ページ

2011年7月30日土曜日

小学校教員の年齢構成

 2010年10月に実施された,文科省『学校教員統計調査』の結果の中間報告が出されました。それによると,公立小学校の教員のうち,50歳以上の者の比率が38.4%に達したそうです。つまり,小学校教員のおよそ4割が50代以上とのこと。「子どもの指導にあたって,体力面で問題がでないか」という懸念も上がっています。
http://www.asahi.com/edu/news/TKY201107280806.html

 年齢別の小学校教員数のデータを使って,人口ピラミッドを描いてみました。2010年10月1日時点のものと,1998年の同時点のものをつくり,比較してみます。統計の出所は,文科省『学校教員統計調査』です。以下のサイトより,1歳刻みの年齢別教員数の統計をハンティングできます。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172


 小学校教員の数は,1998年では397,043人でしたが,2010年では390,927人とやや減っています。年齢別にみると,1998年では42歳がピークでしたが,2010年では53歳がピークになっています。ピラミッドの形をみると,2010年では,50代の部分が膨らんでいるのが明らかです。50歳以上の比率は,1998年の19%から2010年の38%へと,ちょうど倍になっています。

 教員集団の年齢構成の変化は,学校での教育実践のありように,数々の影響を及ぼすことが予想されます。人間,加齢(エイジング)とともに体力が落ちてくるのは,致し方ないことです。50歳以上が4割という状況では,体力という生理的要因によって,子どもへのきめ細かな指導が行き届かなくなる恐れがあります。上記の朝日新聞の記事でいわれていることです。

 また,50歳以上の高齢教員は,近年の学校をとりまく状況変化に,最も戸惑っている層であると推測されます。その状況変化とは,保護者の高学歴化,学校の管理下などです。彼らが入職した頃とは,状況が大きく変わっています。精神疾患による休職者の輩出率が,50代において最も高いことは,6月3日の記事でみたとおりです。教員の職場不適応の総量が,ますます増えるのではないかと懸念されます。

 しかし,高齢教員が増えることは,悪いことばかりを伴うのではありません。長い教職経験の中で培われた,豊かな知や技の総量が増えることになるのですから。こうしたプラスの要素を存分に活用することは,マイナスの要素を補って余りあるといえましょう。

 ところで,教員集団の年齢構成は,地域によって多様です。公立小学校の教員について,50歳以上の者の比率を県別に出してみました。このほど公表された2010年調査の数字(暫定値)を使っています。下図は,47都道府県の値を地図化したものです。


 全国値は38.4%ですが,最大の和歌山では54.1%にも達しています。率が50%を超えるのは,和歌山と奈良です。この両県では,公立小学校教員の半分以上が50歳以上ということになります。逆に,北海道や鹿児島のように,率が3割に満たない地域もあります。

 このような,教員集団の組成の違いによって,教員の職務遂行のパフォーマンスがどれほど異なるかも,興味深い課題です。仮に,有意な差が見出されたならば,望ましい方向に,教員集団の組成を変えていくべきだという,政策方針を提示できます。個々の教員のパフォーマンスは,経験や研修の量だけに規定されるものではありません。当人をとりまく社会的文脈にも十分関心を払う必要があります。

 次回は,大学教員の性別や年齢の構成がどう変わったかを明らかにしようと思います。

2011年7月28日木曜日

都道府県別の教員の離職率

 5月10日の記事において,20~30代の小学校教員の離職率を県別に明らかにしました。これは,小学校のものですが,中学校や高等学校の離職率も県別に出してみましたので,それをご覧に入れようと思います。今回は,若年教員のものではなく,教員全体のものです。

 離職率とは,ある期間における離職者数を教員数で除した値です。分子の離職者数には,定年でも転職でも病気でもない,統計上「その他」というカテゴリーの理由による離職者数を充てます。2006年度間の数字です。分母には,2006年5月1日時点の本務教員数を充てます。離職者数は文科省『学校教員統計』,本務教員数は同『学校基本調査』から得ました。いずれも,文科省のサイトから閲覧可能です。
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/main_b8.htm

 要するに,理由が定かでない離職者が,全体のどれほどいるかを表す指標です。教員の脱学校兆候の程度を測る指標であるとみなせます。私が在住している東京都について,この意味での離職率を算出してみましょう。


 小学校でいうと,2006年5月1日時点の本務教員数は30,323人です。2006年度間に,理由不詳の離職をした者は215人です。よって,離職率は215/30,323≒7.1‰と算出されます。千人あたり7人という比率です。離職率は,中学校では8.7‰,高等学校では13.0‰であり,上の段階にいくほど高くなります。

 計算の過程のイメージを持っていただいたところで,では,47都道府県の離職率の一覧表を掲げます。最大値には黄色,最小値には青色のマークをしてあります。


 教員の離職率は,県によってかなり違っています。都市県で高く,農村県で低いという単純な傾向でもなさそうです。小学校と中学校では山梨が一番高いのですが,何か理由があるのでしょうか。当局による教員管理の度合いが高いとか…。中学校や高等学校では,福岡の離職率が高いのですが,当県は,非行少年の出現率が高い県です。生徒の問題行動の頻度とも関連しているかもしれません。

 なお,高等学校では,経営難に瀕した私立学校のリストラという理由も考えられますが,私立学校の比重が低いと思われる県の離職率が高いケースもあるので(岩手,鳥取など),その理由ばかりを強調することはできないようです。

 ひとまず,資料的意味合いを込めて,上記の統計を掲載しておきます。

付記:小,中,高等学校の離職率の全国値が,5月12日の記事のものと異なりますが,今回の計算では,2006年5月1日時点の本務教員数をベースに充てていることによります。先の記事の離職率は,2007年10月時点の教員数を母数にしたものです。正確さの点でいうと,今回のやり方のほうがベターかと存じます。

2011年7月26日火曜日

就業状態の人口ピラミッド

 私事で恐縮ですが,7月12日に誕生日を迎え,35歳になりました。子どもの頃は誕生日が来るたびに喜んだものですが,今では,「ああ,また一つ歳をとってしまった…」という感じです。30半ばで大学非常勤講師&文筆業…これでいいのかしらん,と思うこともあります。

 まあ,このご時世ですから,私くらいの年になっても,ちゃんとした定職に就けていない人間は,結構いるでしょう。「ロスト・ジェネレーション(ついてない世代)」といわれる,われわれの世代にあっては,なおさらです。2007年の『就業構造基本調査』の統計から,30代男性の就業状態を明らかにすると,下の表のようです。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001013824&cycode=0


 30代男性944万人のうち,就業している者はおよそ887万人ですが,そのうち83万人(9.4%)が非正規雇用です。働く者の10人に1人が非正規雇用ということになります。ちなみに,就業を希望しない無業者が15万人います。30代の男性で,学生や主夫というのはあまりいないでしょうから,いわゆるニート(NEET)の状態に近い人たちと思われます。こうしたニートが全体の1.6%いることも注目されていよいでしょう。

 では,他の年齢層ではどうでしょうか。また,女性ではどうでしょうか,上表の5カテゴリーで塗り分けた人口ピラミッドをつくってみました。資料源は,上表と同様,2007年の『就業構造基本調査』です。


 当然ながら,10代の少年や60歳以上の高齢層では,就職非希望の無業者が多くを占めます。20~50代の働き盛りの層では,赤色の常勤正規雇用のシェアが大きいですが,緑色の非正規雇用のシェアも無視できません。とくに女性では,正規雇用よりも非正規雇用の比重が大きくなっています。30代の女性でいうと,就業者(①+②+③)に占める非正規雇用者の比率は47.1%,ほぼ半分です。

