1月24日の記事でみたように,東大生の親の職業には,かなりの偏りがあります。具体的にいうと,管理職層や専門・技術職層への偏りが顕著です。このことは,最高学府への進学機会が出身階層によってかなり規定されていることを示唆しています。
今回は,東大生の出身地域をみてみようと思います。出身地域は,出身階層に劣らず,個々人のライフ・チャンスを規定する重要な因子です。東大への進学ということでいえば,それを有利ならしめる有名私立校や予備校などが,都市部に偏在していることは,まぎれもない事実です。
そうである以上,東大生の多くは,都市的な地域の出身者でないでしょうか。私は地方出身者ですが,こういう地域格差の問題については,以前より関心を持ってきました。ちなみに,私の博論の題目は,『高等教育就学機会の地域間格差に関する実証的研究』です。
https://ir.u-gakugei.ac.jp/handle/2309/58567
東京大学が毎年実施している『学生生活実態調査』から,東大生の出身家庭の所在地(以下,出身地域)を知ることができます。2010年調査のデータをもとに,東大生の出身地域の分布をみると,東京が27.0%,関東(東京を除く6県)が31.5%を占めています。東大生のおよそ6割が,関東地方の出身者ということになります。
http://www.u-tokyo.ac.jp/stu05/h05_j.html
これは,人口の分布とかなり隔たっているものと思われます。2010年の総務省『国勢調査』から分かる人口分布と,東大生の出身地域の分布を照合してみましょう。
人口の分布と,東大生の出身地域の分布はかなりズレています。東京の場合,人口中では10.3%しか占めませんが,東大生の出身地域という点でいうと,全体の27.0%をも占有しています。東北のシェアは,人口中では7.3%ですが,東大生の中ではほんの2.9%です。
上表のaをbで除すことで,各地方から東大生が出る確率の近似値を計算することができます。東大生輩出率と呼びましょう。この値が1.0を超える,つまり通常期待されるよりも高い確率で東大生を出しているのは,東京と関東だけです。東京の輩出率は2.63にもなります。反対に,人口分布を勘案した場合,北海道や東北からの東大生輩出率はすこぶる低いと判断されます。
次に,都市規模という観点を据えてみます。2010年の東大の上記調査から,東大生の出身地域の規模をみると,大都市(人口100万以上)が43.8%,中都市(10万以上100万未満)が41.6%,小都市(10万未満)が11.7%,郡部(町村)が2.8%,となっています。
この分布が,人口の分布とどれほど異なるかをみてみましょう。
東大生の43.8%は大都市の出身者ですが,人口統計でいうと,大都市の居住者は22.5%にすぎません。つまり,大都市からは,通常期待されるよりも1.95倍多く東大生が出ている計算になります。逆に,郡部から東大生が出る確率は,期待値の3分の1以下です。ここでも,東大生の出身地域の偏りが明らかです。
むーん。1月24日の記事の知見も総合して考えると,東大生の出自は,富裕層や都市地域出身者に明らかに偏しています。エリート予備軍の組成が,社会全体の縮図から程遠いというのは,いかがなものでしょう。
今回みたのは,東大生の出自ですが,社会の指導者層についても同様の調査をしてみたいものです。麻生誠教授の『エリートと教育』(福村出版,1967年)は,『人事興信録』をもとに,エリートの社会的構成を明らかにした古典的研究ですが,現在でも,同じことができるのかしらん。いや,個人情報云々がうるさくなっているから,そういう資料はもうないのだろうなあ。
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2012年1月29日日曜日
教員給与の相対水準
前々回,「都道府県別の教員給与」と題する記事を書きましたが,本記事に対し,埼玉県の公立高校の先生よりコメントをいただきました。教員と全労働者の給与の比較をしているが,後者は,教員と同じ学歴水準である,大卒以上の労働者に限定したほうがよいのではないか,というものです。
なるほど。教員は大卒以上ですが,全労働者の場合,さまざまな学歴の者が含まれています。前者の給与が後者より高いといっても,それは,学歴構成の違いを反映したものではないか,という疑問が出るのは当然のことです。
男性同士のデータを比較することで,性別という要因は統制したのですが,学歴という要因を統制することまでには,考えが及びませんでした。今回は,その穴埋めをしようと思います。
厚労省『賃金構造基本調査』から,全産業の男性労働者に毎月「決まって支給される」給与額の平均値を,学歴別に知ることができます。2007年でいうと,男性労働者全体の額は37.2万円ですが,大卒以上の男性労働者は43.9万円です。
うーん。やはり,給与は学歴によって違うものですねえ。では,この大卒以上(以下,大卒)の男性労働者の給与と,公立学校の男性教員の給与を比較してみましょう。ここ20年ほどの推移をとってみました。教員の給与を知ることができる年(文科省『学校教員統計調査』の実施年)のデータをとっています。2010年の教員給与は,男女計の数字です。性別のデータがまだ公表されていないので,参考までに載せました。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172
上段は,平均給与月額の実数(万円)です。どの年でも,教員給与の額が全労働者のそれを下回っています。前々回は,全学歴の労働者の給与と比べたので,教員給与の相対的な高さが浮き彫りになったのですが,学歴を揃えた比較をすると,結果は逆になっています。
下段には,大卒の男性労働者の給与に対する,教員給与の相対倍率が示されています。この値は,2001年をピークに下落してきているようです。
この原因は,教員の給与の減少幅が大きいことです。小学校教員の平均月給は,2001年の40.4万円から2007年の38.4万円までダウンしました。このご時世です。財政緊縮に加えて,公務員バッシングも厳しい,ということでしょうか。
次に,都道府県別の様相をみてみましょう。厚労省の『賃金構造基本調査』からは,労働者の学歴別の給与額を,県別に知ることはできません。そこで,次のような便法で,各県の大卒の男性労働者の給与額を推し量りました。
上述のように,2007年の男性労働者全体の平均月給は37.2万円です。大卒以上の男性労働者は43.9万円です。後者は前者の1.179倍ということになります。全国値でみたこの倍率を,各県の男性労働者全体の給与額に乗じて,大卒の男性労働者の給与を推定してみます。
たとえば東京都の場合,男性労働者全体の月給は44.9万円ですから,大卒の男性労働者の給与は,44.9×1.179 ≒ 53.0万円と推計されます。
学歴による給与差が全県で一様であるという保証はありませんが,ひとまず,このような便法によって,大よその傾向を割り出してみましょう。下表は,各県の大卒の男性労働者の給与額(推計値)に対する,教員給与の相対倍率を一覧にしたものです。2007年のデータです。
1.0を超える場合は赤色,1.1を超える場合はゴチの赤色にしています。黄色は最大値,青色は最小値です。いかがでしょう。前々回の記事に掲げた指数一覧表とは,様相がかなり違っています。大卒の労働者を基準にした場合,教員給与がそれを上回る県と下回る県は,ちょうど半々くらいです。
東北や九州では,赤色が多くなっていますが,都市的な県では,教員給与の相対的な低さが明白です。東京の指数値は,小学校教員が0.71,中学校教員が0.77,高校教員が0.80です。同学歴の全労働者の7~8割ほどの給与水準ということになります。むーん。
学歴を統制して,分析を精緻化すると,一般の通説(教員給与>民間給与)とは違った結果が出てきます。前々回の記事にコメントを下さった先生は,「大卒といっても幅広く,教員と同等の大学出身者との比較が出せればもっと面白い」といわれています。分析を詰める余地はまだまだありそうです。
メディアにおいて,上記のような通説が流布するのは,労働者全体でみれば,未だに高卒以下の者がマジョリティであるためと思われます。『賃金構造基本調査』(2010年)の男性労働者のサンプル構成は,中卒が5.3%,高卒が46.8%,短大・高専卒が10.9%,大卒以上が37.0%,です。高卒以下が半分以上を占めています。
このことは,教員の相対的な優位性が際立つことの地盤条件をなしています。一般労働者の学歴構成がもっと低い,東北や九州の諸県では,それはさらに明瞭であることでしょう。
でも,条件をきちんと揃えた分析をしてみると,通説とは違った面があることが分かりました。コメントをお寄せいただいた先生に,感謝申し上げます。
なるほど。教員は大卒以上ですが,全労働者の場合,さまざまな学歴の者が含まれています。前者の給与が後者より高いといっても,それは,学歴構成の違いを反映したものではないか,という疑問が出るのは当然のことです。
男性同士のデータを比較することで,性別という要因は統制したのですが,学歴という要因を統制することまでには,考えが及びませんでした。今回は,その穴埋めをしようと思います。
厚労省『賃金構造基本調査』から,全産業の男性労働者に毎月「決まって支給される」給与額の平均値を,学歴別に知ることができます。2007年でいうと,男性労働者全体の額は37.2万円ですが,大卒以上の男性労働者は43.9万円です。
うーん。やはり,給与は学歴によって違うものですねえ。では,この大卒以上(以下,大卒)の男性労働者の給与と,公立学校の男性教員の給与を比較してみましょう。ここ20年ほどの推移をとってみました。教員の給与を知ることができる年(文科省『学校教員統計調査』の実施年)のデータをとっています。2010年の教員給与は,男女計の数字です。性別のデータがまだ公表されていないので,参考までに載せました。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172
上段は,平均給与月額の実数(万円)です。どの年でも,教員給与の額が全労働者のそれを下回っています。前々回は,全学歴の労働者の給与と比べたので,教員給与の相対的な高さが浮き彫りになったのですが,学歴を揃えた比較をすると,結果は逆になっています。
下段には,大卒の男性労働者の給与に対する,教員給与の相対倍率が示されています。この値は,2001年をピークに下落してきているようです。
この原因は,教員の給与の減少幅が大きいことです。小学校教員の平均月給は,2001年の40.4万円から2007年の38.4万円までダウンしました。このご時世です。財政緊縮に加えて,公務員バッシングも厳しい,ということでしょうか。
次に,都道府県別の様相をみてみましょう。厚労省の『賃金構造基本調査』からは,労働者の学歴別の給与額を,県別に知ることはできません。そこで,次のような便法で,各県の大卒の男性労働者の給与額を推し量りました。
上述のように,2007年の男性労働者全体の平均月給は37.2万円です。大卒以上の男性労働者は43.9万円です。後者は前者の1.179倍ということになります。全国値でみたこの倍率を,各県の男性労働者全体の給与額に乗じて,大卒の男性労働者の給与を推定してみます。
たとえば東京都の場合,男性労働者全体の月給は44.9万円ですから,大卒の男性労働者の給与は,44.9×1.179 ≒ 53.0万円と推計されます。
学歴による給与差が全県で一様であるという保証はありませんが,ひとまず,このような便法によって,大よその傾向を割り出してみましょう。下表は,各県の大卒の男性労働者の給与額(推計値)に対する,教員給与の相対倍率を一覧にしたものです。2007年のデータです。
1.0を超える場合は赤色,1.1を超える場合はゴチの赤色にしています。黄色は最大値,青色は最小値です。いかがでしょう。前々回の記事に掲げた指数一覧表とは,様相がかなり違っています。大卒の労働者を基準にした場合,教員給与がそれを上回る県と下回る県は,ちょうど半々くらいです。
東北や九州では,赤色が多くなっていますが,都市的な県では,教員給与の相対的な低さが明白です。東京の指数値は,小学校教員が0.71,中学校教員が0.77,高校教員が0.80です。同学歴の全労働者の7~8割ほどの給与水準ということになります。むーん。
学歴を統制して,分析を精緻化すると,一般の通説(教員給与>民間給与)とは違った結果が出てきます。前々回の記事にコメントを下さった先生は,「大卒といっても幅広く,教員と同等の大学出身者との比較が出せればもっと面白い」といわれています。分析を詰める余地はまだまだありそうです。
メディアにおいて,上記のような通説が流布するのは,労働者全体でみれば,未だに高卒以下の者がマジョリティであるためと思われます。『賃金構造基本調査』(2010年)の男性労働者のサンプル構成は,中卒が5.3%,高卒が46.8%,短大・高専卒が10.9%,大卒以上が37.0%,です。高卒以下が半分以上を占めています。
このことは,教員の相対的な優位性が際立つことの地盤条件をなしています。一般労働者の学歴構成がもっと低い,東北や九州の諸県では,それはさらに明瞭であることでしょう。
