと思いますか,それとも「それはほんとうだ」といった方がよいと思いますか?

 先生様が悪事を働いたなどと子どもに知らせたりしたら示しが立たない。こう考える者は,「そんなことはない」といった方がよいと答えるでしょう。先生だろうが何だろうが悪は悪だ。子どもにきちんと伝えるべきだという意見の者は,「ほんとうだ」といった方がよいと回答することでしょう。

 この設問は合理主義の程度を測るものとも読めますが,教員の権威低下の様相を可視化するのにも使えると思います。半世紀ちょっとの間にかけて,寄せられた回答の分布はどう変わってきたのでしょう。


  「そんなことはない」と隠すべきという回答は,時代と共にみるみる減ってきています。1953年では38%でしたが,2008年では21%です。代わって,「本当だ」と事実を教えるべきという回答が42%から63%へと,20ポイント以上も増えているのです。

 これは20歳以上の全対象者をひっくるめた傾向ですが,年齢層別にみるとどうでしょう。予想としては,若い年代ほど,「そんなことはない」と否定すべしという回答は少ないように思われます。

 「そんなことはない」という権威派の回答比率に注目しましょう。下図は,5年刻みの調査実施年ごとの年齢層別数値を上から俯瞰したものです。色の違いに依拠して,率の大まかな水準を読み取ってください。本ブログを長くご覧頂いている方はもうお馴染みですよね。時代×年齢の「社会地図」図式です。


 いかがでしょう。時を下るほど,若い年齢層になるほど,権威派の回答比率は小さくなっていきます。昔の高齢者にあっては,半分近くの者が,教員の非を子どもに知らせるべきでないと答えていました。ところが現在の若年層にあっては,そのような考えの者は2割ほどです。

 2008年のデータでみると,権威派の回答比率が最も小さいのは30代で18%なり。子育ての最中にある親御さんの年齢層です。なるほど。今の学校でMPが問題化しているというのも,さもありなんです。
 
 教員の権威低下の原因については,いくつか考えられますが,よくいわれるのは,今の教員は希少な知識人ではなくなっている,ということです。

 小・中・高の教員数(本務)は,戦後初期の1950年では57万人ほどでしたが。2012年現在では91万人にまで膨れ上がっています(文科省『学校基本調査』)。また大学進学率が上昇した今日,保護者の多くは教員と同じ大卒です。対等の立場でガンガン口出ししてくるというのも,頷けるところです。

 これではということで,現在,教員養成の期間を6年間に延長し,教員志望者には修士の学位を取らせようという案が出されています。名目上は専門性の向上ということになっていますが,教員の学歴水準を一段高くして,知識の伝達者としての教員の威厳の基盤を担保しよう,という意図が込められていることがうかがわれます。

 デュルケムもいうように,権威(autorité )とは教師にとって不可欠の資質です。何の権威も感じられない,そこいらの人間と同じような輩が口にすることに,子どもが熱心に耳を傾けるはずはありますまい。

 ですが,権威の源泉というのは,学歴がどうとかいう外的なものに限られません。デュルケムは,教師の権威の源泉として,教師が自らの職務にどれほど誇りを感じているか,ということが重要であると述べています。また,教師は社会という道徳的人格の代弁者であるがゆえ,当の社会に教師が抱いている愛着の程度も,権威の源泉として作用すると指摘しています(『道徳教育論』)。

 これらは,外的な源泉とは区別されるところの,内的な源泉であるといえましょう。実のところ,教師の源泉として重要であり,かつ望ましいのはこちらのほうです。

 学歴とか身なりという外的なものに由来する権威は,しばしば傲慢,さらには権威主義に転化します。デュルケムが,教師の権威を重視しながらも,学校が権威主義の場となってはならないと厳に戒めしていることはよく知られています。

 しかるに,上述のような内的な源泉から湧き出るところの権威というのは,それとは違います。教師が偉ぶったり,子どもに体罰を振るったりすることの因となるのではなく,子どもの内に教師への敬意を喚起させ,教授活動を効果的ならしめるプラスの条件として作用します。

 今の状況をみるに,教師の権威の内的な源泉が枯れ果てているように感じるのは私だけでしょうか。教室の中において,人を欺いてはならぬと道徳を説いたところで,目の前の子どもの何割かは,それを業とするような悪徳企業に入っていくわけです。教室の中と外の社会が大きく違っていることを,教師たちは知っています。

 実社会で求められる資質能力は「学問よりもコミュニケーション」などとあからさまにいわれると,自分がやっていることは何なのだろうと懐疑に陥る大学教員も少なくないことでしょう。そういう思いで教壇に立つ教員の言に耳を傾ける学生は少なし。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130122/edc13012216020003-n1.htm

 もっと根源的にいえば,自殺者が毎年3万人を超えるような「病んだ」社会に愛着を抱く教師などいるのかしらん。

 教師の権威の低下については,子どもや保護者が自己チューになったとか,教師が希少人材ではなくなったとか,いろいろなことがいわれますが,教師の「内」にも原因はありそうです。己の職務への誇り,自らが代弁するところの道徳的人格としての社会への愛着。デュルケムが述べた,教師の権威の(内的な)源泉の枯渇です。今回紹介したデータは,そういう傾向が今になって強まってきていることの表れともいえるでしょう。

 今年(2013年)は,『国民性調査』の実施年です。先ほどの統計図を下に延ばしたら,どういう模様になることか。この5年間の社会変化の有様と同時に,2009年度より実施されている教員免許更新制の目的「教員が自信と誇りを持って教壇に立ち,社会の尊敬と信頼を得ること」がどれほど具現されているかが評されることにもなるでしょう。結果を期して待ちたいと思います。

2013年1月22日火曜日

教員採用試験の統計問題

 前回は,全国の国立教員養成大学の教員就職率を紹介しましたが,教員になるには,教職課程を履修して教員免許状を取得するとともに,各自治体が実施する採用試験に合格する必要があります。

 教員志望の学生さんは,今年夏実施の採用試験に向けて少しずつ準備を始めておられることと思います。とりわけ力を入れるべきは,校種を問わず全受験者に課される教職教養でしょう。

 教職教養の参考書や問題集を執筆している関係上,毎年,全国の自治体の過去問に目をやるのですが,統計を題材にした問題が結構あることに気づきます。

 教員志望者には,今の教育界の現状がどういうものかをきちんと知っておいてほしい,という思いからでしょう。そこらで又聞きするような怪しい情報ではなく,「きちんと」した公的統計を踏まえてです。

 どういう分野の統計が出るかというと,児童・生徒の問題行動に関わる統計が多いようです。東京都では,過去に以下のような問題が出題されています。都教委の『小学校教職課程・学生ハンドブック(平成24年度版)』の53頁に掲載されているものです。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/senko/senko11.htm


 文科省が毎年実施している『児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査』からの出題ですね。各種の問題行動の発生件数等を集計した,最も公的な資料です。文科省のホームページにて,結果を閲覧することができます。
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/shidou/1267646.htm

 5つの選択肢の正誤を判定する形式です。それぞれについて簡単に解説いたしましょう。

 まず1ですが,小・中学校の暴力行為の発生件数は,2006年度が34,367件,2007年度が42,017件,2008年度が49,238件と推移しています。校内と校外を合わせた件数です。したがって,文中の記述は誤りということになります。