 お気楽?な就労形態を望んでのことかどうかは分かりませんが,働く人間に占める非正規雇用者の比重は,決して小さくはないようです。賃金コストを徹底的に抑制することで,各企業の利益高は大きくなり,その集積によって,国全体の経済成長は達成されるかもしれません。しかし,働く個々の労働者(生活者)の視点からみれば,何ら実感を伴うものではありません。「実感なき成長」というフレーズは,このことを皮肉ったものでしょう。

 過去の統計を使って,同じピラミッドを描いてみたら,模様は相当違うのではないでしょうか。今日における非正規雇用(緑色)の領分の拡大が,もっとクリアーになると思われます。また,県によっても,非正規雇用の率はかなり違うと思います。各県の若者の非正規雇用率が,若者の犯罪率や自殺率とどう相関しているかも興味深いところです。手がけてみたい課題です。

2011年7月24日日曜日

学校外教育

 7月18日の記事において,通塾している子どもがどれほどいるかをみたのですが,学習塾とは,学校外教育の代表的なものといえます。ところで,学校外教育には,塾のほかにも,家庭教師による教育や,各種のお稽古ごとなど,いろいろなものがあります。

 文科省の『子どもの学習費調査』では,各学年の児童・生徒の保護者に対し,塾やお稽古関連の費用を支出したかどうかを尋ねています。2008年度調査の結果を引くと,公立小学校4年生の保護者のうち,学習塾関連の費用を支出したと答えた者の比率は40.2%です。小4の保護者のうち,4割が子どもを塾に通わせていることになります。

 なお,同じく公立小学校4年生の保護者のうち,家庭教師関連の支出をした者の比率は33.5%です。ピアノのレッスンなど,芸術関係の稽古の費用を支出した者は42.3%です。スポーツ教室など,スポーツ関係の稽古の費用を支出した者は73.3%です。保護者の多くが,子どもに何かしらの学校外教育を受けさせていることがうかがわれます。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001061593

 では,他の学年の統計もみてみましょう。2008年度間に,上記の4種の学校外教育関連の支出をしたと答えた保護者の比率です。エクセルの「条件付き書式」のツールで,セル内の数字の量を棒グラフで表現できることを知りました。早速,この機能を使ってみます。


 上記の表は,公立学校の数字を掲げたものです。学習塾に通わせている保護者の率は,中3まで上がっていき,高校になるとガクンと下がります。子どもに稽古ごとをさせる保護者は,小学校で多いようです。家庭教師の率のピークは中1となっています。

 しかしまあ,学校の教育だけでは飽き足らず,子どもにそれ以外の教育を受けさせている親御さんが何と多いことかと思います。子どもも,学校から帰宅して息つくヒマもなく,何らかの「第2の学校」に行かなくてはならないのですから,大変だろうなあ,と感じます。これでは,放課後のスケジュール調整が難しく,地域での群れ遊びもできたものではありません。「ギャング・エイジの喪失」とは,こういうことです。

 ところで,こうした「第2の学校」にかかる費用はどれほどなのでしょう。学習塾の場合,月謝が2万円としたら,年額は2×12=24万円となります。当然,学年によっても違うでしょう。また,保護者が支出する教育費の総額に占めるシェアも気になるところです。このような関心から,下の表をつくりました。 同じく,公立学校の統計です。


 塾通いが最も多い中3の箇所をみると,2008年度間に保護者が出した学習塾費用の平均は34万円ほどです。教育費総額が平均56万円ほどですから,学習塾費だけで,教育費総額の6割を占めていることになります。学習塾費の比率が50%を超えるのは,小5,小6,中2,中3,および高3です。受験を控えた学年の子どもにあっては,教育費の半分以上が塾通いに投じられているわけです。

 少子化の元凶は教育費の高さといわれますけれども,では,その教育費の高さの元凶は…?答えは分かり切ったことです。子どもを健全に育てるための教育にとって,必要不可欠の要素というのなら,納得はいくのですが。

2011年7月22日金曜日

配偶関係別の自殺率

 E・デュルケムの『自殺論』は,社会学の古典中の古典です。自殺の社会学的研究の先駆であるのはもちろん,社会学的研究の方法論をも教えてくれる名著でもあります。この人物が提起した,「社会をモノのように扱う(traiter la société comme les chose)」という研究方法が,まさに実践されています。

 デュルケムは,19世紀のヨーロッパ各国の自殺率や,さまざまな社会集団の自殺率を明らかにし,社会の統合が弱まるほど,人々は自殺に傾きやすくなることを発見し,「自己本位的自殺」という自殺類型を検出しました。たとえば,配偶関係別に自殺率を出すと,既婚者(有配偶者)よりも未婚者ややもめのほうが圧倒的に高いのだそうです。彼はこうも言います。「人間は,しっかりとした集団に属することなしに,自分自身を目的にして生きることはできない」と。

 『自殺論』が刊行されてからおよそ1世紀が過ぎましたが,現在でも,デュルケムの言葉は妥当性を持っているのでしょうか。6月19日の記事では,若者の職業別自殺率を計算したのですが,職業集団に属していない人間の自殺率が飛びぬけて高いことを知りました。今回は,職業集団よりももっと基本的な集団である,家族集団の有無によって,自殺率がどう異なるのかをみてみようと思います。

 自殺予防対策センターの統計資料から,自殺者数の推移を配偶関係別に知ることができます。わが国で自殺者数が増えたのは,1990年代半ば以降です。この期間における自殺者(15歳以上)の動向を,配偶関係別にみてみましょう。下図は,下記サイトの第5表の統計から作成したものです。
http://ikiru.ncnp.go.jp/ikiru-hp/genjo/toukei/index2.html


 1995年の自殺者数を100とした指数で推移をとっています。図をみると,離別者の伸びの大きさが一目瞭然です。男性でいうと,2003年の離別者の指数は247です。つまり,1995年の数字の2.47倍です。2007年の指数は223となっています。女性でみると,2007年の離別者の指数は215で,この期間中最高です。次に伸びが大きいのは未婚者で,男女とも,2007年の自殺者数は1995年の1.5倍を超えています。

 では,母集団に対する自殺者の出現率という点からするとどうでしょうか。ベースとなる配偶関係別の人口を知ることができるのは,『国勢調査』が行われた年に限られます。私は,1995年と2005年について,配偶関係別の人口と自殺者数を用意し,各グループの自殺率を計算しました。下表をみてください。15歳以上の男性の統計です。


 1995年でいうと,離別人口112万8千人のうち,自殺者数は1,496人です。よって,自殺率は10万人あたり132.6人となります。他のグループに比して,飛びぬけて高い水準です。有配偶者の自殺率のおよそ6倍です。自殺率は,有配偶者<未婚者<死別者<離別者,となっています。

 それから10年を経た2005年でも,同じ構造が引き継がれています。離別者の自殺率は10万人あたり200人に迫る勢いです。他のグループの自殺率の上昇していますが,離別者の自殺率の高さが際立っています。離別者は,15歳以上人口の3.3%しか占めませんが,離婚という形で家族集団をはく奪された,この極少の層において,自殺への社会的潮流(courants sociaux)が渦巻いているように思えます。

 職業集団や家族集団に属していない人間ほど,自殺率が高い傾向は,現代の日本でも認められます。デュルケムのいう「自己本位的自殺」は,時代や社会を超えた普遍性を持っているようです。

 デュルケムは,社会の近代化が進むにつれ,昔ながらの因習やしがらみを嫌う,私事化の傾向が人々の間で強まるのは,必然のことと認めています。近代社会では,宗教集団や家族集団は,人々をつなぎとめる集団にはなり得ない,と主張します。彼が推奨するのは,同業者集団を振興することです。

 わが国でいうと,イエやムラに代わる近代的な集団として,どういうものが考えられるでしょうか。震災や天変地異に誰もが恐れを抱いている状況です。地域単位の防災集団というのはどうでしょうか。老若男女が,ある種の必要性を強く感じながら結成することのできる集団です。