でも,条件をきちんと揃えた分析をしてみると,通説とは違った面があることが分かりました。コメントをお寄せいただいた先生に,感謝申し上げます。
2012年1月28日土曜日
学年別の休学率
昨年の5月20日の記事では,高等教育機関(短大,高専,大学,大学院)の休学率の推移を明らかにしました。そこで分かったのは,どの機関でみても,1990年代以降,学生の休学率が上昇していることです。
この続きとして,今回みてみようと思うのは,学年別の休学率です。大学でいうと,第1学年から第4学年までの時期があります。休学率が高いのは,どの学年でしょう。この点を把握しておくことは,学生支援の上でも重要であると存じます。
2010年度の文科省『学校基本調査(高等教育機関編)』によると,同年5月1日時点において,休学している大学1年生の数は1,703人です。同時点の大学1年生の数(ベース)は627,800人ですから,この年の大学1年生の休学率は,前者を後者で除して,2.7‰と算出されます。千人あたり2.7人という意味です。%にすると,0.27%です。約分すると,およそ370人に1人ということになります。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001011528
この休学率を,各高等教育機関の学年別に出してみましょう。1990年と2010年の数字を計算しました。この20年間の変化をご覧ください。なお,短大3年生,大学5・6年生,および大学院博士課程4年生は,学生数が少ないので,休学率の計算は控えました。*文科省の統計では,最低修業年限を超えた学生の分は,最終学年の数字の中に算入されていることを申し添えます。休学者数(分子),学生数(分母)ともです。
まず基本的な構造として,両年次とも,学年を上がるほど学生の休学率は高くなります。時代変化に注目すると,どの学年の休学率も上昇しています。この20年間で休学率が倍以上になったのは,大学3年,大学4年,大学院修士課程2年,そして大学院博士課程の全学年です。
2010年の大学4年生の休学率は24.1‰(=2.4%)です。学生の40人に1人が休学していることになります。シューカツに失敗し,自発的に留年することを決意した学生が,学費節約のために休学する,というケースも多いと思われます。この種の輩が,1990年代以降の不況によって増えているであろうことは,想像に難くありません。
大学院では,最低修業年限内に学位論文を出せなかった学生が,留年期間中の学費を節約するために休学することがよくあります。また休学期間は在学期間としてカウントされないので,学位論文作成の期間を延ばせるメリットもあるとか。そういえば,私の先輩にも,こういう戦略をとっている人がいたなあ。
上表によると,2010年の大学院博士課程3年生の休学率は160.9‰(16.1%)です。学生の6人に1人が休学している模様です。博士論文を3年で完成させるのは容易でないことを思うと,さもありなんです(とくに文系)。
次に,どういう属性で休学率が高いのかをみてみましょう。私は,大学の設置主体別,性別の休学率を学年別に計算しました。2010年のデータです。
休学率が最も高い属性の数字はゴチにしています。設置主体別にみると,私立よりも国公立で高いようです。後者のほうが,休学による学費節約戦略が容易であるためと思われます。休学中の学費割引率も,私立なら半額ほどでしょうが,国公立なら全額オフです。
次に,右欄の性別の数字をみると,興味深い傾向が看取されます。大学学部までは男子の休学率のほうが高いのですが,大学院になるや,それが逆転するのです。なぜでしょう。女子院生の場合,いろいろ難癖をつけられて学位論文がなかなか受理されない,ということがあるのでしょうか。それとも,セクハラ被害とか・・・
生活実態を丹念に追及すべきは,各機関の最終学年の学生,ならびに女子大学院生という層であるといえないでしょうか。
この続きとして,今回みてみようと思うのは,学年別の休学率です。大学でいうと,第1学年から第4学年までの時期があります。休学率が高いのは,どの学年でしょう。この点を把握しておくことは,学生支援の上でも重要であると存じます。
2010年度の文科省『学校基本調査(高等教育機関編)』によると,同年5月1日時点において,休学している大学1年生の数は1,703人です。同時点の大学1年生の数(ベース)は627,800人ですから,この年の大学1年生の休学率は,前者を後者で除して,2.7‰と算出されます。千人あたり2.7人という意味です。%にすると,0.27%です。約分すると,およそ370人に1人ということになります。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001011528
この休学率を,各高等教育機関の学年別に出してみましょう。1990年と2010年の数字を計算しました。この20年間の変化をご覧ください。なお,短大3年生,大学5・6年生,および大学院博士課程4年生は,学生数が少ないので,休学率の計算は控えました。*文科省の統計では,最低修業年限を超えた学生の分は,最終学年の数字の中に算入されていることを申し添えます。休学者数(分子),学生数(分母)ともです。
まず基本的な構造として,両年次とも,学年を上がるほど学生の休学率は高くなります。時代変化に注目すると,どの学年の休学率も上昇しています。この20年間で休学率が倍以上になったのは,大学3年,大学4年,大学院修士課程2年,そして大学院博士課程の全学年です。
2010年の大学4年生の休学率は24.1‰(=2.4%)です。学生の40人に1人が休学していることになります。シューカツに失敗し,自発的に留年することを決意した学生が,学費節約のために休学する,というケースも多いと思われます。この種の輩が,1990年代以降の不況によって増えているであろうことは,想像に難くありません。
大学院では,最低修業年限内に学位論文を出せなかった学生が,留年期間中の学費を節約するために休学することがよくあります。また休学期間は在学期間としてカウントされないので,学位論文作成の期間を延ばせるメリットもあるとか。そういえば,私の先輩にも,こういう戦略をとっている人がいたなあ。
上表によると,2010年の大学院博士課程3年生の休学率は160.9‰(16.1%)です。学生の6人に1人が休学している模様です。博士論文を3年で完成させるのは容易でないことを思うと,さもありなんです(とくに文系)。
次に,どういう属性で休学率が高いのかをみてみましょう。私は,大学の設置主体別,性別の休学率を学年別に計算しました。2010年のデータです。
休学率が最も高い属性の数字はゴチにしています。設置主体別にみると,私立よりも国公立で高いようです。後者のほうが,休学による学費節約戦略が容易であるためと思われます。休学中の学費割引率も,私立なら半額ほどでしょうが,国公立なら全額オフです。
次に,右欄の性別の数字をみると,興味深い傾向が看取されます。大学学部までは男子の休学率のほうが高いのですが,大学院になるや,それが逆転するのです。なぜでしょう。女子院生の場合,いろいろ難癖をつけられて学位論文がなかなか受理されない,ということがあるのでしょうか。それとも,セクハラ被害とか・・・
生活実態を丹念に追及すべきは,各機関の最終学年の学生,ならびに女子大学院生という層であるといえないでしょうか。
2012年1月26日木曜日
都道府県別の教員給与
ブログの解析ツールで,どの記事がよく見られているのかをたまにチェックするのですが,昨年1月18日に書いた「せんせいのお給料」という記事の閲覧頻度が急に上がってきています。各県の公立小学校教員の給与水準が,民間と比べてどうかを明らかにしたものです。
橋下大阪市長は,市職員の給与を民間並みに引き下げる方針を打ち出しているそうです。大阪市の民間の給与水準がどうかは知りませんが,公務員の相対的な「オイシサ」が際立っているのでしょうか。いや,公務員(教員含む)が「オイシイ」思いをしている地域は他にもあるだろう。こういう関心から,上記の記事を見てくださる方もおられると思います。
このようなご要望?があることにかんがみ,今回は,公立小学校,中学校,および高等学校の教員の平均給与月額を,都道府県別にご覧に入れようと存じます。資料は,文科省『学校教員統計調査』(2007年版)です。本調査は3年おきに実施されているもので,最新の2010年調査の結果が間もなく公表されると思いますが,ひとまず,2007年調査の数字をお見せしようと思います。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172
下表は,公立学校の男性教員の平均給与月額を,都道府県別に整理したものです。右端には,全産業の男性労働者に対し,毎月「決まって支給される」給与額の平均値を掲げています。ソースは,厚労省の『賃金構造基本調査』(2007年版)です。教員と全労働者を比較する際,性別の影響が入るのを防ぐため,男性のデータに限定することとしました。
47都道府県の最大値には黄色,最小値には青色のマークを付しています。小・中学校では,給与月額が最も高いのは和歌山で,最も低いのは北海道です。高校では,最大は東京,最小は鳥取です。各県の全産業でみると,両端は東京と沖縄になっています。
余談ですが,教員の給与水準の地域差が,全産業の労働者のそれに比べて小さいことにお気づきでしょうか。全産業の労働者では,最高の44.9万円から最低の26.8万円までのレインヂ(極差)があります。しかるに,小学校教員では,40.7万円から35.6万円までの開きにとどまっています。中高の教員でもほぼ同じです。
それは,義務教育費国庫負担制度によって,公立の義務教育学校の教員給与に著しい地域格差が出ないよう,テコ入れがなされているためです。これがないと,国民の共通教育たる義務教育の質に,大きな地域格差が出ることになってしまいます。
こういう事情から,ほとんどの県において,全労働者よりも,教員の給与の額のほうが高くなっています。沖縄では,全労働者が26.8万円であるのに対し,小学校教員は36.4万円です。10万円近くの開きです。倍率にすると,後者は前者の1.36倍です。これは「オイシイ」。
逆に,教員の給与が平均的な労働者のそれを下回っている地域もあります。東京,神奈川,および大阪といった大都市です。東京では,最も高い高校教員の給与(42.5万円)も,全労働者のそれ(44.9万円)には及びません。後者を1.00とした指数を出すと,高校教員は0.95,中学校教員は0.91,小学校教員に至っては0.83です。先の沖縄とは大違い。トホホですね。
各県の教員の給与額を,全労働者のそれを1.00とした指数に換算してみましょう。こうすることで,それぞれの県における,教育公務員の相対的な「オイシサ」の程度がクリアーになるはずです。
教員給与の相対倍率が最も高いのは,小・中学校では沖縄,高校では青森です。これらの県では,民間の給与水準が低いので,こういう結果になっているものと思われます。逆に,民間の給与水準が高い東京や神奈川では,教員給与の相対倍率は1.0を下っています。
いかがでしょう。地図にすれば分かりやすいと思いますが,教員給与の相対倍率が高いのは,東北の諸県のようです。1.2や1.3という数字が目につきます。秋田や青森は,『全国学力・学習状況調査』でのパフォーマンスが毎年秀でている県ですが,このような偉業は,教員の待遇の有様と無関係ではないのでは。
しかるに,上表の数字があまりに高いと,よらかぬことが起きる可能性もあります。小・中学校教員の給与倍率が最も高い沖縄は,精神疾患による教員の休職率も最高の県です(昨年の5月31日の記事を参照)。
「てめーら,民間に比べてべらぼうに高い金もらってんだから,最も働け!」というような,突き上げがあるのかもしれません。学校に理不尽な要求を突き付ける,モンスター・ペアレントの出現率も高かったりして・・・
想像はこれくらいにいたしましょう。今回のデータが,みなさまの知的好奇心を多少なりとも満たせるのであれば,うれしく存じます。
橋下大阪市長は,市職員の給与を民間並みに引き下げる方針を打ち出しているそうです。大阪市の民間の給与水準がどうかは知りませんが,公務員の相対的な「オイシサ」が際立っているのでしょうか。いや,公務員(教員含む)が「オイシイ」思いをしている地域は他にもあるだろう。こういう関心から,上記の記事を見てくださる方もおられると思います。
このようなご要望?があることにかんがみ,今回は,公立小学校,中学校,および高等学校の教員の平均給与月額を,都道府県別にご覧に入れようと存じます。資料は,文科省『学校教員統計調査』(2007年版)です。本調査は3年おきに実施されているもので,最新の2010年調査の結果が間もなく公表されると思いますが,ひとまず,2007年調査の数字をお見せしようと思います。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172
