ツイッター上にて,教員の不祥事報道を収集しています。私が把握し得た今月の報道数は85件でした。先月(40件)の倍以上です。大阪の事件を受けて,ちょっとした体罰もガンガン摘発されるようになっているためです。
しかるに,窃盗,痴漢,盗撮,テスト問題漏洩,無断バイト,さらにはナンパ指南本作成など,教員のしでかすワルにはバラエティがあります。
記事名,日付,媒体名に加えて,お咎めを受けた教員の基本的な属性を記録しました。件の詳細を知りたい方は,記事名をヤフーにでもコピペして検索すれば引っかかると思います。
先月分と合わせて早くも125のサンプル?が集まりました。今後もこの作業を継続し,教員非行のデータベースを作り上げたいと思っております。
<2013年2月の教員不祥事報道>
・汎愛高柔道部顧問が女子生徒に平手打ち(2/1,産経,大阪,高,男,50代)
・野球部監督暴行か 県東部の県立高校(2/1,北日本,富山,高,男)
・小3年の失敗に「下手くそ、ばかたれ」教諭暴言(2/2,読売,栃木,小,男,46)
・中学バレー監督、部員4人の頬を平手でたたく (2/2,読売,栃木,中,男,47)
・「ばかたれ」暴言の小学教諭、児童2人に体罰も(2/2,読売,栃木,小,男,46)
・中学教諭、男子生徒16人の頬を平手打ち(2/2,読売,神奈川,中,男,50代)
・「あいさつできないのか」教諭、他校部員に体罰 (2/3,読売,愛媛,中,男,40代)
・山梨の小学校長、盗撮容疑で現行犯逮捕(2/3,朝日,山梨,小,男,57)
・県大会準優勝の野球部監督、部員4人を平手打ち(2/4,読売,千葉,高,男,37)
・静岡県立高で体罰 部活中に男子生徒蹴る(2/4,産経,静岡,高,男)
・鹿児島県の私立高校女子バレー部監督、部員殴る体罰(2/4,FNN,鹿児島,高,男,31)
・ボール顔にぶつけ、脚蹴り…女子バレー部で体罰(2/5,産経,長野,中,男,50代)
・支援学級男児、担任が暴行(2/5,読売,山梨,小,男)
・入浴剤を万引き、小学校教諭を停職54日(2/5,朝日,愛知,小,男,39)
・野球部顧問、複数の部員ら殴る(2/5,朝日,兵庫,中,男,40代)
・2教諭、運動部員らに体罰 顔をたたく(2/5,神戸,兵庫,中,男,45・39)
・生徒に平手打ち、男性教諭を略式起訴 東京の私立高(2/5,朝日,東京,高,男,40代)
・喫煙:県立高教師、禁煙学校敷地内で 厳重注意処分(2/5,毎日,徳島,高,男,40代)
・露天風呂で女性ビデオ盗撮の中学教諭、懲戒免職(2/6,読売,三重,中,男,55)
・教諭、男子生徒の腹蹴る 名古屋市立中、体育の授業中(2/6,朝日,愛知,中,男,33)
・学校で「ナンパ指南」作成、3万円で売った教諭(2/6,読売,埼玉,高,男,31)
・サッカー部顧問が部員16人に体罰(2/6,日経,東京,中,男,27)
・奈良・御所市の中学で体罰 サッカー部、鼓膜のけが (2/6,産経,奈良,中,男,26)
・青森の小学教諭、体罰で戒告処分 9回平手打ち(2/7,日経,青森,小,男,39)
・女性教諭が複数の児童の頬つねる(2/7,産経,富山,小,女)
・眉毛剃った…生徒を二十数回平手打ちした教諭(2/7,読売,熊本,高,男)
・小学校助教諭と校長を交通事故で(2/7,毎日,徳島,小,男,27・55)
・沖縄の民謡など教える 副業の男性教諭を減給(2/8,産経,神奈川,特,男,53)
・茨城と埼玉の2教諭ら、覚醒剤使用の疑いで逮捕・起訴
(2/8,朝日,茨城・埼玉,特・小,男,43・45)
・体罰:南砺でも判明 小学校女性教諭(2/8,毎日,富山,小,女)
・20代女性のスカート内盗撮 26歳小学教諭を懲戒免職処分
(2/8,産経,神奈川,小,男,26)
・バレー部の顧問が16人蹴るなど体罰(2/8,産経,滋賀,中,男,47)
・都立高2校、部活で体罰 甲子園出場の監督も(2/8,東京新聞,東京,高,男,46・27)
・男児に「サル」、本の角で頭たたいた教諭(2/9,読売,富山,小,男)
・実績低迷バスケ部顧問、3人を日常的に平手打ち(2/9,読売,岡山,高,男,44)
・進学校野球部の高2自殺、直前に監督叱責(2/13,読売,岡山,高,男)
・妻に暴力、中学校長を減給処分=家庭内トラブルで(2/13,時事通信,大分,中,男,55)
・学力テスト、試験前に出題内容教える (2/14,朝日,神奈川,小,4人)
・小学校教頭が痴漢「間違いありません」と供述(2/14,読売,新潟,小,男,52)
・同志社香里中・サッカー部顧問、部員を平手打ち(2/14,読売,大阪,中,男,40)
・市立高の女子柔道部員に平手打ち(2/14,東京新聞,鹿児島,高,男,36)
・中学教諭、女子生徒の頭たたく 授業中に携帯電話触り(2/14,産経,三重,中,男)
・京都・洛南高校陸上部が体罰 平手打ち、鼓膜破る(2/15,東京新聞,京都,高,男,40代)
・県立高の運動部顧問、部員に平手打ち(2/15,読売,福島,高,男,50代)
・懲戒免職:福島県立いわき海星高教諭 窃盗容疑(2/15,毎日,福島,高,48)
・万引き:女性教諭、6カ月停職処分(2/15,毎日,新潟,中,女,40代)
・県教委:体罰の教諭、減給処分 検定試験偽装の助手も
(2/15,毎日,高知,中・高,男,50代・40代)
・窃盗:小学校教諭が財布を 容疑で逮捕(2/15,毎日,新潟,小,男,34)
・中学バレー部顧問、女子生徒の太もも蹴る(2/16,読売,岩手,中,男,40代)
・体罰と疑われる指導 バレー部顧問外す(2/16,読売,長野,中,男)
・下半身露出、警官に頭突きの教諭を停職3か月(2/16,読売,山口,中,男,37)
・バドミントン部顧問を戒告 水島工業高、部員に体罰(2/16,産経,岡山,高,男,34)
・「あかんやないか」…中3女子の頭たたいた教諭 (2/17,読売,三重,中,男,46)
・女児盗撮容疑で自称教諭逮捕=スマートフォンで(2/18,時事通信,大阪,特,男,55)
・器物損壊:容疑で小学校教諭逮捕(2/18,毎日,宮崎,小,男,44)
・ソフトテニス強豪高の顧問、複数部員に体罰(2/18,読売,奈良,高,男)
・強豪・近江高柔道部顧問、部員4人を平手打ち(2/19,読売,滋賀,高,男,52)
・けが:小学校の教諭が児童の顔に--鹿沼(2/20,毎日,栃木,小,男,40代)
・体罰:市立中教諭ら、生徒16人に うち1人軽いけが(2/20,毎日,兵庫,中,男,40・27)
・ナイフ所持の支援学校教諭逮捕 銃刀法違反容疑(2/21,山陽,岡山,特,男,53)
・教諭が記録媒体紛失、教頭「発見」とうそ (2/21,読売,大阪,中,女・男,30代・50代)
・県教委:体罰でけが/生徒下腹部触る「生徒指導中に左頬を平手打ちし」
(2/21,毎日,千葉,高,男,56)
・同上「アルバイト就業」(2/21,毎日,千葉,高,男,57)
・担任、小5に体罰十数回…耳引っ張る・頬つねる (2/21,読売,富山,小,男,50代)
・幼稚園のプールで男児溺死 元幼稚園長ら書類送検(2/21,産経,神奈川,幼,女,65・22)
・奈良の私立小男性教諭、覚醒剤使用で再逮捕(2/21,読売,奈良,小,男,24)
・「性欲を抑えることできず…」女子中学生2人にわいせつ(2/21,産経,神奈川,中,男,34)
・県教委:教員3人を懲戒処分「生徒引率を同僚教諭に肩代わりさせた」
(2/21,毎日,鹿児島,高,男,46)
・同上「速度違反をした」(2/21,毎日,鹿児島,小,女,39)
・淫行の疑いで高校教諭逮捕 滋賀・草津署 (2/22,産経,滋賀,高,男,25)
・中学校臨時教諭を逮捕=元教え子にわいせつ容疑(2/22,時事通信,中,男,34)
・小学校の女子トイレ侵入で教諭逮捕 盗撮か(2/23,NNN,兵庫,小,男,30)
・小5男児に体罰 スティックのりで殴り裂傷(2/23,スポーツ報知,富山,小,男)
・昨年生徒に体罰、教諭が認め謝罪 藤岡市内の高校(2/23,産経,群馬,高,男)
・中学校の男女バスケ部で体罰、数年前から昨年5月(2/23,産経,大阪,中,男,42・53)
・ボール当たったことに…体罰の顧問もみ消し図る(2/24,読売,山形,中,男,30代)
・教諭がテスト成績一覧落とし、拾った生徒が回覧(2/26,読売,岐阜,中,男,20代)
・教え子男児の下半身触り、撮影…男性教諭懲戒免(2/26,読売,東京,小,男,40代)
・教諭が入試問題漏えい 同志社女子中保護者から200万円 20年前
(2/26,産経,京都,中,男,70代)
・いじめ問題の監督責任問い、校長を減給処分 依願退職(2/26,産経,滋賀,中,男,59)
・盲学校児童、裸にし尻たたく=女性教諭、体罰で停職処分
(2/27,時事通信,北海道,特,女,48)
・剣道部顧問が竹刀で体罰 傷害容疑で捜査(2/28,産経,佐賀,中,男,40代)
・校長困らせようと…教頭、4教員の財布抜き取る(2/28,読売,大阪,小,男,57)
・懲戒処分:飲酒運転の教諭停職 免職を適用せず(2/28,毎日,秋田,小,男,20代)
・県立高教諭を体罰で処分…秋田県教委 (2/28,読売,秋田,高,男,50代)
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2013年2月28日木曜日
2013年2月27日水曜日
女性の社会進出の国際比較
男女共同参画社会に向けての取組が開始されて久しいですが,わが国の女性の社会進出はどれほど進んでいるのか。ごく簡単な問いのようですが,これに対し,実証的に答えてくれるデータというのは,あまり見かけません。
社会進出とは,字のごとく社会に出ていくことですから,その程度を測るには,成人女性のうちフルタイム就業が何%,専業主婦が何%というような,就業状態に注目するのがよいと思います。
この点は『国勢調査』のデータから分かりますが,それだけでは「ふーん」でおしまいです。「わが国の女性の社会進出はどれほど進んでいるのか」を見極めるには,他の社会との比較が必要です。
まあ,米英独仏のような主要国との比較は,当局の白書等でなされているのでしょうが,より多くの社会を見据えた広い布置構造の中で,わが国はどこあたりに位置づくのか。過去からどう動いてきたか。こういうことを知りたく思うのです。
『世界価値観調査』(WVS)では,各国の調査対象者の就業状態を調べています。用意されている回答カテゴリーは,①フルタイム(週30時間以上),②パートタイム,③自営・自由業,④定年退職・年金,⑤主婦専業(働いていない),⑥学生,⑦失業,⑧その他,です。
私は,最新の第5回調査(2005~08年)の結果データを分析して,54か国の30~49歳女性の回答分布を明らかにしました。それぞれの社会について,「性×年齢層×就業形態」の3重クロス表を作成したわけです。WVSサイトのオンライン分析の箇所にて,自分の関心に沿った集計表を独自につくれることは,前回申した通りです(ただし3重クロスまで)。
http://www.wvsevsdb.com/wvs/WVSAnalize.jsp
最初に,日本と北欧のスウェーデンとで,当該年齢の女性のすがたがどう違うかをみてみましょう。下表いは,D.KとN.Aを除く有効回答の分布を示したものです。日本は2005年,スウェーデンは2006年の調査結果です。
日本では,フルタイム,パートタイム,および専業主婦がほぼ拮抗して多くなっています。最も多いのは専業主婦(Housewife)で,3分の1がこのカテゴリーに含まれています。まあ,日常感覚に照らしてみても,こんなところだろう,という感じです。
しかるに比較対象のスウェーデンでは,同年齢の女性の7割近くがフルタイム就業です。日本で多くを占める専業主婦という人種はほんのわずかしかいません。
同じ中年期の女性であっても,日本とスウェーデンでは,そのすがたが大きく異なっています。子育て期の最中の年齢というのは,両国とも同じです。後者の社会では,子育て期の女性がフルタイム就業できる条件が整っているほか,そもそも育児の負担は夫婦均等に分かつべきという考え方が浸透していると聞きます。なるほど,さもありなんです。
それでは,比較の対象を全世界の54か国に広げましょう。私は,各国の回答分布表を一通り眺めた上で,「フルタイム就業」と「専業主婦」の比重に注目するのがよい,と考えました。この2カテゴリーの量を明らかにすることで,女性の社会進出の程度をざっくりと把握できると思います。
私は,有効回答中のフルタイム就業率と専業主婦率のマトリクス上に,54の社会を散りばめてみました。統計の年次は国によって違いますが,2005~07年のいずれかであることを申し添えます。
なお,日本,アメリカ,イギリス,ドイツ,フランス,およびスウェーデンの6つの社会については,1980年代初頭からの位置変化も分かるようにしました。矢印のしっぽは1981(82)年,先端は2005(06)年の位置を表します。
図の左上にあるのは,中年女性のフルタイム就業率が高く,専業主婦率が低い社会であり,女性の社会進出が進んでいると評されます。右下に位置する社会は,その反対です。
最も左上にあるのは,フランスとスペインの間の小国アンドラです。30~40代女性の83.2%がフルタイム就業です。専業主婦はたったの3.4%しかいません。この小社会では,性役割観念(男は仕事,女は家庭)というものがほとんどないのではなかしらん。
大国ロシア,先ほどみたスウェーデンも,このゾーンに位置しています。水色の線の中にあるのは,この3国のほか,ノルウェー,ブルガリア,スロベニア,およびフィンランドです。女性の社会進出がトップレベルの国には,北欧国が多いですね。
左下にあるのは,フルタイム就業,専業主婦とも少ない社会ですが,ガーナやルワンダのような農業社会では,自営業が多くなっています。アジアのベトナムでは,なぜか「その他」というカテゴリーが多くを占めていました。
図の右下には,イラク,イラン,トルコ,およびエジプトといったイスラーム諸国が位置しています。フルタイム就業率が低く,専業主婦率が高い社会です。イスラーム国家では,女性はあまり外に出ないといいますが,こういう文化的な要因も大きいことでしょう。
次に,わが国を含む主要国の傾向ですが,6つの社会とも,右下から左上に動いています。これは専業主婦が減り,フルタイム就業が増えたという変化であり,女性の社会進出が進んだことを表します。1980年代初頭以降,女性差別撤廃条約の発効(日本は85年に締結)を皮切りに,最近では男女共同参画に向けた実践も各国で行われています。こういう状況変化の所産であると思われます。
しかるに,変化の幅は国によって違うようです。米独仏は,この4半世紀にかけて,専業主婦よりもフルタイム就業のほうが多い社会に様変わりしました(斜線で均等線であり,この線よりも上にある場合,専業主婦率<フルタイム就業率であることを意味します)。
北欧のスウェーデンは,80年代初頭にして,今のドイツあたりの位置でしたが,それ以降にかけて,女性の社会進出がさらに進行しました。
さて東洋の日本はというと,この期間中に左上に動いたのは確かですが,変動幅は相対的に小さく,まだ斜線を越えてもいません。つまり,まだ専業主婦が幅を利かせている社会です。広い国際的な布置構造でいうと,今の日本の女性の社会進出度は,ちょうど真ん中あたりというところでしょうか。
現在,第6回WVS(2010年)が実施中とのことですが,より近況でみた日本の位置はどうなっていることか。この点についてですが,最新の『男女共同参画社会に関する世論調査』によると,最近,伝統的性役割観の支持率が高まっているそうです。こうした傾向は,とりわけ20代の若年層で顕著であるとか。昨今の就職難も手伝って,もしかしたら右下に逆戻りしていたりして・・・。
http://www.asahi.com/national/update/1215/TKY201212150110.html?ref=reca
私は,専業主婦が悪いなどと主張するのではありません。ただ,職域をはじめとした家庭外のさまざまな場においても,男女双方の視点が必要であるという考えを持っています。世の中には男女が半々ずついますが,わが国の職域,とりわけ指導的地位にある人間の集団が,未だに男性だらけであることはよく知られています。こういう状態はよろしくありません。その意味で,上図における日本の位置がもっと左上にシフトすることを願うものです。
そういえば,2010年の末に策定された『男女共同参画基本計画(第3次)』では,2030年時点で女性のフルタイム就業率が何%というような,政策目標値が提示されていたな。それを上図に位置づけたらどの辺だろう。こういう展望をしてみるのもまた一興です。広い布置構造でみたら現在の位置と大して変わらず,数値訂正の必要性が露わになるかもしれませんね。
社会進出とは,字のごとく社会に出ていくことですから,その程度を測るには,成人女性のうちフルタイム就業が何%,専業主婦が何%というような,就業状態に注目するのがよいと思います。
この点は『国勢調査』のデータから分かりますが,それだけでは「ふーん」でおしまいです。「わが国の女性の社会進出はどれほど進んでいるのか」を見極めるには,他の社会との比較が必要です。
まあ,米英独仏のような主要国との比較は,当局の白書等でなされているのでしょうが,より多くの社会を見据えた広い布置構造の中で,わが国はどこあたりに位置づくのか。過去からどう動いてきたか。こういうことを知りたく思うのです。
『世界価値観調査』(WVS)では,各国の調査対象者の就業状態を調べています。用意されている回答カテゴリーは,①フルタイム(週30時間以上),②パートタイム,③自営・自由業,④定年退職・年金,⑤主婦専業(働いていない),⑥学生,⑦失業,⑧その他,です。
私は,最新の第5回調査(2005~08年)の結果データを分析して,54か国の30~49歳女性の回答分布を明らかにしました。それぞれの社会について,「性×年齢層×就業形態」の3重クロス表を作成したわけです。WVSサイトのオンライン分析の箇所にて,自分の関心に沿った集計表を独自につくれることは,前回申した通りです(ただし3重クロスまで)。
http://www.wvsevsdb.com/wvs/WVSAnalize.jsp
最初に,日本と北欧のスウェーデンとで,当該年齢の女性のすがたがどう違うかをみてみましょう。下表いは,D.KとN.Aを除く有効回答の分布を示したものです。日本は2005年,スウェーデンは2006年の調査結果です。
日本では,フルタイム,パートタイム,および専業主婦がほぼ拮抗して多くなっています。最も多いのは専業主婦(Housewife)で,3分の1がこのカテゴリーに含まれています。まあ,日常感覚に照らしてみても,こんなところだろう,という感じです。
しかるに比較対象のスウェーデンでは,同年齢の女性の7割近くがフルタイム就業です。日本で多くを占める専業主婦という人種はほんのわずかしかいません。
同じ中年期の女性であっても,日本とスウェーデンでは,そのすがたが大きく異なっています。子育て期の最中の年齢というのは,両国とも同じです。後者の社会では,子育て期の女性がフルタイム就業できる条件が整っているほか,そもそも育児の負担は夫婦均等に分かつべきという考え方が浸透していると聞きます。なるほど,さもありなんです。
それでは,比較の対象を全世界の54か国に広げましょう。私は,各国の回答分布表を一通り眺めた上で,「フルタイム就業」と「専業主婦」の比重に注目するのがよい,と考えました。この2カテゴリーの量を明らかにすることで,女性の社会進出の程度をざっくりと把握できると思います。
私は,有効回答中のフルタイム就業率と専業主婦率のマトリクス上に,54の社会を散りばめてみました。統計の年次は国によって違いますが,2005~07年のいずれかであることを申し添えます。
なお,日本,アメリカ,イギリス,ドイツ,フランス,およびスウェーデンの6つの社会については,1980年代初頭からの位置変化も分かるようにしました。矢印のしっぽは1981(82)年,先端は2005(06)年の位置を表します。
図の左上にあるのは,中年女性のフルタイム就業率が高く,専業主婦率が低い社会であり,女性の社会進出が進んでいると評されます。右下に位置する社会は,その反対です。
最も左上にあるのは,フランスとスペインの間の小国アンドラです。30~40代女性の83.2%がフルタイム就業です。専業主婦はたったの3.4%しかいません。この小社会では,性役割観念(男は仕事,女は家庭)というものがほとんどないのではなかしらん。