 これは単なる思いつきですが,家庭や職場に変わる,もしくはそれらを補う,新たな(第3の)集団の創出が求められていることは,確かであると思います。宗教や因習に訴えることなく,人々の合理的な精神を吸い寄せることのできる集団とはどういうものか。たやすく答えを出せない根本問題であると同時に,一刻の猶予も許さない緊要の問題でもあります。

2011年7月20日水曜日

本を読まない子ども

 現在,学校現場では,子どもの読書活動の推進に向けた取組が盛んです。2001年には,子どもの読書活動の推進に関する法律が制定されています。基本理念を定めた第2条は,「子どもの読書活動は,子どもが,言葉を学び,感性を磨き,表現力を高め,創造力を豊かなものにし,人生をより深く生きる力を身に付けていく上で欠くことのできないものである」と指摘し,子どもが自主的に読書を行えるような環境の整備がなされなければならない,と言及しています。
http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/dokusyo/hourei/cont_001/001.htm

 上記の法律がいう「自主的に読書が行えるような環境」として最も望ましいのは,本を読むしかすることがないような環境です。テレビもラジオもインターネットもなく,知識を得るための媒体が書物しかない時代では,子どもはさぞ本を読んだことでしょう。2年半の実刑判決を受けた,堀江貴文・元ライブドア社長は,獄中ではひたすら読書に励むのだそうですが,何もない四角い独房に放り込まれれば,どんなに本嫌いの人間でも,それは可能でありましょう。永山則夫が獄中で本を読みあさり,ベストセラーとなった『無知の涙』をしたためたことも,よく知られています。

 悲しいかな,今の子どもたちは,それとは真逆の環境に置かれています。周りは刺激物だらけで,本を読むことに集中できたものではありません。しかるに,このような社会的状況を共有しながらも,本を比較的多く読む子もいれば,全くそれをしない子もいます。今回は,後者の,本を全く読まない子どもがどれほどいるかを明らかにしようと思います。

 文科省の『全国学力・学習状況調査』では,対象の児童・生徒に,「家や図書館で,普段(月曜~土曜),1日あたりどれくらいの時間,読書をしますか」と問うています。2010年度調査の結果でいうと,この問いに対し,「全くしない」と答えた者の比率は,公立小学校6年生で20.7%,中学校3年生で38.1%です。中学校3年生では,おおよそ4割の子どもが,平日,全く本を読んでいないことになります。
http://www.nier.go.jp/10chousakekkahoukoku/06todoufuken_chousakekka_shiryou.htm

 なお,この数字は,地域によってかなり違います。下表に,47都道府県の比率の一覧を掲げます。


 小学校6年生,中学校3年生とも,比率が最も高いのは大阪です。大阪の中学校3年生では,半分以上の生徒が,平日,全く本を読んでいないと回答しています。反対に,双方の学年とも比率が最も低いのは長野です。大阪と長野では,いったい何が違っているのかしらん。香川では,小6と中3の落差が大きくなっています。


 平日,読書を全くしない生徒の比率を,中学校3年生について地図化してみました。黒色は,45%を超える県です。石川,大阪,熊本,および大分が該当します。黒色と赤色の高率地域は,近畿と九州に偏在しているようにみえます。本を読まない子どもの出現率には,地域性のようなものがありそうです。

 ところで,教育社会学の観点からすると,子どもの読書行動は,社会階層によって異なるのではないか,という問いが提起されます。読書行動の社会的規定性という問題です。東京都内の地域別に,子どもの図書館利用率のような指標が出せるようなので,この統計を使って,実証作業を行ってみようと思っています。
http://www.library.metro.tokyo.jp/15/15710.html

2011年7月18日月曜日

通塾率の将来予測

 2月12日の記事において,2007年11月時点での学年別の通塾率を明らかにしました。それによると,公立小学校1年生の通塾率は15.9%ですが,学年を上がるにつれて数字が上昇し,中学校3年生では65.2%にまで達していることを知りました。
 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/08/08080710.htm

 ところで,これから先,子どもの通塾率はどう変化していくのでしょうか。分かっているのは,今後,子どもの数(分母)は確実に減少していく,ということです。よって,通塾する子どもの数(分子)が現状のまま維持されるとすると,通塾率は自ずと高くなっていくことになります。

 はて,現在,通塾している子どもは実数にして,どれほどいるのでしょうか。2007年11月の通塾率の数字を使って,推し量ってみましょう。


 上表の通塾率は,上記サイトの文科省調査から分かる,2007年11月時点の数字です。母数は,同年の各学年の全児童・生徒数です(文科省『学校基本調査』)。この2つから,通塾者の実数を割り出すことができます。通塾者の数は,小1は18万7千人,小2は22万8千人,…中3は78万2千人,というように見積もられます。小1~中3までを合算すると,約377万人です。

 仮に,この数字が2030年,2050年まで維持されるとなると,通塾率はどういう数字になるでしょうか。2030年,2050年の各学年の母数(全児童・生徒数)は,国立社会保障・人口問題研究所の年齢別の将来推計人口(中位推計)から,おおよその見当をつけることができます。ここでは,6歳を小1,7歳を小2,…14歳を中3とみなしましょう。
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/suikei07/suikei.html#chapt1-1

 この仮定によると,2030年の小1児童数は約73万人と見込まれます。よって,2007年の小1の通塾者数(18万7千人)がこのまま維持されたとすると,通塾率は25.6%となります。幼い小1の児童にして,4人に1人です。さらに20年後の2050年になると,もっと値は高くなります。2030年と2050年の事態予測の表は,以下です。


 真ん中の通塾者数は,2007年11月時点の数字が維持されると仮定しています。これによると,今からおよそ20年後の2030年には,中3の通塾率は96.2%にもなります。つまり,ほぼ全員が塾通いするわけです。2050年になると,中3では,母数(全生徒数)よりも通塾者のほうが多くなってしまいます。これはあり得ない事態ですが,通塾率が100%に近くなることは考えられます。


 上の図は,2007年,2030年,および2050年の通塾状況を図示したものです。2007年のものは,上記の文科省調査から明らかにされたものです。2030年と2050年のものは,先ほどの事態予測の結果を表現したものです。通塾者の領分が拡大していくのが明らかです。

 現在の通塾者数がずっと維持されるなんてあり得ない,といわれるかもしれません。でも,そうと言い切れるでしょうか。何が何でも子どもを引きずり込もうとする,学習塾関係者の(がめつい)努力も侮れません。生活保護世帯の子どもの通塾費を公的に援助しようという動きもあるくらいです。塾通いをすることがノーマルで,それをしないことはアブ・ノーマルという状況になりつつあります。

 2030年,2050年の事態が上図のようになった場合,地域社会において,夕日を浴びながら遊ぶ子どもの姿というのは,ほとんど見られなくなるでしょう。夜の家庭の団欒というのも,難しくなってきます。私は,子どもの発育にとって,望ましくない事態であると考えます。家庭での「くらし」や地域社会での「あそび」という,子どもの生活構造の重要部分が浸食されることになるからです。くらし(家庭),まなび(学校),あそび(地域社会)という要素の均衡がとれているとき,子どもの生活構造は健全であると判断されます。

 教育産業の側も,量の上で少なくなっていく子どもを奪い合うことばかりに躍起になるのではなく,その持てる資源を,量の上で増えていく成人に仕向けることも考えるべきであると思います。

2011年7月17日日曜日

教員免許状取得者数

 教員採用試験の参考書を執筆している関係上,教育の最新情報をフォローする必要があるため,このほど,文科省『教育委員会月報』を定期購読することにしました。第一法規から刊行されている月刊誌であり,最新の教育政策のみならず,各種の統計資料も掲載されています。
http://www.daiichihoki.co.jp/dh/product/500116.html