下表は,公立学校の男性教員の平均給与月額を,都道府県別に整理したものです。右端には,全産業の男性労働者に対し,毎月「決まって支給される」給与額の平均値を掲げています。ソースは,厚労省の『賃金構造基本調査』(2007年版)です。教員と全労働者を比較する際,性別の影響が入るのを防ぐため,男性のデータに限定することとしました。
47都道府県の最大値には黄色,最小値には青色のマークを付しています。小・中学校では,給与月額が最も高いのは和歌山で,最も低いのは北海道です。高校では,最大は東京,最小は鳥取です。各県の全産業でみると,両端は東京と沖縄になっています。
余談ですが,教員の給与水準の地域差が,全産業の労働者のそれに比べて小さいことにお気づきでしょうか。全産業の労働者では,最高の44.9万円から最低の26.8万円までのレインヂ(極差)があります。しかるに,小学校教員では,40.7万円から35.6万円までの開きにとどまっています。中高の教員でもほぼ同じです。
それは,義務教育費国庫負担制度によって,公立の義務教育学校の教員給与に著しい地域格差が出ないよう,テコ入れがなされているためです。これがないと,国民の共通教育たる義務教育の質に,大きな地域格差が出ることになってしまいます。
こういう事情から,ほとんどの県において,全労働者よりも,教員の給与の額のほうが高くなっています。沖縄では,全労働者が26.8万円であるのに対し,小学校教員は36.4万円です。10万円近くの開きです。倍率にすると,後者は前者の1.36倍です。これは「オイシイ」。
逆に,教員の給与が平均的な労働者のそれを下回っている地域もあります。東京,神奈川,および大阪といった大都市です。東京では,最も高い高校教員の給与(42.5万円)も,全労働者のそれ(44.9万円)には及びません。後者を1.00とした指数を出すと,高校教員は0.95,中学校教員は0.91,小学校教員に至っては0.83です。先の沖縄とは大違い。トホホですね。
各県の教員の給与額を,全労働者のそれを1.00とした指数に換算してみましょう。こうすることで,それぞれの県における,教育公務員の相対的な「オイシサ」の程度がクリアーになるはずです。
教員給与の相対倍率が最も高いのは,小・中学校では沖縄,高校では青森です。これらの県では,民間の給与水準が低いので,こういう結果になっているものと思われます。逆に,民間の給与水準が高い東京や神奈川では,教員給与の相対倍率は1.0を下っています。
いかがでしょう。地図にすれば分かりやすいと思いますが,教員給与の相対倍率が高いのは,東北の諸県のようです。1.2や1.3という数字が目につきます。秋田や青森は,『全国学力・学習状況調査』でのパフォーマンスが毎年秀でている県ですが,このような偉業は,教員の待遇の有様と無関係ではないのでは。
しかるに,上表の数字があまりに高いと,よらかぬことが起きる可能性もあります。小・中学校教員の給与倍率が最も高い沖縄は,精神疾患による教員の休職率も最高の県です(昨年の5月31日の記事を参照)。
「てめーら,民間に比べてべらぼうに高い金もらってんだから,最も働け!」というような,突き上げがあるのかもしれません。学校に理不尽な要求を突き付ける,モンスター・ペアレントの出現率も高かったりして・・・
想像はこれくらいにいたしましょう。今回のデータが,みなさまの知的好奇心を多少なりとも満たせるのであれば,うれしく存じます。
2012年1月25日水曜日
後期授業終了
本日,非常勤で持っている後期授業のすべてが終わりました。これから採点しなければならない試験の答案が結構ありますが,ひとまず,「おつかれ」の一人酒。
「通」の人なら,どこの居酒屋かお分かりかと思います。京王永山駅前の**(漢字2文字)です。ここの「なんこつ揚げ」が安くてうまい。
仲間同士で楽しくワイワイやってるお客さんがほとんどですが,私はカウンターで,ライトノーベルを読みながら一人酒。今日の酒のお相手(失礼)は,越谷オサムさんの『陽だまりの彼女』(新潮社,2011年)です。「女子が男子に読んでほしい小説No1」という帯に惹かれて買っちゃいました。半分ほど読んでいたのですが,残りの半分をこの酒場で読了しました。
http://www.shinchosha.co.jp/book/135361
今,先行きにドキドキしながら本書を読んでいる方もおられると思うので,内容については申しません。でも,読後はきっと,さわやかな気持ちに包まれることでしょう。とくに男子は,恋人を大事にしよう,という思いを新たにすることと思います。上記の帯のフレーズ,偽りなしです。
さあ,これから冬(春)休みです。本の原稿を書くぞ。2008年,2010年と隔年で本を出してきました(『47都道府県の子どもたち』,『47都道府県の青年たち』,いずれも武蔵野大学出版会)。昨年は研究をサボったので,今年(2012年)は気合いを入れて何か一冊。それとブログも続けるぞ。
「通」の人なら,どこの居酒屋かお分かりかと思います。京王永山駅前の**(漢字2文字)です。ここの「なんこつ揚げ」が安くてうまい。
仲間同士で楽しくワイワイやってるお客さんがほとんどですが,私はカウンターで,ライトノーベルを読みながら一人酒。今日の酒のお相手(失礼)は,越谷オサムさんの『陽だまりの彼女』(新潮社,2011年)です。「女子が男子に読んでほしい小説No1」という帯に惹かれて買っちゃいました。半分ほど読んでいたのですが,残りの半分をこの酒場で読了しました。
http://www.shinchosha.co.jp/book/135361
今,先行きにドキドキしながら本書を読んでいる方もおられると思うので,内容については申しません。でも,読後はきっと,さわやかな気持ちに包まれることでしょう。とくに男子は,恋人を大事にしよう,という思いを新たにすることと思います。上記の帯のフレーズ,偽りなしです。
さあ,これから冬(春)休みです。本の原稿を書くぞ。2008年,2010年と隔年で本を出してきました(『47都道府県の子どもたち』,『47都道府県の青年たち』,いずれも武蔵野大学出版会)。昨年は研究をサボったので,今年(2012年)は気合いを入れて何か一冊。それとブログも続けるぞ。
2012年1月24日火曜日
東大生の親の職業
前回は,大学生の家庭の年収分布を明らかにしました。予想に反してといいますか,大学生の出身家庭が,富裕層に著しく偏しているようなことはありませんでした。
とはいえ,これは大学生全体の傾向です。ランクの高い大学に限定すれば,また違った側面がみえてくるかもしれません。今回は,最高峰といわれる東京大学の学生に,どういう家柄の者が多いかを観察してみようと思います。
東京大学は毎年,『学生生活実態調査』を実施しているようです。日本学生支援機構の『学生生活調査』の東大版といえるものでしょう。本調査から,東大生の主たる家計支持者の職業を知ることができます。主たる家計支持者の多くは父親ですが,母親というケースもありますので,双方の職業分布をみてみます。最新の2010年の調査データです。
http://www.u-tokyo.ac.jp/stu05/h05_j.html
まず父親の職業をみると,管理職が42.3%と最も多くなっています。その次が専門技術・教育職です(37.3%)。この2つだけで,全体の8割近くを占めています。母親は非正規が多いようですが,専門技術・教育職,管理職,および事務職といったホワイトカラーが全体の半分を占めています。
このような職業分布は,大学生の年頃の子がいる家庭全体のそれとはかなり隔たっていることと思われます。大学生の親御さんの年齢は,40代後半から50代前半というところでしょう。2010年の総務省『国勢調査報告』から分かる,45~54歳の男性(女性)の職業分布と,今しがた明らかにした東大生の親の職業分布を照らし合わせてみましょう。*前者の職業分布は,下記サイトの表6の統計から計算しました。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001032402&cycode=0
まずは,この年齢の男性の職業分布と,東大生の父親のそれを比べてみます。前者でいう「非正規」とは,派遣社員やパート・アルバイトの形態で就業している者です。無職者は,他のカテゴリーの合算値を,人口全体から差し引いて出しました。
どうでしょう。両者の分布の違いが明らかです。管理職は,45~54歳男性の3.7%しか占めませんが,東大生の父親では実に42.3%をも占有しています。逆に,生産工程・採掘職従事者は,前者では19.1%を占めるのに,後者ではほんの3.5%しか占めません。
上表のbをaで除すことで,それぞれの職業カテゴリーから東大生が出る確率の近似値を計算することができます。東大生輩出率と名づけましょう。*「その他」については,aとbで意味するところが異なる可能性がありますので,輩出率の算出は控えます。
この値をみると,管理職がダントツで高くなっています。11.48です。つまり,この階層からは,通常期待されるよりも11.5倍多く,東大生が出ていることになります。反対に,父が無職という家庭から東大生が出る確率は,期待値(1.00)の10分の1ほどです。
次に,45~54歳女性の職業分布と,東大生の母親のそれを比較しましょう。母親の場合,推定母集団の職業分布との隔たりは,父親に比して小さいようです。でも,管理職や専門技術・教育職の有利さは,ここでも際立っています。これらの職業従事者は,母集団では9.5%しか占めませんが,東大生の母親では38.9%をも占有しているのです。
いやー,すごいですね。最高峰の東大に限定すると,学生の出身階層は,富裕層にかなり偏っているといえます。年収についてはどうかというと,東大生の家庭のうち,年収が1550万円を超える家庭は14.1%です(上記の東大調査)。40~50代の2人以上世帯のうち,年収が1500万を超える世帯は5.6%にすぎないのとは大違いです(2009年,『全国消費実態調査』)。
まあ,当然といえば当然といえるかもしれません。東大に入るには,幼いころから塾通いをし,早い段階から有名私立校に行かなければならない面が強いことでしょう。東大の合格者が,私立高校出身者に偏していることは,2010年12月26日の記事で明らかにしたところです。
最高学府に行けるかどうかは,「生まれ」に規定される部分が大きいようです。はて,この傾向は過去に比して強まっているのでしょうか。
2000年の上記東大調査によると,学生の家庭の主たる家計支持者に占める管理職従事者の比率は47.2%です。同年の『国勢調査』から分かる,45~54歳男性に占める管理職従事者(臨時雇除く)の比率は5.3%です。よって,10年前では,管理職家庭からの東大生輩出率は8.91であったことになります。2010年のこの数字は,先ほどみたように11.48です。富裕層からの東大生輩出率が上がっていることが知られます。
こんなことは,局所的な傾向だろう,と一蹴されるかもしれません。しかし,こうした局所の傾向の中に,わが国の階層社会化の進行が映し出されているようで,不気味な思いがするのです。
とはいえ,これは大学生全体の傾向です。ランクの高い大学に限定すれば,また違った側面がみえてくるかもしれません。今回は,最高峰といわれる東京大学の学生に,どういう家柄の者が多いかを観察してみようと思います。
東京大学は毎年,『学生生活実態調査』を実施しているようです。日本学生支援機構の『学生生活調査』の東大版といえるものでしょう。本調査から,東大生の主たる家計支持者の職業を知ることができます。主たる家計支持者の多くは父親ですが,母親というケースもありますので,双方の職業分布をみてみます。最新の2010年の調査データです。
http://www.u-tokyo.ac.jp/stu05/h05_j.html
まず父親の職業をみると,管理職が42.3%と最も多くなっています。その次が専門技術・教育職です(37.3%)。この2つだけで,全体の8割近くを占めています。母親は非正規が多いようですが,専門技術・教育職,管理職,および事務職といったホワイトカラーが全体の半分を占めています。
このような職業分布は,大学生の年頃の子がいる家庭全体のそれとはかなり隔たっていることと思われます。大学生の親御さんの年齢は,40代後半から50代前半というところでしょう。2010年の総務省『国勢調査報告』から分かる,45~54歳の男性(女性)の職業分布と,今しがた明らかにした東大生の親の職業分布を照らし合わせてみましょう。*前者の職業分布は,下記サイトの表6の統計から計算しました。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001032402&cycode=0
まずは,この年齢の男性の職業分布と,東大生の父親のそれを比べてみます。前者でいう「非正規」とは,派遣社員やパート・アルバイトの形態で就業している者です。無職者は,他のカテゴリーの合算値を,人口全体から差し引いて出しました。
どうでしょう。両者の分布の違いが明らかです。管理職は,45~54歳男性の3.7%しか占めませんが,東大生の父親では実に42.3%をも占有しています。逆に,生産工程・採掘職従事者は,前者では19.1%を占めるのに,後者ではほんの3.5%しか占めません。