 ただし,最新の2011年度調査の速報結果によると,この数は09年度をピークとして減少に転じています。11年度は46,457件です。調査結果は随時更新されますので,最新の数値を確認しておきましょう。

 選択肢の2~5は,いじめ等の問題行動がどの学年で多発するかを問うものです。危険な時期はいつか。問題行動への対処にあたっては,この点を押さえておく必要があります。生徒指導計画を立案する際にも必要な知識となるでしょう。

 2~5の選択肢では,いじめ,不登校,高校中退,そして自殺という問題行動の学年傾向について述べられています。これら4つの学年別統計をみていただくのが早いでしょう。下表は,2008年度の上記文科省資料から作成したものです。いじめの数値は,加害者の学年に依拠した認知件数であることを申し添えます。


 選択肢2は誤り。いじめの認知件数が最も多いのは,小学校第5学年ではなく,中学校第1学年です。この学年では,17,516件と群を抜いて高くなっています。小学校から中学校へと上がることに伴う「中1ギャップ」の表れともみられます。この言葉は知っておきましょう。

 選択肢3は正しい。文中でいわれているように,不登校児童・生徒数は中学校第3学年まで上昇を続けます。小6から中1にかけての増加倍率は2.99倍(7,727→23,149)。これも合っています。小6から中1にかけての不登校の激増も,「中1ギャップ」の一側面をなしているといえましょう。

 選択肢の4は誤り。高校の中退者数は,第1学年で圧倒的に多くなっています。上表からは分かりませんが,全日制,定時制,通信制を問わずです。このことにかんがみ,入学当初において,生徒が学校生活に適応できるよう指導することの重要性がいわれています(高等学校学習指導要領)。ちなみに,高校中退の事由としては「学校生活・学業不適応」が最多です。この点も要注意。

 選択肢の5は誤り。自殺者が最も多いのは高校1年生ではなく,高校3年生なり。自殺した生徒が置かれていた状況としては,「進路問題」というものが最多です。「高校3年生」と「進路問題」・・・。大学入試の失敗,将来悲観というようなことが想起されます。

 よって正答はということになります。どうでしょう。みなさんはできましたか。統計を使った問題としては,この手のものが多いようです。文科省『児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査』の結果の重要ポイントは,しっかりと押さえておきましょう。

 あと重要な統計資料としては,文科省の『全国学力・学習状況調査』でしょうか。自分が受けようとしている県の子どもの学力が,全県の中でどのあたりの位置にあるか。どういう部分が課題とされているかなどを把握しておきましょう。各県の教委のホームページで触れられていると思います。

 さて今日は,教職課程の担当科目の試験です。統計の問題を出題予定。学生さんのお手並み拝見。楽しみです。電卓を忘れたという人がいないとよいのですが。

2013年1月20日日曜日

国立教員養成大学の教員就職率

 全国には,教員養成課程を有する国立の教員養成大学は44ありますが,2012年3月卒業生の教員就職率のトップは,兵庫教育大学で92.2%だったそうです。臨時任用も含むとはいえ,この数字はすごいですね。
http://nyushi.yomiuri.co.jp/13/nnews/20130112_03.htm?from=yoltop

 上記の読売新聞記事によると,本大学では「校長OBを講師に招いた模擬採用面接や模擬授業を実施するほか,4年生が後輩に就職活動の体験談を紹介する機会を設ける」などの取組を行っている模様です。こうした実践の所産であるともいえましょう。

 さて,紹介されている教員就職率のソースは,文科省の『国立の教員養成大学・学部(教員養成課程)等の平成24年3月卒業者の就職状況について』という資料です。各大学の卒業生数と教員就職者数が掲載されています。

 私はこの資料をもとに,44の国立教員養成大学の教員就職率を出してみました。自県の教員養成大学がどれほど健闘しているか,という関心をお持ちの方もおられるでしょう。そういう方の参考になればと思います。

 私は,2種類の教員就職率を計算しました。臨時任用を含む広義の教員就職率と正規のみの教員就職率です。分母には,卒業生数から保育士就職者数と大学院等進学者数を差し引いた値を充てました。要するに,教員志望の卒業生のうち教員になれた者がどれほどいるか,という指標です。上記記事でいわれている教員就職率も,このようなやり方で算出されています。

 教員就職率(広義)がトップの兵庫教育大学と,私の母校の東京学芸大学を例に,指標の計算過程をご覧いただきましょう。


 兵庫教育大学でいうと,卒業生165人から保育士就職者・大学院等進学者24人を除いた数は141人。この141人のうち,臨時も含む教員就職者(b+c)は130人。したがって広義の教員就職率は,130/141=92.2%となる次第です。正規のみに限ると56.0%,およそ6割弱。

 わが母校・東京学芸大学はというと,広義の就職率は73.4%,正規のみの就職率は38.1%なり。ふうむ。西の兵庫教育大学に比して値が低くなっていますね。

 それでは,44の国立教員養成大学について,同じ値を軒並み出してみましょう。下表は,2種類の教員就職率の大学別一覧です。右欄には順位を掲げました。


 44大学での最高値には黄色,最低値には青色のマークをしています。臨時を含む教員就職率は92.2%~51.8%,正規のみの就職率は61.0%~18.3%のレインヂがあります。大学によって違うものですね。

 学芸大は広義の就職率は44大学中16位,正規就職率は25位か。私が学部生だった頃(1990年代後半),「教員就職率全国1位!」といったフレーズを学内広報誌で見かけた記憶がありますが,昔に比べて相対順位が落ちているのかしらん。

 修士課程の母校の鹿児島大学は,広義の就職率が42位,正規就職率が40位です。こちらは明らかに下位グループに属していますが,地元での採用試験が難関化していることもあるのだろうな。昨年の3月15日の記事によると,2011年度の当県の小学校教員採用試験競争率は9.3倍なり。全国(4.5倍)や東京(3.7倍)よりも相当高くなっています。

 最後に,上表のデータを地図化しておきましょう。自県の国立教員養成大学の教員就職率(広義)に基づいて,47の都道府県を塗り分けてみました。地元に国立教員養成大学がない4県は欠損値としています。県内に2校(新潟,上越教育)ある新潟は,両校の数値を合算して出した率に依拠したことを申し添えます。


 黒色は,自県の国立教員養成大学の教員就職率(臨時含む)が8割を超える県です。70%台も併せて考えると,近畿の諸県の教員養成大学が健闘している模様です。冒頭で紹介したような,兵庫教育大学に類する実践を行っている大学が多いのでしょうか。

 さて,各県の国立大学は自地域の学生に高等教育の機会を与えるとともに,地元の産業界に有意な人材を供給することを主な機能としているのですが,ここでみた教員就職率などは,この機能がどれほど遂行されているかを測るメジャーとしても使えるでしょう。

 私が生まれる前年の1975年,東大の清水義弘教授の研究グループが『地域社会と国立大学』という本を東大出版より出しています。B5版,402頁の大著です。この本では,地域社会への人材供給機能等,多角的な観点から地方国立大学の機能遂行の状況が分析されています。自県の教員養成大学の教員就職率という指標も入っていたのではないかなあ。