大国ロシア,先ほどみたスウェーデンも,このゾーンに位置しています。水色の線の中にあるのは,この3国のほか,ノルウェー,ブルガリア,スロベニア,およびフィンランドです。女性の社会進出がトップレベルの国には,北欧国が多いですね。
左下にあるのは,フルタイム就業,専業主婦とも少ない社会ですが,ガーナやルワンダのような農業社会では,自営業が多くなっています。アジアのベトナムでは,なぜか「その他」というカテゴリーが多くを占めていました。
図の右下には,イラク,イラン,トルコ,およびエジプトといったイスラーム諸国が位置しています。フルタイム就業率が低く,専業主婦率が高い社会です。イスラーム国家では,女性はあまり外に出ないといいますが,こういう文化的な要因も大きいことでしょう。
次に,わが国を含む主要国の傾向ですが,6つの社会とも,右下から左上に動いています。これは専業主婦が減り,フルタイム就業が増えたという変化であり,女性の社会進出が進んだことを表します。1980年代初頭以降,女性差別撤廃条約の発効(日本は85年に締結)を皮切りに,最近では男女共同参画に向けた実践も各国で行われています。こういう状況変化の所産であると思われます。
しかるに,変化の幅は国によって違うようです。米独仏は,この4半世紀にかけて,専業主婦よりもフルタイム就業のほうが多い社会に様変わりしました(斜線で均等線であり,この線よりも上にある場合,専業主婦率<フルタイム就業率であることを意味します)。
北欧のスウェーデンは,80年代初頭にして,今のドイツあたりの位置でしたが,それ以降にかけて,女性の社会進出がさらに進行しました。
さて東洋の日本はというと,この期間中に左上に動いたのは確かですが,変動幅は相対的に小さく,まだ斜線を越えてもいません。つまり,まだ専業主婦が幅を利かせている社会です。広い国際的な布置構造でいうと,今の日本の女性の社会進出度は,ちょうど真ん中あたりというところでしょうか。
現在,第6回WVS(2010年)が実施中とのことですが,より近況でみた日本の位置はどうなっていることか。この点についてですが,最新の『男女共同参画社会に関する世論調査』によると,最近,伝統的性役割観の支持率が高まっているそうです。こうした傾向は,とりわけ20代の若年層で顕著であるとか。昨今の就職難も手伝って,もしかしたら右下に逆戻りしていたりして・・・。
http://www.asahi.com/national/update/1215/TKY201212150110.html?ref=reca
私は,専業主婦が悪いなどと主張するのではありません。ただ,職域をはじめとした家庭外のさまざまな場においても,男女双方の視点が必要であるという考えを持っています。世の中には男女が半々ずついますが,わが国の職域,とりわけ指導的地位にある人間の集団が,未だに男性だらけであることはよく知られています。こういう状態はよろしくありません。その意味で,上図における日本の位置がもっと左上にシフトすることを願うものです。
そういえば,2010年の末に策定された『男女共同参画基本計画(第3次)』では,2030年時点で女性のフルタイム就業率が何%というような,政策目標値が提示されていたな。それを上図に位置づけたらどの辺だろう。こういう展望をしてみるのもまた一興です。広い布置構造でみたら現在の位置と大して変わらず,数値訂正の必要性が露わになるかもしれませんね。
2013年2月26日火曜日
パラサイトシングル率の国際比較
パラサイトシングル。学校を卒業し,自立を期待される年齢になっても親と同居し,基礎的な生活条件を依存し続ける若年未婚者。山田昌弘教授は,日本社会でこういう人種が増えており,そのことが,わが国の未婚化,さらには少子化をもたらしていると指摘しました。
最近では,この見方が広く共有されるようになっており,国の基幹統計である『国勢調査』においても,親との同居・非同居が分かるような集計がなされるようになっています。
今の日本にパラサイトシングルがどれほどいるかは,昨年の8月22日の記事で明らかにしたのですが,国際比較ができないものかと前から思っていました。欧米では,子は成人したら親元を離れるのが当然と聞きますが,パラサイトシングル現象は,わが国に固有のものなのでしょうか。
ネット上でざっと調べたところ,この疑問に答えてくれる情報(データ)は見当たりませんでした。しかるに,前回使った『世界価値観調査』(WVS)のデータを分析することで,各国の若者の親同居未婚者数を割り出せることに気づきました。今回は,その結果をご報告しようと思います。
前回の記事で申しましたが,WVSサイトのオンライン分析の箇所において,自分の関心に則した集計表を独自につくることができます。複数の変数を掛け合わせたクロス集計も,3重クロスまでなら可能です。
http://www.wvsevsdb.com/wvs/WVSAnalize.jsp
私は,「年齢×婚姻状態×親との同居状況」の3重クロス表を国ごとに作成し,25~34歳の親同居未婚者の数を明らかにしました。前後しますが,分析したのは最新の第5回(2005~08年)のWVSデータです。
日本でいうと,25~34歳の調査対象者181人のうち,未婚者(事実婚は含まず)は82人。この82人のうち,親と同居している者は68人です。よって,当該年齢の若者のうち,親と同居している未婚者の比率は37.6%ということになります。2.7人に1人がパラサイトシングルです。この数値は,2005年の『国勢調査』から分かる,同年齢層のパラシン率とさして変わらないことを申し添えます。
52の社会について,この比率を算出することができました。資料的意味合いを込めて,ベタな一覧表を提示します。比率が高い順に,各国を配列しました。
日本が一番高いかと思いきや,そうではありません。同じアジアの台湾とホンコンのほか,南欧のイタリア,北アフリカのモロッコがより上に位置しています。これら4つの社会では,若者のパラシン率が40%を超えています。
イタリアは,わが国と同程度,いやそれ以上に少子化が進んでいるといいますが,この国では若者の5人に2人がパラシンなのだなあ。知らんかった。
主要国の位置をみると,お隣の韓国(30.3%)は日本のちょい下,ドイツ(14.1%)は中の下,アメリカ(6.7%)は下というところです。英仏は,親との同居・非同居を尋ねていないためデータを出せませんが,ドイツと同じくらいではないでしょうか。
ところで表の一番下をみると,北欧の3か国は,揃いも揃ってパラシン率が低くなっています。この3つの社会では,親と同居している未婚の若者はごくわずかです。離家しても若者が安心して生活できる社会条件が整っているのでしょうか。
さて,上表に掲げられている52の社会のパラシン率は,未婚化の進行具合とも相関していると思われます。私は同じデータを使って,同年齢層の未婚者率を出し,上表のパラシン率との相関をとってみました。日本の場合,未婚者率は82/181=45.3%です。
上の相関図より,パラサイトシングルが蔓延っている社会ほど,未婚化が進んでいることが知られます。2つの指標の相関係数は+0.667であり,1%水準で有意です。山田教授がいわれているように,パラサイトシングル現象は未婚化,さらには少子化の引き金になっていることがうかがわれます。
といっても,事はそう単純でなく,スイスやノルウェーのように,パラシンがほとんどいなくても未婚率が高い社会も存在します。スイスでは,未婚者63人のうち,親と同居している者(パラシン)は6人しかいません。未婚者の大半は離家しています。この国では,未婚化の要因は,パラシンとは別のところに求めねばなりますまい。
しかるに日本は違います。日本の場合,未婚者82人のうち68人(82.9%)がパラシンです。東洋のこの国では,未婚化対策=パラサイトシングル対策という性格が強いとみられます。
パラシンと未婚化・少子化の関連のロジックについては,冒頭でリンクを張った記事をみていただくとして,のうのうと暮している若者を親元から引き離す上でも,山田教授が提案されているような「親同居税」の導入を 検討すべきであるかもしれません。
いやー,WVSのデータはスゴイ。第1~4回の結果もつなぎ合わせることで,時系列的な変化も明らかにできます。SPSSやSASのような高価なソフトがいるというのではありません。ここで提示したような国際統計は,オンライン分析によって,誰もが簡単に作成することができます。
若者の意識について卒論を書きたいと思っている学生のみなさん,自前で調査をしようなどと考える前に,こういう既存の調査資料を十分に活用しようではありませんか。調査関係の授業では,私はいつも,学生さんにこのようなことをいっています。
最近では,この見方が広く共有されるようになっており,国の基幹統計である『国勢調査』においても,親との同居・非同居が分かるような集計がなされるようになっています。
今の日本にパラサイトシングルがどれほどいるかは,昨年の8月22日の記事で明らかにしたのですが,国際比較ができないものかと前から思っていました。欧米では,子は成人したら親元を離れるのが当然と聞きますが,パラサイトシングル現象は,わが国に固有のものなのでしょうか。
ネット上でざっと調べたところ,この疑問に答えてくれる情報(データ)は見当たりませんでした。しかるに,前回使った『世界価値観調査』(WVS)のデータを分析することで,各国の若者の親同居未婚者数を割り出せることに気づきました。今回は,その結果をご報告しようと思います。
前回の記事で申しましたが,WVSサイトのオンライン分析の箇所において,自分の関心に則した集計表を独自につくることができます。複数の変数を掛け合わせたクロス集計も,3重クロスまでなら可能です。
http://www.wvsevsdb.com/wvs/WVSAnalize.jsp
私は,「年齢×婚姻状態×親との同居状況」の3重クロス表を国ごとに作成し,25~34歳の親同居未婚者の数を明らかにしました。前後しますが,分析したのは最新の第5回(2005~08年)のWVSデータです。
日本でいうと,25~34歳の調査対象者181人のうち,未婚者(事実婚は含まず)は82人。この82人のうち,親と同居している者は68人です。よって,当該年齢の若者のうち,親と同居している未婚者の比率は37.6%ということになります。2.7人に1人がパラサイトシングルです。この数値は,2005年の『国勢調査』から分かる,同年齢層のパラシン率とさして変わらないことを申し添えます。
52の社会について,この比率を算出することができました。資料的意味合いを込めて,ベタな一覧表を提示します。比率が高い順に,各国を配列しました。
日本が一番高いかと思いきや,そうではありません。同じアジアの台湾とホンコンのほか,南欧のイタリア,北アフリカのモロッコがより上に位置しています。これら4つの社会では,若者のパラシン率が40%を超えています。
イタリアは,わが国と同程度,いやそれ以上に少子化が進んでいるといいますが,この国では若者の5人に2人がパラシンなのだなあ。知らんかった。
主要国の位置をみると,お隣の韓国(30.3%)は日本のちょい下,ドイツ(14.1%)は中の下,アメリカ(6.7%)は下というところです。英仏は,親との同居・非同居を尋ねていないためデータを出せませんが,ドイツと同じくらいではないでしょうか。
ところで表の一番下をみると,北欧の3か国は,揃いも揃ってパラシン率が低くなっています。この3つの社会では,親と同居している未婚の若者はごくわずかです。離家しても若者が安心して生活できる社会条件が整っているのでしょうか。
さて,上表に掲げられている52の社会のパラシン率は,未婚化の進行具合とも相関していると思われます。私は同じデータを使って,同年齢層の未婚者率を出し,上表のパラシン率との相関をとってみました。日本の場合,未婚者率は82/181=45.3%です。
上の相関図より,パラサイトシングルが蔓延っている社会ほど,未婚化が進んでいることが知られます。2つの指標の相関係数は+0.667であり,1%水準で有意です。山田教授がいわれているように,パラサイトシングル現象は未婚化,さらには少子化の引き金になっていることがうかがわれます。
といっても,事はそう単純でなく,スイスやノルウェーのように,パラシンがほとんどいなくても未婚率が高い社会も存在します。スイスでは,未婚者63人のうち,親と同居している者(パラシン)は6人しかいません。未婚者の大半は離家しています。この国では,未婚化の要因は,パラシンとは別のところに求めねばなりますまい。
しかるに日本は違います。日本の場合,未婚者82人のうち68人(82.9%)がパラシンです。東洋のこの国では,未婚化対策=パラサイトシングル対策という性格が強いとみられます。
パラシンと未婚化・少子化の関連のロジックについては,冒頭でリンクを張った記事をみていただくとして,のうのうと暮している若者を親元から引き離す上でも,山田教授が提案されているような「親同居税」の導入を 検討すべきであるかもしれません。
いやー,WVSのデータはスゴイ。第1~4回の結果もつなぎ合わせることで,時系列的な変化も明らかにできます。SPSSやSASのような高価なソフトがいるというのではありません。ここで提示したような国際統計は,オンライン分析によって,誰もが簡単に作成することができます。
若者の意識について卒論を書きたいと思っている学生のみなさん,自前で調査をしようなどと考える前に,こういう既存の調査資料を十分に活用しようではありませんか。調査関係の授業では,私はいつも,学生さんにこのようなことをいっています。
2013年2月25日月曜日
収入配分に対する青年層の意見
各国の研究者が連携して,「世界価値観調査」なるものが定期的に実施されています。英語表記でいうとWorld Value Survey,略してWVSです。
主な結果をまとめた調査報告書も刊行されていますが,WVSサイトのオンライン分析の箇所にて,設問ごとの回答分布を自分で明らかにすることができます。クロス集計も,3重クロスまでなら可能。これはスゴイ!
http://www.wvsevsdb.com/wvs/WVSAnalize.jsp
調査項目をみると,あるわあるわ,興味深いものが満載です。どこから手をつけたものか迷うくらいですが,政治・社会の領域において,収入配分の在り方についての意見を尋ねた設問があります。
「収入はもっと平等(不平等)に配分されるべきだ」という意見の程度を,10段階で答えてもらうものです。私は,各国の15~29歳の青年層が,この問いに対しどういう回答を寄せているかに関心を持ちました。
インセンティブの上でも,収入は個々人の頑張り度に応じて傾斜がつけられるべきですが,その程度があまりに激しくなると,社会の存続を脅かす要因にもなり得ます。これからの社会を担う青年層が,こうしたビミョーな要素を含む富の配分の在り方に対し,どのような意見を持っているのか。わが国の国際的な位置はどうか。興味が持たれるところです。
私は,最新の第5回調査(5wave)のデータを分析して,世界56か国の青年層の回答分布を明らかにしました(D.K,N.A等の無効回答除く)。「国×年齢層×収入平等」という,3つの変数を掛け合わせた3重クロス表をつくったのです。
手始めに,日本,フィンランド,そしてインドネシアという3つの社会の回答分布をグラフでみていただきましょう。日本とフィンランドは2005年,インドネシアは2006年の調査データです。カッコ内の数値は,各国のサンプル数です。
日本は,真ん中あたりの層が多い,ノーマルカーブに近い型になっています。最も多いのは「6」であり,3人に1人がこのレベルを選択しています。
あとの2つの社会はどうかというと,これがまた対照的な傾向を呈しています。フィンランドでは平等志向の者が多く,インドネシアでは逆に不平等志向の者が多いのです。後者では,10という回答が最多です。この東南アジアの国では,青年層の4人に1人が,収入は極力不平等になるのが望ましいと考えています。昨今,著しい経済発展を遂げているインドネシアですが,その原動力は,富の不平等配分による労働者のインセンティヴであったりして・・・。
しかるに世界は広し。もっと特徴的な社会があるかもしれません。他の53の社会の回答もみてみましょう。といっても,上図と同じような折れ線を56本も描くことはできません。傾向を端的にみてとれる統計図をつくってみます。
1~3の回答をした者を「平等志向群」,8~10の回答をした者を「不平等志向群」と括りましょう。上図の日本の場合,前者は9.0%,後者は25.5%います。フィンランドは順に34.9%,13.9%,インドネシアは5.8%,52.1%なり。
横軸に平等志向群,縦軸に不平等志向群の比率をとった座標上に,56の社会を位置づけてみました。日,韓,米,英,独,仏の6か国については,1990年(第3回調査時点)からの位置変化も分かるようにしました。矢印のしっぽは1990年,終点は2005(2006)年の位置を表します。
あと一点。斜線は均等線であり,この線よりも上にある場合,平等志向群よりも不平等志向群が多い社会であることを示唆します。下にある場合は,その逆です。
いかがでしょう。左上にあるのは,平等志向群が少なく,不平等志向群が多い国です。先ほどみたインドネシアのほか,ガーナ,ペルー,マリといった南米やアフリカの社会が位置しています。西アフリカのガーナでは,青年層の68.9%が,8~10に丸をつけた不平等志向群です。
個々人の労力の成果が見えやすい発展途上国では,その差に応じて収入にも傾斜がつけられるべきと考える青年が多い,ということでしょうか。これらの国はまだ,1次産業や2次産業が主体の社会です。
対極の右下にあるのは平等志向の高い社会ですが,ヨーロッパやアジアの国が多く位置しています。今回観察した56の社会の中で,青年層の平等志向が最も強いのはスイスです。この国では,青年の6割近くが平等志向群であり,不平等志向群は1割もいません。永世中立国だから?関係ないか。
1990年代以降の変化も分かるようにした,日本を含む6か国はどうでしょう。日本と韓国は左上に動いています。平等志向群が減り,不平等志向群が増えた,ということです。つまり,青年層の収入格差容認志向が強まっていることになります。しかし,お隣の韓国の様変わりぶりはすごいですね。このたび就任した,韓国の新大統領にぜひともみていただきたい。
一方,英独仏は,これとは対照的に右下にシフトしています。このヨーロッパの3国は,この15年にかけて,青年層の平等志向が高まった社会です。ドイツの変化がすごいこと。東西ドイツが統合されて間もない1990年の状況が特異だったのかもしれませんが。
大国アメリカは,左下にシフトしています。いずれの群の比重も低下し,間の中間群の量が増えた,ということです。しかるに,8~10の不平等志向群の比重が44%から22%へと半減していることは注目されます。
先にもいいましたが,富の配分の在り方というのはビミョーな問題を含んでいて,上図のどこにあるのがよい(悪い)という価値判断は,一概にできないと思います。高度経済成長期の頃の日本は,もしかすると上図の左上に位置していたかもしれません。
しかるに,収入格差を是認する志向といっても,社会が未成熟な段階のものと,社会が成熟化を遂げた段階のものとは性質が違うようにも思えます。前者は,社会の発展の原動力となり得るものですが,後者は,閉塞感や社会不安の高まりの要因としての側面が大きいのではないか,という感じがします。
その意味で,上図に描かれた日本と韓国の傾向に,私は若干の懸念を抱きます。近年よくいわれる,格差社会化の様相の可視的な表現ともとれるでしょう。現在,第6回の『世界価値観調査』(2010年)が実施中とのことですが,この年の日本の位置はどうなっていることか・・・。
WVSの国別・年齢層別データから,各国の青年層のすがたを多様な側面から明らかにすることができます。収入分布のようなデータもありますので,青年層に限定したジニ係数も出すことが可能です。
ここでみたのは,意識の上での格差是認志向ですが,現実の収入格差はどうなっているのか。日本の国際的な位置はどうか。この点についても,データを出してみようと思っています。
主な結果をまとめた調査報告書も刊行されていますが,WVSサイトのオンライン分析の箇所にて,設問ごとの回答分布を自分で明らかにすることができます。クロス集計も,3重クロスまでなら可能。これはスゴイ!