上表のbをaで除すことで,それぞれの職業カテゴリーから東大生が出る確率の近似値を計算することができます。東大生輩出率と名づけましょう。*「その他」については,aとbで意味するところが異なる可能性がありますので,輩出率の算出は控えます。
この値をみると,管理職がダントツで高くなっています。11.48です。つまり,この階層からは,通常期待されるよりも11.5倍多く,東大生が出ていることになります。反対に,父が無職という家庭から東大生が出る確率は,期待値(1.00)の10分の1ほどです。
次に,45~54歳女性の職業分布と,東大生の母親のそれを比較しましょう。母親の場合,推定母集団の職業分布との隔たりは,父親に比して小さいようです。でも,管理職や専門技術・教育職の有利さは,ここでも際立っています。これらの職業従事者は,母集団では9.5%しか占めませんが,東大生の母親では38.9%をも占有しているのです。
いやー,すごいですね。最高峰の東大に限定すると,学生の出身階層は,富裕層にかなり偏っているといえます。年収についてはどうかというと,東大生の家庭のうち,年収が1550万円を超える家庭は14.1%です(上記の東大調査)。40~50代の2人以上世帯のうち,年収が1500万を超える世帯は5.6%にすぎないのとは大違いです(2009年,『全国消費実態調査』)。
まあ,当然といえば当然といえるかもしれません。東大に入るには,幼いころから塾通いをし,早い段階から有名私立校に行かなければならない面が強いことでしょう。東大の合格者が,私立高校出身者に偏していることは,2010年12月26日の記事で明らかにしたところです。
最高学府に行けるかどうかは,「生まれ」に規定される部分が大きいようです。はて,この傾向は過去に比して強まっているのでしょうか。
2000年の上記東大調査によると,学生の家庭の主たる家計支持者に占める管理職従事者の比率は47.2%です。同年の『国勢調査』から分かる,45~54歳男性に占める管理職従事者(臨時雇除く)の比率は5.3%です。よって,10年前では,管理職家庭からの東大生輩出率は8.91であったことになります。2010年のこの数字は,先ほどみたように11.48です。富裕層からの東大生輩出率が上がっていることが知られます。
こんなことは,局所的な傾向だろう,と一蹴されるかもしれません。しかし,こうした局所の傾向の中に,わが国の階層社会化の進行が映し出されているようで,不気味な思いがするのです。
2012年1月22日日曜日
年収別の大学生輩出率
1月13日,日本学生支援機構は,『平成22年度・学生生活調査』の結果を公表しました。同機構が隔年で実施している調査で,大学生がどうやって暮らしを立てているかを,さまざまな角度から調べています。
http://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_chosa/10.html
本調査の調査項目の一つに,学生の家庭の年間収入があります。2010年度調査の結果によると,大学昼間部の学生(以下,大学生)の家庭の年収分布は,下図のようです。
800~900万円台が22.3%と最も多くなっています。それに次ぐのが,600~700万円台です。わが国の大学の多くは私立ですが,私立の場合,年間納付金(授業料,設備費・・・)が軽く100万を超えますから,これくらいの収入がないと,キツいのは確かです。2人の子を私立に行かせるとなると,年収の4分の1を,ごっそり学費に持っていかれることになります。なお,大学生のおよそ4人に1人が,年収1千万円以上の家庭の子弟であることも注目されます。
さて,このような年収の分布は,大学生の年頃の子がいる家庭全体(母集団)のそれと比べてどうなのでしょう。
総務省『平成21年・全国消費実態調査』から,2人以上の世帯の年収分布を知ることができます。大学生の親御さんの年齢は,40~50代というところでしょう。私は,世帯主の年齢が40~50代の世帯の年収分布を明らかにし(下記サイトの表1参照),先ほどみた,大学生の家庭の年収分布と照合してみました。前者は下表のa,後者はbの欄に示されています。両者のズレに注目してください。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001028135&cycode=0
いかがでしょう。大学生の23.2%が年収1千万円以上の家庭の子弟ですが,この層は,母集団でみても同じくらいの比重で存在します。予想に反するといいますか,大学生の出身階層が,富裕層に著しく偏している,というわけではなさそうです。
むしろ,大学生では,貧困層が比較的多いといえないでしょうか。最も低い200万未満の階層は,母集団では2.8%しか占めませんが,大学生では4.2%を占めるのです。
上表のbをaで除すことで,それぞれの階層から大学生が出る確率を測ることができます。大学生輩出率と命名しておきましょう。これによると,年収200万未満の層からは,通常期待されるよりも1.5倍多く,大学生が出ていることになります。輩出率がその次に高いのは,800~900万円台の層です(1.23)。大雑把にいうと,大学生の輩出確率が高い層は,「下」と「やや上」に分極化しているようです。
ところで,大学といっても,国立,公立,そして私立があります。こうした設置主体ごとに,大学生の輩出率を計算したらどうでしょうか。下図の3本の折れ線をご覧ください。繰り返しますが,輩出率とは,大学生の中での比重を,母集団の中での比重で除した値です。
公立大学の学生は,貧困層からの輩出率が高く,富裕層からの輩出率は低いようです。公立大学の学費が比較的安いためと思われます(設置自治体の住民の場合,割安!)。貧困層の教育機会の拡大に,公立大学がかなり貢献していることがうかがわれます。大学全体に占める公立大学のシェアが小さいことが,何とも残念です(学生数で5%ほど)。
代わって,学生数でみて約8割をも占める私立大学ですが,こちらは,先ほどみた全体の傾向とほぼ同じになっています。年収が「下」の層と「中の上」の層に山がある,ふたコブ型です。国立大学は,おおよそ,公立と私立の中間型でしょうか。
ともあれ,年収が低い家庭から大学生が出る確率が小さくないことが分かったのですが,このことを以て安堵するのは早計でしょう。貧困家庭の学生は,奨学金をフルに借りる,バイトをいくつも掛け持ちするなど,相当の「ムリ」をしていることと思われます。
冒頭で紹介した,日本学生支援機構の調査によると,バイトをしている大学生の比率は,2002年の23.2%から2010年の26.9%へと上昇しています。この期間中,大学生の奨学金受給率も41.1%から50.7%へと増えているのです。
12月9日の記事でも触れましたが,国の基準によると,学生は,1単位につき45時間勉強することになっています。卒業要件が130単位の大学の場合,学生は,平日休日を問わず,1日あたり4時間ほど勉強しなければならない勘定です(授業時間含む)。このことを非常勤先の学生さんに話したら,「それじゃあ,バイトやる時間ないじゃないっすか!」と,怒りにも似た反応が返ってきました。
定かかどうかは知りませんが,わが国の大学の学費は世界一高い,といわれます。学費を捻出するために,ムリをしている(せざるを得ない)学生さんも多いことでしょう。学生が勉学に集中できる条件の整備もなしに,「学士力」というスローガンを掲げて,尻に鞭を打つばかりというのは,いかがなものか,という気もします。
日頃抱いていたこのような思いが,今回のデータにより,さらに強まった次第です。
http://www.jasso.go.jp/statistics/gakusei_chosa/10.html
本調査の調査項目の一つに,学生の家庭の年間収入があります。2010年度調査の結果によると,大学昼間部の学生(以下,大学生)の家庭の年収分布は,下図のようです。
800~900万円台が22.3%と最も多くなっています。それに次ぐのが,600~700万円台です。わが国の大学の多くは私立ですが,私立の場合,年間納付金(授業料,設備費・・・)が軽く100万を超えますから,これくらいの収入がないと,キツいのは確かです。2人の子を私立に行かせるとなると,年収の4分の1を,ごっそり学費に持っていかれることになります。なお,大学生のおよそ4人に1人が,年収1千万円以上の家庭の子弟であることも注目されます。
さて,このような年収の分布は,大学生の年頃の子がいる家庭全体(母集団)のそれと比べてどうなのでしょう。
総務省『平成21年・全国消費実態調査』から,2人以上の世帯の年収分布を知ることができます。大学生の親御さんの年齢は,40~50代というところでしょう。私は,世帯主の年齢が40~50代の世帯の年収分布を明らかにし(下記サイトの表1参照),先ほどみた,大学生の家庭の年収分布と照合してみました。前者は下表のa,後者はbの欄に示されています。両者のズレに注目してください。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001028135&cycode=0
いかがでしょう。大学生の23.2%が年収1千万円以上の家庭の子弟ですが,この層は,母集団でみても同じくらいの比重で存在します。予想に反するといいますか,大学生の出身階層が,富裕層に著しく偏している,というわけではなさそうです。
むしろ,大学生では,貧困層が比較的多いといえないでしょうか。最も低い200万未満の階層は,母集団では2.8%しか占めませんが,大学生では4.2%を占めるのです。
上表のbをaで除すことで,それぞれの階層から大学生が出る確率を測ることができます。大学生輩出率と命名しておきましょう。これによると,年収200万未満の層からは,通常期待されるよりも1.5倍多く,大学生が出ていることになります。輩出率がその次に高いのは,800~900万円台の層です(1.23)。大雑把にいうと,大学生の輩出確率が高い層は,「下」と「やや上」に分極化しているようです。
ところで,大学といっても,国立,公立,そして私立があります。こうした設置主体ごとに,大学生の輩出率を計算したらどうでしょうか。下図の3本の折れ線をご覧ください。繰り返しますが,輩出率とは,大学生の中での比重を,母集団の中での比重で除した値です。
公立大学の学生は,貧困層からの輩出率が高く,富裕層からの輩出率は低いようです。公立大学の学費が比較的安いためと思われます(設置自治体の住民の場合,割安!)。貧困層の教育機会の拡大に,公立大学がかなり貢献していることがうかがわれます。大学全体に占める公立大学のシェアが小さいことが,何とも残念です(学生数で5%ほど)。
代わって,学生数でみて約8割をも占める私立大学ですが,こちらは,先ほどみた全体の傾向とほぼ同じになっています。年収が「下」の層と「中の上」の層に山がある,ふたコブ型です。国立大学は,おおよそ,公立と私立の中間型でしょうか。
ともあれ,年収が低い家庭から大学生が出る確率が小さくないことが分かったのですが,このことを以て安堵するのは早計でしょう。貧困家庭の学生は,奨学金をフルに借りる,バイトをいくつも掛け持ちするなど,相当の「ムリ」をしていることと思われます。
冒頭で紹介した,日本学生支援機構の調査によると,バイトをしている大学生の比率は,2002年の23.2%から2010年の26.9%へと上昇しています。この期間中,大学生の奨学金受給率も41.1%から50.7%へと増えているのです。
12月9日の記事でも触れましたが,国の基準によると,学生は,1単位につき45時間勉強することになっています。卒業要件が130単位の大学の場合,学生は,平日休日を問わず,1日あたり4時間ほど勉強しなければならない勘定です(授業時間含む)。このことを非常勤先の学生さんに話したら,「それじゃあ,バイトやる時間ないじゃないっすか!」と,怒りにも似た反応が返ってきました。
定かかどうかは知りませんが,わが国の大学の学費は世界一高い,といわれます。学費を捻出するために,ムリをしている(せざるを得ない)学生さんも多いことでしょう。学生が勉学に集中できる条件の整備もなしに,「学士力」というスローガンを掲げて,尻に鞭を打つばかりというのは,いかがなものか,という気もします。
日頃抱いていたこのような思いが,今回のデータにより,さらに強まった次第です。
2012年1月20日金曜日
「こころの状態」の学歴差
現代は,「こころの病」の時代といわれます。「病」というのはオーバーであるにしても,心の内に何らかの「負担感」を抱えた人は,決して少なくはないでしょう。
心の負担感の程度を測る尺度として,K6スコアというものがあります。アメリカのKasselerらが考案したもので,以下の6つの設問に対し,「まったくない」,「少しだけ」,「ときどき」,「たいてい」,「いつも」,のいずれかで答えてもらいます。
①神経過敏に感じましたか?
②絶望的だと感じましたか?
③そわそわ,落ち着かなく感じましたか?
④気分が沈みこんで,何が起こっても気が晴れないように感じましたか?
⑤何をするにも骨折りだと感じましたか?
⑥自分は価値のない人間だと感じましたか?