 今から40年近くも前の偉業ですが,現在において,類似の研究をしてみる価値はあるのではないでしょうか。地方国立大学の存在理由が厳しく問われていることでもありますし。現在では,パソコンやインターネットの発達により,統計をはじめとする各種資料の収集が当時とは比較にならないほど容易になっています。データ分析やその結果のグラフ化・地図化の作業も,お茶の子さいさいです。

 こういう条件を駆使すれば,個人でもある程度のことはできるかも・・・。不遜にも,こういうことを思ったりします。

2013年1月18日金曜日

首都圏の空家率地図

 昨日,ツイッターにて「首都圏の空家率地図」の試作品を掲げたところ,見てくださる方が多いようなので,ブログにも載せておきます。

 空家率とは,総住宅数に占める空家の比率のことです。ソースは,2008年の総務省『住宅・土地統計調査』です。分子,分母とも,同年の10月1日時点の数値とされています。
http://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2008/index.htm

 私が住んでいる多摩市(東京)でいうと,総住宅数は71,780件,うち空家が5,370件。よって,同市の空家率は7.5%と算出されます。13件に1件です。しかし,首都圏(1都3県)を見渡すと,スゴイ地域が続々と出てきます。

 私は,首都圏の214の市区町村の空家率を計算し,MANDARAで地図化しました。ツイッター上の試作品では,政令指定都市内の区の色分けはしませんでしたが,ここでお見せする改良版では,それをしています。

 あと一点。2008年の地域区分を,2010年の『国勢調査』実施時のものに組み替えていることを申し添えます。e-Stat(政府統計の総合窓口)の「都道府県・市区町村のすがた」から数字を採取したのですが,本サイトの市区町村データは,最新の地域区分のものに組み替えられているからです。この点は,ツイッターの図も同じです。


 黒色は,空家率が16%(6件に1件)を超える地域です。周辺部が黒く染まっていますね。過疎の影響でしょうか。

 一方,都心部でも率が高い地域があり,千葉の浦安市,千代田区,そして中央区も黒色になっています。ツイッターへの反応をみると,買い手がつかないマンションがたくさんあるのではないか,という意見が多いようですが,そういうことなのかな。確かに,べらぼうに高そうだし。

 ちなみに,214市区町村の空家率の上位10位は以下のようです。

1位 千葉・勝浦市 ・・・ 35.9%
2位 神奈川・湯河原町 ・・・ 32.8%
3位 千葉・鴨川市 ・・・ 27.5%
4位 東京・千代田区 ・・・ 25.8%
5位 東京・中央区 ・・・ 25.4%
6位 千葉・横芝光町 ・・・ 23.9%
7位 千葉・いすみ市 ・・・ 23.6%
8位 埼玉・嵐山町 ・・・ 23.3%
9位 千葉・南房総市 ・・・ 22.3%
10位 千葉・館山市 ・・・ 21.8%

 最高は,千葉の勝浦市の35.9%なり。この市では,全住宅の3分の1が空家ということになります。国際武道大学がある市ですが,学生さんに貸し出したらどうかしらん。同市の空家の多くは別荘ではないか,という声もありましたが。

 地域に空家が多くなることに伴う問題としては,老朽化した空家の瓦が落ちて通行人に当たったり,地域の治安が悪くなったり,ということが挙げられます。このことにかんがみ,空家の所有者に適正な管理を義務づける法律の制定に動いている自治体もあります(八王子市)。この点については,昨年の11月28日の記事でも触れたところです。

 『住宅・土地統計調査』は5年刻みのものであり,今年(2013年)は調査の実施年です。今年の10月時点の空家率地図をつくったら,おそらくは,全般的に色が濃くなっていることでしょう。こうした傾向は,「ゴーストタウン化」とも形容されます。

 ツイッター上でどなたかおっしゃっていましたが,空家の有効活用も考えられて然るべきでしょう。愛知県の東栄町は,地域への定住促進のため空家への居住者を募るなど,有効活用の方途を見出しています。
http://www.town.toei.aichi.jp/koukyou/?p=947

 いやー,MANDARAを覚えてからというもの,さまざまな現象の地図化作業にハマっています。ツイッター上にて,首都圏の家賃地図,年収地図,文化人居住率地図なども展示しております。興味を持たれた方は,どうぞご覧ください。小生のツイログでキーワード検索をすると早いかと思います。

2013年1月17日木曜日

失業と強盗

 昨年の12月18日にツイッターをはじめてから,およそ1か月が経ちました。興味をもったニュース記事の記録や日記に使っています。

 また,統計グラフの試作品も画像添付の形で公開しております。長いコメントを添える必要がない,「ただ見てほしい」というグラフはツイッターのほうで展示しております。こちらも,ご覧いただけますと幸いです。

 さて,自身のツイートの軌跡であるツイログをざっと見返したところ,「発煙筒持った男,すき家で客の夫婦脅し財布奪う」(読売新聞Web版,2012年12月30日)という記事が記録されていました。強盗事件の記事ですが,「また,すき家か・・・」という感想を持たれた方が多いと思います。

 安価がウリの牛丼チェーンの「すき家」ですが,このチェーン店では強盗事件が多いな,という印象を持ちます。店舗の構造とか売上金の管理の仕方とか,犯行に及ぶ側にとって都合のいい条件があるのか知りませんが,ネット上では「すき家強盗マニュアル」なるものまで出回っている模様です。

 強盗とは,他人の金品を強奪する行いですが,このご時世です。生活苦から,この手の凶悪犯罪に手を染める輩もいることでしょう。生活苦の主な原因は,収入源を断たれることであると思いますが,こういう事態がどれほどあるを測る指標があります。それは失業率です。

 失業率とは,完全失業者数を労働力人口で除して算出されます。働く意欲のある労働力人口のうち,職に就けないでいる者がどれほどいるかです。働いて収入を得る必要に迫られているにもかかわらず就労できない・・・。このような人間がどれほどいるかは,凶悪犯罪の発生地盤となる生活苦の量のバロメーターであるといえるでしょう。

 私は,失業率と強盗率がどう推移してきたのかを調べました。おそらくは,両指標の間には強い共変関係がみられるであろう,という仮説においてです。なお,失業と強盗の関連の仕方は年齢層によって異なると思われるので,年齢層ごとの分析をしています。この点は,今回の作業の特徴です。

 まずは,20代の若者について,失業率と強盗犯出現率の時系列推移をたどってみましょう。観察期間は,1970年(昭和45年)以降のおよそ40年間です。後者の強盗犯出現率とは,当該年齢の強盗検挙人員を人口で除して算出するものです。各年において,強盗犯が出る確率を表す指標です。以下では,強盗率といいます。

 指標の計算過程をイメージしていただくため,分子と分母の推移も漏れなく掲げます。失業率の分子と分母は総務省『労働力調査』から得ました。強盗率の分母の人口は総務省『人口推計年報』,分子の強盗検挙人員は警察庁『犯罪統計書』から採取したことを申し添えます。


 20代の失業と強盗の42年史です。1970年代は失業率微増,強盗率は低下という傾向ですが,80年代以降は,両指標は大よそ歩を同じくしているように思えます。90年代後半以降の不況期にあっては,失業と強盗の共増が明らかです。彼らの苦境が表れていますね。

 1970年から2011年までの42の経験データを使って,20代の失業率と強盗率の相関係数を計算したところ,+0.4858となりました。1%水準で有意な正の相関です。背後のもっと大きな変動を介した疑似相関である可能性も否めませんが,失業(生活苦)→強盗というような,因果関係の側面も含んでいると思います。