http://www.wvsevsdb.com/wvs/WVSAnalize.jsp
調査項目をみると,あるわあるわ,興味深いものが満載です。どこから手をつけたものか迷うくらいですが,政治・社会の領域において,収入配分の在り方についての意見を尋ねた設問があります。
「収入はもっと平等(不平等)に配分されるべきだ」という意見の程度を,10段階で答えてもらうものです。私は,各国の15~29歳の青年層が,この問いに対しどういう回答を寄せているかに関心を持ちました。
インセンティブの上でも,収入は個々人の頑張り度に応じて傾斜がつけられるべきですが,その程度があまりに激しくなると,社会の存続を脅かす要因にもなり得ます。これからの社会を担う青年層が,こうしたビミョーな要素を含む富の配分の在り方に対し,どのような意見を持っているのか。わが国の国際的な位置はどうか。興味が持たれるところです。
私は,最新の第5回調査(5wave)のデータを分析して,世界56か国の青年層の回答分布を明らかにしました(D.K,N.A等の無効回答除く)。「国×年齢層×収入平等」という,3つの変数を掛け合わせた3重クロス表をつくったのです。
手始めに,日本,フィンランド,そしてインドネシアという3つの社会の回答分布をグラフでみていただきましょう。日本とフィンランドは2005年,インドネシアは2006年の調査データです。カッコ内の数値は,各国のサンプル数です。
日本は,真ん中あたりの層が多い,ノーマルカーブに近い型になっています。最も多いのは「6」であり,3人に1人がこのレベルを選択しています。
あとの2つの社会はどうかというと,これがまた対照的な傾向を呈しています。フィンランドでは平等志向の者が多く,インドネシアでは逆に不平等志向の者が多いのです。後者では,10という回答が最多です。この東南アジアの国では,青年層の4人に1人が,収入は極力不平等になるのが望ましいと考えています。昨今,著しい経済発展を遂げているインドネシアですが,その原動力は,富の不平等配分による労働者のインセンティヴであったりして・・・。
しかるに世界は広し。もっと特徴的な社会があるかもしれません。他の53の社会の回答もみてみましょう。といっても,上図と同じような折れ線を56本も描くことはできません。傾向を端的にみてとれる統計図をつくってみます。
1~3の回答をした者を「平等志向群」,8~10の回答をした者を「不平等志向群」と括りましょう。上図の日本の場合,前者は9.0%,後者は25.5%います。フィンランドは順に34.9%,13.9%,インドネシアは5.8%,52.1%なり。
横軸に平等志向群,縦軸に不平等志向群の比率をとった座標上に,56の社会を位置づけてみました。日,韓,米,英,独,仏の6か国については,1990年(第3回調査時点)からの位置変化も分かるようにしました。矢印のしっぽは1990年,終点は2005(2006)年の位置を表します。
あと一点。斜線は均等線であり,この線よりも上にある場合,平等志向群よりも不平等志向群が多い社会であることを示唆します。下にある場合は,その逆です。
いかがでしょう。左上にあるのは,平等志向群が少なく,不平等志向群が多い国です。先ほどみたインドネシアのほか,ガーナ,ペルー,マリといった南米やアフリカの社会が位置しています。西アフリカのガーナでは,青年層の68.9%が,8~10に丸をつけた不平等志向群です。
個々人の労力の成果が見えやすい発展途上国では,その差に応じて収入にも傾斜がつけられるべきと考える青年が多い,ということでしょうか。これらの国はまだ,1次産業や2次産業が主体の社会です。
対極の右下にあるのは平等志向の高い社会ですが,ヨーロッパやアジアの国が多く位置しています。今回観察した56の社会の中で,青年層の平等志向が最も強いのはスイスです。この国では,青年の6割近くが平等志向群であり,不平等志向群は1割もいません。永世中立国だから?関係ないか。
1990年代以降の変化も分かるようにした,日本を含む6か国はどうでしょう。日本と韓国は左上に動いています。平等志向群が減り,不平等志向群が増えた,ということです。つまり,青年層の収入格差容認志向が強まっていることになります。しかし,お隣の韓国の様変わりぶりはすごいですね。このたび就任した,韓国の新大統領にぜひともみていただきたい。
一方,英独仏は,これとは対照的に右下にシフトしています。このヨーロッパの3国は,この15年にかけて,青年層の平等志向が高まった社会です。ドイツの変化がすごいこと。東西ドイツが統合されて間もない1990年の状況が特異だったのかもしれませんが。
大国アメリカは,左下にシフトしています。いずれの群の比重も低下し,間の中間群の量が増えた,ということです。しかるに,8~10の不平等志向群の比重が44%から22%へと半減していることは注目されます。
先にもいいましたが,富の配分の在り方というのはビミョーな問題を含んでいて,上図のどこにあるのがよい(悪い)という価値判断は,一概にできないと思います。高度経済成長期の頃の日本は,もしかすると上図の左上に位置していたかもしれません。
しかるに,収入格差を是認する志向といっても,社会が未成熟な段階のものと,社会が成熟化を遂げた段階のものとは性質が違うようにも思えます。前者は,社会の発展の原動力となり得るものですが,後者は,閉塞感や社会不安の高まりの要因としての側面が大きいのではないか,という感じがします。
その意味で,上図に描かれた日本と韓国の傾向に,私は若干の懸念を抱きます。近年よくいわれる,格差社会化の様相の可視的な表現ともとれるでしょう。現在,第6回の『世界価値観調査』(2010年)が実施中とのことですが,この年の日本の位置はどうなっていることか・・・。
WVSの国別・年齢層別データから,各国の青年層のすがたを多様な側面から明らかにすることができます。収入分布のようなデータもありますので,青年層に限定したジニ係数も出すことが可能です。
ここでみたのは,意識の上での格差是認志向ですが,現実の収入格差はどうなっているのか。日本の国際的な位置はどうか。この点についても,データを出してみようと思っています。
2013年2月23日土曜日
青年期の状態変化の国際比較
内閣府の『第8回世界青年意識調査』では,Q11において,5か国(日,韓,米,英,仏)の18~24歳の青年に対し,現在の仕事(状態)を尋ねています。調査実施時期は,日韓米が2007年11~12月,英仏が2008年9~10月です。
http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/worldyouth8/html/mokuji.html
各国について,年齢によって回答構成がどう変わるかが分かる図をつくってみました。パネルデータではないので,厳密な意味での加齢変化ではないですが,まあ青年期にかけての状態変化の大局をみてとることはできるでしょう。
目についた点を箇条書きします。
①:何だかんだいって,青年期も終盤になれば,日本の青年の多くは働いています。24歳時点での就労率(パート含む)は,日本が81.7%でトップです。青年期の課題達成(労働という名の役割獲得)が最も円滑になされている社会。
②:お隣の韓国は,結構長く学生をやる者が多いですね。24歳になっても,42.2%が学生です(日本は6.7%)。受験競争が激しいので,浪人組が多いのでしょうか。それとも就職が決まらない学生が多いのか。あっ兵役もあるか。
③:アメリカは,学生の構成が特徴的。パート(バイト)を通り越して,フルタイムの仕事を掛け持ちしている学生も結構います。学費がバカ高&親が援助する風潮があまりないので,自分で学費を稼ぐ者が多いためでしょうか。
④:イギリスは,専業主婦(夫)と失業者が多し。前々回の記事でみたように,この国の女子青年は,伝統的性役割観(夫は仕事,妻は家庭)への賛成度が高いのだよな。
⑤:フランスは,専業主婦(夫)や職探し中とは別の理由の無職者(≒ニート)が比較的多し。
こんなところでしょうか。人によって注目ポイントは違うでしょう。こういう図はあまり見かけないので,この場に展示することとした次第です。
http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/worldyouth8/html/mokuji.html
各国について,年齢によって回答構成がどう変わるかが分かる図をつくってみました。パネルデータではないので,厳密な意味での加齢変化ではないですが,まあ青年期にかけての状態変化の大局をみてとることはできるでしょう。
目についた点を箇条書きします。
①:何だかんだいって,青年期も終盤になれば,日本の青年の多くは働いています。24歳時点での就労率(パート含む)は,日本が81.7%でトップです。青年期の課題達成(労働という名の役割獲得)が最も円滑になされている社会。
②:お隣の韓国は,結構長く学生をやる者が多いですね。24歳になっても,42.2%が学生です(日本は6.7%)。受験競争が激しいので,浪人組が多いのでしょうか。それとも就職が決まらない学生が多いのか。あっ兵役もあるか。
③:アメリカは,学生の構成が特徴的。パート(バイト)を通り越して,フルタイムの仕事を掛け持ちしている学生も結構います。学費がバカ高&親が援助する風潮があまりないので,自分で学費を稼ぐ者が多いためでしょうか。
④:イギリスは,専業主婦(夫)と失業者が多し。前々回の記事でみたように,この国の女子青年は,伝統的性役割観(夫は仕事,妻は家庭)への賛成度が高いのだよな。
⑤:フランスは,専業主婦(夫)や職探し中とは別の理由の無職者(≒ニート)が比較的多し。
こんなところでしょうか。人によって注目ポイントは違うでしょう。こういう図はあまり見かけないので,この場に展示することとした次第です。
2013年2月22日金曜日
シューカツ洗脳?
前期の授業の受講生(3年生)で,「今,シューカツがんばってます」というメールをくれた人がいます。そういえば,シーズンですね。都心では,黒いリクスーに身を包んだ青年男女が足繁く行き交っていることでしょう。
こうした「シューカツ」に,一定の教育効果を見出す見方もあります。大手の関連サイトをみると,「就職活動は自分を見つめ直し,社会人としての常識を身につけるよい機会です」などと書かれています。
確かにそういう面もあるでしょう。私が前に担当したゼミの学生さんで,3年生の終わりから卒業までの間に見違えるほど礼儀正しくなり,送ってくるメールの文面もガラリと変わった子がいました。「変わったね」というと,「シューカツで鍛えられましたから」という答え。ふうむ。
しかるに,ちょっとばかし大人しくなっちゃったな,という印象も持ちました。3年時のゼミでは,質問も含めていろいろと喰ってかかってくる子だったのですが,4年の後期になると,そういう(我の強い)姿はどこへやら・・・。「目上の人のいうことは粛々と聞き入れるべし」とでも叩きこまれたのか。これもシューカツ効果ってやつでしょうか。
この点に関連して,今野晴貴さんの『ブラック企業』文春新書(2012年)では,面白いことがいわれています。以下の文章は,本書の191頁からの引用です。
「現在の就職活動の恐ろしいところは,就職活動を通じて若者がある種の『洗脳』を受けさせられることだ。就職活動を通じて『どんなに違法なことでも耐えるのが当たり前』という心情を植えつけられる」。
洗脳という言葉が穏やかでないですが,こうした過程があることをうかがわせるデータも提示されています。今野さんが,大学3年生と4年生に「絶対に就職先としない企業」の条件を尋ねたところ,「ワークバランスが良くなさそう」,「離職率が高い」,「定期昇給が無い」,「ボーナスが無い」,「環境に配慮していない」という項目の選択率は,3年生よりも4年生で軒並み低いとのことです(192頁)。
まあ,高すぎる要求水準を現実的なレベルに修正した,という見方もできますが,「何もいわずに社畜のごとく働くべし」という観念を植えつけられる,洗脳の過程ととれないこともありません。しかし,「環境への配慮」というような社会的な視野までもが奪われるのは,何とも悲しいことです。いや問題です。
このような「シューカツ洗脳」とでもいい得る過程は,公的な大規模データでも見受けられるのか。そうだとしたら,それはわが国に固有のものなのか。こういう関心を持って,前回用いた内閣府『第8回世界青年意識調査』の結果表を眺めたところ,使える統計が載っていることに気づきました。
http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/worldyouth8/html/mokuji.html
本調査のQ20では,5か国(日,韓,米,英,仏)の18~24歳男女に対し,「仕事を選ぶ際に,どのようなことを重視するか」と問うています。複数回答方式です。私は,「収入」と「労働時間」を選んだ者の比率が,年齢を上がるにつれてどう変化するかを国ごとに観察してみました。いつの時代でもどの社会でも重視される,最も基本的な選職条件であると思われます。
下表は,性別・年齢層別の選択率を整理したものです。S1は18~19歳,S2は20~22歳,S3は23~24歳を意味します。SはStage(段階)の頭文字です。
日本でみると,男女とも,年齢を上がるにつれて選択率が低下していきます。男性の場合,労働時間の選択率がS1の51.0%からS3の39.3%まで,10ポイント以上も落ちています。つまり,長時間労働も厭わない者が増える,ということです。
日本では,4ケース(男女×2項目)とも,S1からS3にかけて率が減じる「減少型」ですが,表を全体的にみると,その逆の「増加型」のほうが数的には多いように思えます。口でクダクダ言うのは止めにして,傾向が視覚的にみてとれるよう,上表のデータをグラフ化しましょう。
方式は,前回と同様です。横軸に労働時間,縦軸に収入の選択率をとった座標上に,3時点の選択率を位置づけて線でつないでみました。2本の矢印をたどることで,S1→S2→S3の位置変化をみてとることができます。太線の矢印は男性,細線の矢印は女性のものです。
ほほう。純粋な減少型は,日本だけです。アメリカの男性は,それとは対照的な純増加型です。この国の男性の場合,年齢を上がるほど,選職にあたって収入も労働時間も重視する者が増えるのです。日本の男性とのコントラストがはっきりしていますね。
英仏の女性も,このような純増型です。日本の女性とは真逆の傾向になっています。他の矢印はジグザグしていますが。きれいな左下がりの矢印になっているのは,日本の男女だけです。基本的な労働条件について一切文句を言わないように仕向けられる「シューカツ洗脳」の産物でしょうか。
なお,日本の女性でみると,S2からS3にかけての位置変動が大きくなっています。S3は23~24歳であり,新卒時に就職が決まらなかった「既卒者」も結構含まれるでしょう。大いに焦り,昇給も定時もないブラック企業でも構わないという者が増える,ということではないでしょうか。
ところで本調査の対象は,学生や就職未決定者だけでなく,就業者も含めた青年男女です。他国の純増型ないしは増加型は,既に働いている者が「やはり収入や労働時間で選べばよかった」と後悔していることによるのかもしれません。
しかるに,わが国ではご覧のように純減型。入職した後においても,収入や労働時間について不満をいうべきでないと,研修などで叩き込まれるのでしょうか。
日本の青年が,就業に際して薄給や長時間労働も厭わないように仕向けられる過程が,上図には描かれています。今野さんが危惧しているような洗脳の過程,私の造語でいうと「シューカツ洗脳」なるものの存在を匂わせます。
先に紹介した私のゼミの学生さんも,こういう経路をたどったのか,いやたどっているのか。今,どうされているかな。連絡をして聞いてみましょう。「仕事を選ぶ際に,どのようなことを重視するか」と。
こうした「シューカツ」に,一定の教育効果を見出す見方もあります。大手の関連サイトをみると,「就職活動は自分を見つめ直し,社会人としての常識を身につけるよい機会です」などと書かれています。
確かにそういう面もあるでしょう。私が前に担当したゼミの学生さんで,3年生の終わりから卒業までの間に見違えるほど礼儀正しくなり,送ってくるメールの文面もガラリと変わった子がいました。「変わったね」というと,「シューカツで鍛えられましたから」という答え。ふうむ。
しかるに,ちょっとばかし大人しくなっちゃったな,という印象も持ちました。3年時のゼミでは,質問も含めていろいろと喰ってかかってくる子だったのですが,4年の後期になると,そういう(我の強い)姿はどこへやら・・・。「目上の人のいうことは粛々と聞き入れるべし」とでも叩きこまれたのか。これもシューカツ効果ってやつでしょうか。
この点に関連して,今野晴貴さんの『ブラック企業』文春新書(2012年)では,面白いことがいわれています。以下の文章は,本書の191頁からの引用です。
「現在の就職活動の恐ろしいところは,就職活動を通じて若者がある種の『洗脳』を受けさせられることだ。就職活動を通じて『どんなに違法なことでも耐えるのが当たり前』という心情を植えつけられる」。
洗脳という言葉が穏やかでないですが,こうした過程があることをうかがわせるデータも提示されています。今野さんが,大学3年生と4年生に「絶対に就職先としない企業」の条件を尋ねたところ,「ワークバランスが良くなさそう」,「離職率が高い」,「定期昇給が無い」,「ボーナスが無い」,「環境に配慮していない」という項目の選択率は,3年生よりも4年生で軒並み低いとのことです(192頁)。
まあ,高すぎる要求水準を現実的なレベルに修正した,という見方もできますが,「何もいわずに社畜のごとく働くべし」という観念を植えつけられる,洗脳の過程ととれないこともありません。しかし,「環境への配慮」というような社会的な視野までもが奪われるのは,何とも悲しいことです。いや問題です。
このような「シューカツ洗脳」とでもいい得る過程は,公的な大規模データでも見受けられるのか。そうだとしたら,それはわが国に固有のものなのか。こういう関心を持って,前回用いた内閣府『第8回世界青年意識調査』の結果表を眺めたところ,使える統計が載っていることに気づきました。
http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/worldyouth8/html/mokuji.html
本調査のQ20では,5か国(日,韓,米,英,仏)の18~24歳男女に対し,「仕事を選ぶ際に,どのようなことを重視するか」と問うています。複数回答方式です。私は,「収入」と「労働時間」を選んだ者の比率が,年齢を上がるにつれてどう変化するかを国ごとに観察してみました。いつの時代でもどの社会でも重視される,最も基本的な選職条件であると思われます。
下表は,性別・年齢層別の選択率を整理したものです。S1は18~19歳,S2は20~22歳,S3は23~24歳を意味します。SはStage(段階)の頭文字です。
日本でみると,男女とも,年齢を上がるにつれて選択率が低下していきます。男性の場合,労働時間の選択率がS1の51.0%からS3の39.3%まで,10ポイント以上も落ちています。つまり,長時間労働も厭わない者が増える,ということです。
日本では,4ケース(男女×2項目)とも,S1からS3にかけて率が減じる「減少型」ですが,表を全体的にみると,その逆の「増加型」のほうが数的には多いように思えます。口でクダクダ言うのは止めにして,傾向が視覚的にみてとれるよう,上表のデータをグラフ化しましょう。
方式は,前回と同様です。横軸に労働時間,縦軸に収入の選択率をとった座標上に,3時点の選択率を位置づけて線でつないでみました。2本の矢印をたどることで,S1→S2→S3の位置変化をみてとることができます。太線の矢印は男性,細線の矢印は女性のものです。