 先月届いた6月号によると,2009年度の教員免許状取得者数は103,404人だそうです。1年間で10万人以上の人間が教員免許を取得するのですね。同年度中の理容師・美容師免許の交付件数は24,375,調理師免許の交付件数は42,522です。床屋さんやコックさんの免許よりも,学校の先生の免許のほうが出回ってるようです。

 ちなみに,2010年3月の大学,大学院,短大卒業者は736,161人ですから,高等教育機関の卒業生のおよそ14%が教員免許取得者ということになります。高等教育機関への進学率が60%とすると,同世代あたりの比率はおよそ8%ほどと見込まれます。

 わが国では,開放制の原則にのっとり,教員養成系大学だけでなく,一般大学でも教員免許が取得できるようになっています。現在,ほとんどの大学や短大に教職課程が設置されているとみてよいでしょう。それだけに,教員免許取得者の多くが一般大学卒業者で占められています。


 上図によると,免許取得者103,404人のうち55,059人(53.2%)が一般大学卒業生です。教員養成大学卒業者は12.6%しかいません。わが国では,教員養成において,一般大学が大きな役割を果たしていることが分かります。

 ところで,当然のことですが,この10万3千人もの人間のすべてが教員の職に就くのではありません。教壇に立つことになるのは,このうちのごくわずかでしょう。いや,それ以前の問題として,教員を志望する者も,あまり多くはないと思われます。教員の免許を持っていれば,何かの役に立つだろうという(安易な)考えで,教職課程を履修する学生も結構いますし。

 2009年度の小学校教員免許状取得者は18,937人です。同年の夏に実施された,小学校教員採用試験(2010年度試験)の新卒受験者数は15,005人です。よって,単純に考えると,この年度の免許取得者のうち,採用試験を受験した者の比率は79.2%となります。裏返すと,残りの2割の者は,教員を志望しないということで,試験を受験しなかったことになります。これは小学校の実情ですが,中学校や高校になると,採用試験の受験率はもっと下がります。下表をご覧ください。


 免許取得者中の採用試験受験率は,中学校で36.1%,高校で13.7%です。高校では,9割近くの免許取得者が採用試験を受験しなかったことになります。むろん,大学院に行って専修免許を取ってから受験しようという者もいるかと思いますが,教員になることなど微塵も考えていない輩も多いことでしょう。

 私は,大学4年時に,都内の公立小学校に実習に行ったのですが,まず聞かれたのは,「採用試験を受験しますか」ということです。私は,大学院に進学することを決めていたので,その旨を伝えたところ,校長先生に渋面を作られたのを覚えています。大学院進学という理由ならまだしも,「他の業種への就職志望のため,採用試験は受験しません」などと答えようものなら,先方はブチ切れること間違いなしです。

 やる気のない実習生により,学校現場が荒らされる「実習公害」が全国の至る所で起きているであろうことは,上記の統計から推測されます。実習生の受け入れの際,「私は,採用試験を必ず受験します」という念書を書かせる学校もあるそうです。実習の受け入れを拒否する学校も増えているとか。こういう学校では,以前に,相当嫌な思いをさせられた経験があるのでしょう。

 現在,多くの大学が「資格取得」をアピールポイントにして,学生獲得に躍起になっています。「本学では,すべての教員免許が取得可能です!」とデカデカと書いた広告を,電車で目にする機会も多くなりました。こういう広告を,学校現場の先生方はどういう気持ちで見ているのでしょうか。

 現在,中央教育審議会では,「教職生活全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について」という議題を審議しています。審議の結果をまとめた答申は,近く公表されることでしょう。2005年12月の中教審答申では,「実習開始後に学生の教育実習に臨む姿勢や資質能力に問題が生じた場合には,課程認定大学は速やかに個別指導を行うことはもとより,実習の中止も含め,適切な対応に努めることが必要」と指摘されました。はて,今度の答申では,実習についてどういう言及がなされるのか。興味を持って待っているところです。

2011年7月15日金曜日

虫歯と貧困

 米国では,全50州中12州において,成人の肥満率が3割を超えたそうです。肥満率が高い州は,『国勢調査』で明らかにされた,貧困層が多い州とおおむね重なっているとのこと。このことについて,「貧困層が,安く栄養の偏ったもので食事を済ませがちなのが主な原因とみられる」と指摘されています。
http://www.asahi.com/international/update/0711/TKY201107110488.html

 このような肥満と貧困の結びつきは,わが国でもみられるところです。1月12日の記事において,東京都内49市区の小・中学生の肥満児出現率が,各地域の生活保護世帯率と強く相関していることを明らかにしました。その原因としては,上記の記事でいわれているようなことが考えられます。経済的に苦しく,子どもに菓子パンやインスタントラーメンばかりを食べさせている家庭も少なくないでしょう。

 自然的・風土的要因や生理的要因は違った,社会・経済的要因によって起こる健康上の格差のことを,健康格差といいます。今回は,別の統計指標をもとに,この現象の一端を把握してみようと思います。

 今回用いる指標(measure)は,未処置の虫歯を持つ子どもの出現率です。肥満児出現率は,貧困による生活の乱れの頻度を測るものですが,今回の指標は,経済的理由によって子どもを医者に診せるのをためらう,あるいは,子どもの健康に無関心である保護者がどれほどいるかを捉えるものです。むろん,歯磨きがきちんと習慣化していないなど,生活の乱れの面を測る指標ともいえます。

 私は,未処置の虫歯を持つ子どもの出現率を,東京都内の49市区別に明らかにしました。東京都教育委員会『2010年度・東京都の学校保健統計』によると,都内49市区の公立小学校1年生92,316人のうち,未処置の虫歯を抱えた者は21,074人です。よって,ここで求めようとする出現率は,後者を前者で除して,22.8%となります。およそ5人に1人です。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/buka/gakumu/kenkou/karada/22tghokentokei.htm

 この値を49市区別に出すと,かなりの地域差があります。最も高いのは武蔵村山市の33.9%です。逆に最も低いのは中央区の14.8%です。両地域では,未処置の虫歯を抱える子どもの比率に,倍以上の開きがあります。5%刻みで49市区を塗り分けた地図を示すと,以下のようになります。


 黒色の30%を超える地域は,東村山市,武蔵村山市,および八王子市です。高率地域は西部に多いようですが,25%を超える準高率地域は,東部にもみられます(足立区,葛飾区)。

 さて,ここでの関心事は,虫歯児出現率が,各地域の住民の富裕度とどう相関しているかです。後者を測る指標として,住民1人あたりの都・市区民税負担額を使おうと思います。税金を高く課税されている地域ほど,住民の富裕度が高いと読めます。ここで用いるのは,2008年度の数字です。資料源は,『東京都税務統計年報』です。
http://www.toukei.metro.tokyo.jp/tnenkan/2009/tn09q3i021.htm


 横軸に住民税額,縦軸に未処置の虫歯所持者出現率(小1)をとった座標上に,49市区をプロットすると,上図のようになります。1人あたりの課税額が多い,すなわち富裕度が高い地域ほど,未処置の虫歯を持つ子どもの率が低い傾向にあります。相関係数は-0.615で,明らかな負の相関です。地域の社会経済特性と,子どもの健康状態の結びつきが示唆されます。

 今みたのは,小学校1年生の虫歯児出現率と地域の富裕度の関連ですが,他の学年の虫歯児率と地域特性はどう相関しているのでしょうか。都内49市区の公立学校の虫歯児出現率は,小4で25.6%とピークを迎え,その後は減少します。ですが,49市区間の格差の規模は,学年を上がるほど大きくなります。中学校3年生では,最大の45.2%(東村山市)から最低の11.9%(千代田区)まで,およそ4倍も開くようになります。