「まったくない」は0点,「少しだけ」は1点,「ときどき」は2点,「たいてい」は3点,「いつも」は4点とし,6つの設問への回答を点数化します。この方法によると,対象者の心の負担感の程度を,0点から24点までのスコアで計測することが可能です(4点×6=24点満点)。このスコアのことを,K6スコアといいます。この値が高いほど,心の負担感の度合いが大きいことになります。
厚労省『国民生活基礎調査』の2010年調査では,対象者の学歴別に,このK6スコアの分布が明らかにされています。20歳以上の大学卒業者のスコア分布は,「0~4点」が72.6%,「5~9点」が18.1%,「10~14点」が7.0%,「15点以上」が2.3%,となっています(不詳は計算から除外)。階級値の考えに依拠して,「0~4点」は2点,「5~9点」は7点,「10~14点」は12点,「15点以上」は20点,とみなすと,この層のK6スコアの平均点は,以下のように算出されます。
{(2点×72.6)+(7点×18.1)+(12点×7.0)+(20点×2.3)}/100.0 ≒ 4.02点
他の学歴ではどうでしょう。上記の調査では,6つの学歴グループのスコア分布が明らかにされています。この結果を使って,各グループのK6スコアの平均値を出してみました。20歳以上の成人のデータです。
スコアが最も高いのは,小学校・中学校卒です。義務教育を終えてすぐに社会に出た人たちですが,やはり諸々の不利な条件を背負わされてしまうのでしょうか。心の負担感の度合いが,他の学歴グループに比して大きくなっています。
K6スコアの平均点は,学歴の高低とおおよそ関連していますが,直線的な関連というわけではありません。ボトムは大卒で,大学院卒になると,反転してスコアが上がります。大学院まで行くと,身の振り方がかなり制限されます。博士号を取得したにもかかわらず定職に就けない無職博士の問題については,このブログで繰り返し書いてきました。彼らが深刻なストレスにさらされていることは,いうまでもありません。
今みたのは20歳以上の成人全体の数字ですが,若年層に限定したデータでは,もっと面白い傾向が出そうだなあ。また,男性と女性でどう違うかも興味深いところです。性別と年齢層別に,K6スコアの平均点の学歴差をみてみましょう。下図は,結果を折れ線グラフの形に凝縮したものです。
まずは,左側の性別の曲線をご覧ください。どの学歴グループでも,男性より女性のスコアが高いようです。女性のほうが,心の負担感の程度が大きいことが知られます。
曲線の型をみると,男性は,先ほどみた全体の型とほぼ同じですが,女性は,何と大学院修了者のスコアが最大となっています。最高学歴のグループで,最も心の負担感が大きい,ということです。女性の場合,大学院まで出てしまうと,結婚相手が見つからない,心ない偏見にさらされる,といった不利益もあることと思います。
続いて,右側の年齢層別の曲線をご覧ください。まずグラフをタテにみると,学歴を問わず,高齢層より若年層のスコアが高くなっています。昨今,若年層が厳しい状況におかれていることを思うと,さもありなん,という感じです。
次に,グラフをヨコにみてみましょう。最も注目されるのは,20代の傾向です。20代の場合,曲線がU字型になっています。K6スコアの平均値は,小・中学校卒業者で最も高いのですが,その次が大学院修了者となっています。20代の最高学歴保有者が,心に重い負担を抱えていることが知られます。このことに,説明は要りますまい。
40代の曲線は,きれいな右下がりの型になっています。学歴が高い(低い)ほど,心の負担感が小さい(大きい)傾向です。この世代では,学歴主義の純度が高いようです。この世代までは,大学院修了者の就職難も,今ほど深刻ではなかったのだろうな。30代は,20代と40代の中間的な傾向です。
「学歴主義」という言葉が出ましたが,学歴主義とは,富や地位の配分に際して,学歴を重視する考え方のことです。わが国が学歴主義の社会であることは,指摘するまでもありません。しかし,無目的に高い学歴を取得しても,あまりいいことはないようです。とくにメンタルヘルス面において。
上図に描かれた,20代のU字型のK6スコア曲線は,私にとって発見でした。今後,世代を下るにつれ,U字の形が明確になっていくのではないでしょうか。これから先の動向が注目されます。
心の負担感の程度を測る尺度として,K6スコアというものがあります。アメリカのKasselerらが考案したもので,以下の6つの設問に対し,「まったくない」,「少しだけ」,「ときどき」,「たいてい」,「いつも」,のいずれかで答えてもらいます。
①神経過敏に感じましたか?
②絶望的だと感じましたか?
③そわそわ,落ち着かなく感じましたか?
④気分が沈みこんで,何が起こっても気が晴れないように感じましたか?
⑤何をするにも骨折りだと感じましたか?
⑥自分は価値のない人間だと感じましたか?
「まったくない」は0点,「少しだけ」は1点,「ときどき」は2点,「たいてい」は3点,「いつも」は4点とし,6つの設問への回答を点数化します。この方法によると,対象者の心の負担感の程度を,0点から24点までのスコアで計測することが可能です(4点×6=24点満点)。このスコアのことを,K6スコアといいます。この値が高いほど,心の負担感の度合いが大きいことになります。
厚労省『国民生活基礎調査』の2010年調査では,対象者の学歴別に,このK6スコアの分布が明らかにされています。20歳以上の大学卒業者のスコア分布は,「0~4点」が72.6%,「5~9点」が18.1%,「10~14点」が7.0%,「15点以上」が2.3%,となっています(不詳は計算から除外)。階級値の考えに依拠して,「0~4点」は2点,「5~9点」は7点,「10~14点」は12点,「15点以上」は20点,とみなすと,この層のK6スコアの平均点は,以下のように算出されます。
{(2点×72.6)+(7点×18.1)+(12点×7.0)+(20点×2.3)}/100.0 ≒ 4.02点
他の学歴ではどうでしょう。上記の調査では,6つの学歴グループのスコア分布が明らかにされています。この結果を使って,各グループのK6スコアの平均値を出してみました。20歳以上の成人のデータです。
スコアが最も高いのは,小学校・中学校卒です。義務教育を終えてすぐに社会に出た人たちですが,やはり諸々の不利な条件を背負わされてしまうのでしょうか。心の負担感の度合いが,他の学歴グループに比して大きくなっています。
K6スコアの平均点は,学歴の高低とおおよそ関連していますが,直線的な関連というわけではありません。ボトムは大卒で,大学院卒になると,反転してスコアが上がります。大学院まで行くと,身の振り方がかなり制限されます。博士号を取得したにもかかわらず定職に就けない無職博士の問題については,このブログで繰り返し書いてきました。彼らが深刻なストレスにさらされていることは,いうまでもありません。
今みたのは20歳以上の成人全体の数字ですが,若年層に限定したデータでは,もっと面白い傾向が出そうだなあ。また,男性と女性でどう違うかも興味深いところです。性別と年齢層別に,K6スコアの平均点の学歴差をみてみましょう。下図は,結果を折れ線グラフの形に凝縮したものです。
まずは,左側の性別の曲線をご覧ください。どの学歴グループでも,男性より女性のスコアが高いようです。女性のほうが,心の負担感の程度が大きいことが知られます。
曲線の型をみると,男性は,先ほどみた全体の型とほぼ同じですが,女性は,何と大学院修了者のスコアが最大となっています。最高学歴のグループで,最も心の負担感が大きい,ということです。女性の場合,大学院まで出てしまうと,結婚相手が見つからない,心ない偏見にさらされる,といった不利益もあることと思います。
続いて,右側の年齢層別の曲線をご覧ください。まずグラフをタテにみると,学歴を問わず,高齢層より若年層のスコアが高くなっています。昨今,若年層が厳しい状況におかれていることを思うと,さもありなん,という感じです。
次に,グラフをヨコにみてみましょう。最も注目されるのは,20代の傾向です。20代の場合,曲線がU字型になっています。K6スコアの平均値は,小・中学校卒業者で最も高いのですが,その次が大学院修了者となっています。20代の最高学歴保有者が,心に重い負担を抱えていることが知られます。このことに,説明は要りますまい。
40代の曲線は,きれいな右下がりの型になっています。学歴が高い(低い)ほど,心の負担感が小さい(大きい)傾向です。この世代では,学歴主義の純度が高いようです。この世代までは,大学院修了者の就職難も,今ほど深刻ではなかったのだろうな。30代は,20代と40代の中間的な傾向です。
「学歴主義」という言葉が出ましたが,学歴主義とは,富や地位の配分に際して,学歴を重視する考え方のことです。わが国が学歴主義の社会であることは,指摘するまでもありません。しかし,無目的に高い学歴を取得しても,あまりいいことはないようです。とくにメンタルヘルス面において。
上図に描かれた,20代のU字型のK6スコア曲線は,私にとって発見でした。今後,世代を下るにつれ,U字の形が明確になっていくのではないでしょうか。これから先の動向が注目されます。
2012年1月18日水曜日
大学の偏差値と退学率
昨年の12月17日の記事では,597大学の初年次退学率を明らかにしたのですが,この値は,各大学の偏差値によってどう異なるのでしょう。このような問題を追及するのはタブーかもしれませんが,関心をお持ちの方もおられると思います。まあ,どういう結果が出るかは,おおよそ見当がつきますが,実証的な数量データを提示したいと思います。
学研教育出版が毎年刊行している『大学受験案内』から,全国の私立大学の各学部の偏差値(河合塾提供)を知ることができます。偏差値とは,入試難易度の尺度として用いられるものです。
http://hon.gakken.jp/book/1130331600
最新の2012年度版の資料によると,私が非常勤として勤務する武蔵野大学の各学部の偏差値は,薬学部が52.5,看護学部が55.0,文学部が52.5,政治経済学部が50.0,人間関係学部が55.0,環境学部が50.0,教育学部が55.0,グローバル学部が50.0,となっています(889頁)。これらを平均した52.5をもって,この大学の偏差値とみなすこととします。
このようにして明らかにした各私立大学の偏差値と,学生の初年次退学率とを関連づけてみましょう。後者は,読売新聞教育取材班の『大学の実力2012』から得ることができます。2010年4月入学者のうち,翌年3月までの間にどれほどの者が退学したか,除籍になったかを表す指標です。詳細は,昨年の12月17日の記事を参照ください。
偏差値と初年次退学率の両方を知ることができるのは,434の私立大学です。文科省『学校基本調査』から分かる,2010年5月1日時点の私立大学の数は599ですから,母集団の72.5%がカバーされていることになります。
私は,偏差値に基づいて,各大学を5つにグルーピングしました。35未満(BF),30台後半,40台,50台,60以上,です。35に満たない大学は,BF(ボーダーフリー)大学として括ることとします。字のごとく,境界がない大学,チョー簡単に入れる大学です。
これらのグループごとに,初年次退学率の分布をとってみました。グループ間の比較を行うため,相対度数分布(%)を出しています。下表をご覧ください。
偏差値40台の大学が最も多いのですが,このグループでは,初年次退学率が1%台の大学が32.1%を占めます。しかるに,偏差値が下るにつれて,分布のピーク(赤色)が下方にシフトしてきます。左端のBF大学でみると,分布の山が,5%台と7%台の階級にあります。
BF大学の数は84ですが,そのうちのほぼ半数(41大学)で,初年次退学率が5%を超えています。20人に1人以上が,入学後1年を待たずして大学を去る,ということです。
次に,在学期間中(4年間)の退学率との関連をみてみましょう。在学期間中の退学率とは,2007年4月入学者のうち,どれほどの者が,2011年3月までの間に退学・除籍になったかを表す指標です。読売新聞教育取材班の上記資料から得ることができます。425の私立大学について,この意味での退学率と偏差値を揃えることができました。両者の相関をみてみましょう。
初年次退学率との相関よりも,いっそうクリアーな相関になっています。赤色の最頻値(Mode)の位置が,きれいな左下がり(右上がり)の傾向を呈しています。偏差値50台の大学では,在学期間中の退学率が4~5%台という大学が最多ですが,BF大学では,16~17%台という大学が最も多いのです。BF大学でいうと,在学期間中の退学率が10%を超える大学が全体の74.1%に相当します。
何も言いますまい。巷でささやかれている。偏差値と退学率の相関関係が,データで裏づけられました。最後に,2種類の退学率の平均値を,それぞれの偏差値グループについて出し,折れ線でつないだ図を提示しておきます。