ほほう。純粋な減少型は,日本だけです。アメリカの男性は,それとは対照的な純増加型です。この国の男性の場合,年齢を上がるほど,選職にあたって収入も労働時間も重視する者が増えるのです。日本の男性とのコントラストがはっきりしていますね。
英仏の女性も,このような純増型です。日本の女性とは真逆の傾向になっています。他の矢印はジグザグしていますが。きれいな左下がりの矢印になっているのは,日本の男女だけです。基本的な労働条件について一切文句を言わないように仕向けられる「シューカツ洗脳」の産物でしょうか。
なお,日本の女性でみると,S2からS3にかけての位置変動が大きくなっています。S3は23~24歳であり,新卒時に就職が決まらなかった「既卒者」も結構含まれるでしょう。大いに焦り,昇給も定時もないブラック企業でも構わないという者が増える,ということではないでしょうか。
ところで本調査の対象は,学生や就職未決定者だけでなく,就業者も含めた青年男女です。他国の純増型ないしは増加型は,既に働いている者が「やはり収入や労働時間で選べばよかった」と後悔していることによるのかもしれません。
しかるに,わが国ではご覧のように純減型。入職した後においても,収入や労働時間について不満をいうべきでないと,研修などで叩き込まれるのでしょうか。
日本の青年が,就業に際して薄給や長時間労働も厭わないように仕向けられる過程が,上図には描かれています。今野さんが危惧しているような洗脳の過程,私の造語でいうと「シューカツ洗脳」なるものの存在を匂わせます。
先に紹介した私のゼミの学生さんも,こういう経路をたどったのか,いやたどっているのか。今,どうされているかな。連絡をして聞いてみましょう。「仕事を選ぶ際に,どのようなことを重視するか」と。
2013年2月21日木曜日
青年期におけるジェンダー的社会化
世の中には男性と女性がいますが,この2つの性は,まず身体の違いということで区別されます。しかるに両性を分かつものとして,「男は泣かない,女は控え目に」というような,社会的な通念もあります。いうなれば社会的につくられる性であり,これを専門用語でジェンダー(gender)といいます。
わが国はジェンダー規範が比較的強い社会だと思いますが,これに囚われるのはよくないということで,近年では,この垣根を軒並み取っ払う方向に社会が動いています。このことは,男女共同参画社会が具現するための最も基本的な条件であるといえましょう。
ジェンダーに囚われない人間の育成は,学校教育でも志向されているところであり,最近の学校では,「ジェンダー・フリー教育」に重きが置かれています。家庭や地域社会等にも,各種の啓発が進んでいると聞きます。
こういう状況のなか,成長に伴いジェンダー観念は弱まりこそすれ,強まることはあまりないと思うのですが,現実はどうなのでしょう。私は,就職や結婚といったイベントを間近に控えた青年期において,どういう意識変化がみられるかを観察してみました。
内閣府は定期的に『世界青年意識調査』を実施しています。対象は,5か国(日,韓,米,英,仏)の18~24歳の青年男女です。最新の第8回調査(2007~2008年実施)では,ジェンダーに関わる以下の項目に対する賛否を尋ねています。
http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/worldyouth8/html/mokuji.html
問51 「男は外で働き,女は家庭を守るべきだ」
問52 「子どもが小さいときは,子どもの世話をするのは,母親でなければならない」
回答の選択肢は,賛成,反対,分からない,の3つです。それぞれに対して「賛成」と答えた者の比率(賛成率)を,18~19歳と23~24歳とで比較してみましょう。同一の集団を追跡したものではないので,加齢変化とはいえませんが,まあ,その近似的なすがたを取り出すことはできるでしょう。
下表は,5か国の性別ごとに,賛成率の数値を整理したものです。
日本でみると,いずれの項目への賛成率も,年長者のほうが高くなっています。男女問わずです。青年期にかけてジェンダー規範が強まることがうかがわれるのですが,数値の伸び幅でみる限り,その程度は女性で大きいようです。
他の社会でもおおむね似たような傾向ですが,イギリスの男性だけは例外で,この期間にかけて,2つの項目への賛成率が大幅に減じています。「男は外,女は家」という伝統的性役割観への賛成率は,25.6%から13.8%へと,10ポイント以上も低下します。
しかし,数値を並べただけの表では,傾向が読み取りにくいですねえ。どの国のどの性で伸び幅が大きいのか,どちらの項目への賛成度の伸びが大きいのか。こういうことを分かりやすくするには,グラフ化が一番です。
みなさんでしたら,上記の表のデータをどういうグラフにしますか。10個(5か国×2項目)の棒グラフでもつくりますか。でも,それはちと煩雑です。私なら,2次元のマトリクスをフル活用した,以下のようなグラフを描きます。
横軸に「小さい子の世話は母親がすべし」,縦軸に「男は外,女は家」への賛成率をとった座標上に,5か国の性別・年齢層別のデータを位置づけ,線でつなぐのです。矢印のしっぽは18~19歳,先端は23~24歳の位置を表します。
これによると,各国の両性について,青年期の間における変化を視覚的にみてとることが可能です。実線は男性,点線は女性のものであることを申し添えます。
お分かりかと思いますが,図の右上にいくほどジェンダー規範が強くなることを意味します。ほう。多くの矢印が右上の方向を向いていますね。ここでの統計でみる限り,青年期にかけてジェンダー観念が強まる傾向は,ある程度普遍的なもののようです。
お隣の韓国は,両性の矢印とも,ほぼ45度の傾斜になっています。2つの項目への賛成率とも,バランスよく?伸びている,ということです。青年期におけるジェンダー観念の強まりが,きれいに具現されています。
アメリカはといえば,男性と女性の差が顕著ですね。2つの時点の変動幅は矢印の長さで測られますが,この国では女性の矢印が長いのです。タテ方向の伸びであることからして,伝統的性役割観への賛成度の高まりが大きいことになります。
フランスは,「小さい子の世話は母親がすべし」への賛成率が下がるので,矢印の向きがちょっと違っていますが,「男は外,女は家」への賛成度が高まる傾向は,他の社会と一緒です。
さて,図を全体的にみて例外的な傾向を呈しているのが,イギリスの男性です。この島国では,青年期にかけて,男性のジェンダー観念が大きく下がります。これが加齢によるものか,あるいは世代の差によるのか分かりませんが,注目されてよいでしょう。高等教育機関にて,ジェントルマン教育でもされているのかしらん。この国では,矢印の向きが男女で真逆なのも興味深し。
ジェンダー・フリーの風潮が高まっているのは,今回観察した5つの社会とも同じでしょう。こういう社会では,ジェンダー観念に囚われない人間が育っているのかと思いきや,18~24歳の青年期に焦点を当てた限りでは,それとは反対の様相がみられました。青年期におけるジェンダー的社会化とでもいえましょうか。
この5か国では,該当年齢の多くが大学に通っていると思いますが,大学でジェンダー論の授業とか受けないのかなあ。上のグラフを,私が知るジェンダー専攻の教授にお見せしたら,どういう反応が返ってくるか・・・。
23~24歳といえば,ちょうど就職する時期ですが,企業社会に未だに蔓延るジェンダー的慣行に遭遇し,現実を思い知らされる,ということでしょうか。そういえば,なかなか就職が決まらない学生(女子)で,「もう専業主婦になりたいです」とかこぼしていた子がいたなあ。こう考えると,上図において,男性よりも女性で矢印が長いのも説明つくかも。
今回使った『第8回・世界青年意識調査』では,この他にも,多様な事項への賛否を尋ねています。18~24歳の青年期社会化の様相を,より多面的に明らかにするのも面白い課題でしょう。必要なデータは,上記URLにて収集できます。興味ある方は挑戦されたし。
わが国はジェンダー規範が比較的強い社会だと思いますが,これに囚われるのはよくないということで,近年では,この垣根を軒並み取っ払う方向に社会が動いています。このことは,男女共同参画社会が具現するための最も基本的な条件であるといえましょう。
ジェンダーに囚われない人間の育成は,学校教育でも志向されているところであり,最近の学校では,「ジェンダー・フリー教育」に重きが置かれています。家庭や地域社会等にも,各種の啓発が進んでいると聞きます。
こういう状況のなか,成長に伴いジェンダー観念は弱まりこそすれ,強まることはあまりないと思うのですが,現実はどうなのでしょう。私は,就職や結婚といったイベントを間近に控えた青年期において,どういう意識変化がみられるかを観察してみました。
内閣府は定期的に『世界青年意識調査』を実施しています。対象は,5か国(日,韓,米,英,仏)の18~24歳の青年男女です。最新の第8回調査(2007~2008年実施)では,ジェンダーに関わる以下の項目に対する賛否を尋ねています。
http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/worldyouth8/html/mokuji.html
問51 「男は外で働き,女は家庭を守るべきだ」
問52 「子どもが小さいときは,子どもの世話をするのは,母親でなければならない」
回答の選択肢は,賛成,反対,分からない,の3つです。それぞれに対して「賛成」と答えた者の比率(賛成率)を,18~19歳と23~24歳とで比較してみましょう。同一の集団を追跡したものではないので,加齢変化とはいえませんが,まあ,その近似的なすがたを取り出すことはできるでしょう。
下表は,5か国の性別ごとに,賛成率の数値を整理したものです。
日本でみると,いずれの項目への賛成率も,年長者のほうが高くなっています。男女問わずです。青年期にかけてジェンダー規範が強まることがうかがわれるのですが,数値の伸び幅でみる限り,その程度は女性で大きいようです。
他の社会でもおおむね似たような傾向ですが,イギリスの男性だけは例外で,この期間にかけて,2つの項目への賛成率が大幅に減じています。「男は外,女は家」という伝統的性役割観への賛成率は,25.6%から13.8%へと,10ポイント以上も低下します。
しかし,数値を並べただけの表では,傾向が読み取りにくいですねえ。どの国のどの性で伸び幅が大きいのか,どちらの項目への賛成度の伸びが大きいのか。こういうことを分かりやすくするには,グラフ化が一番です。
みなさんでしたら,上記の表のデータをどういうグラフにしますか。10個(5か国×2項目)の棒グラフでもつくりますか。でも,それはちと煩雑です。私なら,2次元のマトリクスをフル活用した,以下のようなグラフを描きます。
横軸に「小さい子の世話は母親がすべし」,縦軸に「男は外,女は家」への賛成率をとった座標上に,5か国の性別・年齢層別のデータを位置づけ,線でつなぐのです。矢印のしっぽは18~19歳,先端は23~24歳の位置を表します。
これによると,各国の両性について,青年期の間における変化を視覚的にみてとることが可能です。実線は男性,点線は女性のものであることを申し添えます。
お分かりかと思いますが,図の右上にいくほどジェンダー規範が強くなることを意味します。ほう。多くの矢印が右上の方向を向いていますね。ここでの統計でみる限り,青年期にかけてジェンダー観念が強まる傾向は,ある程度普遍的なもののようです。
お隣の韓国は,両性の矢印とも,ほぼ45度の傾斜になっています。2つの項目への賛成率とも,バランスよく?伸びている,ということです。青年期におけるジェンダー観念の強まりが,きれいに具現されています。
アメリカはといえば,男性と女性の差が顕著ですね。2つの時点の変動幅は矢印の長さで測られますが,この国では女性の矢印が長いのです。タテ方向の伸びであることからして,伝統的性役割観への賛成度の高まりが大きいことになります。
フランスは,「小さい子の世話は母親がすべし」への賛成率が下がるので,矢印の向きがちょっと違っていますが,「男は外,女は家」への賛成度が高まる傾向は,他の社会と一緒です。
さて,図を全体的にみて例外的な傾向を呈しているのが,イギリスの男性です。この島国では,青年期にかけて,男性のジェンダー観念が大きく下がります。これが加齢によるものか,あるいは世代の差によるのか分かりませんが,注目されてよいでしょう。高等教育機関にて,ジェントルマン教育でもされているのかしらん。この国では,矢印の向きが男女で真逆なのも興味深し。
ジェンダー・フリーの風潮が高まっているのは,今回観察した5つの社会とも同じでしょう。こういう社会では,ジェンダー観念に囚われない人間が育っているのかと思いきや,18~24歳の青年期に焦点を当てた限りでは,それとは反対の様相がみられました。青年期におけるジェンダー的社会化とでもいえましょうか。
この5か国では,該当年齢の多くが大学に通っていると思いますが,大学でジェンダー論の授業とか受けないのかなあ。上のグラフを,私が知るジェンダー専攻の教授にお見せしたら,どういう反応が返ってくるか・・・。
23~24歳といえば,ちょうど就職する時期ですが,企業社会に未だに蔓延るジェンダー的慣行に遭遇し,現実を思い知らされる,ということでしょうか。そういえば,なかなか就職が決まらない学生(女子)で,「もう専業主婦になりたいです」とかこぼしていた子がいたなあ。こう考えると,上図において,男性よりも女性で矢印が長いのも説明つくかも。
今回使った『第8回・世界青年意識調査』では,この他にも,多様な事項への賛否を尋ねています。18~24歳の青年期社会化の様相を,より多面的に明らかにするのも面白い課題でしょう。必要なデータは,上記URLにて収集できます。興味ある方は挑戦されたし。
2013年2月19日火曜日
20代の展望不良
前回は,内閣府の「少子化に関する国際意識調査」(2011年3月)の結果を用いて,未婚率・恋人なし率の学歴差が,国によってどう違うかを明らかにしました。
http://www8.cao.go.jp/shoushi/cyousa/cyousa22/kokusai/mokuji-pdf.html
本調査には,興味深い設問が多く盛られていますが,最後の問46において,「あなたの生活は,これから先,どうなっていくと思うか」と尋ねています。いわゆる将来展望です。人間は,他の動物と違って,今だけを考えて生きているのではありません。いつだって,後々のことを展望しています。
たとえ,今の状況が思わしくなくとも,「これから先はよくなっていく」という展望が開けているなら,そのことはさほど苦にならないものです。若者にあっては,こういう心理状態の者が多いことでしょう。
20代の若者は,上記の問いに対し,どういう回答を寄せているのでしょう。日本を含む5つの社会の回答分布を比べてみました。( )内の数字はサンプル数です。
日本だけが特異な回答分布になっていますね。他の社会では,20代の8割ほどが「これら先,生活はよくなっていく」と答えていますが,日本では,そういう良好な展望を持っている者は半分もいません。最も多いのは,今後も変化はあるまい,という回答です。
非正規化,ワープア化という言葉に象徴されるように,今の日本の若者の状況は芳しいものではありません。しかるに当の若者の半分は,こういう状態がこれからずっと続くだろう,という見通しを持っています。もっと悪くなるだろうという,悲観的な展望を持っている者も6%ほどいます。
「少子化に関する国際意識調査」というタイトルからうかがわれるように,本調査は,少子化と関連するとみられる人々の意識を明らかにすることを目的としたものですが,若者の将来展望がこれでは少子化も進むだろうな,という感じを持ちます。
日本は,若者の閉塞感が強い社会であるようですが,このことは,彼らの逸脱行動とも関連していると思われます。実は,内閣府の『国民生活に関する世論調査』でも同じ設問が設けられており,回答の変化を時系列でたどることができます。
http://www8.cao.go.jp/survey/index-ko.html
私は,20代の回答変化のトレンドが,同年齢層の自殺率とどういう相関関係にあるかを調べました。自殺率とは,当該年齢層の自殺者数を,同年齢層の人口で除した値です。分子の自殺者数は厚労省『人口動態統計』,分母の人口は総務省『人口推計年報』から得て計算しました。
下図は,横軸に「これから先,生活が悪くなっていく」と答えた者の比率,縦軸に自殺率をとった座標上に,1980年から2011年までの30の年次のデータを位置づけたものです。内閣府の上記世論調査が実施されていない,1998年と2000年は除きます。今世紀以降の年のドットは赤色にしています。
いかがでしょう。この30年間の統計でみると,若者にあっては,展望不良の者が多い年ほど自殺率が高い傾向が明瞭です。両指標の相関係数は+0.777であり,1%水準で有意です。
前途ある若者にあっては,将来展望如何は「生」にも影響することが知られます。ちなみに20代のデータでは,上図の展望不良率は,失業率や離婚率のような生活不安指標よりも,自殺率と強く相関しています。こうした傾向は,若者に固有のものであることも付記しておきましょう。詳細は,下記拙稿をご覧いただけますと幸いです。
http://ci.nii.ac.jp/naid/40016941572
若いのですから,給料が安いとか,贅沢ができないとかいうのは仕方ありません。でも,そういう状態がずっと続くと思わされることは,彼らにとって多大な苦痛の源泉となるでしょう。
高度経済成長期のような頃とは違って,現在は「先行き不透明」な時代です。こういう状況を,意識の上において深刻に受け止める度合いが高いのは,若年層であるとみられます。自らを殺めるほどまでにです。
「展望不良」。「非正規化」や「ワープア化」というような語に比べると注目度は低いですが,現代の若者の危機を解釈する上において,最も重要なキーワードであると私は考えています。
http://www8.cao.go.jp/shoushi/cyousa/cyousa22/kokusai/mokuji-pdf.html
本調査には,興味深い設問が多く盛られていますが,最後の問46において,「あなたの生活は,これから先,どうなっていくと思うか」と尋ねています。いわゆる将来展望です。人間は,他の動物と違って,今だけを考えて生きているのではありません。いつだって,後々のことを展望しています。
たとえ,今の状況が思わしくなくとも,「これから先はよくなっていく」という展望が開けているなら,そのことはさほど苦にならないものです。若者にあっては,こういう心理状態の者が多いことでしょう。
20代の若者は,上記の問いに対し,どういう回答を寄せているのでしょう。日本を含む5つの社会の回答分布を比べてみました。( )内の数字はサンプル数です。
日本だけが特異な回答分布になっていますね。他の社会では,20代の8割ほどが「これら先,生活はよくなっていく」と答えていますが,日本では,そういう良好な展望を持っている者は半分もいません。最も多いのは,今後も変化はあるまい,という回答です。
非正規化,ワープア化という言葉に象徴されるように,今の日本の若者の状況は芳しいものではありません。しかるに当の若者の半分は,こういう状態がこれからずっと続くだろう,という見通しを持っています。もっと悪くなるだろうという,悲観的な展望を持っている者も6%ほどいます。
「少子化に関する国際意識調査」というタイトルからうかがわれるように,本調査は,少子化と関連するとみられる人々の意識を明らかにすることを目的としたものですが,若者の将来展望がこれでは少子化も進むだろうな,という感じを持ちます。
日本は,若者の閉塞感が強い社会であるようですが,このことは,彼らの逸脱行動とも関連していると思われます。実は,内閣府の『国民生活に関する世論調査』でも同じ設問が設けられており,回答の変化を時系列でたどることができます。
http://www8.cao.go.jp/survey/index-ko.html
