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2017年12月19日火曜日

クルマか生活保護か

 生活保護費の大幅削減がなされるそうです。大方,保護を受けていない低所得世帯よりも,生活保護世帯のほうが多く貰っているなどというデータに飛びついてのことでしょうが,だとしたら浅はかです。

 を向いてばかりいると,全ての人の生活水準が競い合うようにして奈落の底に落ちていく。こうした「負のスパイラル」に,われわれは気づかないといけません。

 保護を受けられるのはまだいい方で,それに至るハードルが高い問題もあります。生活困窮(要保護)と認められても,「生活保護世帯は**の所有は認められない,処分しなさい」と,行政指導が入ることです。

 中3の公民の授業で,「生活保護世帯は,クーラーを持っていいか」という議題で議論した覚えがあります。今から四半世紀以上前の話ですが,現在では,クーラーは必需品です。真夏の熱中症事故が問題化していますし。

 しかし,今になってもビミョーなのが自動車です。交通の便が著しく悪い地域に住み,通勤に自家用車が欠かせない場合を除き,原則として,生活保護世帯は自動車の所有は認められないとのこと。昨日のブロゴスに,「子育て世帯を直撃する生活保護の自動車保有問題」という記事が出ています(赤石千衣子氏)。「保護かクルマか」。二者択一を迫られる,シングルマザーの悲劇です。
http://blogos.com/article/265794/

 今時,クルマは必須だと思いますがねえ。2014年の『全国消費実態調査』によると,2人以上の世帯でみた場合,自動車の普及率(保有率)は84.8%で,1000世帯当たりの台数は1377台です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001073908

 この値は地域によって違うでしょう。都市部では低く,地方では高いと思います。47都道府県別の数値を整理すると,以下の表のようになります。


 黄色マークは最高値,青色マークは最低値です。山形は普及率97.4%で,千世帯当たり2111台,均すと1世帯につき2台以上クルマがある計算になります。交通網が発達した東京では,さすがに値は低くなっています。

 ざっと見て,都市部を除いて,クルマが必須という県が多いように思います。世帯普及率9割超の県がほとんどです。赤字は普及率95%超,千世帯当たりの台数1800台超ですが,北関東や中部の県で,クルマの普及度(必要度)が高いようです。

 上表の普及率を地図にしてみましょう。90%未満,90%以上95%未満,95%以上,の3つの段階で各県を塗り分けると,下図のようになります。


 濃い色(普及率95%超)の県で,「生活保護を希望するならクルマを売り払え」と言われるのはキツイでしょう。自家用車がなくても生活しやすい都市部(白色ゾーン)に引っ越せ,とでもいうのでしょうか。それこそ,地方創生に逆行することです。

 広大な北海道が白色になっていますが,札幌市が率を押し下げているためでしょう。県内地域差にも注意しないといけません。

 なお低所得層であっても,自動車を持っている世帯が多いことがうかがわれます。千世帯当たりの自動車数は,年収5分位階層別の数値を知ることができます。最も低い層の数値を取り出し,47都道府県を高い順に並べたのが下表です。貧困世帯1000世帯につき,保有自動車が何台かです。


 貧困世帯に限定しても,多くの県で,1世帯に1台以上ある計算になります。昭和30年代ならいざ知らず,21世紀の今では自動車は奢侈品ではありません。とりわけ地方では,移動に必要な「下駄」のようなものです。

 繰り返しますが,自動車の普及度(必要度)が高い地域において,生活保護の条件としてクルマを手放すことを課されるのは,非常にキツイでしょう。生活困窮状態にありながらも,この条件を受け入れられず,保護を受けるのをためらう(諦める)世帯も多いのではないか。

 この点を統計で可視化する術があります,貧困世帯における自動車普及度(上表の数値)と,生活保護受給世帯率の相関図を描くことです。後者は,2015年7月時点の被保護世帯数を,同年10月時点の一般世帯数で除して出しました。

 下のグラフをご覧ください。


 マイナスの相関関係です。貧困層の自動車所有量が多い県,すなわちクルマの必要度が高い県ほど,生活保護世帯率が低い傾向にあります。

 生活保護世帯率のファクターとしては,都市か地方かといった基底的特性に加え,各県の生活保護行政の方針のようなものも考えられますが,自動車保有問題との関連もうかがわれますねえ。冒頭で紹介した赤石氏の記事でも,そのようなことが言われています。

 年収5分位の最下層には,母子世帯が多く含まれるでしょう。保護の代償にクルマを取り上げられるとあっては,通勤や子どもの送迎もままならなくなる。しからばと保護申請を断念し,困窮状態を耐え忍ぶ…。地方では,「クルマか生活保護か」の選択を迫られるシングルマザーが少なからずいると推測されますが,どうでしょうか。

 なお,母子世帯の中での生活保護世帯率に限ると,貧困世帯の自動車保有量(上図の横軸)とは,もっと強く相関しています。相関係数は-0.84にもなります。
https://twitter.com/tmaita77/status/943306554803085317

 低所得世帯を対象とした調査で,この説の裏付けのデータが得られたらなと思います。各県の行政がその気になれば,すぐにだってできるでしょう。まずは,母子世帯に限定してもいいです。埋もれている貧困を掘り出すための一歩を踏み出さないといけません。

 しかしこんなデータを待たずとも,交通網に乏しいエリアでは,生活保護世帯であっても自動車の所有は認められるべきと考えます(高級車以外)。また今後,移動という機能だけを目的としたミニカー(1~2人乗り)もどんどん出てきますので,こういうマシンの貸与なども考えられてよいでしょう。

 赤石氏の記事では,「データをさらに集めながら,生活保護の自動車保有の問題を正面からとりあげるべきなのではないだろうか」と書かれています。ここで示した都道府県単位のマクロデータが,その礎石になれば幸いです。