 49市区の虫歯児出現率と,1人あたり住民税負担額の相関係数を学年別にみると,下の表のようになります。参考までに,教育扶助を受けている世帯が全世帯に占める比率(教育扶助世帯率)との相関もとってみました。扶助率は,住民税額と同じく2008年のものです。


 地域住民の富裕度(税負担額)に最も規定されているのは,小3の虫歯児出現率です。相関係数は-0.689にもなります。しかし,それ以降の学年になると,相関係数の絶対値はどんどん下がってきます。教育扶助世帯率と虫歯児率の相関が最も強いのは,小2です。こちらも,それ以降は,学年を上がるほど相関が薄れてきます。

 まとめると,未処置の虫歯を抱える子どもの率と貧困指標の関連は,年少の子どもほど大きいようです。年少の子どもの場合,医者を受診するかどうかは,保護者の意志による部分が大きいことでしょう。また,歯磨きが習慣化するかどうかも,親の躾(しつけ)次第による部分が強いと思われます。上記の学年別の相関係数は,このような点から解釈されると私は思います。

 ある程度自我が固まってくる中学生では,本人への指導が重要となるでしょうが,低学年の児童にあっては,保護者への働きかけにウェイトを置くことが求められます。でも,経済的困窮により,子どもを医者にやりたくてもやれない,という家庭もあると思われます。

 保護者が国保料を滞納していることにより,無保険状態に置かれた子どもの存在が問題になりました。それを受けて,現行の国民健康保険法では,保護者が国保料を滞納していても,中学生以下の子どもについては,半年の短期保険証が一律に交付されることになっています。よいことだと思います。保護者との接触機会を増やそうという意図から,有効期間を短期(半年)に区切るというのも妙案です。

 「生きているだけで儲けもの」とはよくいったものですが,こうした基本的な「生」そのものが,最近脅かされつつあります。それは,格差社会化という近年の社会状況と無関係でないことはいうまでもありません。無力で,保護者への依存の度合いが高い(幼少の)子どもについては,とくにそうです。『教育社会学研究』の特集テーマとして,「生の社会学」というのも面白いのではないかしらん。

2011年7月13日水曜日

都道府県別のジニ係数

 前回,2010年の『家計調査』のデータを使ってジニ係数を出したところ,0.336という値になりました。この数字は全国値ですが,われわれが身近に感じるところの社会というのは,当然,もっともっと小さいものです。今回は,47都道府県のジニ係数を出してみようと思います。貧富の格差度合いが相対的に大きい県はどこでしょうか。

 総務省『家計調査』からは,収入階層別の世帯数分布と,各層の平均収入のデータを,都道府県別に知ることはできないようです。そこで,同じく総務省が実施している『全国消費実態調査』の結果を使います。

 ただ,この調査は,2人以上世帯を調査対象としていますので,単身世帯が漏れ落ちています。極貧層の多い単身世帯が除かれるわけですから,ジニ係数は,『家計調査』からはじき出される値よりもやや低くなることが見込まれます。

 では,作業を始めましょう。下の表は,2009年の同調査の数字を使って作成したものです。この調査では,調査対象の世帯を年収に応じて19の階層に分け,各層の平均年収の額を明らかにしています。下に掲げるのは,全国のものです。下記サイトの「家計収支編」の表1「年間収入階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出(2人以上世帯) 」から,aとbの数字をハンティングしました。
 http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001037021


 前回の復習ですが,ジニ係数とは,社会を構成する各階層の量の分布と,それぞれの層が受け取っている富の量の分布を比べて,双方がどれほどズレているかに注目するものです。

 表の右欄の累積度数をみると,年収400円未満の階層は全世帯の28%を占めますが,この層が手にしている富の量は,全体の12%でしかありません。反対に,全体の7%を占めるにすぎない,年収1,000万円以上の富裕層が,富全体の18%をもせしめています。富の配分構造には,少なからぬ偏りがみられます。

 右欄の累積度数のデータから,ローレンツ曲線を描くと,下図のようになります。それぞれの階層のドットを結んだものです。


 ジニ係数とは,このローレンツ曲線と均等線(対角線)とで囲まれる部分の面積を2倍したものです。図でいうと,色つきの部分です。この部分の面積は0.155です。よってジニ係数は,これを2倍して0.311となります。前回,『家計調査』の統計から出した0.336よりもやや低くなっています。これは,単身世帯が調査対象から除かれているためです。

 私は,このジニ係数を,47都道府県について出しました。各県の階層別世帯数と平均年収の数字は,上記のサイトの「都道府県別」という箇所から得ることが可能です。各県について,表1「年間収入階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出(2人以上世帯) 」というものが,エクセルファイルでアップされています。

 余談ですが,この作業は,かなり大変そうに思われるかもしれません。なにせ,今たどった計算のプロセスを47回繰り返すのですから。しかし,現代はコンピュータ時代。必要な計算式をプログラミングすれば,あとは,各階層の世帯数(a)と平均年収(b)の数字を47都道府県について打ち込むだけで,直ちに目的を達成することができます。高度な統計ソフトは不要。エクセルで十分です。

 しかし,コンピュータがなかった時代は,こうした膨大な量の計算をすべて手計算でこなしていたわけです。昔の人はすごいなあ,と思います。社会学の祖と仰がれるエミール・デュルケムが名著『自殺論』を刊行したのは,1897年(和暦でいうと明治30年)のことですが,この時代では,当然,電卓もありません。統計局の友人タルドの助力を得たとはいえ,当時のヨーロッパ各国の自殺率を,時期別や属性別に,すべて手計算で明らかにする作業には,とてつもない労力を要したことでしょう。デュルケムの偉大さは,こういうところにも表れています。

 話が脱線しましたが,47都道府県のジニ係数を地図化してみました。下図をご覧ください。各県を0.01刻みで塗り分けています。


 ジニ係数は,最南端の沖縄で0.338と最も大きくなっています。最も小さいのは,京都の0.274です。0.32を超える県は,宮城,福島,大阪,徳島,長崎,そして沖縄です。微差ではありますが,これらの県で,比較的貧富の差が大きいようです。東京は0.310で,全国値(0.311)とほぼ同じでした。

 次なる関心事は,このジニ係数の高低によって,各県の犯罪率や自殺率などがどう違うかです。貧富の差が相対的に大きい県ほど,こうした逸脱行動が多発する,という傾向が観察されるでしょうか。面白い結果が出ましたら,ご報告いたします。

2011年7月11日月曜日

ジニ係数の求め方

 現在,格差社会化が進んでいるといわれますけれども,ある社会における貧富の格差の程度を測る尺度として,ジニ係数というものがあります。イタリアの統計学者のジニという人が考案したものだそうです。

 卒論やレポートで,このジニ係数を使いたいので,算出の仕方を教えてください,という質問を学生さんからよく受けます。まあ,ネットでググれば,今の日本社会のジニ係数がいくらということはすぐに分かりますが,他人が計算した数字をそのままパクるというのはいただけません。面倒でも,原資料から必要な数字をハンティングし,自分の手で計算するのが正道でしょう。

 質問の頻度が高いので,私なりに,説明のノートをつくってみました。今回は,それを開陳したく存じます。

 ベストセラーとなった『世界がもし100人の村だったら』(池田香代子対話,C.ダグラス・ラミス対訳)の中に,次のような文章があります。「すべての富のうち6人が59%をもっていて,74人が39%,20人がたったの2%を分けあっています」。つまり,人口の6%しか占めない富裕層が富の59%をせしめていて,74%の中間層が39%の富を分けあい,20%の貧困層には,全体のほんの2%の富しか行き届いていない,ということです。このような事態がどういうものかを図示すると,以下のようになります。