私は,20代の回答変化のトレンドが,同年齢層の自殺率とどういう相関関係にあるかを調べました。自殺率とは,当該年齢層の自殺者数を,同年齢層の人口で除した値です。分子の自殺者数は厚労省『人口動態統計』,分母の人口は総務省『人口推計年報』から得て計算しました。
下図は,横軸に「これから先,生活が悪くなっていく」と答えた者の比率,縦軸に自殺率をとった座標上に,1980年から2011年までの30の年次のデータを位置づけたものです。内閣府の上記世論調査が実施されていない,1998年と2000年は除きます。今世紀以降の年のドットは赤色にしています。
いかがでしょう。この30年間の統計でみると,若者にあっては,展望不良の者が多い年ほど自殺率が高い傾向が明瞭です。両指標の相関係数は+0.777であり,1%水準で有意です。
前途ある若者にあっては,将来展望如何は「生」にも影響することが知られます。ちなみに20代のデータでは,上図の展望不良率は,失業率や離婚率のような生活不安指標よりも,自殺率と強く相関しています。こうした傾向は,若者に固有のものであることも付記しておきましょう。詳細は,下記拙稿をご覧いただけますと幸いです。
http://ci.nii.ac.jp/naid/40016941572
若いのですから,給料が安いとか,贅沢ができないとかいうのは仕方ありません。でも,そういう状態がずっと続くと思わされることは,彼らにとって多大な苦痛の源泉となるでしょう。
高度経済成長期のような頃とは違って,現在は「先行き不透明」な時代です。こういう状況を,意識の上において深刻に受け止める度合いが高いのは,若年層であるとみられます。自らを殺めるほどまでにです。
「展望不良」。「非正規化」や「ワープア化」というような語に比べると注目度は低いですが,現代の若者の危機を解釈する上において,最も重要なキーワードであると私は考えています。
2013年2月18日月曜日
未婚率・恋人なし率の学歴差(5か国)
後期の授業も終わって,休みに入っています。私はといえば,出かけるのは週に2回,駅前のデパートに買い物に行く日だけ。それ以外の日は自宅にこもっています。半ヒッキー状態です。むろん,晴れた日は小1時間ほどの散歩をしますが。
今日は,週に2回の「下山日」でした(丘の上から駅まで下りるのでこう呼んでいます)。駅前のなか卯で牛丼を食って,図書館で本を借りて,書店に寄って,食糧の買い出し。お決まりのコースです。
書店に寄るのは新刊のチェックのためですが,毎週2回,決まった曜日の決まった時間帯に,無精ひげをたくわえた薄汚いオッサンがやってくるので,店員さんにすれば「また来た」という感じでしょう。
さて新書の新刊コーナーをのぞいたところ,橘木俊詔教授の『夫婦格差社会』(中公新書,2013年)が目につきました。パラパラとめくると,階層や地域によって婚姻率や恋人あり率が異なるというデータがわんさと載っています。
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2013/01/102200.html
わが国は,個々人の地位や富の配分に際して学歴がモノをいう度合いが高い学歴社会ですが,恋人ができるか,結婚が叶うか,ということにも学歴は影響するものと思います。具体的な典拠はすぐには思いつきませんが,こういう議論は,他のところでもなされているような気がします。
本書では,内閣府の調査データが頻繁に引用されていますが,内閣府HPの「少子化対策に関する調査等」の箇所をみたところ,いろいろと興味深い調査の結果がアップされているではありませんか。
その中の一つに,「少子化社会に関する国際意識調査」(2011年3月結果公表)があります。これによると,若者の婚姻や異性交際の状況が学歴でどう違うかを,国別に知ることができます。学歴による結婚格差現象なるものは,どの社会でもみられるのか。こういうことを知りたくなりました。
http://www8.cao.go.jp/shoushi/cyousa/cyousa22/kokusai/mokuji-pdf.html
本調査の対象は,5か国(日,韓,米,仏,瑞)の20~49歳の男女です。調査実施時期は,2010年の10~12月。最初の問1において「結婚しているか」と尋ね,その次の問2では「現在,親しい間柄の恋人または結婚を約束した婚約者がいるか」と問うています。
私は,「結婚も同棲もしていない」(問1)と答えた者,「恋人との交際経験はない」(問2)と答えた者の比率の学歴差を,国ごとに整理しました。
下図は,横軸に恋人なし率,縦軸に未婚率をとった座標上に,各国の2学歴グループのデータを位置づけたものです。矢印のしっぽは,初等教育・中等教育卒業の学歴グループの位置を表します。矢印の先端は,大学以上卒業の学歴群の位置を示唆します。学歴が上がるとどういう位置変化が起きるか,というイメージを持って図をご覧ください。
どうでしょう。恋人との交際と結婚の双方に学歴がプラスの作用をもたらすなら,矢印の向きは左下がりになるはずです。韓国,アメリカ,そしてスウェーデンは,こういう社会のようです。後2者は,縦軸上の位置変化が大きいことから,結婚に至るに際して学歴の影響が大きいことが知られます。
韓国は,位置変化の幅は大きくありませんが,恋人との交際経験ならびに結婚の両方に対して,学歴がプラスに作用しています。その意味で,交際・結婚の学歴差が最も顕著であるのは,この国かもしれません。韓国は,わが国以上の学歴社会ですしね。
さて日本はというと,矢印は左上がりです。未婚率については,高学歴群のほうが高くなっています。昨年の3月3日の記事でみたように,基幹統計の『国勢調査』の結果の上では,未婚者より既婚者の学歴水準が高かったことから,ここでの結果は偶然とも考えられます。
まあしかし,日本の位置変化の幅は,アメリカやスウェーデンの比べれば小さいものです。むろん,学歴差ではなく所得差という点でみると,上図のマトリクス上には,また違った矢印が描かれるかもしれませんが。
ところで,フランスのような社会もあるのですね。この大陸国では,高学歴者のほうが,恋人なし率,未婚率とも高くなっています。お隣のドイツなんかは,どういう向きの矢印になるかしらん。
今回の国際データでみる限り,わが国の交際・結婚格差現象の規模は中程度というところでしょうか。橘木教授の上記著作において国際比較がされているか分かりませんが,もしされているとしたら,どういう解釈が添えられていることか。金欠のため買えませんでしたが,図書館で借りれたらじっくり読んでみるつもりです。
なお,今回使った「少子化社会に関する国際意識調査」には,伝統的な性役割観や今後の生活展望などについても尋ねています。回答結果の男女差,学歴差,配偶関係差が,国によってどう違うか。こういうことも分かります。内閣府の調査も結構使えますね。
今日は,週に2回の「下山日」でした(丘の上から駅まで下りるのでこう呼んでいます)。駅前のなか卯で牛丼を食って,図書館で本を借りて,書店に寄って,食糧の買い出し。お決まりのコースです。
書店に寄るのは新刊のチェックのためですが,毎週2回,決まった曜日の決まった時間帯に,無精ひげをたくわえた薄汚いオッサンがやってくるので,店員さんにすれば「また来た」という感じでしょう。
さて新書の新刊コーナーをのぞいたところ,橘木俊詔教授の『夫婦格差社会』(中公新書,2013年)が目につきました。パラパラとめくると,階層や地域によって婚姻率や恋人あり率が異なるというデータがわんさと載っています。
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2013/01/102200.html
わが国は,個々人の地位や富の配分に際して学歴がモノをいう度合いが高い学歴社会ですが,恋人ができるか,結婚が叶うか,ということにも学歴は影響するものと思います。具体的な典拠はすぐには思いつきませんが,こういう議論は,他のところでもなされているような気がします。
本書では,内閣府の調査データが頻繁に引用されていますが,内閣府HPの「少子化対策に関する調査等」の箇所をみたところ,いろいろと興味深い調査の結果がアップされているではありませんか。
その中の一つに,「少子化社会に関する国際意識調査」(2011年3月結果公表)があります。これによると,若者の婚姻や異性交際の状況が学歴でどう違うかを,国別に知ることができます。学歴による結婚格差現象なるものは,どの社会でもみられるのか。こういうことを知りたくなりました。
http://www8.cao.go.jp/shoushi/cyousa/cyousa22/kokusai/mokuji-pdf.html
本調査の対象は,5か国(日,韓,米,仏,瑞)の20~49歳の男女です。調査実施時期は,2010年の10~12月。最初の問1において「結婚しているか」と尋ね,その次の問2では「現在,親しい間柄の恋人または結婚を約束した婚約者がいるか」と問うています。
私は,「結婚も同棲もしていない」(問1)と答えた者,「恋人との交際経験はない」(問2)と答えた者の比率の学歴差を,国ごとに整理しました。
下図は,横軸に恋人なし率,縦軸に未婚率をとった座標上に,各国の2学歴グループのデータを位置づけたものです。矢印のしっぽは,初等教育・中等教育卒業の学歴グループの位置を表します。矢印の先端は,大学以上卒業の学歴群の位置を示唆します。学歴が上がるとどういう位置変化が起きるか,というイメージを持って図をご覧ください。
どうでしょう。恋人との交際と結婚の双方に学歴がプラスの作用をもたらすなら,矢印の向きは左下がりになるはずです。韓国,アメリカ,そしてスウェーデンは,こういう社会のようです。後2者は,縦軸上の位置変化が大きいことから,結婚に至るに際して学歴の影響が大きいことが知られます。
韓国は,位置変化の幅は大きくありませんが,恋人との交際経験ならびに結婚の両方に対して,学歴がプラスに作用しています。その意味で,交際・結婚の学歴差が最も顕著であるのは,この国かもしれません。韓国は,わが国以上の学歴社会ですしね。
さて日本はというと,矢印は左上がりです。未婚率については,高学歴群のほうが高くなっています。昨年の3月3日の記事でみたように,基幹統計の『国勢調査』の結果の上では,未婚者より既婚者の学歴水準が高かったことから,ここでの結果は偶然とも考えられます。
まあしかし,日本の位置変化の幅は,アメリカやスウェーデンの比べれば小さいものです。むろん,学歴差ではなく所得差という点でみると,上図のマトリクス上には,また違った矢印が描かれるかもしれませんが。
ところで,フランスのような社会もあるのですね。この大陸国では,高学歴者のほうが,恋人なし率,未婚率とも高くなっています。お隣のドイツなんかは,どういう向きの矢印になるかしらん。
今回の国際データでみる限り,わが国の交際・結婚格差現象の規模は中程度というところでしょうか。橘木教授の上記著作において国際比較がされているか分かりませんが,もしされているとしたら,どういう解釈が添えられていることか。金欠のため買えませんでしたが,図書館で借りれたらじっくり読んでみるつもりです。
なお,今回使った「少子化社会に関する国際意識調査」には,伝統的な性役割観や今後の生活展望などについても尋ねています。回答結果の男女差,学歴差,配偶関係差が,国によってどう違うか。こういうことも分かります。内閣府の調査も結構使えますね。
2013年2月16日土曜日
国民のどれほどが働かなくてはいけないか
前回は,30~40代男性の非労働力人口率の国際比較を行いました。私くらいの働き盛りの男性でも,就労意欲のない者が結構いる社会が存在することを知りました。
この記事をみた方が,社会の皆が働かなくなるのは問題ではないか,というコメントをツイッター上でされていましたが,私とて,そのような事態を容認するのではありません。それは社会解体に他なりません。
ですが,ニートのような輩が社会の中に一定割合で存在することは生理現象であり,決して病理現象ではない,という立場をとっています。世の中には,いろんな人がいるものです。
ここにて,社会を回していくには,成員のうちどれほどが働かなくてはいけないか,という原理的な問題を立ててみましょう。むろん,答えを出せるような問題ではありませんが,現存するいくつかの社会を観察してみることで,判断の目安のようなものを得ることができるかもしれません。
総務省統計局『世界の統計2012』の統計によると,2008年の日本社会では,総人口1億2,810万人のうち,就業しているのは6,385万人だそうです。比率にすると49.8%,ちょうど半分です。日本という社会は,国民の2人に1人が働くことで動いていることになります。
http://www.stat.go.jp/data/sekai/index.htm
これは,東洋の島国・日本の数値ですが,他国についても同じ値を出してみましょう。私は上記資料をもとに,わが国を含む30か国の就業人口率を計算しました。働いている者(就業者)が国民全体のどれほどを占めるか,という指標です。分母の総人口は表2-4,分子の就業者数は表12-2から得たことを申し添えます。一部の国を除いて,双方とも2008年の数値です。
算出された就業人口率が高い順に並べています。就業率が最も高いのは,中国です。この大国では,国民の約6割が働いています。
それに次ぐのが,タイやベトナムといった東南アジア諸国。バックパッカーの楽園として知られるタイでは,労働を厭う者が多いのではないかというイメージを持ってましたが,そういうことでもなさそうです。ちなみに,日本の位置は6位なり。
しかるに,表の下のほうをみると,国民の3人に1人,4人に1人しか働いていない社会も存在します。人質事件のあったアルジェリアでは,国民3,440万人のうち915万人しか働いていません。中東やアフリカの社会は,少ない人間の就業で回っていることが知られます。
これらの社会では,子どもや高齢者が多いという人口要因も考えられますが,生産年齢人口(15~64歳)の割合は,トルコが67.7%,パキスタンが60.3%,エジプトが63.4%,南アフリカが65.2%,アルジェリアが68.4%であり,わが国(64.0%)と同じかそれよりも高いくらいです(2010年,国連中位推計)。
http://esa.un.org/unpd/wpp/unpp/panel_indicators.htm
どうしようもない怠け者ばかりで,政府が仕事を用意しているにもかかわらず,それを拒んでいるのでしょうか。ですが,たとえば南アフリカの完全失業率がべらぼうに高いことはよく知られています。そういうことでもありますまい。
社会というのはまあ,成員の3~4人に1人,ないしは5人に2人が働けば何とか動く,ということでしょう。高度な技術と生産力を持つわが国に至っては,少ない労働力で社会が回っていける条件が備わっています。前回の記事に対する,はてなブックマーク上のコメントに,次のようなものがありました。引用します。
「社会の機械化とかITC化とか進むと,少人数で世の中廻せるようになるので,全員に仕事は廻せなくなり,こういう『世間から降りた人』を積極的に肯定できないと色々まずいことになる気がする」。
現代日本の状況を言い当てた,的を射た意見であると思います。私も賛成です。働かない人間の存在を認めるか,それとも,それでは示しがつかないので,人を欺くような仕事であってもよいから,形の上において何が何でも就労させるか・・・。前者のほうがまだ,社会的な害は少ないのではないでしょうか。
ベーシックインカム(全ての人に年収300万円を)という概念がありますが,これいいなあ。300万といわずとも,200万でいいからほしい。こういう制度を用意すると誰も働かなくなる,という懸念がすぐに出るのですが,どうなるかは分からないんじゃないかなあ。
22歳の大卒者に,年収200万の「働かない」コースと,通常の「働く」コースの2つのオプションを提示した場合,やはり前者に偏るでしょうか。
でも,こんな最低限の生活に甘んじるなんてご免だという人,何かしてないと退屈という人だっているでしょう。そういう人は,後者の通常コースをチョイスするでしょう。数的には,こちらのほうが多いのではないかなあ。
この条件下では,ブラック企業が蔓延るようなことはありますまい。そんな所で働くくらいなら,年収200万の「働かない」コースにみんな逃げるからです。労働市場の健全化にもなると思うのですが,いかがなものでしょう。
みっともない素人談義はくれくらいにして,「国民のどれほどが働かなくてはいけないか」という原問題に対しては,幅広い答えが用意されている,ということを押さえておきたいと思います。
この記事をみた方が,社会の皆が働かなくなるのは問題ではないか,というコメントをツイッター上でされていましたが,私とて,そのような事態を容認するのではありません。それは社会解体に他なりません。
ですが,ニートのような輩が社会の中に一定割合で存在することは生理現象であり,決して病理現象ではない,という立場をとっています。世の中には,いろんな人がいるものです。
ここにて,社会を回していくには,成員のうちどれほどが働かなくてはいけないか,という原理的な問題を立ててみましょう。むろん,答えを出せるような問題ではありませんが,現存するいくつかの社会を観察してみることで,判断の目安のようなものを得ることができるかもしれません。
総務省統計局『世界の統計2012』の統計によると,2008年の日本社会では,総人口1億2,810万人のうち,就業しているのは6,385万人だそうです。比率にすると49.8%,ちょうど半分です。日本という社会は,国民の2人に1人が働くことで動いていることになります。
http://www.stat.go.jp/data/sekai/index.htm
これは,東洋の島国・日本の数値ですが,他国についても同じ値を出してみましょう。私は上記資料をもとに,わが国を含む30か国の就業人口率を計算しました。働いている者(就業者)が国民全体のどれほどを占めるか,という指標です。分母の総人口は表2-4,分子の就業者数は表12-2から得たことを申し添えます。一部の国を除いて,双方とも2008年の数値です。
算出された就業人口率が高い順に並べています。就業率が最も高いのは,中国です。この大国では,国民の約6割が働いています。
それに次ぐのが,タイやベトナムといった東南アジア諸国。バックパッカーの楽園として知られるタイでは,労働を厭う者が多いのではないかというイメージを持ってましたが,そういうことでもなさそうです。ちなみに,日本の位置は6位なり。
しかるに,表の下のほうをみると,国民の3人に1人,4人に1人しか働いていない社会も存在します。人質事件のあったアルジェリアでは,国民3,440万人のうち915万人しか働いていません。中東やアフリカの社会は,少ない人間の就業で回っていることが知られます。
これらの社会では,子どもや高齢者が多いという人口要因も考えられますが,生産年齢人口(15~64歳)の割合は,トルコが67.7%,パキスタンが60.3%,エジプトが63.4%,南アフリカが65.2%,アルジェリアが68.4%であり,わが国(64.0%)と同じかそれよりも高いくらいです(2010年,国連中位推計)。
http://esa.un.org/unpd/wpp/unpp/panel_indicators.htm
どうしようもない怠け者ばかりで,政府が仕事を用意しているにもかかわらず,それを拒んでいるのでしょうか。ですが,たとえば南アフリカの完全失業率がべらぼうに高いことはよく知られています。そういうことでもありますまい。
社会というのはまあ,成員の3~4人に1人,ないしは5人に2人が働けば何とか動く,ということでしょう。高度な技術と生産力を持つわが国に至っては,少ない労働力で社会が回っていける条件が備わっています。前回の記事に対する,はてなブックマーク上のコメントに,次のようなものがありました。引用します。