 では,他の年齢層ではどういう相関係数値になるでしょうか。1970年からの時系列データを使って,失業率と強盗率の相関係数を年齢層ごとに出してみました。結果は以下のごとし。

 20代 ・・・ +0.4858
 30代 ・・・ +0.7917
 40代 ・・・ +0.9278
 50代 ・・・ +0.9080
 60代以上 ・・・ +0.6928

 ほう。40代をピークとした山型になっています。しかし,40代の+0.9278という係数値は高いですねえ。これはもう,失業率が分かれば強盗率をほぼ正確に予測できるレベルです。この年齢層については,統計グラフをみていただきましょう。


 2本の曲線は気味が悪いほど似通っています。20代とは違って,共変傾向が観察期間中一貫しています。40代にあっては,失業と強盗の共変関係の普遍度が高いことが知られるのです。

 40代といえば,子の扶養と同時に老親の扶養も期待される,いわゆる「サンドイッチ」年代です。それだけに,収入源を断たれる失業が痛手となる度合いは,他の年齢層に比して高いのではないかと思います。

 扶養家族がいるので,自らの命を断つことはできない。そこで危機状況打開の経路を,外向的な逸脱行動に求める。このようなことが起こり得る頻度も高いのではないでしょうか。ちなみに,自殺のような自己破壊行動の頻度と失業の関連が最も強いのは,50代であることを付記しておきます。

 40代。若年層と高齢層の谷間に位置し,あまり注目されることのない年齢層ですが,上で述べたような困難な条件を抱えた層でもあります。この年齢層の状況への目配りを怠ってはなりますまい。

 年齢層ごとにバラした分析をしてみると,未知の知見が得られることがしばしばあります。分析とは,全体を「分」けて解「析」することです。今後も,この作業を継続していきたいと思うのであります。

2013年1月16日水曜日

出題者が明かす教職教養の重要事項(東京)

 東京都教育委員会は,『小学校教職課程・学生ハンドブック(平成24年度版)』という資料を作成し,HP上で公表している模様です。都内の大学で教職課程を履修している学生さんには,配布されていることと思います。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/senko/senko11.htm

 この資料は7つの章と資料からなるのですが,Ⅶ章の「採用選考に向けて:採用試験の対策」の箇所にて,都の採用試験でどういう事項が出題されるかが明らかにされています。問題を出す側からの情報提供ですので,信頼度は100%です。これは必見。

 全校種の受験者に共通である教職教養試験については,以下の事項を重点的に学習しておくべきとされています(49頁)。当該の箇所を引用しましょう。領域ごとに表でまとめました。


 まずは法規。公務員試験ですので,この手のお堅い分野からの出題の比重が高いようです。国の最高法規である憲法から,教基法,学教法と下っていき,公務員の服務等を定めた地公法からの出題が多いとのこと。教特法は,公務員の中でも教育公務員に固有の事項を定めた法律です。

 今年の夏実施の2014年度試験では,どういう事項が出ることか。まず,大阪の体罰自殺事件が大問題になっていることからして,学校教育法第11条は必出でしょう。

 「校長及び教員は,教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより,児童,生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし,体罰を加えることはできない」。この条文は,諳んじることができるまでに繰り返し読んでおきましょう。

 また,教員の不祥事が続発していることから,地公法が定める公務員の服務についても問われることでしょう。職務上の3つの義務(服務の宣誓,職務上の命令に従う,職務に専念),ならびに身分上の5つの義務(信用失墜行為禁止,秘密を守る,政治的行為制限,争議行為等禁止,営利企業等従事制限)を押さえておきましょう。

 次に,教育課程の国家基準であるですが,学習指導要領総則のさわりの「教育課程編成の一般方針」の原文がよく出ます。また,教育課程の諸領域(各教科,道徳・・・)の目標や指導上の配慮事項等も頻出。学習指導要領の原文は,文科省のHPでみれます。該当箇所を読みこんでおきましょう。

 続いて,教育原理,教育心理,および教育史。ありがたいことに,内容が多岐にわたる3領域からの出題事項はかなり限定されているようです。学習指導の方法については,モニトリアル・システムやドルトン・プランというような,歴史上の著名な教授法を知っておきましょう。発達理論は,有名なピアジェの認知の発達段階説等でしょうか。教育評価は,評価の基準(絶対,相対,個人内)や類型(診断的,形成的,総括的)を押さえておけばよいでしょう。

 最後に,近年の教育事情(教育時事)ですが,全国と東京の2種に分かれます。後者は,いわゆるローカル問題というやつです。

 国レベルの時事では,教育政策の動向が必出です。国の政策の諮問機関である中教審の答申を重点的にみておきましょう。最重要なのは,2012年8月28日に公表された,「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について」でしょう。今後の教員に求められる資質能力はどういうものか。答申では大きく3つ提示されています。知っておきましょう,

 加えて,当局が実施している各種の調査の結果も頻出。結果の文章に関する正誤判定が多いようです。上表に載っている調査の結果は,文科省のサイトでみれます。いうまでもないですが,細かい数値を覚える必要はありません。いじめはどの学年で多発するか,東京の子どもの学力は全県の中でどの辺の位置にあるかというような,findingsを確認しておくだけで十分です,

 東京独自のローカル問題は,上表でいわれているように,都教委のHPをみておけば事足りるでしょう。『東京都教育ビジョン』(2008年)や『東京都教員人材育成基本方針』(同年)など,重要文書もあります。アウトラインを把握しておきましょう。メルマガも要確認とありますね。面接での話のネタに使われるトピックが含まれているかもしれません。登録しておいて損はないでしょう。

 もっと補足したい点はありますが,これくらいにしておきます。他の自治体においても,採用試験の出題ポイントをバッチリ書いた文書を公開しているかもしれません。自分が受けようとしている自治体の教委のHPを念入りにみておくことをお勧めします。

 なお,今回参照したハンドブックは平成24年度版ですが,3月ころに25年度版が出るかと思います。25年度版では,違ったことが書かれているかもしれません。その場合は,内容を更新したいと思います。

2013年1月15日火曜日

大学教員市場の開放係数(性別・専攻別)

 前回は,大学教員市場の開放係数という指標を計算しました。大学院博士課程修了生にとって,大学教員市場がどれほど開けているかを測る簡便な尺度であり,発生した教員需要の見積もり数と博士課程修了生数を照合して算出するものです。

 今回は,性別ならびに専攻別にこの係数を出してみようと思います。男子と女子でどう違うか,文系と理系の差はどうか,という問題です。

 なお,前回は教員需要数の見積もり値として大学教員の純増数を使ったのですが,今回は,大学教員の新卒採用者数を充てることとします。こちらのほうが,需要量の測度としては正確であると思います。

 手始めに,大学院重点化政策が行われる前の1988年(昭和63年)3月の修了生にとって,市場がどれほど開けていたかをみてみましょう。文科省『学校教員統計調査』(89年度版)によると,88年度間の大学新規採用教員のうち,新規学校卒の採用者は1,626人だったそうです。この年の春の博士課程修了生に対して用意されたポストの数(需要量)とみてよいでしょう。