 この寓話は,ジニ係数の考え方に通じています。社会は,さまざまな階層(class)の人々から成り立っていますが,それぞれの層が人口中で占める比重と,各層が受け取っている富の比重がどれほどズレているかに注目するのがジニ係数です。上記の事態の場合,この2つが著しくズレていると判断されます。なにせ,人口中では6%しか占めない層が,社会全体の富の59%(約6割)をも占有しているのですから。

 今紹介したのは架空の寓話ですが,現実の日本社会について,このような統計はないものでしょうか。考えられる統計調査としては,総務省が実施している『家計調査』や『全国消費実態調査』などがありますが,単身世帯をも含めた全世帯を調査対象としている前者のほうがベターかと思います。後者は,2人以上世帯しか調査していないようです。

 『家計調査』では,調査対象の世帯を年収に依拠して10の階層に分け(10等分),各層の年収の平均額を明らかにしています。下表の左端は,2010年調査の結果を示したものです。Ⅰは収入が最も低い層,Ⅹは最も高い層です。10等分していますので,各層の量(世帯数)は等しくなっています。この数字は,下記サイトの表3「年間収入五分位・十分位階級別(総世帯)」から得ています。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001074636


 階層Ⅰの平均年収は125万円です。月収およそ10万円で暮らしている極貧層です。ほとんどが単身世帯であると推測されます。逆に,階層Ⅹは年収が1,200万を超える富裕層です。この2つの層の間では,年収に10倍以上の開きがあります。

 それでは,各層の量の分布と,受け取った富の分布を照らし合わせてみましょう。2010年の間に,これら10の階層には,5,214万円の富があてがわれたことになります。ですが,中央の相対度数の欄をみれば分かるように,全体の1割しか占めない階層Ⅹが,このうちの25%(4分の1)をせしめています。同じく1割を占める階層Ⅰには,富全体のたった2%しか配分されていません。右端の累積度数の欄に目をやると,全体の半数を占める階層Ⅰ~Ⅴの世帯には,富の26%しか届いていないことも分かります。逆にいえば,富の残りの74%は,それより上の階層に占有されていることになります。

 横軸に世帯数の累積度数,縦軸に平均年収の累積度数をとった座標上に,Ⅰ~Ⅹの階層を位置づけ,線で結ぶと,下図の青線のような曲線になります。この曲線をローレンツ曲線といいます。われわれが求めようとしているジニ係数とは,図の対角線とこのローレンツ曲線とで囲まれた面積を2倍した値です。


 仮に,年収の分布が世帯数の分布に等しい場合,すなわち完全平等の場合,すべての階層が対角線(均等線)上にプロットされますので,図の赤色の面積は0となります。つまり,ジニ係数も0ということです。反対に,各層の量的分布と年収分布のズレが大きい場合,つまり格差の程度が大きい場合,ローレンツ曲線の底が深くなり,それだけ赤色の部分の面積も大きくなります。極限の不平等状態の場合,赤色の部分は,四角形の半分の三角形に等しくなりますので,その面積は,(1.0×1.0)/2=0.5となります。ジニ係数は,これを2倍して1.0です。

 つまり,ジニ係数は0.0~1.0までの値をとることになります。完全平等の場合は0.0,極限の不平等状態の場合は1.0です。現存する社会の格差の程度は,この両端の間のどこかに位置づくことになります。

 では,現実に立ち戻り,上記の『家計調査』の統計を使って,2010年の日本社会のジニ係数を算出してみましょう。上図の赤色の面積は,座標の半分の三角形から,図形a~jを取り除くことで求めることができます。まず,点Ⅰ~Ⅹの座標の数字を用いて,a~jの図形の面積を出してみましょう。台形の面積は,[(上底+下底)×高さ]÷2でしたよね。
 三角形a=(0.10×0.02)/2=0.001
 台形b=[(0.02+0.07)×(0.20-0.10)]/2=0.004
 台形c=[(0.07+0.12)×(0.30-0.20)]/2=0.009
 台形d=[(0.12+0.19)×(0.40-0.30)]/2=0.015
 台形e=[(0.19+0.26)×(0.50-0.40)]/2=0.023
 台形f=[(0.26+0.36)×(0.60-0.50)]/2=0.031
 台形g=[(0.36+0.46)×(0.70-0.60)]/2=0.041
 台形h=[(0.46+0.59)×(0.80-0.70)]/2=0.053
 台形i=[(0.59+0.75)×(0.90-0.80)]/2=0.067
 台形j=[(0.75+1.00)×(1.00-0.90)]/2=0.088

 これらをすべて合算すると0.332となります。よって赤色の部分の面積は,0.500-0.332=0.168となり,ジニ係数はこれを2倍して0.336とはじき出されます。

 この値をどう評価するかですが,一般に,ジニ係数が0.4を超えると,社会が不安定化する恐れがあり,特段の事情がない限り格差の是正を要する,という危険信号と読めるそうです。現在はその水準にまで至っていませんが,今後はどうなるかしらん。

 ふー,これで学生さんから質問がきても,対応の時間がない時は,このブログの記事をみてちょうだい,といえば済むことになります。ブログって便利ですね。間違い(ちょいミス)があっても,すぐに訂正できますし。でも,それだから,ネット上の情報なんて信用できない,といわれたりもするのですが。

2011年7月9日土曜日

社会病理現象の量の約分

 私は,非常勤先の武蔵野大学にて,「社会現象を数でとらえる-数でみる経済・社会-」という授業を担当しています。名のごとく,数字を使って,世の中の諸現象を客観的に把握する訓練を積んでいただこう,という授業です。
http://syllabus.musashino-u.ac.jp/mu_syllabus_pub/exec/pub/preview?syllabusNo=20110000000000078511&subSyllabusNo=0&gyear=2011

 授業の中で,現在の日本の自殺者数は年間3万人超…などということを話すのですが,このような生の頭数を提示しても,学生さんはいまいちピンとこないようです。ましてや,年間に起こる犯罪の件数がおよそ170万件といったところで,その量的規模のリアリティが彼らに伝わるはずもありません。あまりに数が膨大すぎるのでしょう。

 そこで,この大きな数を約分してみます。自殺者が年間3万2千人とすると,1日あたりの自殺者数は,これを365で除して,約88人となります。さらに約分して,1時間あたりの人数を出すと約4人です。「今の日本では,1日あたり88人が自殺する。つまり,1時間につき4人が自らを殺めるのだぞ」という説明をすると,「うへえ」という驚嘆の声が返ってきます。

 ある現象が時間的に偏りなく生じるという仮定を置くものですが,これは使えると思い,さまざまな社会病理現象の数の約分表を,教材としてつくってみました。以下の表です。件数(人数)の数字は,警察庁や文科省の統計から得ました。
警察庁サイト:http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm
文科省サイト:http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016708


 左端のロー・データを,1日あたり,1時間あたりの数に換算しています。先ほど述べたように,犯罪は年間およそ170万件認知されているのですが,これを約分すると1時間あたり194件,もっと約分すると1分間に3件の事件が起きていることになります。まあ,大半がコソ泥のような軽微なものでしょうが。しかし,殺人,強盗,放火,およびレイプのような凶悪犯も,1日につき3件起きているのですねえ。学生さんの反応は,ここでも「うへえ」でした。

 ほか,少年が被害者となる犯罪が1時間につき31件,児童虐待が同じく1時間につき5件起きていることがうかがわれるのも,痛ましい限りです。

 下段の少年の問題行動に目を移すと,深夜徘徊や無断外泊などの不良行為で補導される少年が1時間につき116人,1分間に2人出ていることが注目されます。今問題になっているいじめは,1時間に8件です。また,少年の自殺は数が少ないと思っていましたが,それでも1日に1件,前途ある命を自ら断つという悲劇が起きていることになります。