図中の2つの曲線をみると,4年間の退学率のほうが,曲線の傾斜がきついような印象を受けます。こちらのほうが,グループ間の差が大きい,ということです。グループ間の平均値の差の度合いを示す標準偏差を出すと,4年間の退学率は4.15,初年次退学率は1.55です。前者のほうが,値が大きくなっています。
在学期間を経るにつれ,不適応を起こす学生の量の差が広がってくることが示唆されます。教育社会学の理論に,「配分→社会化」仮説というものがあります。人がある組織に配分されると,当該の組織に向けられた世間のまなざし(役割期待)に沿うような形で,当人が社会化される,というものです。
たとえば,中学時代までは普通だった少年が,低ランクの高校に入り,しばらくの時を経ると,不良少年になってしまうことがあります。当該の高校に蔓延する逸脱カルチャーに染まる,「あの高校だから・・・」という世間のまなざしを常に意識する,というようなことが大きいと解されます。
ある教育機関において,子どもがどのような社会化を遂げるかは,当該の機関における教育実践の中身に規定されますが,それと同時に,いやそれ以上に,当該組織の成員であるという客観的な事実の影響を被ることも,否定できません。社会学の観点からは,こうした集団の外的拘束力の存在を強調したいところです。
このような見方は,現場の教育実践など無力だと言っているようで,あまり歓迎できたものではないでしょう。私とて,それほどまでに偏った見解を提示するものではありません。世間からのラベル貼り(偏見)を跳ね返すような,すぐれた教育実践が,全国の各大学で展開されていることも,存じ上げております。いわゆる「リメディアル教育」などは,その典型に位置すると思います。
偏差値の低い大学では,この種の補償教育の実施頻度が高いことでしょう。回を改めて,現場におけるこうした実践的努力の様相を,数で把握してみたいと思っています。
学研教育出版が毎年刊行している『大学受験案内』から,全国の私立大学の各学部の偏差値(河合塾提供)を知ることができます。偏差値とは,入試難易度の尺度として用いられるものです。
http://hon.gakken.jp/book/1130331600
最新の2012年度版の資料によると,私が非常勤として勤務する武蔵野大学の各学部の偏差値は,薬学部が52.5,看護学部が55.0,文学部が52.5,政治経済学部が50.0,人間関係学部が55.0,環境学部が50.0,教育学部が55.0,グローバル学部が50.0,となっています(889頁)。これらを平均した52.5をもって,この大学の偏差値とみなすこととします。
このようにして明らかにした各私立大学の偏差値と,学生の初年次退学率とを関連づけてみましょう。後者は,読売新聞教育取材班の『大学の実力2012』から得ることができます。2010年4月入学者のうち,翌年3月までの間にどれほどの者が退学したか,除籍になったかを表す指標です。詳細は,昨年の12月17日の記事を参照ください。
偏差値と初年次退学率の両方を知ることができるのは,434の私立大学です。文科省『学校基本調査』から分かる,2010年5月1日時点の私立大学の数は599ですから,母集団の72.5%がカバーされていることになります。
私は,偏差値に基づいて,各大学を5つにグルーピングしました。35未満(BF),30台後半,40台,50台,60以上,です。35に満たない大学は,BF(ボーダーフリー)大学として括ることとします。字のごとく,境界がない大学,チョー簡単に入れる大学です。
これらのグループごとに,初年次退学率の分布をとってみました。グループ間の比較を行うため,相対度数分布(%)を出しています。下表をご覧ください。
偏差値40台の大学が最も多いのですが,このグループでは,初年次退学率が1%台の大学が32.1%を占めます。しかるに,偏差値が下るにつれて,分布のピーク(赤色)が下方にシフトしてきます。左端のBF大学でみると,分布の山が,5%台と7%台の階級にあります。
BF大学の数は84ですが,そのうちのほぼ半数(41大学)で,初年次退学率が5%を超えています。20人に1人以上が,入学後1年を待たずして大学を去る,ということです。
次に,在学期間中(4年間)の退学率との関連をみてみましょう。在学期間中の退学率とは,2007年4月入学者のうち,どれほどの者が,2011年3月までの間に退学・除籍になったかを表す指標です。読売新聞教育取材班の上記資料から得ることができます。425の私立大学について,この意味での退学率と偏差値を揃えることができました。両者の相関をみてみましょう。
初年次退学率との相関よりも,いっそうクリアーな相関になっています。赤色の最頻値(Mode)の位置が,きれいな左下がり(右上がり)の傾向を呈しています。偏差値50台の大学では,在学期間中の退学率が4~5%台という大学が最多ですが,BF大学では,16~17%台という大学が最も多いのです。BF大学でいうと,在学期間中の退学率が10%を超える大学が全体の74.1%に相当します。
何も言いますまい。巷でささやかれている。偏差値と退学率の相関関係が,データで裏づけられました。最後に,2種類の退学率の平均値を,それぞれの偏差値グループについて出し,折れ線でつないだ図を提示しておきます。
図中の2つの曲線をみると,4年間の退学率のほうが,曲線の傾斜がきついような印象を受けます。こちらのほうが,グループ間の差が大きい,ということです。グループ間の平均値の差の度合いを示す標準偏差を出すと,4年間の退学率は4.15,初年次退学率は1.55です。前者のほうが,値が大きくなっています。
在学期間を経るにつれ,不適応を起こす学生の量の差が広がってくることが示唆されます。教育社会学の理論に,「配分→社会化」仮説というものがあります。人がある組織に配分されると,当該の組織に向けられた世間のまなざし(役割期待)に沿うような形で,当人が社会化される,というものです。
たとえば,中学時代までは普通だった少年が,低ランクの高校に入り,しばらくの時を経ると,不良少年になってしまうことがあります。当該の高校に蔓延する逸脱カルチャーに染まる,「あの高校だから・・・」という世間のまなざしを常に意識する,というようなことが大きいと解されます。
ある教育機関において,子どもがどのような社会化を遂げるかは,当該の機関における教育実践の中身に規定されますが,それと同時に,いやそれ以上に,当該組織の成員であるという客観的な事実の影響を被ることも,否定できません。社会学の観点からは,こうした集団の外的拘束力の存在を強調したいところです。
このような見方は,現場の教育実践など無力だと言っているようで,あまり歓迎できたものではないでしょう。私とて,それほどまでに偏った見解を提示するものではありません。世間からのラベル貼り(偏見)を跳ね返すような,すぐれた教育実践が,全国の各大学で展開されていることも,存じ上げております。いわゆる「リメディアル教育」などは,その典型に位置すると思います。
偏差値の低い大学では,この種の補償教育の実施頻度が高いことでしょう。回を改めて,現場におけるこうした実践的努力の様相を,数で把握してみたいと思っています。
2012年1月16日月曜日
死因に占める自殺の比重
今日は,1限の「社会数学」の授業を終えて,もう帰ってきました。お昼ごはんを食べたところですが,うーん,眠いなあ。正月以来,昼夜逆転の生活だったのが,今日は朝一で出かけたので。でも,ここで昼寝したらいけません。目覚ましに,ブログでも書こうと思います。
今日の社会数学では,「現代日本社会の健康診断」という課題を出しました。社会がどれほど病んでいるかを測る指標を各人で8個考え,それらの長期的な推移に基づいて,現代日本社会の健康診断を行っていただこう,というものです。
個人の病気を測る指標としては,体温や血糖値などがありますが,相手が社会の場合,どういったものを思いつきますか。犯罪率,自殺率,失業率,離婚率,災害死亡率,1人あたりの有害物質排出量,政府の歳入額に占める公債比率・・・。いろいろあります。
学生さんには,自分が考えた指標の計算に必要な数字を,総務省統計局HPの「長期統計系列」から採取し,エクセルで計算する作業を課しました。犯罪率の場合,犯罪認知件数(分子)と人口(分母)の時系列データをハントし,前者を後者で除す,という具合です。
http://www.stat.go.jp/data/chouki/index.htm
ある学生さんは,1950年以降の自殺者数のデータをハントしました。「ああ,それを人口で割って,自殺率を出すのだな」と思って後ろから眺めていたのですが,当人が分母として採取したのは,死亡者数です。つまり,自殺という死因が全死因に対して占める比重を出すのを意図していたようです。
さあ,どういう結果が出たものかとディスプレイをのぞいてみると,1950年が1.8%,1980年が2.8%,最新の2010年が2.5%,です。ほんのわずか。時系列的に変化なし。
「先生,あまり変わりませんね。自殺が増えているから,死因に占める自殺の割合も上がっているのかと思ったんですけど」
「じゃあ,若者に限定して出してみれば。最近,シューカツで失敗して自殺する大学生が増えてるっていうぜ」
20代前半の自殺者数と死亡者数をエクセルにコピペし,後者に占める前者の比率を出してもらいました。下表のような結果が出ました。5年刻みの数字を示します。
当該の学生さんが驚いたのは当然ですが,私も思わず「おー」という歓声を上げました(不謹慎!)。衛生状態や医療技術の向上により,若者の死亡者数は減少の一途をたどっていますが,自殺者数は1990年代半ば以降増えています。結果,全死因に占める自殺のウェイトが高まっています。2010年では49.8%,20代前半の死因の半分が自殺です。
このことは,昨年の12月13日の記事で紹介した,年齢別の死因の組成図からも分かることです。しかし,それが今日的な特徴であることは,私にとっても発見でした。
では,他の年齢層ではどうでしょう。私は,5歳刻みの各年齢層について,自殺者が全死亡者に占める比率を計算しました。1950年以降の5年刻みの数字を明らかにしました。例の社会地図方式によって,結果を上から俯瞰してみます。分子の自殺者数の出所は,厚労省の『人口動態統計』です。
ご覧ください。今世紀以降,20代の若者の箇所に黒色の膿(うみ)が広がっています。黒色は,死因全体に占める自殺の比率が40%を超える,ということです。死因に占める自殺の比重は,どの年齢層でも高まっているようであり,高率ゾーンが下に垂れてきていることも注目されます。
自殺者数をベースの人口で除した自殺率の社会地図を描くと,高齢層の部分が濃くなりますが,死因に占める自殺のウェイトという点でみると,違った側面がみえてきます。
いやあ,今回は学生さんに教えられました。「教えること=学ぶこと」とは,こういうのをいうんだろうなあ。多謝。
今日の社会数学では,「現代日本社会の健康診断」という課題を出しました。社会がどれほど病んでいるかを測る指標を各人で8個考え,それらの長期的な推移に基づいて,現代日本社会の健康診断を行っていただこう,というものです。
個人の病気を測る指標としては,体温や血糖値などがありますが,相手が社会の場合,どういったものを思いつきますか。犯罪率,自殺率,失業率,離婚率,災害死亡率,1人あたりの有害物質排出量,政府の歳入額に占める公債比率・・・。いろいろあります。
学生さんには,自分が考えた指標の計算に必要な数字を,総務省統計局HPの「長期統計系列」から採取し,エクセルで計算する作業を課しました。犯罪率の場合,犯罪認知件数(分子)と人口(分母)の時系列データをハントし,前者を後者で除す,という具合です。
http://www.stat.go.jp/data/chouki/index.htm
ある学生さんは,1950年以降の自殺者数のデータをハントしました。「ああ,それを人口で割って,自殺率を出すのだな」と思って後ろから眺めていたのですが,当人が分母として採取したのは,死亡者数です。つまり,自殺という死因が全死因に対して占める比重を出すのを意図していたようです。
さあ,どういう結果が出たものかとディスプレイをのぞいてみると,1950年が1.8%,1980年が2.8%,最新の2010年が2.5%,です。ほんのわずか。時系列的に変化なし。
「先生,あまり変わりませんね。自殺が増えているから,死因に占める自殺の割合も上がっているのかと思ったんですけど」
「じゃあ,若者に限定して出してみれば。最近,シューカツで失敗して自殺する大学生が増えてるっていうぜ」
20代前半の自殺者数と死亡者数をエクセルにコピペし,後者に占める前者の比率を出してもらいました。下表のような結果が出ました。5年刻みの数字を示します。
当該の学生さんが驚いたのは当然ですが,私も思わず「おー」という歓声を上げました(不謹慎!)。衛生状態や医療技術の向上により,若者の死亡者数は減少の一途をたどっていますが,自殺者数は1990年代半ば以降増えています。結果,全死因に占める自殺のウェイトが高まっています。2010年では49.8%,20代前半の死因の半分が自殺です。