 『学校基本調査』から分かる,同年3月の博士課程修了生は5,330人(満期退学含む)。教員候補者として送り出された供給量です。よって,この年の市場の開放係数は,1,626/5,330=0.31と算出されます。前回の大雑把な計算では,同年の係数値は0.50でしたが,それよりも厳しい値が出ています。新卒のみのポスト数を分子に充てているためです。

 では,性別および専攻別にこの開放係数を計算してみましょう。分子(需要量)と分母(供給量)の数値も漏れなく提示します。


 性別でみると,開放係数は男子よりも女子で高くなっています。女子の場合,需要は少ないのですが,同時に供給量も少ないためです。1988年時にあっては,女子の博士課程修了生はわずか603人。男子の8分の1です。

 次に専攻別にみると,「その他」を別にすれば,農学や理学のような,理系の専攻の係数値が低くなっています。理系の場合,研究所やポスドク等,大学教員以外の行き場もあるためでしょう。しかるに,大学教員しか道がない人文・社会系の場合,0.26や0.39という値はシリアスなものとしてのしかかってきます。

 さて,上表は1988年3月修了生にとっての市場の開放度ですが,現在ではどうなのでしょう。2010年度の『学校教員統計』によると,2009年度の大学教員の新規学卒採用者数は1,185人です。一方,その椅子を求める,09年春の博士課程修了生数は16,463人なり。88年度と比して,需要の減,供給の激増が明らかです。

 09年の開放係数を出すと,1,185/16,463=0.07となります。88年度の0.31よりもかなり下がっていますが,分母の激増がきいているのが明らかです。91年以降の大学院重点化政策によるものです。では,09年度の市場の開放係数を,上表と同様,性別・専攻別に出してみましょう。


 性別でみると,男女とも20年前に比して市場の閉塞度が高まっているのですが,女子の有利性は保たれています。女子については,供給増に需要増も伴っていることが特徴です。女子の新卒採用教員数は,88年度の265人から09年度の428人へと増えています。一方,男子の新卒採用教員数は1,361人から757人へと減っているのです。

 近年の男女共同参画政策の賜物といえましょう。最近の教員公募文書をみると,「女性の応募歓迎」,「業績が同等なら女性を採用」という文言をよく見かけます。ただし,状況の厳しさが増していることは男子と同じですが。

 次に専攻別の欄をみると,農学や工学では,0.03や0.05という値が出ています。理系専攻の場合,大学教員以外への道も開かれているのは確かですが,大学教員を志す場合,状況は相当厳しい模様です。

 大学教員以外に行き場がない,人文科学系の開放係数は0.06。80人の採用ポストに1,370人が群がるというような状態です。過年度の修了生も加えたら,競争率はさらに熾烈なものになるでしょう。

 性別・専攻別の結果報告はここまでにして,『学校教員統計』をみていて気づいたことがあります。近年,少子化により大学教員の採用数が減っているなどといわれますが,統計上はそうではないことです。1988年度間の大学採用教員数は7,994人でしたが,2008年度間は11,066人です。この20年間で1.4倍に増えたことになります。

 ところが,新規学卒の採用者に限ると,上の2つの表から分かるように,1,626人から1,185人へと減じています。競争の激化により,博士課程修了と同時にストレートで大学教員になれるような者が減ってきたことの表れでしょう。業績数や教育歴では,新卒者は過年度卒業者に見劣りすることがしばしばです。博士課程修了後の延長戦の期間が長くなっているとみられます。

 しかるに,採用教員の総体数が増えているにもかかわらず,新卒の採用教員が減っていることは,一度も社会に出たことのない,純粋培養の博士が歓迎されなくなっていることを示唆しているともいえないでしょうか。

 前回の記事に対し,「実務家教員の需要が増えています。特に,実学系の学科について,純粋培養の大学院修了生は需要は少なくなっていると思います」というコメントをいただきました。確かにそういう感じはします。教育学部の場合,現場経験のある現職教員が採用される向きもありますし。

 なるほど。「大学院修了者も広く,実社会で実績を積む必要がある」(上記コメント,続き)といえるのかもしれません。大学教員への「従来型」のルートは限りなく狭くなってきていること。確かなのは,このことです。

2013年1月13日日曜日

大学教員市場の開放係数

 NTT出版の"Webnttpub"において,竹内洋教授が「高学歴ワーキングプア:教養難民の系譜(1)」という論稿を書かれています。タイトルの通り,大学院博士課程を修了しても行き場のない高学歴WPについて触れられています。
http://www.nttpub.co.jp/webnttpub/contents/university/001.html

 博士課程修了生の多くは大学教員を志望していますが,近年,供給が需要を大きく上回っていることはよく知られています。発生する空きポスト(需要)はごくわずか。その一方で,博士課程から送り出される修了生(供給)は激増。大学教員市場の崩壊です。

 竹内教授は,市場の崩壊の程度を測る簡便な数値指標を考案されています。その名は「大学教員市場の開放係数」。上記の需要と供給を照らし合わせるものです。

 具体的な算出式は,求人数(大学教員増加数)÷求職者数(前年度の博士課程修了者数)とされています。大学教員の「なりやすさ」尺度ともいえるでしょう。

 私は,文科省の『学校基本調査』から必要な数値を採取し,この指標の時系列推移を明らかにしました。手始めに,半世紀ほど前の1965年(昭和40年)3月の博士課程修了生の場合,大学教員の「なりやすさ」の程度がどれほどだったかを数値化してみましょう。


 1964年5月1日時点の大学本務教員数は54,408人。翌年の同時点では57,445人。よって,この1年間で発生した教員需要量は3,037人と見積もられます。この数は,65年3月の博士課程修了生に用意されたポストの数と見立ててもよいでしょう。

 さて,65年3月の博士課程修了生(満期退学含む)は2,061人。ほう,当時にあっては需要が供給を上回っていたのですね。博士課程修了生全員を当てがっても,発生した教員需要量を満たせないほどでした。

 需要量を供給量で除した開放係数は,3,037/2,061=1.47となります。申すまでもないですが,この値が1.0を超える場合,発生した教員需要量が教員候補供給量よりも多いことを意味します。当時には,需要が供給の1.47倍。院生にすれば,何と幸福な時代!

 ですが,それから半世紀を経た現在になると,状況は一変します。今度は,2012年3月の博士課程修了生について,大学教員の「なりやすさ」尺度を出してみましょう。


 2011年5月から翌年の5月までの1年間に発生した教員需要量は,たったの886人。一方,それを求める教員候補者は16,260人。半世紀前とは打って変わって,供給が需要を大きく凌駕しています。まさに「群がる」という表現が適切でしょう。

 大学教員市場の開放係数は,886/16,260=0.05なり。1965年3月修了生の1.47という値とは,比べようもない低さです。

 計算の過程についてイメージを持っていただけたかと思います。では,この開放係数の逐年の時系列推移をたどってみましょう。1965年3月修了生から2012年3月修了生までの係数推移を折れ線で表現しました。


 1960年代後半は,開放係数が高かったようです。大学進学率の上昇期にあり,大学もガンガン増設されていた頃です。その一方で,博士課程修了生は多くはありませんでした。

 ちなみに,大学教員市場が最も開けていたのは1966年(昭和41年)で,同年の係数値は2.32なり。この年では,博士課程修了生の倍以上の教員需要があったわけです。この時期にドクターコースを終えた幸福な世代は,松本先生よりもちょっと下の世代かしらん。いいな。