「社会の機械化とかITC化とか進むと,少人数で世の中廻せるようになるので,全員に仕事は廻せなくなり,こういう『世間から降りた人』を積極的に肯定できないと色々まずいことになる気がする」。
現代日本の状況を言い当てた,的を射た意見であると思います。私も賛成です。働かない人間の存在を認めるか,それとも,それでは示しがつかないので,人を欺くような仕事であってもよいから,形の上において何が何でも就労させるか・・・。前者のほうがまだ,社会的な害は少ないのではないでしょうか。
ベーシックインカム(全ての人に年収300万円を)という概念がありますが,これいいなあ。300万といわずとも,200万でいいからほしい。こういう制度を用意すると誰も働かなくなる,という懸念がすぐに出るのですが,どうなるかは分からないんじゃないかなあ。
22歳の大卒者に,年収200万の「働かない」コースと,通常の「働く」コースの2つのオプションを提示した場合,やはり前者に偏るでしょうか。
でも,こんな最低限の生活に甘んじるなんてご免だという人,何かしてないと退屈という人だっているでしょう。そういう人は,後者の通常コースをチョイスするでしょう。数的には,こちらのほうが多いのではないかなあ。
この条件下では,ブラック企業が蔓延るようなことはありますまい。そんな所で働くくらいなら,年収200万の「働かない」コースにみんな逃げるからです。労働市場の健全化にもなると思うのですが,いかがなものでしょう。
みっともない素人談義はくれくらいにして,「国民のどれほどが働かなくてはいけないか」という原問題に対しては,幅広い答えが用意されている,ということを押さえておきたいと思います。
2013年2月14日木曜日
働かなくてもいい社会
phaさんの『ニートの歩き方』技術評論社(2012年)が話題になっていますが,読まれたという方も多いと思います。著者は1978年生まれということですから,私とほぼ同世代ということになります。
http://gihyo.jp/book/2012/978-4-7741-5224-0
この人は,「働かないで暮していきたい」という意向を持っておられるようですが,私も然り。とはいえ,30代半ばの働き盛りの男がこのようなことを口にしようものなら,「何たることか!」と大きな非難を被ることでしょう。私とて,親兄弟や親戚の前で,こうした腹の底の思いを打ち明ける度胸はありません。
「働かざる者食うべからず」。よく知られた言葉ですが,これがどれほど普遍的なものと受け取られているかは,社会によって異なるものと思います。phaさんや私のような30代半ばの男であっても,働かないでブラブラしている人間が結構いる社会が存在するかもしれません。
私は,こういう関心をもって,30~40代男性の非労働力人口率の国際比較を行うこととしました。人口は労働力人口と非労働力人口に大別されますが,後者は,働く意欲がない人間のことです。主な成分は,学生や専業主婦(夫)ですが,上の年齢層の男性にあっては,ほとんどがニート(Neet)であると思われます。
就労しておらず,教育も職業訓練も受けておらず,かといってハロワ等に足繁く通って職探しをしているのでもない(している場合は失業者)。働き盛りの男性の中で,こういう輩がどれほどいるか。国ごとに比べてみようと思うのです。
資料は,ILOホームページのLABORSTAです。このデータベースから,世界各国の性別・年齢層別の人口と労働力人口を知ることができます。私は,わが国を含む48か国について,最新の2008年の統計を収集しました。
http://laborsta.ilo.org/
手始めに,主要先進国とお隣の韓国を例にして,30代と40代男性の非労働力人口率を計算してみましょう。分子の非労働力人口は,人口から労働力人口を差し引いて出したことを申し添えます。
日本の場合,30代は3.4%,40代は3.1%です。働き盛りの男性のうち,ニート状態に近い者の割合はおよそ3%というところです。この値は,他のいずれの国よりも低くなっています。アメリカでは,40代の率が9.3%にもなっています。11人に1人です。
では,比較の対象を世界の48か国に広げてみましょう。横軸に30代,縦軸に40代の非労働力人口率をとった座標上に,それぞれの社会を位置づけてみました。点線は,48か国の平均値を意味します。
右上にあるボツワナはすさまじいですね。このアフリカ南部の国では,30代男性の非労働力人口率は17.4%,40代男性では18.4%にもなります。働き盛りの男性の,およおそ5人に1人が,就労意欲のない者ということになります。隣接する南アフリカも,似たような社会です。
まあ,これらの国ではあまりに仕事がなさすぎて,職探しをしても無駄だと諦めている人間が多いとも考えられます。同じゾーンには,ハンガリー,ポーランド,ルーマニアなど,北欧・東欧の国も位置していますね。
さて日本はというと,対極の左下にプロットされています。より原点の近くには,南米のエクアドルのような国もありますが,全体的にみて,働き盛りの男性の非労働力人口率が低い社会と性格づけることができるでしょう。ここでの関心に即して,飛躍的な解釈をすると,「働かざる者食うべからず」という考えの浸透度が高い社会です。
事実,日本は,ニートのような人種に対する目線が厳しい社会です。何が何でも働かせようと政府は躍起になり,「ニートが社会を滅ぼす」というような極言を吐く人だっています。
しかるに,それは違うのではないか,という思いもします。phaさんの本にいいことが書かれてますので,引用させていただきましょう。
●がんばらない人を「叱ったり脅したりしないと崩壊してしまうようなシステムはロクなものじゃないし,そんなんだったら別に滅んでもいいと思う」。(143頁)
●「日本の生活は確かに快適で便利だけど,その便利さは労働に対する同調圧力や責任感で支えられていて,そのせいで多くの人が心を病んだり自殺したりしているのなら別にそこまでの便利さは要らないと思う。もっと仕事が適当な人間が多い社会のほうが社会全体の幸福度は上がるんじゃないだろうか」。(235頁)
●「ニートが全くいない世界は,人間に労働を強制する圧力がキツくて社会から逃げ場がなくて,自殺者が今よりもっと多いディストピアだと思う」。(246頁)
私も,これに近い考えを持っています。とりわけ2番目の言に共感を覚えます。多くの人が過重労働に打ちひしがれる社会よりも,電車やバスが時間通りに来なかったり,コンビニや牛丼屋が24時間やってなかったりする社会のほうがマシではありませんか。
なお,3番目の言に関していうと,進学率や自殺率と同様,社会のニート率というのは突発的に激動するものではなく,だいたい一定の傾向をとるのだそうです。働きたい,働きたくないというように,人間の気分にムラがあるのと同様,社会の空気や雰囲気にもそうしたバラつきがあって,その構成に応じて,一定割合の労働者とニートが生産されるとのこと(251頁)。ほほう。何とも社会学的な議論ですね。
こうみると,社会に一定数のニートがいるのは生理現象であるといえます。逆にいえば,100人中100人が会社勤めをするような社会のほうが病理状態にあるといえるでしょう。そのような社会は,生物有機体になぞらえると,感情や気分のムラ(起伏)も何もない,機械のような存在であることになります。
phaさんの本が大きな関心を呼んでいるのは,腹の底ではこういうことを考えている人が多いためではないでしょうか。この人が本書の別の箇所でいっていますが,働かない人を無理に働かせようとするよりも,多くの人をいかに働かせないで済ますかを考えるほうが得策という見方もできます。現代日本は,それくらいの文明や生産力を備えた社会です。むろん,今の生活の利便性が幾分か落ちることは覚悟しなければなりませんが。
働き盛りの男性の非労働力率は,時系列的にみるとじわりじわりと上がってきています。未来形の社会というのは,このような発想の転換が図られた社会であるのかもしれません。私としては,そうであることを望みます。
http://gihyo.jp/book/2012/978-4-7741-5224-0
この人は,「働かないで暮していきたい」という意向を持っておられるようですが,私も然り。とはいえ,30代半ばの働き盛りの男がこのようなことを口にしようものなら,「何たることか!」と大きな非難を被ることでしょう。私とて,親兄弟や親戚の前で,こうした腹の底の思いを打ち明ける度胸はありません。
「働かざる者食うべからず」。よく知られた言葉ですが,これがどれほど普遍的なものと受け取られているかは,社会によって異なるものと思います。phaさんや私のような30代半ばの男であっても,働かないでブラブラしている人間が結構いる社会が存在するかもしれません。
私は,こういう関心をもって,30~40代男性の非労働力人口率の国際比較を行うこととしました。人口は労働力人口と非労働力人口に大別されますが,後者は,働く意欲がない人間のことです。主な成分は,学生や専業主婦(夫)ですが,上の年齢層の男性にあっては,ほとんどがニート(Neet)であると思われます。
就労しておらず,教育も職業訓練も受けておらず,かといってハロワ等に足繁く通って職探しをしているのでもない(している場合は失業者)。働き盛りの男性の中で,こういう輩がどれほどいるか。国ごとに比べてみようと思うのです。
資料は,ILOホームページのLABORSTAです。このデータベースから,世界各国の性別・年齢層別の人口と労働力人口を知ることができます。私は,わが国を含む48か国について,最新の2008年の統計を収集しました。
http://laborsta.ilo.org/
手始めに,主要先進国とお隣の韓国を例にして,30代と40代男性の非労働力人口率を計算してみましょう。分子の非労働力人口は,人口から労働力人口を差し引いて出したことを申し添えます。
日本の場合,30代は3.4%,40代は3.1%です。働き盛りの男性のうち,ニート状態に近い者の割合はおよそ3%というところです。この値は,他のいずれの国よりも低くなっています。アメリカでは,40代の率が9.3%にもなっています。11人に1人です。
では,比較の対象を世界の48か国に広げてみましょう。横軸に30代,縦軸に40代の非労働力人口率をとった座標上に,それぞれの社会を位置づけてみました。点線は,48か国の平均値を意味します。
右上にあるボツワナはすさまじいですね。このアフリカ南部の国では,30代男性の非労働力人口率は17.4%,40代男性では18.4%にもなります。働き盛りの男性の,およおそ5人に1人が,就労意欲のない者ということになります。隣接する南アフリカも,似たような社会です。
まあ,これらの国ではあまりに仕事がなさすぎて,職探しをしても無駄だと諦めている人間が多いとも考えられます。同じゾーンには,ハンガリー,ポーランド,ルーマニアなど,北欧・東欧の国も位置していますね。
さて日本はというと,対極の左下にプロットされています。より原点の近くには,南米のエクアドルのような国もありますが,全体的にみて,働き盛りの男性の非労働力人口率が低い社会と性格づけることができるでしょう。ここでの関心に即して,飛躍的な解釈をすると,「働かざる者食うべからず」という考えの浸透度が高い社会です。
事実,日本は,ニートのような人種に対する目線が厳しい社会です。何が何でも働かせようと政府は躍起になり,「ニートが社会を滅ぼす」というような極言を吐く人だっています。
しかるに,それは違うのではないか,という思いもします。phaさんの本にいいことが書かれてますので,引用させていただきましょう。
●がんばらない人を「叱ったり脅したりしないと崩壊してしまうようなシステムはロクなものじゃないし,そんなんだったら別に滅んでもいいと思う」。(143頁)
●「日本の生活は確かに快適で便利だけど,その便利さは労働に対する同調圧力や責任感で支えられていて,そのせいで多くの人が心を病んだり自殺したりしているのなら別にそこまでの便利さは要らないと思う。もっと仕事が適当な人間が多い社会のほうが社会全体の幸福度は上がるんじゃないだろうか」。(235頁)
●「ニートが全くいない世界は,人間に労働を強制する圧力がキツくて社会から逃げ場がなくて,自殺者が今よりもっと多いディストピアだと思う」。(246頁)
私も,これに近い考えを持っています。とりわけ2番目の言に共感を覚えます。多くの人が過重労働に打ちひしがれる社会よりも,電車やバスが時間通りに来なかったり,コンビニや牛丼屋が24時間やってなかったりする社会のほうがマシではありませんか。
なお,3番目の言に関していうと,進学率や自殺率と同様,社会のニート率というのは突発的に激動するものではなく,だいたい一定の傾向をとるのだそうです。働きたい,働きたくないというように,人間の気分にムラがあるのと同様,社会の空気や雰囲気にもそうしたバラつきがあって,その構成に応じて,一定割合の労働者とニートが生産されるとのこと(251頁)。ほほう。何とも社会学的な議論ですね。
こうみると,社会に一定数のニートがいるのは生理現象であるといえます。逆にいえば,100人中100人が会社勤めをするような社会のほうが病理状態にあるといえるでしょう。そのような社会は,生物有機体になぞらえると,感情や気分のムラ(起伏)も何もない,機械のような存在であることになります。
phaさんの本が大きな関心を呼んでいるのは,腹の底ではこういうことを考えている人が多いためではないでしょうか。この人が本書の別の箇所でいっていますが,働かない人を無理に働かせようとするよりも,多くの人をいかに働かせないで済ますかを考えるほうが得策という見方もできます。現代日本は,それくらいの文明や生産力を備えた社会です。むろん,今の生活の利便性が幾分か落ちることは覚悟しなければなりませんが。
働き盛りの男性の非労働力率は,時系列的にみるとじわりじわりと上がってきています。未来形の社会というのは,このような発想の転換が図られた社会であるのかもしれません。私としては,そうであることを望みます。
2013年2月12日火曜日
首都圏のジニ係数地図
前回は,世帯単位でみた,首都圏の平均年収地図をつくりました。今回は,同じ資料を使って,首都圏のジニ係数マップを作成してみようと思います。
ジニ係数とは,富の格差の度合いを計測するのによく使われる指標です。イタリアの統計学者ジニが考案したことにちなんで,このように呼ばれます。この指標を,首都圏(1都3県)の区市町村別に出すとどうでしょう。住民の富の格差が相対的に大きい地域はどこでしょうか。
用いる基礎資料は,総務省『住宅・土地統計調査』から分かる,2008年の各地域の世帯年収分布です。このデータからジニ係数を出すやり方を,東京の新宿区を例に説明します。この大都市では,住民の富の開きはどれほどなのでしょう。
http://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2008/index.htm
当該区では,2008年の年収(世帯員全員分)が分かる世帯は,14万8,920世帯です。上表には,大よそ100万円区切りの分布が掲げられていますが,年収が200万に満たない貧困層もあれば,1,500万を超える富裕層もあり。年収の世帯分布は幅広いものになっています。
われわれが出そうとしているジニ係数は,12の年収階層の世帯数分布と,各階層が手にした富量の分布がどれほどズレているかに注目するものです。
階級値の考え方に依拠すると,後者の富量の総量は,以下のようにして算出されます。各階層に属する世帯の年収を,一律に中間の階級値とみなすわけです。
(50万×9,650世帯)+(150万×17,810世帯)+・・・(2,000万×8,080世帯)=8,274億1千万円
2008年中に,新宿区の全世帯にもたらされた富は,8,274億1千万円となります。さて問題は,この膨大な富が,各階層にどう配分されているかです。
上表の実数を,全体を1.0とした相対度数に換算し,低い階層から累積した累積相対度数をみてみましょう。これによると,各階層の世帯数と,それぞれが受け取った富量の分布のズレが明瞭です。
黄色のマークに注意すると,年収400万未満の世帯は,数の上では半分を占めていますが,この層が手にした富は,全体の2割に過ぎません。逆にいえば,数の上では5%を占めるに過ぎない年収1,000万以上の富裕層が,全富量の2割をせしめています。
社会の成員(ここでは世帯)間の富の偏りがどれほどかを可視化してくれるのがジニ係数です。それを計算してみましょう。ジニ係数を出すには,ローレンツ曲線を描きます。横軸に世帯の累積相対度数,縦軸に富量のそれをとった座標上に,12の年収階層をプロットして線でつないだものです。
お分かりかと思いますが,富の偏りが大きいほど,ローレンツ曲線の底は深くなります。つまり,図中の色つき部分の面積は大きくなります。われわれが求めようとしているジニ係数は,この面積を2倍した値です。この意味については,2011年7月11日の記事をご覧ください。
さて,色つき部分の面積を出し,これを2倍すると0.423となります。2008年の大都市・新宿区のジニ係数(世帯単位)は,0.423と算出されました。ジニ係数は0.0~1.0の値をとりますが,0.4を超えるということは,社会が不安定化する恐れのある危険水準に達していることを示唆します。恐ろしや。
まあ,全体的にみれば,こういう地域は多くはないでしょう。それでは,首都圏(1都3県)の218区市町村のジニ係数を同じやり方で出し,地図化してみましょう。
いかがでしょう。濃い紫色は,ジニ係数が0.39を超える地域です。住民の富の不平等度が,ヤバい水準に達している地域でしょうか。この怪しい色は,都内や千葉の郡部に多く分布しています。
ちなみに,rank関数にて,係数値の上位10位を割り出すと以下のようです。
1位 0.476 千葉・勝浦市
2位 0.423 東京・新宿区
3位 0.413 千葉・九十九里町
4位 0.411 千葉・銚子市
5位 0.409 東京・北区
6位 0.403 東京・杉並区
7位 0.401 東京・千代田区
8位 0.401 千葉・いすみ市
9位 0.400 東京・小金井氏
10位 0.399 埼玉・宮代町
千葉の勝浦市ではジニ係数が0.476にもなりますが,国際武道大学があるこの市では,単身の学生さんが多いためではないでしょうか。千代田区は,全世帯の平均年収が800万近くでトップなのですが,地域内の格差も大きいのですね。
社会の富の格差があまりに大きくなることは,当該社会の不安定化の要因にもなり得ます。2011年12月22日の記事では,都内の23区の統計を使って,ジニ係数と犯罪発生率の相関をとったのですが,+0.416という有意な正の相関関係が検出されたところです。
最近は,当局の公表統計も非常に充実してきており,区市町村単位でいろいろなデータをとれるようになっています。こういう条件を存分に活用し,追試可能な公的エビデンスを蓄積していこうではありませんか。そうすることが,国を動かすことにもなるかと思います。
「首都圏の**地図」と題する作品がたまってきました。随時,ツイッター上でも展示しております。どうぞ,ご覧ください。
ジニ係数とは,富の格差の度合いを計測するのによく使われる指標です。イタリアの統計学者ジニが考案したことにちなんで,このように呼ばれます。この指標を,首都圏(1都3県)の区市町村別に出すとどうでしょう。住民の富の格差が相対的に大きい地域はどこでしょうか。
用いる基礎資料は,総務省『住宅・土地統計調査』から分かる,2008年の各地域の世帯年収分布です。このデータからジニ係数を出すやり方を,東京の新宿区を例に説明します。この大都市では,住民の富の開きはどれほどなのでしょう。
http://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2008/index.htm
当該区では,2008年の年収(世帯員全員分)が分かる世帯は,14万8,920世帯です。上表には,大よそ100万円区切りの分布が掲げられていますが,年収が200万に満たない貧困層もあれば,1,500万を超える富裕層もあり。年収の世帯分布は幅広いものになっています。