このことは,昨年の12月13日の記事で紹介した,年齢別の死因の組成図からも分かることです。しかし,それが今日的な特徴であることは,私にとっても発見でした。
では,他の年齢層ではどうでしょう。私は,5歳刻みの各年齢層について,自殺者が全死亡者に占める比率を計算しました。1950年以降の5年刻みの数字を明らかにしました。例の社会地図方式によって,結果を上から俯瞰してみます。分子の自殺者数の出所は,厚労省の『人口動態統計』です。
ご覧ください。今世紀以降,20代の若者の箇所に黒色の膿(うみ)が広がっています。黒色は,死因全体に占める自殺の比率が40%を超える,ということです。死因に占める自殺の比重は,どの年齢層でも高まっているようであり,高率ゾーンが下に垂れてきていることも注目されます。
自殺者数をベースの人口で除した自殺率の社会地図を描くと,高齢層の部分が濃くなりますが,死因に占める自殺のウェイトという点でみると,違った側面がみえてきます。
いやあ,今回は学生さんに教えられました。「教えること=学ぶこと」とは,こういうのをいうんだろうなあ。多謝。
2012年1月14日土曜日
幕間:私の散歩道
地図で確認いただければ分かると思いますが,私が住んでいる多摩市連光寺3丁目は,自然が豊かな地域です。天気のいい日の散歩は,心を癒してくれます。都立桜ヶ丘公園の「ゆうひの丘」に出かけましょう。
自宅近くの通りです。一般道のほか,木の散歩道も設けられています(右側)。車が来ないので,こちらを歩きましょう。
木の上を歩くので,タンタンと足音がなります。ずーっと進んでいきます。
公園に着きました。平日の夕方で,かつ寒いせいか,人はいないようです。
ゆうひの丘展望台です。右下の石に,「ゆうひの丘」と刻まれているのがお分かりでしょうか。
眼下の景色をちょっとアップしてみます。方角としては,北西の立川方面を眺望していることになります。多摩川にかかっている奥のほうの橋は,京王線の鉄橋です。
想像がつくと思いますが,夜景はまた格別です。京王線の電車が光の矢となって多摩川を渡っていきます。都内でも有数の夜景スポットとして名高いようです。
夜景も紹介したいのですが,夜はあまり来たくないのだよなあ。だって,カップルが多いのだもの。「すみませーん。写真撮ってください」攻撃もウザイし・・・。ひとまず,下記のサイトでもご覧くださいまし。
http://yakei-mn.com/yakei/tokyo/yuuhinooka
寒いので,そろそろ帰りましょう。私の自宅から「ゆうひの丘」まで,歩いて5分ほどです。短いコースですが,癒されます。今は木の葉がすっかり落ちていますが,春は桜,秋は紅葉が見事なのです。シーズンになったら,写真をお見せします。また,他の散歩道にもお付き合いいただければと存じます。
自宅近くの通りです。一般道のほか,木の散歩道も設けられています(右側)。車が来ないので,こちらを歩きましょう。
木の上を歩くので,タンタンと足音がなります。ずーっと進んでいきます。
公園に着きました。平日の夕方で,かつ寒いせいか,人はいないようです。
ゆうひの丘展望台です。右下の石に,「ゆうひの丘」と刻まれているのがお分かりでしょうか。
眼下の景色をちょっとアップしてみます。方角としては,北西の立川方面を眺望していることになります。多摩川にかかっている奥のほうの橋は,京王線の鉄橋です。
想像がつくと思いますが,夜景はまた格別です。京王線の電車が光の矢となって多摩川を渡っていきます。都内でも有数の夜景スポットとして名高いようです。
夜景も紹介したいのですが,夜はあまり来たくないのだよなあ。だって,カップルが多いのだもの。「すみませーん。写真撮ってください」攻撃もウザイし・・・。ひとまず,下記のサイトでもご覧くださいまし。
http://yakei-mn.com/yakei/tokyo/yuuhinooka
寒いので,そろそろ帰りましょう。私の自宅から「ゆうひの丘」まで,歩いて5分ほどです。短いコースですが,癒されます。今は木の葉がすっかり落ちていますが,春は桜,秋は紅葉が見事なのです。シーズンになったら,写真をお見せします。また,他の散歩道にもお付き合いいただければと存じます。
2012年1月9日月曜日
両親の状態と非行③
前回は,性別と学校段階によって,両親の状態が非行に及ぼす影響がどう違うかをみました。今回は,性別と年齢を組み合わせた属性ごとのデータをお見せします。
年少者ほど,家庭環境と非行の関連が強いことは,前回明らかにした通りです。しかるに,年少者といっても,男子と女子とでは,様相が異なるかもしれません。男女を比べると,女子の年少児童において,親がいないことのインパクトが強いように感じます。
男女に分けて,各年齢の非行少年の両親の状態をみてみましょう。前回と同じく,「両親ありの者」,「父なし母ありの者」,および「母なし父ありの者」の3カテゴリーでみることとします。「両親なしの者」と「両親の状態が不明な者」は数が少ないので,計算から除きます。下表は,2010年中に検挙・補導された非行少年の統計です。警察庁『犯罪統計書-平成22年の犯罪-』より作成しました。
http://www.npa.go.jp/archive/toukei/keiki/h22/h22hanzaitoukei.htm
その年齢でみても,両親ありの者が多いのは当然ですが,その比重は,年長少年ほど大きいようです,男子でいうと,両親ありの者の比率は,19歳では71.8%ですが,10歳では60.1%です。逆にいうと,年少の非行少年では,母ないしは父がいない者が相対的に多いことになります。
10歳の女子の非行少年では,全体の9.8%(約1割)が父子家庭の者です。子どもがいる全世帯の中で父子家庭は1.5%しか占めないことを考慮すると(2010年の『国勢調査報告』),10歳の女子では,父子家庭から非行少年が出る確率は,通常期待されるよりも6.54倍多いことになります。9.8/1.5≒6.54です。
非行少年中の構成比を,子がいる全世帯中の構成比で除した値を,非行少年輩出率と命名します。この値が高いほど,当該のカテゴリーから非行少年が出る確率が高いことが示唆されます。なお,子がいる世帯(母集団)の構成は,通常家庭が90.3%,母子家庭が8.1%,父子家庭が1.5%,であることを申し添えます。
3カテゴリーの非行少年輩出率を,両性の各年齢について出してみましょう。下図は,結果をグラフ化したものです。
男女とも,どの年齢でみても,通常家庭からの非行少年輩出率は1.0を下回っています。性や年齢を問わず,両親ありの家庭から非行少年が出る確率は,通常期待されるよりも低い,ということです。
その分,母子家庭や父子家庭の数字が高くなっています。母子家庭からの非行少年輩出率は,男子では加齢とともに一貫して減ります。女子では,13歳にピークを迎えた後,急減します。母子家庭であることと非行の関連は,年少の児童ほど強いようです。その傾向は,どちらかといえば女子ほど顕著です。
しかし,父子家庭であることの影響は,男女で明らかに違っています。女子では,10歳できわめて高い値を示した後は,ジグザグしながらも,おおよそ減少の傾向です。対して男子では,波打ちながらも18歳まで値が上昇するのです。
前回,上級の学校ほど,父子家庭であることと非行の関連は弱まる傾向をみたのですが,今回の男子のデータがそれと異なっているのは,学校に行っていない有職少年と無職少年も混じっているためと思われます。
全ての非行少年を考慮すると,父子家庭であることと非行の関連には,明確な性差が看取されます。核家族において,家族内の緊張を和らげる表出的機能を果たすのは母親であると指摘したのは,T.パーソンズですが,進学や就職といった重大な転機を迎える時期に,こうした機能を果たす母親が不在であることが,とくに男子にとって痛手になる,ということでしょうか。
それは女子でも同じだといわれるでしょうが,同性の親を激しく嫌悪するエディプス・コンプレックスを思春期まで引きずるのではないか,という推測において,男女の差を説明できないこともありません。
家庭環境と非行の関連の性差を説明する定説は,私が調べた限り,ないようです。推測をだらだらと述べるのは避け,前回と今回の解析から,①家庭の形態面での特性と非行の関連は,年少者や女子で比較的大きいこと,②母子家庭であることよりも父子家庭であることのインパクトが大きいこと,が分かったことを記録しておきます。
今気づいたのですが,②については,父子家庭への公的援助が,母子家庭へのそれに比べて貧弱であることも関係しているかもしれません。
年少者ほど,家庭環境と非行の関連が強いことは,前回明らかにした通りです。しかるに,年少者といっても,男子と女子とでは,様相が異なるかもしれません。男女を比べると,女子の年少児童において,親がいないことのインパクトが強いように感じます。
男女に分けて,各年齢の非行少年の両親の状態をみてみましょう。前回と同じく,「両親ありの者」,「父なし母ありの者」,および「母なし父ありの者」の3カテゴリーでみることとします。「両親なしの者」と「両親の状態が不明な者」は数が少ないので,計算から除きます。下表は,2010年中に検挙・補導された非行少年の統計です。警察庁『犯罪統計書-平成22年の犯罪-』より作成しました。
http://www.npa.go.jp/archive/toukei/keiki/h22/h22hanzaitoukei.htm
その年齢でみても,両親ありの者が多いのは当然ですが,その比重は,年長少年ほど大きいようです,男子でいうと,両親ありの者の比率は,19歳では71.8%ですが,10歳では60.1%です。逆にいうと,年少の非行少年では,母ないしは父がいない者が相対的に多いことになります。
10歳の女子の非行少年では,全体の9.8%(約1割)が父子家庭の者です。子どもがいる全世帯の中で父子家庭は1.5%しか占めないことを考慮すると(2010年の『国勢調査報告』),10歳の女子では,父子家庭から非行少年が出る確率は,通常期待されるよりも6.54倍多いことになります。9.8/1.5≒6.54です。
非行少年中の構成比を,子がいる全世帯中の構成比で除した値を,非行少年輩出率と命名します。この値が高いほど,当該のカテゴリーから非行少年が出る確率が高いことが示唆されます。なお,子がいる世帯(母集団)の構成は,通常家庭が90.3%,母子家庭が8.1%,父子家庭が1.5%,であることを申し添えます。
3カテゴリーの非行少年輩出率を,両性の各年齢について出してみましょう。下図は,結果をグラフ化したものです。
男女とも,どの年齢でみても,通常家庭からの非行少年輩出率は1.0を下回っています。性や年齢を問わず,両親ありの家庭から非行少年が出る確率は,通常期待されるよりも低い,ということです。
その分,母子家庭や父子家庭の数字が高くなっています。母子家庭からの非行少年輩出率は,男子では加齢とともに一貫して減ります。女子では,13歳にピークを迎えた後,急減します。母子家庭であることと非行の関連は,年少の児童ほど強いようです。その傾向は,どちらかといえば女子ほど顕著です。
しかし,父子家庭であることの影響は,男女で明らかに違っています。女子では,10歳できわめて高い値を示した後は,ジグザグしながらも,おおよそ減少の傾向です。対して男子では,波打ちながらも18歳まで値が上昇するのです。
前回,上級の学校ほど,父子家庭であることと非行の関連は弱まる傾向をみたのですが,今回の男子のデータがそれと異なっているのは,学校に行っていない有職少年と無職少年も混じっているためと思われます。
全ての非行少年を考慮すると,父子家庭であることと非行の関連には,明確な性差が看取されます。核家族において,家族内の緊張を和らげる表出的機能を果たすのは母親であると指摘したのは,T.パーソンズですが,進学や就職といった重大な転機を迎える時期に,こうした機能を果たす母親が不在であることが,とくに男子にとって痛手になる,ということでしょうか。
それは女子でも同じだといわれるでしょうが,同性の親を激しく嫌悪するエディプス・コンプレックスを思春期まで引きずるのではないか,という推測において,男女の差を説明できないこともありません。
家庭環境と非行の関連の性差を説明する定説は,私が調べた限り,ないようです。推測をだらだらと述べるのは避け,前回と今回の解析から,①家庭の形態面での特性と非行の関連は,年少者や女子で比較的大きいこと,②母子家庭であることよりも父子家庭であることのインパクトが大きいこと,が分かったことを記録しておきます。
今気づいたのですが,②については,父子家庭への公的援助が,母子家庭へのそれに比べて貧弱であることも関係しているかもしれません。
2012年1月7日土曜日
両親の状態と非行②
前回は,両親の状態によって,非行少年の出現率がどう異なるのかを明らかにしました。2010年の非行少年の数を世帯数で除した出現率は,両親ありの者<父なしの者<母なしの者,という傾向がみられました。なお,この差は,凶悪犯や粗暴犯のような,シリアス度の高い罪種ほど顕著であることも知りました。