 しかるに,私が生まれた頃の70年代半ば以降,開放係数は下降の一途をたどります。1980年は0.62,1990年は0.46,世紀の変わり目の2000年には0.24,私が博士課程を出た2005年には0.19となり,2012年にはさらに下がって0.05となっている次第です。

 需要の減,供給の増によるものですが,影響が大きいのは明らかに後者です。ここで出した開放係数は,需要と供給の2要素によって決まりますが,両者の推移も示しておきましょう。計算に用いた,分子と分母の推移です。


 どうでしょう。1980年代頃から需要と供給の乖離が始まり,90年代からそれがさらに顕著になっています。1991年以降の大学院重点化政策により,博士課程修了生数が激増したためです。この政策は,大学教員市場の均衡を崩壊させるのに十分でした。

 なお,竹内教授もいわれているように,近年の大学院生の場合,開放係数から推し量られるよりも事態はもっと悪化しています。「過年度博士課程修了者がどんどん滞留しているから」であり,「求人数のなかに過年度修了生が占める割合の比重が大きくなるばかりであるから」です。

 まあ,このことは既によく知られているところですが,数値でもって可視化(visualize)してみると,伝わってくるリアリティが違います。

 ところで,この開放係数を属性別に出してみるとどうでしょう。男性と女性でどう違うか。また,文系と理系といった専攻間の差はどうか。こういう問題です。性別でみた場合,近年の男女共同参画政策により,女性の開放係数がアップしているかもしれません。専攻別では,人文系なんかは悲惨そうだなあ・・・。

 面白い結果が出ましたら,ご報告いたします。

2013年1月11日金曜日

性犯罪の認知度の国際比較

 インドにおいて,性犯罪への厳罰化を求める抗議運動が活発化しています。報道によると,2010年の同国のレイプ犯罪は2万2千件とのこと。しかるに,この国の膨大な人口(10億2千万人,世界2位)を思うと,本当にこれだけなのか,という気もします。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/121223/asi12122323080001-n1.htm

 性犯罪とは,事の性質上,発覚しにくい罪種です。被害に遭っても羞恥心などから,警察に届け出ないケースも多々あると聞きます。おそらくは,公にならずに闇へと葬られた,いわゆる「暗数」が最も多い罪種なのではないでしょうか。いみじくも上記の記事では,「報告分だけ」という断り書きが添えられています。

 まあ,このことは万国共通なのでしょうが,その程度は国によって異なると思われます。当局が認知した事件の件数が,実際の被害者の数にどれほど近いか。こういう指標を考えた場合,わが国は,どのような位置になるでしょう。この点について,ごく大雑把な計算結果を報告しようと思います。

 2004~2005年に実施された「国際犯罪被害実態調査」では,調査対象者に対し,過去5年間に性暴力の被害に遭ったことがあるかを尋ねています。日本の場合,調査対象の女性1,099人のうち,「あり」と答えたのは27人です。よって,性暴力被害率は2.5%となります。40人に1人。
http://www.moj.go.jp/housouken/housouken03_houkoku39.html

 2005年のわが国の女性人口は6,469万人。上記の比率(2.5%)を適用すると,2005年から遡ること5年間の間に性暴力の被害に遭った女性の数は,161万7,250人と見積もられます。男性の被害者はほとんどいないでしょうから,この数をもって,推定被害者数と見立ててもよいでしょう。

 時期がずれますが,国連薬物犯罪事務所のサイトの資料によると,2003~2007年の5年間に日本で認知された性暴力事件(強姦,強制わいせつ)の数は5万4,392件です。
http://www.unodc.org/unodc/en/data-and-analysis/statistics/crime.html

 この数は,先ほど出した推定被害者数の3.36%でしかありません。単純に考えると,30人に1人しか被害を届け出ていないことになります。むーん。

 ひとまず,この値をもって各国の性犯罪の認知度を測る尺度としましょう。私は,2003~2007年の性暴力事件の認知件数を知ることができる7か国について,同じ値を計算しました。下表をご覧ください。計算に使った,2005年の各国の人口(a)は,国連の人口推計サイトから得たことを申し添えます。
http://esa.un.org/unpd/wpp/unpp/panel_indicators.htm


 どうでしょう。推し量られる実際の被害者数と,警察が認知した事件の件数は違うものですね。しかるに,両者の乖離の程度は社会によって異なっているのですが,悲しいかな,それが最も大きいのは日本であるようです。なにせ3.36%ですから・・・。

 性犯罪の認知度が7か国で最も高いのは,北欧のスウェーデンで11.07%なり。この国では,1割以上が拾われています。絶対水準は低いことに変わりありませんが,この国の頑張り度が評されて然るべきでしょう。

 被害者が届け出やすい条件整備がなされているのでしょうか。たとえば,女性警官の配備の充実など。ちなみに,わが国の警察官の女性比率は7%ほどだそうです。これでは低いということで,この比率をもっと高める方針がいわれています。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2400Y_U2A720C1CR0000/

 7か国だけの比較ですが,日本は,性犯罪の認知度が低い社会であることを知りました。「警察に届けられるのは,全体の5%~10%程度」という見解もあるようですが,ここでの試算結果は3%なり。
http://www.police.pref.shizuoka.jp/bouhan/seihanzai/seihanzai-q&a.htm

 今回出したような認知度指標の国際比較をもっと多くの国を交えて行い,その多寡の要因を解析する作業も求められるでしょう。性犯罪の認知度を高めるにあたって,どういう面での条件整備が効果的なのか。

 むろん,国際比較の場合,各国の文化の違いも考慮しなければなりませんから,用いるデータとしては,国内の地域統計がよいかもしれません。「国際犯罪被害実態調査」の国内版をやってみるとよいと思います。

2013年1月8日火曜日

自殺の社会地図

 前回は,昭和30年代前半に刊行された「人間の記録双書」(平凡社)について紹介しました。当時は,現在に劣らぬほど「生きづらい」時代でした。こういう時代状況にそぐう企画であったことと思います。

 ところで,当時は青年層の自殺率が異常に高く,現在の倍以上ということを書いたのですが,ある方から「知らなかった。意外だった」というメールをいただきました。

 なるほど。人口全体の自殺率推移は白書等でもよく目にします。ですが,細かい年齢層別の長期推移となると,当局の原資料にでも当たらない限り,明らかにはできません。前回はさらっと流しましたが,今回は,この点に関する仔細な統計図をご覧に入れようと思います。

 自殺率とは,自殺者数を人口で除した値です。分子の自殺者数は,厚労省の『人口動態統計』から知ることができます。ベースの人口は,『国勢調査』ないしは『人口推計年報』のものを使うとよいでしょう。

 2010年でいうと,私の属性である30代後半男性の場合,同年中の自殺者は1,719人です。ベースの人口(10月1日時点)は約495万人。よって,10万人あたりの自殺者数は34.7人となります。この値が,通常いわれるところの自殺率です。

 この意味での自殺率の年齢層別数値を,1950年以降の5年刻みで出してみました。自殺率は性差が大きいのですが,ここでは水準が高い男性の自殺率に注目することにします。

 下図は,各年・各年齢層の自殺率を等高線図で表現したものです。色の違いに依拠して,自殺率の大よその水準を読み取ってください。これによると,時代×年齢のマトリクス上において,どの部分に病巣があるのかが一目で分かります。