 上記の資料を授業で配布する際は,左端の生の件数だけを記載しておき,約分の作業は,学生さん自身にやっていただきました。一同が電卓を叩いて黙々と約分作業に取り組む風景は,なかなか壮観です。パチパチ…という音が,数分間,教室に響き渡ります。私の授業の3分の1は,こういうものです。

2011年7月8日金曜日

国民の学歴構成の変化

 7月2日の記事では,このほど公表された2010年の『国勢調査』の抽出速報結果をもとに,国民全体に占める高学歴者(大学・大学院卒業者)の比率を明らかにしました。半世紀前の1960年と比べると,国民の高学歴化が著しく進んでいることが分かりました。

 ところで,他の学歴のウェイトはどうなのか,という関心も持たれます。今回は,国民の学歴の構成がどうなっているのかをご覧に入れようと思います。統計の出所は,下記サイトの表12「在学か否かの別・最終卒業学校の種類(6区分)」です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001032402&cycode=0


 まずは,時系列的な変化をみてみましょう。上図によると,半世紀前の1960年では,国民の6割が,小学校ないしは中学校といった初等教育の卒業者でした。大学や大学院といった高等教育機関を出ているのは,たったの2.5%です。また,学校に通ったことがないという,未就学者も2.2%います。

 しかし,その後の高度経済成長という時代状況もあってか,国民の学歴構成はドラスティックに変わります。青色の初等教育卒業者の比重がぐんぐん減り,代わって,中等教育や高等教育卒業の学歴を有する者が多くなってきます。1990年では,中等教育卒業者(高校・旧制中学校卒業者)がマジョリティーになり,現在でも,最も多くを占めています。

 ところで,同じく1990年以降,最終学歴ないしは在学か否かが不明という,学歴不詳者が多くなっていることが気にかかります(黒色)。2010年では,全体の1割を占めています。3月2日の記事にて,各種の社会調査への有効回答率が下がってきていることを述べましたが,学歴という突っ込んだ事項を答えることへの拒否反応の表れでしょうか。国レベルの最大規模の社会調査である『国勢調査』についても,難局に直面していることがうかがわれます。

 次に,年齢層別の学歴構成もみてみましょう。学歴構成で塗り分けた人口ピラミッドを,1960年と2010年とで比較してみます。下図をみてください。各年齢層の棒グラフの長さは,15歳以上の国民全体に占める比率(%)です。各年齢層の量的規模も押さえるため,このようにしています。


 まず,人口ピラミッドの形状が,昔は純粋なピラミッド型であったのが,現在では壺型になっていることは,周知のところです。しかし,こうした外的な形状のみならず,各年齢層の学歴の組成も変わってきています。1960年では,初等教育卒業の青色が多くを占めていますが,2010年では,青色は,50代半ば以上の高齢層の部分に少し広がっているだけです。中年層や若年層では,中等教育ないしは高等教育まで終えた者の比重が高くなっています。

 なお,2010年では,先ほど話題に出た「学歴不詳者」が,すべての年齢層で目立っています。不詳者の比率が最も高いのは20代後半で,全体の15.6%を占めています。このうちの多くが,学歴を問う設問への回答を拒否した者ではないかと推測されます。

 学歴で塗り分けた人口ピラミッドを観察して思うのは,学歴構成には,世代の差が大きいなあ,ということです。1960年ではもちろん,2010年でも,大学や大学院まで出た者は,高齢層ではあまり多くありません。若年層と高齢層のギャップは,昔よりも現在において大きいのではないでしょうか。

 若いころ,何らかの事情により,高等教育まで進めなかった高齢者の中には,これから学び直しを図りたい,という欲求をお持ちの方もおられると思います。大学は,さしたる目的を持たない18歳人口を引っ張り込むことだけに躍起になるのではなく,こうしたシニア層の需要に応える努力も怠るべきではないでしょう。今後,量的に増えていくのは後者のほうです。このことは,教育機会の平等化という,生涯学習の重要理念の一つにも通じます。よろしければ,6月16日の記事も併せて参照いただけますと幸いです。

2011年7月6日水曜日

就職戦線異状あり

 7月1日,文部科学省は,「平成22年度大学等卒業者の就職状況調査」の結果を公表しました。この調査から,2011年3月卒業者の就職戦線の軌跡を知ることができます。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/07/1307992.htm

 本調査は,大学,短期大学,高等専門学校,および専修学校の学生6,250人の就職状況を,4つの時点を設けて,ピンポイントで追跡しています。4つの時点とは,2010年10月1日,12月1日,2011年2月1日,そして4月1日です。

 それぞれの時点における学生の就職状況を,学校の種別ごとにみてみましょう。下図をみてください。カッコ内の数字は,就職希望者に占める内定獲得者の比率(%)です。


 まず,マジョリティーの私立大生に注目すると,最終学年の10月1日時点では,就職希望者中の内定率は55.8%です。この数字は,時期をおって段階的に上がり,桜が咲く4月1日には,希望者の9割が内定をゲットするに至っています。

 その下の短大生をみると,秋風が吹く10月時点でも,希望者の2割ほどしか内定を得ていません。年が明けた2月になっても,内定率は6割ほどです。残りの4割の者は,心身ともに「凍てつく」時期を過ごしたことでしょう。しかし,年度末に死に物狂いでがんばったのか,4月の頭には,84%の者が内定にこぎつけています。

 さて,最も注目されるのは,高等専門学校の状況です。高等専門学校とは,実践的な技術者を養成する5年制の学校です。制度上は,大学や短大と同様,高等教育機関として括られます。その高専の学生ですが,実践的な教育が効をなしているのか,就職状況は大変良好です。10月の時点にして希望者の94%が内定をゲットしており,最終的には,ほぼすべての希望者が就職を決めています。文科省のサイトでは,高専の「卒業生に対する産業界からの評価は非常に高く,就職希望者に対する就職率や求人倍率も高い水準となっています」と述べられていますが,なるほど,誇張ではないようです。
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/kousen/tokushoku.htm#2

 最終的に内定まで到達した者の比率を拾うと,国公立大学が93.5%,私立大学が90.1%,短大が84.1%,高専が98.7%,専修学校が86.2%,です。むーん,いまひとつリアリティがわかない数字です。本当に,8~9割の者が就職戦線に勝利しているのかしらん。

 賢明な方なら,ここではじき出された数字と現実感覚のズレの原因についてお分かりでしょう。上図のカッコ内の内定率は,それぞれの時点における就職希望者をベースにして出したものです。しかし,当初は就職を希望していても,途中で「もうダメだ」と諦める者もいます。私立大生でいうと,就職を希望しない者の比率は,10月1日時点では16.5%でしたが,終わりの時点(4月1日)では25.3%にまで増えています。

 今,最も早い時点(10月1日時点)における就職希望者数をベースにして,私立大生の最終的な内定獲得率を出すと,67.3/(46.6+36.9)=80.6%となります。先ほどの90.1%よりもかなり減ります。この意味での内定率を他の学校種についても出すと,国公立大が86.5%,短大が79.0%,高専が98.7%,専修学校が79.6%,です。…これでも,現実感覚から遠いですねえ。となれば,もっと前の時点での希望者数をベースに充てる必要があります。願わくは,最終学年の10月1日という遅い時点からではなく,もっと早い時点から追跡調査を行ってほしいものです。

 新聞報道などでは,内定率として,上図のカッコ内の数字が公表されているようですが,このことは,世人の目を曇らせることになるでしょう。「就職戦線異状なし」であるのだな,と。しかし,実情はまぎれもなく,「就職戦線異状あり」だと思います。今年の3月に,卒業論文ゼミの学生を送り出してみての,率直な感想です。

2011年7月4日月曜日

大学社会のジニ係数

 2007年の文科省『学校教員統計調査』によると,大学の本務教員は167,971人,兼務教員は179,592人だそうです。ちょうど半々くらいです。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001017860&cycode=0