われわれが出そうとしているジニ係数は,12の年収階層の世帯数分布と,各階層が手にした富量の分布がどれほどズレているかに注目するものです。
階級値の考え方に依拠すると,後者の富量の総量は,以下のようにして算出されます。各階層に属する世帯の年収を,一律に中間の階級値とみなすわけです。
(50万×9,650世帯)+(150万×17,810世帯)+・・・(2,000万×8,080世帯)=8,274億1千万円
2008年中に,新宿区の全世帯にもたらされた富は,8,274億1千万円となります。さて問題は,この膨大な富が,各階層にどう配分されているかです。
上表の実数を,全体を1.0とした相対度数に換算し,低い階層から累積した累積相対度数をみてみましょう。これによると,各階層の世帯数と,それぞれが受け取った富量の分布のズレが明瞭です。
黄色のマークに注意すると,年収400万未満の世帯は,数の上では半分を占めていますが,この層が手にした富は,全体の2割に過ぎません。逆にいえば,数の上では5%を占めるに過ぎない年収1,000万以上の富裕層が,全富量の2割をせしめています。
社会の成員(ここでは世帯)間の富の偏りがどれほどかを可視化してくれるのがジニ係数です。それを計算してみましょう。ジニ係数を出すには,ローレンツ曲線を描きます。横軸に世帯の累積相対度数,縦軸に富量のそれをとった座標上に,12の年収階層をプロットして線でつないだものです。
お分かりかと思いますが,富の偏りが大きいほど,ローレンツ曲線の底は深くなります。つまり,図中の色つき部分の面積は大きくなります。われわれが求めようとしているジニ係数は,この面積を2倍した値です。この意味については,2011年7月11日の記事をご覧ください。
さて,色つき部分の面積を出し,これを2倍すると0.423となります。2008年の大都市・新宿区のジニ係数(世帯単位)は,0.423と算出されました。ジニ係数は0.0~1.0の値をとりますが,0.4を超えるということは,社会が不安定化する恐れのある危険水準に達していることを示唆します。恐ろしや。
まあ,全体的にみれば,こういう地域は多くはないでしょう。それでは,首都圏(1都3県)の218区市町村のジニ係数を同じやり方で出し,地図化してみましょう。
いかがでしょう。濃い紫色は,ジニ係数が0.39を超える地域です。住民の富の不平等度が,ヤバい水準に達している地域でしょうか。この怪しい色は,都内や千葉の郡部に多く分布しています。
ちなみに,rank関数にて,係数値の上位10位を割り出すと以下のようです。
1位 0.476 千葉・勝浦市
2位 0.423 東京・新宿区
3位 0.413 千葉・九十九里町
4位 0.411 千葉・銚子市
5位 0.409 東京・北区
6位 0.403 東京・杉並区
7位 0.401 東京・千代田区
8位 0.401 千葉・いすみ市
9位 0.400 東京・小金井氏
10位 0.399 埼玉・宮代町
千葉の勝浦市ではジニ係数が0.476にもなりますが,国際武道大学があるこの市では,単身の学生さんが多いためではないでしょうか。千代田区は,全世帯の平均年収が800万近くでトップなのですが,地域内の格差も大きいのですね。
社会の富の格差があまりに大きくなることは,当該社会の不安定化の要因にもなり得ます。2011年12月22日の記事では,都内の23区の統計を使って,ジニ係数と犯罪発生率の相関をとったのですが,+0.416という有意な正の相関関係が検出されたところです。
最近は,当局の公表統計も非常に充実してきており,区市町村単位でいろいろなデータをとれるようになっています。こういう条件を存分に活用し,追試可能な公的エビデンスを蓄積していこうではありませんか。そうすることが,国を動かすことにもなるかと思います。
「首都圏の**地図」と題する作品がたまってきました。随時,ツイッター上でも展示しております。どうぞ,ご覧ください。
2013年2月10日日曜日
首都圏の年収地図
昨年の12月2日の記事では,東京都内の区市町村の年収地図を紹介したのですが,今回は,首都圏(1都3県)にまで射程を広げたものをつくってみようと思います。
県別ならいざ知らず,区市町村別の平均年収が分かる資料なんてあるのかと思われるかもしれませんが,あるのです。総務省が5年おきに実施している『住宅・土地統計調査』です。この資料から,単身世帯等も含む全世帯の年間収入分布を,区市町村別に知ることができます。
http://www.stat.go.jp/data/jyutaku/kekka.htm
この調査でいう「世帯の年間収入」とは,「世帯全員の1年間の収入の合計」とされています。ボーナスや財産収入等も軒並み含むのとこと。各世帯の年収が正確に把握されているといってよいでしょう。
私は,最新の2008年調査の結果を使って,首都圏218区市町村の平均年収を計算しました。六本木ヒルズのある港区(東京)を例に,平均年収の算出の仕方を説明します。下表は,当区の2008年の世帯平均年収分布です。年収が不明の世帯は除きます。
9万7千世帯のうち,1,000万以上1,500万未満の世帯が最も多くなっています。この区では,こうした富裕層が多くを占めることに,若干驚きます。1,500万以上の層を含めると,全世帯の4分の1が年収1,000万以上です。「さすが」とでもいいましょうか。その一方で,年収400万未満の世帯も3割ほど存在します。
この分布から,当該区の世帯の平均年収を出してみましょう。度数分布表から平均値を出すに際しては,階級値を使うやり方が一般的です。
それぞれの階級に含まれる世帯の年収を,一律の中間の値とみなします。たとえば,年収300万円台の世帯は,中間をとって,一律に年収350万円と仮定するわけです。上限のない1,500万以上の層については,一律に年収2,000万円とみなすことにしましょう。
このような仮定を置くと,9万7千世帯の平均年収は,以下の式で算出されます。全体を100とした相対度数を使った方が計算が楽です。
[(50万×2.1)+(150万×7.5)+・・・+(2,000万×10.8)]/100.0 ≒ 759.3万円
ほう。全世帯の平均年収が750万円超ですか。これは,かなり高い部類に入るでしょう。ちなみに,私が住んでいる多摩市の世帯平均年収は555.2万円です。結構な開きがありますなあ。
同じやり方で1都3県の区市町村の世帯平均年収を出し,地図化すると,下図のようになります。名づけて「首都圏の年収地図」。数値が出せない地域(欠損値)も結構ありますが,この点はご容赦ください。
濃い青色は600万円を超える地域ですが,都内の23区,ならびに川崎・横浜市内に多く分布しています。何となく分かる気がします。rank関数で上位10位を出すと,以下のごとし。
1位 東京・千代田区 783.5万円
2位 横浜市青葉区 759.9万円
3位 東京・港区 759.3万円
4位 横浜市都筑区 733.4万円
5位 東京・中央区 705.6万円
6位 さいたま市浦和区 692.3万円
7位 千葉・浦安市 676.4万円
8位 千葉・白井市 669.6万円
9位 川崎市麻生区 664.8万円
10位 東京・目黒区 664.5万円
先ほど例とした港区は3位です。千代田区と横浜市内の青葉区がこの上をいっています。千代田区は,全世帯の平均年収が800万近くか・・・。なお,218区市町村の中の最低値は349.0万円となっています。
子どもの学力水準や通塾率,さらには中学受験率などについて同じ地図を描いてみたら,上図の模様とさぞ似通っていることでしょう。肥満児率や虫歯保有率のような健康不良の指標の地図は,逆の模様になっているかもしれません。
子どもの発達や能力の社会的規定性の様が,こうしたマクロデータから明らかにできるようになればいいな,と思っています。
なお,今回使用したデータから,218区市町村のジニ係数を出すことが可能です。住民の富の差が大きいのはどこか。上図と同じように地図化すれば,首都圏の格差地図ができ上がります。こちらはすぐできる作業ですので,近いうちにやってみるつもりです。*東京都内のジニ係数地図は,2011年12月22日の記事にて作成していることを申し添えます。
県別ならいざ知らず,区市町村別の平均年収が分かる資料なんてあるのかと思われるかもしれませんが,あるのです。総務省が5年おきに実施している『住宅・土地統計調査』です。この資料から,単身世帯等も含む全世帯の年間収入分布を,区市町村別に知ることができます。
http://www.stat.go.jp/data/jyutaku/kekka.htm
この調査でいう「世帯の年間収入」とは,「世帯全員の1年間の収入の合計」とされています。ボーナスや財産収入等も軒並み含むのとこと。各世帯の年収が正確に把握されているといってよいでしょう。
私は,最新の2008年調査の結果を使って,首都圏218区市町村の平均年収を計算しました。六本木ヒルズのある港区(東京)を例に,平均年収の算出の仕方を説明します。下表は,当区の2008年の世帯平均年収分布です。年収が不明の世帯は除きます。
9万7千世帯のうち,1,000万以上1,500万未満の世帯が最も多くなっています。この区では,こうした富裕層が多くを占めることに,若干驚きます。1,500万以上の層を含めると,全世帯の4分の1が年収1,000万以上です。「さすが」とでもいいましょうか。その一方で,年収400万未満の世帯も3割ほど存在します。
この分布から,当該区の世帯の平均年収を出してみましょう。度数分布表から平均値を出すに際しては,階級値を使うやり方が一般的です。
それぞれの階級に含まれる世帯の年収を,一律の中間の値とみなします。たとえば,年収300万円台の世帯は,中間をとって,一律に年収350万円と仮定するわけです。上限のない1,500万以上の層については,一律に年収2,000万円とみなすことにしましょう。
このような仮定を置くと,9万7千世帯の平均年収は,以下の式で算出されます。全体を100とした相対度数を使った方が計算が楽です。
[(50万×2.1)+(150万×7.5)+・・・+(2,000万×10.8)]/100.0 ≒ 759.3万円
ほう。全世帯の平均年収が750万円超ですか。これは,かなり高い部類に入るでしょう。ちなみに,私が住んでいる多摩市の世帯平均年収は555.2万円です。結構な開きがありますなあ。
同じやり方で1都3県の区市町村の世帯平均年収を出し,地図化すると,下図のようになります。名づけて「首都圏の年収地図」。数値が出せない地域(欠損値)も結構ありますが,この点はご容赦ください。
濃い青色は600万円を超える地域ですが,都内の23区,ならびに川崎・横浜市内に多く分布しています。何となく分かる気がします。rank関数で上位10位を出すと,以下のごとし。
1位 東京・千代田区 783.5万円
2位 横浜市青葉区 759.9万円
3位 東京・港区 759.3万円
4位 横浜市都筑区 733.4万円
5位 東京・中央区 705.6万円
6位 さいたま市浦和区 692.3万円
7位 千葉・浦安市 676.4万円
8位 千葉・白井市 669.6万円
9位 川崎市麻生区 664.8万円
10位 東京・目黒区 664.5万円
先ほど例とした港区は3位です。千代田区と横浜市内の青葉区がこの上をいっています。千代田区は,全世帯の平均年収が800万近くか・・・。なお,218区市町村の中の最低値は349.0万円となっています。
子どもの学力水準や通塾率,さらには中学受験率などについて同じ地図を描いてみたら,上図の模様とさぞ似通っていることでしょう。肥満児率や虫歯保有率のような健康不良の指標の地図は,逆の模様になっているかもしれません。
子どもの発達や能力の社会的規定性の様が,こうしたマクロデータから明らかにできるようになればいいな,と思っています。
なお,今回使用したデータから,218区市町村のジニ係数を出すことが可能です。住民の富の差が大きいのはどこか。上図と同じように地図化すれば,首都圏の格差地図ができ上がります。こちらはすぐできる作業ですので,近いうちにやってみるつもりです。*東京都内のジニ係数地図は,2011年12月22日の記事にて作成していることを申し添えます。
2013年2月8日金曜日
大学入学後の再受験者数の推計
昨日の朝日新聞Web版に,「大学入学後の『再受験』急増 9年で60倍,予備校調査」と題する記事が載っていました。タイトルにあるように,大学に入った後,別の大学を受け直す者が増えているとのことです。
http://www.asahi.com/national/update/0205/TKY201302040433.html
私は以前,非常勤先の学生さん(1年生)から,「休学して,別の大学受けようと思ってるんですけど・・・」と相談を持ちかけられたことがあります。なるほど。数でみても,この手の学生さんが増えているのだなあ。
2011年5月18日の記事では,大学生の休学率が上昇傾向にあることをみたのですが,こういう事情によるのかもしれません。
さて,ある大学に入ったものの,思うところがあって別の大学を受け直そうという「再受験者」は,数字でみてどれくらいいるのでしょう。上記の朝日新聞記事によると,大手の駿台予備校が,以下のような手続きで推計値を出しているとのことです。説明文の箇所を引きます。
①まず,各年度の大学・短大の志願者数から入学者数を引く。これを「浪人最大数」とする。
②次に,次年度のセンター試験の志願者のうち,すでに高校を卒業した人の数から「浪人最大数」を引く。⇒現役でも浪人でもない「再受験者」数がおおまかに割り出せる。
この手続きに依拠して,私なりに再受験者の数を推し量ってみようと思います。ここ数年について,計算に必要な数字を集めてみました。下表がそれです。
大学・短大入学志願者数は,高校全日制・定時制,高校通信制,中等教育学校後期課程,ならびに特別支援学校高等部の卒業生のうち,大学・短大への入学を志願した者の数です。過年度卒業生も含みます。出所は,文科省『学校基本調査』です。2012年春でいうと,その数73万6千人。
同じ資料から分かる,同年春の大学・短大入学者は66万9千人。したがって,入学志願したもののそれが叶わず,翌年に再トライしようという浪人生の最大数は,両者の差をとって6万7千人ほどと見積もられます。
2013年1月のセンター試験受験者のうち,高校等既卒者は10万8千人(大学入試センター公表資料)。この中には,先ほど出した浪人組の6万7千人が含まれますが,残りの4万1千人が,大学入学後の再受験者であると推測されます。
大雑把な試算値ですが,大学に入った後,やっぱり別の大学を受け直そうという人間が4万人超いるのですね。ちなみにこの数は,前年春の大学・短大入学者数(66万9千人)の6.1%に該当します。ラフに見積もると,入学者の16人に1人が「再受験」を志すという計算になります。再受験者が全て1年生と仮定した場合の話ですが。
今計算したのは,2012年春の入学組から出たと思われる再受験者数ですが,より前の入学者ではどうなのでしょう。上表の素材を用いて,発生した再受験者の数を,2006年入学組から出してみました。出現率は,再受験者数を当該年の入学者数で除した値です。
ほう。再受験者は年々増えていますね。2006年入学組では1万8千人ほどでしたが,2008年入学組になると3万5千人を超え,ここ3年間では,毎年4万人前後の再受験者が出ていると推計されます。
このように再受験者が増えている傾向についての識者のコメントが,上記の朝日新聞記事で紹介されています。それをみると,「親の言うなりに進路選択をしている」,「進学先の選び方が甘くなっている」といようなことがいわれています。
また,高等教育論専攻の矢野眞和教授は,「家計の事情で浪人をあきらめて不本意な大学に入る学生が目立ってきている」と指摘されています。なるほど。経済的に切羽詰まった家庭は,浪人などなかなか許容できるものではないでしょう(私もそうでした)。昨今の不況下で,こういう家庭が増えているものと思われます。
現在,大学全入時代に突入しています。どこそこの大学のオープンキャンパスに行けばチヤホヤされ,いい気分になって「ここにするか」と安易に決めてしまう者も多いことでしょう。AOや推薦等で簡単に入れる大学に流れる,なんてこともあるでしょう。
こういう状況のなか,入学後に「なんか違うな」と感じ,「やっぱり受け直そう」と思い立つ学生さんが増えるというのは,ある意味,必然のことなのかもしれません。
あと数年もすれば,協定を結んだ大学間で,1年次のうちは(お金をかけずに)自由に転学できるようなシステムができたりして・・・。まあ今でも,3年時からの編入というような移行(transfer)の道は制度上用意されていますが。
未来型の大学は,こうした移行可能性が増した,柔軟な形態のものなのかもしれません。
http://www.asahi.com/national/update/0205/TKY201302040433.html
私は以前,非常勤先の学生さん(1年生)から,「休学して,別の大学受けようと思ってるんですけど・・・」と相談を持ちかけられたことがあります。なるほど。数でみても,この手の学生さんが増えているのだなあ。
2011年5月18日の記事では,大学生の休学率が上昇傾向にあることをみたのですが,こういう事情によるのかもしれません。
さて,ある大学に入ったものの,思うところがあって別の大学を受け直そうという「再受験者」は,数字でみてどれくらいいるのでしょう。上記の朝日新聞記事によると,大手の駿台予備校が,以下のような手続きで推計値を出しているとのことです。説明文の箇所を引きます。
①まず,各年度の大学・短大の志願者数から入学者数を引く。これを「浪人最大数」とする。
②次に,次年度のセンター試験の志願者のうち,すでに高校を卒業した人の数から「浪人最大数」を引く。⇒現役でも浪人でもない「再受験者」数がおおまかに割り出せる。
この手続きに依拠して,私なりに再受験者の数を推し量ってみようと思います。ここ数年について,計算に必要な数字を集めてみました。下表がそれです。
大学・短大入学志願者数は,高校全日制・定時制,高校通信制,中等教育学校後期課程,ならびに特別支援学校高等部の卒業生のうち,大学・短大への入学を志願した者の数です。過年度卒業生も含みます。出所は,文科省『学校基本調査』です。2012年春でいうと,その数73万6千人。
同じ資料から分かる,同年春の大学・短大入学者は66万9千人。したがって,入学志願したもののそれが叶わず,翌年に再トライしようという浪人生の最大数は,両者の差をとって6万7千人ほどと見積もられます。
2013年1月のセンター試験受験者のうち,高校等既卒者は10万8千人(大学入試センター公表資料)。この中には,先ほど出した浪人組の6万7千人が含まれますが,残りの4万1千人が,大学入学後の再受験者であると推測されます。
大雑把な試算値ですが,大学に入った後,やっぱり別の大学を受け直そうという人間が4万人超いるのですね。ちなみにこの数は,前年春の大学・短大入学者数(66万9千人)の6.1%に該当します。ラフに見積もると,入学者の16人に1人が「再受験」を志すという計算になります。再受験者が全て1年生と仮定した場合の話ですが。
今計算したのは,2012年春の入学組から出たと思われる再受験者数ですが,より前の入学者ではどうなのでしょう。上表の素材を用いて,発生した再受験者の数を,2006年入学組から出してみました。出現率は,再受験者数を当該年の入学者数で除した値です。
ほう。再受験者は年々増えていますね。2006年入学組では1万8千人ほどでしたが,2008年入学組になると3万5千人を超え,ここ3年間では,毎年4万人前後の再受験者が出ていると推計されます。
このように再受験者が増えている傾向についての識者のコメントが,上記の朝日新聞記事で紹介されています。それをみると,「親の言うなりに進路選択をしている」,「進学先の選び方が甘くなっている」といようなことがいわれています。