 私が専攻する社会病理学の課題は,社会の「病」を診断することですが,この図式はそのための格好のツールであると思います。ちなみに,この図法を最初に考案されたのは,私の恩師の松本良夫先生です。名づけて「社会地図」。


 1955年(昭和30年)の青年層の位置に,黒色の膿があります。自殺率でみる限り,当時の青年層の「生きづらさ」は,現在の比ではなかったことが知られます。「人間の記録双書」から発せられる「生きよ!」というメッセージが,青年らにとってどれほど励みになったことでしょう。

 当時の青年の自殺が多かったことについては,いくつかいわれています。まずは生活苦。戦争が終わって10年経ったといっても,大半の人々の生活水準は今とは比べものにならぬほど低かった頃です。住宅難もまだ深刻で,戦争で家を焼かれた人たちは,駅の地下道にでも寝泊まりするしかありませんでした。

 また当時は社会の激変期であり,人びとの生き方や価値観も大きく変わる途上にありました。そうした大変化に適応できない,純真な青年もいたことでしょう。当時にあっては,青年層の自殺動機の多くが「厭世」であったこともよく知られています。世の中が嫌になった,ということです。

 あと一点。1950年代の半ばといえば,戦前の旧い慣習と戦後の新しい慣習が入り混じっていた頃であり,両者の間で葛藤していた青年も少なくありませんでした。相思相愛の間柄ながらも,旧来の「イエ」の慣行によって結婚を阻まれ,無理心中に身を焦がす男女・・・。こういう事件も結構起きていたようです。

 当時の新聞や雑誌をざっとみた限り,以上のようなことを摘記できると思います。当時の20代青年は,今では80歳くらいでしょうか。この世代の方々に個別インタビューでもすれば,当時の真相がもっとリアルに明らかなることでしょう。こういう企画を考える出版社ってないのかしらん。

 さて,現在ではうって変わって,中高年のお父さん年代の部分に膿が広がっています。リストラや老後の展望不良といったことが大きいのではないかと思われます。

 上の社会地図は,エクセルで簡単につくることができます。特別なソフトは不要です。自分が関心を持つ事象について,同じ図をつくってみてはいかがでしょう。来年度の統計法の授業では,こういう課題を出そうかと思っています。

2013年1月7日月曜日

生きよ!人間の記録双書

 昭和30年代の前半,平凡社から「人間の記録双書」という企画シリーズが出されています。これを知ったきっかけは,古書店で買った,同社の『大都会・東京』(岩井弘融著,1958年)という本に栞がはさまっていたことです。栞の写真をお見せしましょう。


 何やら,励まされる言葉が書かれていますね。当時は,「生きづらい」時代でした。戦争が終わって10年経ったとはいえ,生活水準は今とは比較にならないほど低く,かつ,社会の激変に伴う価値観の大転換に,人々が翻弄されていた時代です。

 こういう時代状況に最も戸惑いを抱いていたのは青年層であり,当時の青年の自殺率が異常に高かったことはよく知られています。1955年(昭和30年)にあっては,20代前半男子の10万人あたりの自殺率は83.4でした。2011年の31.5よりもはるかに高い値です。

 上の栞にあるように,「無気力とあきらめの底にうち沈んでいる」青年も多かったことでしょう。本シリーズは,こういう青年に向けて書かれたものであるのかもしれません。

 さて,具体的な中身はどういうものかというと,タイトルにあるように「人間の記録」です。でも,一般に想定されるものとは趣が違っているとのこと。栞の2頁目に書かれている,「編集者から読者へ」の文章の一部を引用しましょう。

 「人間の記録双書は,いままでのジャーナリズムがやってきた仕事とは,少し赴きが変わっております。それは筆者のほとんどが無名であり,しかも,文章を書くことを職業としている人々ではないということです。ただ,人生にまともに立向い,おのおの仕事に生涯をかけて,せいいっぱい生き抜いてきた人びとであるということです。 
 私たちは,これら無名の大衆の自伝を通して,現代日本の,生きた歴史と社会のすがたを明らかにし,かくれた日本人の思想・知恵・エネルギーを,ありのままにお伝えしたいと思うのです」。

 伝記というと,偉人や著名人のものをすぐに思い浮かべますが,本シリーズに収められているのは,草の根の自伝です。読者にしても,「こういう生き方があるのか」と教えられるところが大でしょう。自分と生活条件を同じくする,無名の大衆の自伝であるだけに,なおさらです。

 この「人間の記録双書」で筆をとっているのは26人です。合計27冊。発刊の年次順に並べた一覧は以下です。

『ジャーナリスト:新聞に生きる人びと』酒井寅吉,1956
『谷間の教師』水野茂一,1956
『広島商人』久保辰雄,1956
『生きて愛して演技して』望月優子,1956
『開拓農民』狩野誠,1957
『靴みがき』和田梅子,1957
『検事』歳森薫信,1957
『芸者』増田小夜,1957 ☆
『詩人』金子光晴,1957
『昭和に生きる』森伊佐雄,1957
『日本中が私の劇場』真山美保 ,1957
『ふだん着のデザイナー』桑沢洋子,1957
『不良少年』西村滋,1957 ☆
『町田大工』稲葉真吾,1957
『ゆりかごの学級』岸本英男 ,1957
『ある日本人』中野清見,1958
『看守』板津秀雄 ,1958
『草分け運転手:自動車と五十年』高橋佐太郎,1958
『主婦』大村重子,1958
『中国のなかの日本人:第1部』梨本祐平,1958
『中国のなかの日本人:第2部』梨本祐平,1958
『被告:松川事件の二十人』佐藤一,1958
『広場で楽隊を鳴らそう』服部正,1958
『港の医者』片山碩夫,1958
『セールスマン:ミキサーからテレビまで』堀誠 ,1959
『父の自画像:PTAの周辺』中森幾之進,1960
『薄明の記憶:盲人牧師の半生』熊谷鉄太郎,1960

  興味をそそられるものばかりです。私は全巻読破しようと,日本の古本屋のサイトで検索してみたのですが,残念ながら引っかかるものは少なく,あるにしても目玉が飛び出るような額がついていて手が出ません。地元の図書館を通して,都立図書館や国会図書館から取り寄せようにも,古くて傷みやすい本なので貸し出しは不可とのこと。

 やっとの思いで入手できたのは,☆をつけた2冊です。西村滋さんの『不良少年』と,増田小夜さんの『芸者』。現物の写真をお見せします。


 西村滋さんは,私が大好きな『お菓子放浪記』の作者でもあられます。1925年(大正14年)のお生まれです。上記の『不良少年』は,32歳の時に書かれた本ということになります。

 どちらもとても感慨深いもので,励まされるところが大でした。まさに「生きよ!」というメッセージをいただいたように思います。

 この手の自伝集は,今でも多く出ていると思いますが,時代状況が異なる昔のものを読むのも一興です。現代の呪縛から自分を解き放つことにもつながるでしょう。上記のシリーズは多くの人に読まれるべきものと思うのですが,どれも入手が困難であるのが残念です。