 しからば,双方に支払われる人件費も半々かといえば,決してそうではありません。前者のほうが圧倒的に多いことは,大学関係者なら,誰だって知っています。頭数では半々であるにもかかわらず,富の9割を前者がとり,後者にいくのは残りのたった1割だけではないか,という推測もあります。『高学歴ワーキング・プア』著者の水月昭道さんは,「大学には,超格差社会が形成されている」と述べています。
http://blog.goo.ne.jp/drikiru/s/%CA%AC%A4%B1%A4%C6%A4%A4%A4%EB

 下の表は,2007年10月1日時点における,大学教員の数を職種別に示したものです。その右側には,それぞれの職種の平均月給額を掲げました。資料は,文科省『学校教員統計調査』です。非常勤講師(兼務教員)の平均月給は,関西圏・首都圏大学非常勤講師組合『大学非常勤講師の実態と声2007』の15頁に掲載されている,大学非常勤講師給の平均年額(200万円)を12で除した値をあてています。


 2007年のある月に,それぞれの職種の人間に支払われた富(income)の総量は,aとbの積で示されます。これによると,教授職には約383億8千万円,非常勤講師には約293億3千万円の富があてがわれたことになります。はて,この値は,それぞれの職の人間が頭数において占める比重に見合ったものなのでしょうか。下の表の左欄に,人数(a)と富量(a×b)の相対度数を出してみました。


 これによると,非常勤講師は数の上では51.7%を占めていますが,受け取った富は,全体の27.9%です。その一方で,教授以上の職階は,頭数では19.9%しか占めませんが,富全体の36.6%をせしめています。大学のおける富の配分は,その職種構成に見合ったものとはいえないようです。

 もっとも,これをケシカランというかどうかは,程度の問題だろう,といわれるかもしれません。職階によって,給与に傾斜がつけられるのは当然のことではないか,と。しかるに,それも度が過ぎると,問題であるといえます。私は,判断の目安を得るために,表の右欄に出した累積度数を使って,ジニ係数を算出することを試みました。

 ジニ係数とは,ある社会における富の格差の度合いを測る指標です。0.0~1.0までの値をとります。この数字が0.4を超えた場合,社会が不安定化する恐れがあり,格差の是正を要する,という危険信号と読むことができるそうです。


 統計学の素養がある方なら,上記の弓なりの図は目にしたことがおありかと存じます。図中の弓曲線は,頭数と富量の累積度数に基づいて各職階をプロットし,結んだものです。仮に,頭数の組成と富の組成が全く等しい,すなわち完全平等な状態ならば,すべての職階が対角線(均等線)上に位置づくことになります。逆に,頭数と富量の組成のズレが大きい場合(=格差が大きい場合),均等線から隔たった弓曲線が描かれることになります。

 ここで出そうとしているジニ係数とは,均等線と弓曲線で囲まれた部分の面積を2倍したものです。上図の場合,色つきの部分の面積は0.14となります。よって,ジニ係数はそれを2倍して0.28と算出されます。この値は,特段に高いものとは判断されません。

 しかるに,この値は,月給の平均額だけを頼りに出したものです。本務教員の場合,定期的な給与のほかに,賞与や研究費が支給されることも忘れるべきではないでしょう。また,冒頭の表に記載されている,非常勤講師の平均給与月額が16万7千円というのは,高すぎるのではないかしら。この額を得るには,週6~7コマほど教えなければいけませんが,人員削減・雇い止めの嵐が吹き荒れているなか,これだけのコマをゲットしている輩は,そうはいないと思います。もしかすると,非常勤組合の調査の回答者は,比較的多くのコマ数を確保している語学系の教員に偏しているのかもしれません。

 冒頭の表の数字を少し変えてみましょう。今,非常勤講師の平均月給を10万円とし,助手以上の本務教員の平均月給を1.5倍にします。この統計を使って,再度ジニ係数を出すと,0.43となります。

 0.43といったら,危険水準とみなされます。社会が不安定化する恐れがあり,格差を是正すべきという警告と読めます。いくぶんか,私の主観的な思い入れを混入させて出した値ですが,0.28よりも0.43のほうに現実感(リアリティ)を感じるのは,私だけではないと思います。

2011年7月2日土曜日

国民の高学歴化

 6月29日に,2010年の『国勢調査』の抽出速報結果が公表されました。私としては,「待ってました」という思いです。総務省統計局のサイトには,ホカホカの統計表がアップされています。さあ,どのデータから分析したものやら…
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001032402&cycode=0

 10年に一度の大規模調査である2010年調査の目玉は,国民の最終学歴について調べていることでしょう。まずは,上記サイトの第12表「在学か否かの別・最終卒業学校の種類」という表を開いてみましょう。

 最終学歴は,15歳以上の国民全員について調査されています。私は,大学・大学院卒業者が全体のどれほどいるかを計算しました。15歳以上の国民およそ1億1,002万人のうち,最終学歴が大学もしくは大学院という者は約1,799万人です。よって,大学・大学院卒業者の比率は,16.3%となります。10年前の2000年調査では,この数字は13.5%でした。率が上昇しています。

 もっと長期的なスパンでみると,この高学歴人口率がどれほど伸びているか,いいかえると,国民の高学歴化がいかにドラスティックに進行しているかが明確になります。下表は,上記の意味での高学歴人口率を,1960年と2010年とで比較したものです。ちょうど半世紀間の変化を見てとることができます。


 まず最下段の全体の数字からみると,2010年の値は先ほどみたように16.3%です。ですが,半世紀前の1960年ではわずか2.5%です。高学歴者は,国民の40人に1人しかいませんでした。それが今日では,およそ6人に1人という水準にまでなっています。大学進学率が上昇していることを考えると,さもありなんという感じです。

 次に性別の値をみると,男女とも伸びていますが,とくに女性の伸びが注目されます。0.4%から9.8%へと,25倍の伸びです。1960年では,大学出の女性というのは,250人に1人しかいませんでした。戦前では,複線型の教育制度により,女性には大学進学の道が開かれていなかったとと関連していると思われます。地域別では,郡部の値が大きく上昇しています。

 最後に,年齢層別の傾向もみてみましょう。高学歴化は,時代現象であると同時に,年齢現象でもあります。若年層ほど高学歴化の進行が著しいには予想がつくことではありますが,実態はどうなのでしょう。久々に,例の社会地図の登場です。


 上図は,5~10歳刻みの高学歴人口率の時代変化を俯瞰したものです。率の値は,ゾーンの色分けで示されています。どの年齢層でも,高学歴化が進んでいます。2010年では,45~54歳の層にまで,20%超のゾーンが垂れてきています。20代後半から30代前半では,4人に1人(25%)以上が大学・大学院卒業者です。

 わが国では,昔に比べて,国民の高学歴化が進んできています。このことは,知識基盤社会の到来のための基本的な条件といえます。しかるに,莫大な公的・私的投資で育成した高学歴層の就職難や,進学の社会的強制という現象に象徴される,「教育過剰」の問題も含んでいることも忘れてはならないでしょう。

 あと一点,このような状況変化に最も困惑しているのは,学校の教員なのではないでしょうか。このブログでは,教員の離職率,精神疾患休職率,さらには自殺率といった統計指標を分析しましたが,こうした病理兆候の遠因として,国民の高学歴化により,教員の(知識人としての)威厳がどんどん低下している,ということが考えられると思います。学校に理不尽な要求を突きつけるモンスター・ペアレントの出現というのも,今日的な時代状況の所産であるといえましょう。

 現在,教員養成の期間を6年に延ばし,教員志望者には修士の学位を取らせようという案が出ています。教員の学歴水準を一段高くし,威厳の基盤を確保しようという意図からでしょう。品のない考えのように聞こえるかもしれませんが,私としては,妙案だと思っています。