私は,2009~2010年度の2年間,武蔵野大学現代社会学部で卒業研究ゼミを担当しました。名称は,教育学・社会病理学ゼミ。ゼミ生の卒論テーマは多岐にわたっていましたが,大学生の心理ストレスについて知りたい,という関心を持った学生さんがいました。
具体的に何をしたいのかと問うと,大学生にアンケートをとって,彼らの心理ストレスの程度が,性別,学業成績,サークル加入状況などによってどう違うかを明らかにしたいとのこと。うんうん,興味深い問題設定です。
それでは,対象者の心理ストレスを測る設問(尺度)をつくってごらんなさい,という課題を出しました。当人がつくってきた設問案は,以下のごとし。
問 あなたはどれほど心理ストレスを持っていますか。当てはまるものに○をつけてください。
1.ある 2.少しある 3.普通 4.あまりない 5.ない
初心者だから仕方ありませんが,これは単純すぎます。「心理ストレス」というのは,とても漠とした概念です。対象者が具体的にイメージできるような,意識・行動レベルの症状をいくつか提示し,それらに対する反応を合成する,というやり方をとったほうがよいでしょう。
心理ストレスを含む精神的な問題の程度を測る尺度として,広く用いられているものがあります。K6スコアというものです。米国のKesslerらが考案したものです。厚労省『国民生活基礎調査』の用語解説によると,「うつ病・不安障害などの精神疾患をスクリーニングすることを目的として開発され,一般住民を対象とした調査で心理的ストレスを含む何らかの精神的な問題の程度を表す指標として広く利用されている」とのこと。
以下の6つの設問に対し,5段階(まったくない,少しだけ,ときどき,たいてい,いつも)で答えてもらいます。
①:神経過敏に感じましたか
②:絶望的だと感じましたか
③:そわそわ,落ち着かなく感じましたか
④:気分が沈み込んで、何が起こっても気が晴れないように感じましたか
⑤:何をするのも骨折りだと感じましたか
⑥:自分は価値のない人間だと感じましたか
「まったくない」は0点,「少しだけ」は1点,「ときどき」は2点,「たいてい」は3点,「いつも」は4点とします。すると,対象者の心理負担の程度は,0~24点の点数で計測されることになります(4点×6=24点満点)。件の学生さんには,この尺度を使うことを提案した次第です。
さて今回は,このK6スコアを使って,日本国民の心理負担度を測ってみようと思います。2010年の厚労省『国民生活基礎調査』の標本から推計される,12歳以上の国民のK6スコア分布は,下表のようです。
0点が全体の4割を占めています。上記の6つの設問に対し,軒並み「まったくない」と回答した人たちです。逆に,全設問に対し「いつも」と答えた重度のメンヘラーは全体の0.3%,実数にして約23万人なり。
この分布から,12歳以上国民のK6スコアの平均点は,次のようにして算出されます。全数を100人とした,右欄の構成比を使った方が計算が楽です。
{(0点×40.2人)+(1点×9.8人)+・・・(24点×0.3人)}/ 100.0人 = 3.29点
この値を性別に出すと,男性が3.02点,女性が3.55点です。相対差ですが,女性のほうが心理負担度は大きいことがうかがわれます。
次に,年齢層別のK6スコア平均点を出してみましょう。私は,5歳刻みの年齢層別の平均点を出し,各々を結んだ曲線を描きました。下図には,男性と女性の2本のカーブが描かれています。点線は,先ほど計算した国民全体の値(3.29点)です。
スコア平均点は,男女とも,20代であたりで高くなっています。心理負担度は,若年層で相対的に大きいようです。昨今の展望不良状況を考えると,さもありなんという感じです。60代後半以降の上昇は,病気や身体の故障によるものでしょう。
K6スコアで現代日本の国民の心理負担状況を評価すると,男性よりも女性,年齢では若年層において,その程度が相対的に高いことが判明したことを報告いたします。
なお,『国民生活基礎調査』から,県別のK6スコア平均を出すことも可能です。私が興味を持つのは,若年層のK6スコア平均が,地域によってどう異なるかです。おそらく,失業率や自殺率のような社会病理指標とも相関していることと思われます。検討してみたい課題です。