 現在,書籍のデジタル化の技術が加速度的に進歩して,国会図書館でも蔵書の電子化が進んでいると聞きます。こういう古い記録も読めるようになればよいな,と思います。

2013年1月6日日曜日

学部・修士・博士卒の不安定進路比重比較

 昨年の12月22日の記事では,大学院博士課程修了生の不安定進路比重を明らかにしたのですが,この記事をみてくださる方が多いようです。

 しかるに,最近増えているとはいえ,博士課程まで進む人間は絶対量としては多くありません。同世代の半分が入学する大学学部や,近年になって大衆化の度合いを急速に強めている修士課程の卒業後進路はどうか,という関心をお持ちの方が多いと存じます。

 私は,学部卒業生と修士課程修了生についても,同じ統計をつくってみました。今回は,それをご覧に入れましょう。どの段階まで進もうかと考えておられる方の参考になればと思います。

 資料は,昨年の末に確定値が公表された,2012年度の文科省『学校基本調査』です。これによると,同年3月の大学学部卒業生は558,692人,修士課程修了生は78,711人,そして博士課程修了生(満期退学含む)は16,260人なり。
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kihon/1267995.htm

 これらの者の進路構成が分かる図をつくりました。前の記事でもいいましたが,2012年度調査より,就職者のカテゴリーが「正規」と「非正規」に区分されていることが注目ポイントです。


 段階を問わず正規就職のシェアが最も大きくなっていますが,ここで注目したいのは,おめでたくない部分です。12月22日の記事では,非正規就職,一時的な仕事(バイト),その他(無業),および不詳・死亡の4カテゴリーを「不安定進路」と括りました。上図でいうと,藍色の線で囲った部分です。

 この不安定進路の比率は,学部卒で24.7%,修士卒で19.8%,博士卒で45.4%なり。予想通りですが,博士課程修了生で圧倒的に高くなっています。およそ半分。

 なお,学部と修士を比べると,不安定進路は修士のほうが少ないのですね。理系では,修士までの進学は一般化しており,修士の学位は,民間の間でも高い専門性の証として認められているためでしょう。

 しかしながら,文系はそうではありますまい。おそらく,学部→修士→博士と段階を上がるにつれ,行き場がなくなる度合いが高くなるものと思われます。理系にあっては,卒業生・修了生の惨状の程度は,博士>学部>修士,という傾向ではないかしらん。

 この点を確認するため,上図と同じ統計を専攻系列別に作成しました。段階による不安定進路比重の変異が,専攻系列によってどう違うかをご覧ください。


 いかがでしょう。9専攻の傾向は,3タイプに分かれます。その1は,段階を上がるにつれて膿が広がっていくタイプ(人文科学,社会科学,保健,家政)。その2は,修士までは安泰だが博士になると急に状況が悪化するタイプ(理学,工学,農学)。そして最後は,真ん中の修士の段階で状況が思わしくないタイプです(教育,芸術)。

 予想通りといいますか,人文系の専攻では,段階を上がるにつれて惨状の度合いが高くなります。文学,史学,哲学等の下位分野からなる人文科学系でいうと,不安定進路比重は,33.2%→47.4%→78.6%というように,直線的に増加するのです。

 理系の場合,修士までは不安定進路は少ないのですが,博士課程まで行くと一気にリスクが高まります。理系といえど,博士の学位まで取得すると行き場がなくなるのは,文系と同じのようです。

 教育系と芸術系については,段階間で大きな差はありませんが,修士段階で不安定進路比重が最も高くなっています。この理由については,ちょっと見当がつきませんので解釈は保留します。

 しかし芸術系では,図の四角形の半分以上が藍色になっているのがスゴイですね。芸術の道は険し。その対極にあるのが保健系で,四角形のほとんどがピンク色(安定進路)です。医師や看護師といった,社会的に需要のある有資格職業人を育成する専攻であるため,博士課程修了生でも膿の比重は2割ほどにとどまっています。

 これから,どの段階まで進もうかと悩んでいる学徒諸氏にとって参考になるところがあれば幸いです。半分冗談でいいますが,上の統計図を高校の進路指導室の壁にでも貼ったらどうでしょう。日本は学歴社会であるが,無目的に最高学府まで進んでもロクなことはない。このことを,若き高校生に知らしめるのです。こういう警告は,早い段階でなすほうがいいのではないでしょうか。

2013年1月3日木曜日

自殺統計の2つの見方

 晴天の正月ですが,いかがお過ごしでしょうか。私は箱根駅伝に見入っていますが,タスキをかけて疾走する青年の姿って,いいですね。仕向け方次第で,青年は「輝く」存在なんだと思います。

 さて,本ブログも始動といきましょう。年明け早々物騒ですが,自殺統計のお話です。厚労省の『人口動態統計』から,毎年の自殺者数を知ることができます。この数を人口で除した値が,いわゆる自殺率です。自殺者が出る確率を表すものであり,人々の「生きづらさ」の量を測る代表的な指標として使われます。

 ところで,もう一つの見方を立てることができます。全死因の中で自殺がどれほどを占めるかです。人が命を落とす原因がさまざまですが,そうした要因群の中で,自殺がどれほど幅を利かせているか,ということです。

 自殺率が絶対量なら,こちらは相対量ということができましょう。このような観点を据えることで,通説とは違った側面が明らかになるかもしれません。

 言葉だけではピンとこないでしょうから,具体的なデータを交えてお話しましょう。下表をみてください。人口は,2010年の『国勢調査』から分かる,同年10月1日時点のものです。bとcは2010年間の死亡者数と自殺者数であり,ソースは厚労省『人口動態統計』です。


 自殺者数を人口で除した自殺率,すなわち自殺者が出る確率は,高齢者のほうが高くなっています。55歳のお父さん世代では,リストラを苦にした自殺も少なくないことでしょう。しかし,全死亡者に占める自殺者数,つまり死因全体中の自殺比という点でいうと,こちらは若者が圧倒的に高いのです。22歳では,全死因の54.9%が自殺で占められています。

 この2つの測度を他の年齢についても出し,線でつないだグラフをつくりました。下図がそれです。


 自殺率は中高年層や高齢層で高くなっています。この点はよく知られているところです。リストラ等の勤務問題,老後の生きがい喪失・虚脱感などによるものでしょう。

 しかるに,死因中の自殺比という点でいうと,こちらは明らかに若年層で高い傾向です。ピークは,先ほど出した22歳の54.9%です。

 22歳といえば,ちょうど大学を卒業する年齢です。近年,就職失敗による大学生の自殺が社会問題化していますが,死因中の自殺比のピークがこの年齢にあるというのは,何とも象徴的である感じがします。

 若者の死因の半分が自殺。こういう社会は,日本だけなのではないでしょうか。新卒採用至上主義という,奇妙な慣行もはびこっていますし・・・。

 今後は,当局の白書にてこの指標にも注意を払っていただき,世間一般の人々の状況認識に与していただきたいと思います。なお,最近の22歳の危機については,昨年の5月21日の記事も併せてご覧いただけますと幸いです。

2013年1月1日火曜日

2013年の始まり

 年が明けました。みなさま,晴れやかに新年を迎えられたことと存じます。今年も,本ブログをよろしくお願い申し上げます。

2013年元旦
舞田敏彦

 お昼の散歩で撮ってきた写真を載せます。自宅近辺の「ゆうひの丘」で写したものです。澄み渡る青空。元旦の記録としておきましょう。