前に,東京都内23区の統計を使って,子どもの学力・体力と貧困指標の相関を明らかにしました。子どもの能力の社会的規定性があることの可視化です。
これらは,学力格差・体力格差というような言い回しで世間に広く知られていますが,健康状態についても,社会経済条件と結びついた格差が見受けられます。いわゆる,健康格差というものです。
今回は,同じく都内23区の地域データを用いて,この現象があることを実証してみようと思います。私は,都内23区の公立小学生について,虫歯率と肥満率を明らかにしました。前者は未処置の虫歯がある児童の比率であり,後者は学校医によって肥満傾向と判断された児童の比率です。
資料は,2013年度の『東京都の学校保健統計書』です。本資料に掲載されている数値をもとに,上記の2指標を地区別に計算しました。健康診断の受診者ベースの比率です。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/buka/gakumu/kenkou/karada/25tghokentokei.htm
原資料には,学年別の数値が載っていますが,低学年(1・2年),中学年(3・4年),高学年(5・6年)の段階ごとの指標値を算出しました。たとえば千代田区でいうと,低学年の健診受診者は754人,うち未処置の虫歯保有者は79人ですから,当該区の低学年児童の虫歯率は10.5%となります。
下の表は,各区の段階ごとの虫歯率と肥満率を整理したものです。肥満率の単位は‰(千人あたり)であることに留意ください。黄色マークは最高値,青色マークは最低値です。
同じ大都市にあっても,代表的な健康不良の指標の値は,区によって大きく違っています。地域差の規模を表す標準偏差(S.D)をみると,虫歯率は低学年ほど大きく,肥満率はその反対です。
さて,ここでの関心事は,上表の地域別の数値が,経済指標とどう相関しているかです。私は,各地域の住民の富裕度を測る指標として,一人あたり住民税課税額を採用しました。2012年度の値であり,『東京都税務統計年報』に計算済みの値が掲載されています。この指標は,逆に読めば住民の貧困度の表現とも読めます。
手始めに,低学年の虫歯率との相関をとってみましょう。相関図は以下のようになります。
予想通り,強い負の相関です。住民税課税額が少ない貧困な区ほど,子どもの虫歯が多い傾向が観察されます。相関係数は-0.7401であり,1%水準で有意です。
家庭の貧困により,歯医者に行けない子どもがいるということがいわれますが,都内23区のにあっては,学齢の子どもの医療費は無償化されているそうですので,こういうストレートな経路だけではないでしょう。子どもの健康に対する保護者の関心が低い,子どもを歯医者に診せるヒマもないほど忙しい一人親世帯が相対的に多いなど,いろいろな事情が想起されます。
http://blog.livedoor.jp/woodgate1313-sakaiappeal/archives/37990672.html
上図は,低学年の虫歯率との相関ですが,他の学年段階ではどうか。もう一つの指標である肥満率との相関は如何。各段階の虫歯率・肥満率と,一人当たり課税額の相関係数は以下のようになります。
虫歯率との相関は,段階を上がるにつれ弱くなっていきます。これは,義務的な学校の歯科検診により虫歯が発見され,歯科医を受診する子どもが増えるためでしょう。学校に上がって間もない低学年では,幼児期の生活の違いが反映され,経済条件と結びついた格差が明瞭に出るのだと思われます。
なお,地区の経済指標は子どもの肥満率とも相関しています。米国では貧困と肥満の関連がよく指摘されますが,わが国でもその一端が見受けられますね。米国のように,階層によって食生活が著しく異なる(貧困層は安価なジャンクフード…)ことはないでしょうが,今問題になっている朝食欠食率などは,家庭環境による差があるかもしれません。朝食を抜くと,昼食時に摂取するカロリーが過剰に蓄積されることから,肥満になりやすいといいます。
また,運動に対する意識の階層差にも要注意。1月23日の記事でみたところによると,都内23区においては,相対的に貧困な区ほど運動嫌いの子どもが多い傾向があります。
以上,学力や体力のような能力と同時に,それらよりもプライマリーな位置にある健康の次元にあっても,経済条件と結びついた格差があることが分かりました。近年,学校現場では食育が重視されていますが,ここでみたような健康格差現象の解消にあたっても,その重要性が強調されねばなりますまい。
ところで今年度より,文科省『全国学力・学習状況調査』の結果が,各県の判断により,市区町村レベルで公表されることが可能となりました。福井県などは,県内の全自治体の結果を公表する方針だそうです。
全国学力調査では,教科の学力だけでなく,日々の生活実態についても詳しく尋ねています。家族との交流頻度,勉学スタイル,自尊心,将来展望・・・それはもういろいろです。これらの事項が市区町村別に分かれば,今回のような手法により,意欲格差,態度格差というような現象についても吟味できます。
これらの分析は,県レベルの統計では無理があります。学校別とはいいませんが,市区町村レベルの結果は公表されることを希望します。それは,週刊誌的なランキングだけに使われるものではないのですから。
さあ,東京都はどういう方針に出るのか。福井に続く,英断(勇断)を期待したいと思います。