また,高等教育論専攻の矢野眞和教授は,「家計の事情で浪人をあきらめて不本意な大学に入る学生が目立ってきている」と指摘されています。なるほど。経済的に切羽詰まった家庭は,浪人などなかなか許容できるものではないでしょう(私もそうでした)。昨今の不況下で,こういう家庭が増えているものと思われます。
現在,大学全入時代に突入しています。どこそこの大学のオープンキャンパスに行けばチヤホヤされ,いい気分になって「ここにするか」と安易に決めてしまう者も多いことでしょう。AOや推薦等で簡単に入れる大学に流れる,なんてこともあるでしょう。
こういう状況のなか,入学後に「なんか違うな」と感じ,「やっぱり受け直そう」と思い立つ学生さんが増えるというのは,ある意味,必然のことなのかもしれません。
あと数年もすれば,協定を結んだ大学間で,1年次のうちは(お金をかけずに)自由に転学できるようなシステムができたりして・・・。まあ今でも,3年時からの編入というような移行(transfer)の道は制度上用意されていますが。
未来型の大学は,こうした移行可能性が増した,柔軟な形態のものなのかもしれません。
2013年2月6日水曜日
奨学金「シャッキング」の量の推計
先日,2012年分の確定申告を終えました。会社勤めの人はする必要ありませんが,私のように,非常勤講師や文筆等,バイトの掛け持ちで生活している人間は,年間の収入を税務署に申告しなければなりません。
複数の勤務先から届いた源泉徴収票の年間支払給与額をエクセルに入力し,SUM関数で合計を出します。出てきた数字をみて,思わずガッツポーズ。奨学金の返済月額の減額申請をできるレベルであることが分かったからです。
現在,学生時代に借りた奨学金の返済をしています。毎月の末,ドカーンと残高が減った通帳をみるたびに,胃が痛くなります。定職のない身の上,正直辛いな,と思っています。所得証明が出るようになったら直ちに,日本学生支援機構に上記の申請をするつもりです。
愚痴っぽい書き出しになりましたが,私と同じような境遇の人間はどれほどいるのでしょう。学生支援機構のHPをみればすぐに分かると思ったのですが,関連する統計が見当たりません。奨学金を返済中の者はどれほどいるか,借入総額の分布は?こういうことは最も基本的な情報だと思うのですが,なぜか非公表。世から批判が出るのを恐れているのかしらん。
http://www.jasso.go.jp/statistics/index.html
仕方がないので,私なりのやり方で数を推し量ってみることにしました。全国大学院生協議会は毎年,大学院生を対象に『経済実態・研究環境に関する調査』を実施しています。最新の2012年度版によると,調査対象の大学院生(修士課程,博士課程)のうち,奨学金を現在受給している,ないしは過去に受給していたという者(以下,受給者)は6割だそうです。
http://www3.atword.jp/zeninkyo/
同年の文科省『学校基本調査』から分かる,大学院修士課程・博士課程の院生数は243,219人。先ほどの比率を適用すると,奨学金の受給者は145,931人と見積もられます。
この14万6千人の奨学金借入総額はどうなっているのでしょう。上記の院生協議会調査では,調査時点における,日本学生支援機構奨学金の借入総額分布が明らかにされています。それによると,600万円超1,000万円未満が11.5%,1,000万円超が3.1%なり。
この比率を上の推定受給者数に乗じると,借金総額600万円超1,000万円未満のシャッキングは16,782人,1,000万円超のスーパーシャッキングは4,524人と推計されます。
これは5学年(M1~D3)全体の数ですが,前者はM1~D3まで広く分布していると考えてよいでしょう。しかし後者は,ほとんどが博士課程の院生であると思われます。よって1学年あたりの数にすると,シャッキングは16,782/5=3,356人,スーパーシャッキングは4,524/3=1,508人,というところではないでしょうか。
このうち,きちんとした定職に就けず,名ばかり研究員や非常勤講師等のバイトで食いつながざるを得ない者が半分出ると仮定しましょう。
こ の場合,職なしシャッキングが1,678人,職なしスーパーシャッキングが754人,毎年発生する計算になります。両者を合算すると2,432人。毎年,これだけの量の「職なしシャッキング(広義)」が出ていると思うと,結構怖い思いがします。過去からの量を累積すると,相当の数になるでしょう。
現在,私と同じ境遇にいる人間は,上の数を15倍して3万6千人くらいかしらん。いや,20倍して4万8千人ほどか。いくつかのバージョンが考えられますが,どれが現実に最も近いかを言い当てることはできません。
当局がその気になれば,ここで大雑把に見積もったような「職なしシャッキング」の数など,たちどころに分かるはずです。正確な数値をぜひとも公表してもらいたいものです。
それはさておき,昨年末の文科省通知「経済的理由により修学困難な学生等に対する支援策の周知について」によると,今では,「家計の厳しい学生等を対象として,奨学金の貸与を受けた本人が,卒業後に一定の収入を得るまでの間は返還期限を猶予する『所得連動返済型の無利子奨学金制度』が新設されて」いるとのことです。知りませんでした。
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/gakuseishien/1330559.htm
しかし,以前の受給者については,「卒業後に一定の収入を得るまでの間」待ってくれはしません。一定の猶予期限を過ぎたら,どんなに低所得でも返済を迫られることになります。
「奨学金1,500万円の取り立てにあう高学歴ワーキングプア-高学費と就職難が大学院生の心身壊す」というような悲惨な事例も報告されています。「死んだほうが奨学金の返済も可能なのかもしれない」・・・何とも痛々しい叫びです。このご時世であることにかんがみ,救済の対象を広げていただきたいと思っております。
http://ameblo.jp/kokkoippan/entry-11408859560.html
複数の勤務先から届いた源泉徴収票の年間支払給与額をエクセルに入力し,SUM関数で合計を出します。出てきた数字をみて,思わずガッツポーズ。奨学金の返済月額の減額申請をできるレベルであることが分かったからです。
現在,学生時代に借りた奨学金の返済をしています。毎月の末,ドカーンと残高が減った通帳をみるたびに,胃が痛くなります。定職のない身の上,正直辛いな,と思っています。所得証明が出るようになったら直ちに,日本学生支援機構に上記の申請をするつもりです。
愚痴っぽい書き出しになりましたが,私と同じような境遇の人間はどれほどいるのでしょう。学生支援機構のHPをみればすぐに分かると思ったのですが,関連する統計が見当たりません。奨学金を返済中の者はどれほどいるか,借入総額の分布は?こういうことは最も基本的な情報だと思うのですが,なぜか非公表。世から批判が出るのを恐れているのかしらん。
http://www.jasso.go.jp/statistics/index.html
仕方がないので,私なりのやり方で数を推し量ってみることにしました。全国大学院生協議会は毎年,大学院生を対象に『経済実態・研究環境に関する調査』を実施しています。最新の2012年度版によると,調査対象の大学院生(修士課程,博士課程)のうち,奨学金を現在受給している,ないしは過去に受給していたという者(以下,受給者)は6割だそうです。
http://www3.atword.jp/zeninkyo/
同年の文科省『学校基本調査』から分かる,大学院修士課程・博士課程の院生数は243,219人。先ほどの比率を適用すると,奨学金の受給者は145,931人と見積もられます。
この14万6千人の奨学金借入総額はどうなっているのでしょう。上記の院生協議会調査では,調査時点における,日本学生支援機構奨学金の借入総額分布が明らかにされています。それによると,600万円超1,000万円未満が11.5%,1,000万円超が3.1%なり。
この比率を上の推定受給者数に乗じると,借金総額600万円超1,000万円未満のシャッキングは16,782人,1,000万円超のスーパーシャッキングは4,524人と推計されます。
これは5学年(M1~D3)全体の数ですが,前者はM1~D3まで広く分布していると考えてよいでしょう。しかし後者は,ほとんどが博士課程の院生であると思われます。よって1学年あたりの数にすると,シャッキングは16,782/5=3,356人,スーパーシャッキングは4,524/3=1,508人,というところではないでしょうか。
このうち,きちんとした定職に就けず,名ばかり研究員や非常勤講師等のバイトで食いつながざるを得ない者が半分出ると仮定しましょう。
こ の場合,職なしシャッキングが1,678人,職なしスーパーシャッキングが754人,毎年発生する計算になります。両者を合算すると2,432人。毎年,これだけの量の「職なしシャッキング(広義)」が出ていると思うと,結構怖い思いがします。過去からの量を累積すると,相当の数になるでしょう。
現在,私と同じ境遇にいる人間は,上の数を15倍して3万6千人くらいかしらん。いや,20倍して4万8千人ほどか。いくつかのバージョンが考えられますが,どれが現実に最も近いかを言い当てることはできません。
当局がその気になれば,ここで大雑把に見積もったような「職なしシャッキング」の数など,たちどころに分かるはずです。正確な数値をぜひとも公表してもらいたいものです。
それはさておき,昨年末の文科省通知「経済的理由により修学困難な学生等に対する支援策の周知について」によると,今では,「家計の厳しい学生等を対象として,奨学金の貸与を受けた本人が,卒業後に一定の収入を得るまでの間は返還期限を猶予する『所得連動返済型の無利子奨学金制度』が新設されて」いるとのことです。知りませんでした。
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/gakuseishien/1330559.htm
しかし,以前の受給者については,「卒業後に一定の収入を得るまでの間」待ってくれはしません。一定の猶予期限を過ぎたら,どんなに低所得でも返済を迫られることになります。
「奨学金1,500万円の取り立てにあう高学歴ワーキングプア-高学費と就職難が大学院生の心身壊す」というような悲惨な事例も報告されています。「死んだほうが奨学金の返済も可能なのかもしれない」・・・何とも痛々しい叫びです。このご時世であることにかんがみ,救済の対象を広げていただきたいと思っております。
http://ameblo.jp/kokkoippan/entry-11408859560.html
2013年2月4日月曜日
文化人の街
2005年の『国勢調査』のデータを使って,文化人(文筆家,芸術家,芸能家)が人口に占める比率の地図をつくってみました。名づけて「文化人率地図」。
計算に使った数字は2005年のものですが,地域区分は2010年の調査時点(10月)のものに組みかえられていることに留意ください。首都圏241区市町村を5‰刻みで塗り分けました。‰とは千人あたりという意味の単位でです。人口千人につき文化人が何人いるか,というように読んでください。
色が濃い地域,すなわち「文化人の街」は,都心に固まっていますね。上位5位は,以下のごとし。いずれも都内の区市です。
1位 渋谷区 38.0‰(26人に1人)
2位 目黒区 28.9‰(35人に1人)
3位 世田谷区 27.7‰(36人に1人)
4位 杉並区 25.5‰(39人に1人)
5位 武蔵野市 24.0‰(42人に1人)
トップは,若者の街の渋谷。この区では,住民26人に1人が文化人なり。ミュージシャンとか多そうだな。西の杉並区や武蔵野市は,文筆家の街という感じがします。
別に意味はありませんが,こんなものつくってみたということで,展示いたします。
計算に使った数字は2005年のものですが,地域区分は2010年の調査時点(10月)のものに組みかえられていることに留意ください。首都圏241区市町村を5‰刻みで塗り分けました。‰とは千人あたりという意味の単位でです。人口千人につき文化人が何人いるか,というように読んでください。
色が濃い地域,すなわち「文化人の街」は,都心に固まっていますね。上位5位は,以下のごとし。いずれも都内の区市です。
1位 渋谷区 38.0‰(26人に1人)
2位 目黒区 28.9‰(35人に1人)
3位 世田谷区 27.7‰(36人に1人)
4位 杉並区 25.5‰(39人に1人)
5位 武蔵野市 24.0‰(42人に1人)
トップは,若者の街の渋谷。この区では,住民26人に1人が文化人なり。ミュージシャンとか多そうだな。西の杉並区や武蔵野市は,文筆家の街という感じがします。
別に意味はありませんが,こんなものつくってみたということで,展示いたします。
2013年2月2日土曜日
理科嫌いは都市に多い?
文科省の『全国学力・学習状況調査』の児童・生徒質問紙調査では,2012年度より,理科に関する設問がいくつか盛られています。その中の一つに,「理科の勉強は好きですか」というものがあります。
http://www.nier.go.jp/12chousakekkahoukoku/index.htm
オーソドックスな設問ですが,これに対する回答を分析することで,児童・生徒の理科嫌い率を明らかにすることができます。子どもの理科離れがいわれていますが,その程度はどれほどなのでしょう。
上記の設問に対し,「どちらかといえば当てはまらない」あるいは「当てはまらない」と答えた者の比率をもって,理科嫌い率とみなすことにしましょう。
結果は,公立小学校6年生で18.2%,公立中学校3年生で37.9%です。ほほう。3年間で,理科嫌いの子どもの比率は倍増するのですね。学年を上がるにつれ内容の抽象度が増し,実験や観察の比重も小さくなるためでしょうか。
しかし,中学校3年生の理科嫌い率が4割近くにもなるというのは驚きですが,都道府県別にみると,もっと高い値が出てきます。公立中学校3年生について,上記の意味での理科嫌い率を県別に出し,それに基づいて塗り分けした地図をつくってみました。名づけて「理科嫌いマップ」。
同じ中3でも,理科嫌いの生徒の比率は,地域によってかなり違っています。最高は奈良の46.4%,最低は岩手の27.9%です。奈良では,公立中学校3年生の半分近くが理科嫌いということになります。
濃い青色は理科嫌い率が40%を超える県ですが,近畿圏がこの色で塗りつぶされています。首都圏の1都2県(東京,埼玉,神奈川)も然り。一方,北部のほうは全般的に色が薄くなっています。
この地図の模様から,理科嫌いは都市地域に多いのではないか,という仮説が提起されます。2010年の『国勢調査』から得られる人口集中地区居住率でもって,各県の都市性の程度を測ることとし,上図の理科嫌い率との相関をとってみましょう。
人口集中地区居住率が高い県ほど,つまり都市的な県ほど,生徒の理科嫌い率が高い傾向です。両指標の相関係数は+0.442であり,1%水準で有意です。
あくまで大雑把な傾向であり,撹乱は多々ありますが,都市的環境と理科嫌いの関連をどう解釈したものでしょう。自然環境の違いでしょうか。理科の抽象的な内容を,身近な自然環境を題材にして肌身で理解する機会が,都市部では確かに乏しいことでしょう。
地域類型別(大都市,中都市,町村・・・)の理科嫌い率が分かればなあ。このデータでもって,都市性の程度と理科嫌い率のリニアな関連が明らかになれば,理科教育において,自然観察活動を推進することの意義の実証的根拠が得られることになります。
東京都は2013年度より,理科好きの中学生を対象に,自然観察などを盛り込んだ「日曜特別授業」を開く方針だそうです。「時間の限られた授業では実験や観察が少なくなってしまう。体験を通して理科の学力アップにつなげたい」というねらいとのこと。こうした取組の有用性を裏付ける実証データにもなることでしょう。
http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20130111ddlk13100195000c.html
全数調査だった2009年度調査までは,地域類型別の結果も公表されていましたが,抽出調査となった2010年度調査より,この集計はなされなくなっています。しかし,この4月に実施される2013年調査より再び全数に戻るとのこと。仔細な結果の公表が復活することを願っています。
http://www.nier.go.jp/12chousakekkahoukoku/index.htm
オーソドックスな設問ですが,これに対する回答を分析することで,児童・生徒の理科嫌い率を明らかにすることができます。子どもの理科離れがいわれていますが,その程度はどれほどなのでしょう。
上記の設問に対し,「どちらかといえば当てはまらない」あるいは「当てはまらない」と答えた者の比率をもって,理科嫌い率とみなすことにしましょう。
結果は,公立小学校6年生で18.2%,公立中学校3年生で37.9%です。ほほう。3年間で,理科嫌いの子どもの比率は倍増するのですね。学年を上がるにつれ内容の抽象度が増し,実験や観察の比重も小さくなるためでしょうか。
しかし,中学校3年生の理科嫌い率が4割近くにもなるというのは驚きですが,都道府県別にみると,もっと高い値が出てきます。公立中学校3年生について,上記の意味での理科嫌い率を県別に出し,それに基づいて塗り分けした地図をつくってみました。名づけて「理科嫌いマップ」。
同じ中3でも,理科嫌いの生徒の比率は,地域によってかなり違っています。最高は奈良の46.4%,最低は岩手の27.9%です。奈良では,公立中学校3年生の半分近くが理科嫌いということになります。
濃い青色は理科嫌い率が40%を超える県ですが,近畿圏がこの色で塗りつぶされています。首都圏の1都2県(東京,埼玉,神奈川)も然り。一方,北部のほうは全般的に色が薄くなっています。
この地図の模様から,理科嫌いは都市地域に多いのではないか,という仮説が提起されます。2010年の『国勢調査』から得られる人口集中地区居住率でもって,各県の都市性の程度を測ることとし,上図の理科嫌い率との相関をとってみましょう。
人口集中地区居住率が高い県ほど,つまり都市的な県ほど,生徒の理科嫌い率が高い傾向です。両指標の相関係数は+0.442であり,1%水準で有意です。
あくまで大雑把な傾向であり,撹乱は多々ありますが,都市的環境と理科嫌いの関連をどう解釈したものでしょう。自然環境の違いでしょうか。理科の抽象的な内容を,身近な自然環境を題材にして肌身で理解する機会が,都市部では確かに乏しいことでしょう。
地域類型別(大都市,中都市,町村・・・)の理科嫌い率が分かればなあ。このデータでもって,都市性の程度と理科嫌い率のリニアな関連が明らかになれば,理科教育において,自然観察活動を推進することの意義の実証的根拠が得られることになります。
東京都は2013年度より,理科好きの中学生を対象に,自然観察などを盛り込んだ「日曜特別授業」を開く方針だそうです。「時間の限られた授業では実験や観察が少なくなってしまう。体験を通して理科の学力アップにつなげたい」というねらいとのこと。こうした取組の有用性を裏付ける実証データにもなることでしょう。
http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20130111ddlk13100195000c.html
全数調査だった2009年度調査までは,地域類型別の結果も公表されていましたが,抽出調査となった2010年度調査より,この集計はなされなくなっています。しかし,この4月に実施される2013年調査より再び全数に戻るとのこと。仔細な結果の公表が復活することを願っています。