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2020年11月19日木曜日

15歳生徒の在籍学年

  秋晴れの日が続いていますが,いかがお過ごしでしょうか。気温も上がり,今日の昼の横須賀は24度,冷房をつけたいくらいです。

 来年春に刊行される『速攻の教育時事・2022年度版』の執筆に着手しました。字のごとく,最新の教育時事を短期間で受験者さんに知っていただこう,という本です。教育時事のフォローのため,現職教員の方も手に取っていただけているようで有難し。書いている私にとっても勉強になります。

 目玉は,来年1月に公表予定の中央教育審議会答申「令和の日本型学校教育の構築を目指して」です。現在,素案まで公表されていますので,ひとまずこれをもとに執筆をしています。

 令和の学校で実現すべき子どもの学びは,「個別最適な学び」と「協働的な学び」からなります。後者は,人との関係やリアルの体験を通して学ぶ集団学習で,日本の学校が得意とするところです。しかし今後は,前者も重要になってきます。外国人の子や発達障害児など,児童生徒の背景が多様化すると同時に,感染症拡大防止のため,自宅でのICT学習の比重も高まっています。個々のレベルに応じた,個のペースでの学びです。

 答申では,履修主義と修得主義を組み合わせることも提言されています。履修主義は,対象の集団に一定の期間で同じ教育を施すもので,形式的な教科の履修でもって,自動的に進級は認められます。修得主義は,課程の内容の修得度を重視し,そのレベルに応じて異なる教育内容を供するため,原級留置や飛び級なんかも頻繁になされます。

 先の2つの学び類型と対照させると,履修主義は協働的な学び(集団),修得主義は個別最適な学び(個)とリンクしているのは明らかです。上述のように,個別最適な学びの必要性が高まっているので,修得主義の要素も入れていかねばならないと。

 修得主義の場合,内容の修得度が重視されますので,成績が振るわない子の原級留置(落第)は少なくありません。逆にできる子は,高度な内容を履修すべく,飛び級なんてのも認められます。

 これらは日本の義務教育では皆無ですが,他国ではあるんですよね。国際学力調査「PISA」の対象は15歳ですが,在籍学年が標準学年か,それよりも下か上かの分布をとると,以下のようになります。「PISA 2018」の結果報告書5巻のデータから作ったグラフです。


 日本の場合,「PISA」に参加しているのは全員が高校1年生,つまり15歳生徒の標準学年ということになります。しかし他国をみると,標準学年より下の子もいれば,その逆も結構います。前者は落第,後者は飛び級の経験者ですね。

 オランダ,スロバキア,オーストリア,コロンビアでは,落第経験者が4割ほどですか。コロンビアでは,児童労働も関わっていそうです。OECD加盟国以外は省きましたが,ブラジルでは59.2%,6割の生徒が「標準より下」となっています。落第が全然普通の国です。

 チェコ,ルクセンブルク,ドイツでは飛び級が多くなっています。ドイツでは,できる子には「進級してもいいよ」と声をかけるのだそうです。振るわない子には,「落第してゆっくりやりなさい」と,今の学年をもう一度やることを促す。否定的なレッテル貼りの性格はありません。

 修得度に関係なく,皆が同じ内容ではなく,個に応じた内容の提供を目指す。日本でもこれから重視されるべき,「個別最適な学び」と通じますね。

 参考までに,OECD加盟国以外の国も含め,標準学年に在籍している15歳生徒の率を示しましょう。以下の表は,78か国を高い順に並べたものです。


 前のグラフでみたように,日本は100%です。標準より下,上の子は1人たりともいません。落第,飛び級ゼロの純粋年齢主義(履修主義)の社会です。しかし数値には幅があり,アメリカは73.6%,中国の上海は58.2%で,50%を割る国も10存在します。発展途上国が多いですが,おそらく児童労働の影響かと思います。

 日本のすがたは普遍的ではない,むしろ世界の中で見ると特異である。国際データでこのことを実証し,これまでの常識にとらわれない改革の足掛かりを供するのが私の商売ですが,子どもの進級のさせ方なんかは,日本の色が非常によく出ます。

 日本でも高校段階では落第はちょっとだけありますが,義務教育では皆無です。制度上は,小・中学校でも「平素の成績」を考慮して進級を決めることになってますが(学校教育法施行規則57条),年齢主義規範が強く,保護者の理解も得られぬとのことで,現実には無条件で進級させられています。ヨーロッパでは,「内容をちゃんと修得してないのに進級させるのは可哀想」なんですが,日本では「飲み込みが不十分だからといって,下の学年の子と机を並べさせるなんて可哀想」となるんですね。

 しかし先ほど書いたように,日本でも「個別最適な学習」の観点から,修得主義の要素を入れざるを得なくなっています。その策は,落第や飛び級といったハードなものだけではありません。特別な時間での前学年の内容反復学習,長期休暇中におけるICTでの補修など,術は色々あります。

 とはいえ,落第や飛び級についても,斬新的な実験はなされてもよいかと個人的には思います。さしあたり,教育課程特例校での実験とかはどうでしょう。そのことが,学校だけでなく企業社会全般に染みついている,日本的年齢主義を変える端緒になるようにも思うのです。