今回は,両親の状態による非行者出現率の差が,子どもの性別や発達段階に応じてどう違うのかをみてみようと思います。父ないしは母がいないことが非行を促進する度合いが高いのは,男子でしょうか,それとも女子でしょうか。また,年少者と年長者ではどうでしょう。
まずは,2010年中に検挙・補導された非行少年の両親の状態がどういうものかを観察することから始めましょう。前回同様,「両親ありの者」,「父なし母ありの者」,および「母なし父ありの者」という3カテゴリーでみることにします。
下の表は,非行少年の性別や在学学校種ごとに,これら3カテゴリーの構成比を計算したものです。統計のソースは,警察庁『犯罪統計書-平成22年の犯罪-』です。厳密には,この3グループの他に,「両親なしの者」,「両親の状態が不明な者」がいるのですが,これらはほんの微々たる量ですので,計算から除外することとします。
どの属性でみても,通常家庭の者が最も多くなっていますが,このグループの比率は,男子よりも女子,年長者よりも年少者で小さいようです。逆にいえば,女子や年少の非行少年では,母子家庭ないしは父子家庭の者が相対的に多いことになります。
上記の構成比のデータを,母集団のそれと照らし合わせてみましょう。前回みたように,2010年における,子ども(20歳未満)がいる世帯の構成は,両親ありの世帯が90.3%,母子世帯が8.1%,父子世帯が1.5%,です(総務省『国勢調査報告』)。
非行少年の出身家庭の構成は,社会全体の世帯構成から大きく隔たっています。上表にみるように,男子の非行少年では父子家庭の者が6.7%を占めますが,社会全体では,父子家庭は全体の1.5%しか占めません。
つまり,男子でいうと,父子家庭からは,通常期待されるよりも4.39倍多く非行少年が出ていることになります(6.7/1.5≒4.39)。非行少年中の構成比を,子どもがいる世帯(母集団)中の構成比で除した値を,非行少年輩出率と呼ぶこととします。
両親の状態による非行少年輩出率の差が,男子と女子,年少者と年長者でどう違うかが,ここでの関心事です。
性別でいうと,両親の状態による非行少年輩出率の差は,男子よりも女子で大きいようです。女子では,通常家庭の値は0.67ですが,母子家庭になると4.00に跳ね上がります。男子の増加幅は,これよりも緩やかです(0.72→3.48)。でも,父子家庭になると,非行者輩出率は男女でほぼ等しくなります。
次に学校段階別でみると,通常家庭と母子家庭の断絶は,小・中学生で大きいことが知られます。高校以降は,直線の傾斜が相対的に緩やかです。大学生になると,非行少年の出る確率は,両親の状態とあまり関係しなくなります。大学生(18,19歳)は半ば大人で,親の庇護から離れている者が多いからでしょう。
大局的にいうと,非行少年の出る確率が両親の状態に規定される度合いが高いのは,男子よりも女子,年長者よりも年少者であるようです。
自我が未熟な年少少年において,家庭環境の影響が大きいことは首肯できます。男女の違いについては,解釈がなかなか難しいのですが,女子は母子家庭,男子は父子家庭であることのダメージが相対的に大きいことからして,異性の親がいないことのインパクトがうかがれます。
異性の親をめぐる競争相手として,同性の親を激しく嫌悪するエディプス・コンプレックスを指摘したのはフロイトですが,それを引きずってしまうのでしょうか。家庭環境と非行の関連が性によってどう異なるかという問題について,何か説明はないものかと,いろいろ探査したのですが,これがないのです。未開拓なテーマなのかしらん。
次回は,家庭環境と非行の関連が,性と年齢を組み合わせた属性によってどう異なるかを明らかにしようと思います。
今回は,両親の状態による非行者出現率の差が,子どもの性別や発達段階に応じてどう違うのかをみてみようと思います。父ないしは母がいないことが非行を促進する度合いが高いのは,男子でしょうか,それとも女子でしょうか。また,年少者と年長者ではどうでしょう。
まずは,2010年中に検挙・補導された非行少年の両親の状態がどういうものかを観察することから始めましょう。前回同様,「両親ありの者」,「父なし母ありの者」,および「母なし父ありの者」という3カテゴリーでみることにします。
下の表は,非行少年の性別や在学学校種ごとに,これら3カテゴリーの構成比を計算したものです。統計のソースは,警察庁『犯罪統計書-平成22年の犯罪-』です。厳密には,この3グループの他に,「両親なしの者」,「両親の状態が不明な者」がいるのですが,これらはほんの微々たる量ですので,計算から除外することとします。
どの属性でみても,通常家庭の者が最も多くなっていますが,このグループの比率は,男子よりも女子,年長者よりも年少者で小さいようです。逆にいえば,女子や年少の非行少年では,母子家庭ないしは父子家庭の者が相対的に多いことになります。
上記の構成比のデータを,母集団のそれと照らし合わせてみましょう。前回みたように,2010年における,子ども(20歳未満)がいる世帯の構成は,両親ありの世帯が90.3%,母子世帯が8.1%,父子世帯が1.5%,です(総務省『国勢調査報告』)。
非行少年の出身家庭の構成は,社会全体の世帯構成から大きく隔たっています。上表にみるように,男子の非行少年では父子家庭の者が6.7%を占めますが,社会全体では,父子家庭は全体の1.5%しか占めません。
つまり,男子でいうと,父子家庭からは,通常期待されるよりも4.39倍多く非行少年が出ていることになります(6.7/1.5≒4.39)。非行少年中の構成比を,子どもがいる世帯(母集団)中の構成比で除した値を,非行少年輩出率と呼ぶこととします。
両親の状態による非行少年輩出率の差が,男子と女子,年少者と年長者でどう違うかが,ここでの関心事です。
性別でいうと,両親の状態による非行少年輩出率の差は,男子よりも女子で大きいようです。女子では,通常家庭の値は0.67ですが,母子家庭になると4.00に跳ね上がります。男子の増加幅は,これよりも緩やかです(0.72→3.48)。でも,父子家庭になると,非行者輩出率は男女でほぼ等しくなります。
次に学校段階別でみると,通常家庭と母子家庭の断絶は,小・中学生で大きいことが知られます。高校以降は,直線の傾斜が相対的に緩やかです。大学生になると,非行少年の出る確率は,両親の状態とあまり関係しなくなります。大学生(18,19歳)は半ば大人で,親の庇護から離れている者が多いからでしょう。
大局的にいうと,非行少年の出る確率が両親の状態に規定される度合いが高いのは,男子よりも女子,年長者よりも年少者であるようです。
自我が未熟な年少少年において,家庭環境の影響が大きいことは首肯できます。男女の違いについては,解釈がなかなか難しいのですが,女子は母子家庭,男子は父子家庭であることのダメージが相対的に大きいことからして,異性の親がいないことのインパクトがうかがれます。
異性の親をめぐる競争相手として,同性の親を激しく嫌悪するエディプス・コンプレックスを指摘したのはフロイトですが,それを引きずってしまうのでしょうか。家庭環境と非行の関連が性によってどう異なるかという問題について,何か説明はないものかと,いろいろ探査したのですが,これがないのです。未開拓なテーマなのかしらん。
次回は,家庭環境と非行の関連が,性と年齢を組み合わせた属性によってどう異なるかを明らかにしようと思います。
2012年1月5日木曜日
両親の状態と非行①
非行の原因として,家庭環境の問題が大きいことは,よく指摘されるところです。少年非行のテキストを開くと必ず,「家庭環境と非行」という類の章(chapter)が設けられています。
家庭環境と非行の関連は,多様な側面から考察しなければならないのですが,ここでは,両親の状態がどうかという,外的な形態面に焦点を当てようと思います。両親がいる者と,父母のいずれかがいない者とで,非行を犯す確率がどれほど違うか,という問題を立ててみます。
警察庁が毎年発刊している『犯罪統計書』には,警察に検挙・補導された少年の数が,両親の状態別に掲載されています。*14歳以上の犯罪少年の場合は「検挙」,14歳未満の触法少年の場合は「補導」といいます。
2010年の資料によると,同年中に検挙・補導された非行少年は103,573人です。両親の状態の構成をみると,①「両親あり」の者が65,791人,②「母あり父なし」の者が29,843人,③「父あり母なし」の者が6,893人,④「両親なし」の者が835人,⑤「不明」の者が211人,となっています。
http://www.npa.go.jp/archive/toukei/keiki/h22/h22hanzaitoukei.htm
①が全体の63.5%と多くを占めています。しかし,少年全体(母集団)でみても「両親あり」という者が大半でしょうから,当然といえば当然です。各グループから非行少年が出る確率を明らかにするには,それぞれのグループの非行者数を母数で除した出現率を計算する必要があります。
2010年の『国勢調査報告』によると,20歳未満の子どもがいる母子世帯(他の世帯員がいる世帯を含む)は1,081,699世帯だそうです。20歳未満の子どもがいる父子世帯は204,192世帯です。これらは,②と③の母数として使えます。①については,20歳未満の子どもがいる全世帯数(13,306,961世帯)からこれらを差し引いて得られる,12,021,070世帯を母数として充てることとします。
④の「両親なし」のグループについても,非行者出現率を出したいのですが,このグループの母数は明らかにしようがないので,見送ることとします。では,①から③の各グループについて,非行者数を母数(世帯数)で除した,非行者出現率を計算してみましょう。
結果は,上表のようになりました。通常家庭<母子家庭<父子家庭,という構造になっています。母子家庭は通常家庭の5.0倍,父子家庭は6.2倍です。両親の状態により,非行を犯す確率が異なるであろうことは予想されることですが,これほどの差があるとは。また,父がいないことよりも,母がいないことのほうのダメージが大きいことも,私にとっては発見です。
次に,罪種ごとの数字を出してみましょう。一口に非行といっても,いろいろな罪種があります。グループ間の差が大きいのは,どの罪種でしょうか。昨年の10月30日の記事では,どういうタイプの高校に行っているか,高校に行っているか否かの差をみたのですが,凶悪犯のようなシリアスな罪種ほど,グループ間の差が大きい傾向が観察されました。両親の状態別にみても,こういう傾向がみられるかしらん。
下表は,各グループの罪種ごとの検挙・補導人員数を,上表の母数で除した出現率を整理したものです。
非行の多くは万引きのようなコソ泥ですので,出現率の絶対水準は,窃盗犯で高くなっています。その次が粗暴犯(暴行,傷害,脅迫,恐喝)です。グループ間の差の構造は,どの罪種でみても,先ほどみた全体のものと同じになっています。通常家庭<母子家庭<父子家庭,です。
では,差の規模はどうでしょう。マジョリティーの窃盗犯の場合,通常家庭からの出現率を1.0とした指数を出すと,母子家庭は4.9,父子家庭は6.1です。他の罪種についても同じ処理をし,結果を図示すると,下図のようになります。
各グループの値を結んだ線の傾斜がきついほど,差が大きいことを意味します。図をみると,両親の状態の影響は,粗暴犯や凶悪犯で相対的に大きいようです。粗暴犯は,通常家庭と母子(父子)家庭の断絶が明確です。凶悪犯(殺人,強盗,強姦,放火)の出現率は,通常→母子→父子,というように直線的に増える傾向です。父子家庭から凶悪犯少年が出る確率は,通常家庭の8.2倍にもなります。
巷でよくいわれることではありますが,非行少年の出現率は,罪種を問わず,家庭環境(両親の状態)と関連しているようです。
ところで,今回みた3グループの世帯数の構成は,通常家庭が90.3%,母子家庭が8.1%,父子家庭が1.5%,です。父子家庭は相当のマイノリティーです。わが国では,夫婦が離婚した場合,母親が子を引き取るケースが圧倒的に多いので,このような構造になっています。しかるに,量的には少ないこの父子家庭から,非行少年が出る確率が最も高くなっています。
親の一方がいないといっても,母がいないことと父がいないことでは,非行に対するインパクトが異なることがうかがわれます。この点について,何か説明はないものかと,手元の犯罪社会学や非行関連の文献にあたってみたのですが,残念ながら言及はありませんでした。
もう少し,細かい数字をいじってから考えるほうがよいでしょうか。次回は,両親の状態と非行の関連の様相が,子どもの性別や発達段階によってどう異なるかをみてみようと思います。
家庭環境と非行の関連は,多様な側面から考察しなければならないのですが,ここでは,両親の状態がどうかという,外的な形態面に焦点を当てようと思います。両親がいる者と,父母のいずれかがいない者とで,非行を犯す確率がどれほど違うか,という問題を立ててみます。
警察庁が毎年発刊している『犯罪統計書』には,警察に検挙・補導された少年の数が,両親の状態別に掲載されています。*14歳以上の犯罪少年の場合は「検挙」,14歳未満の触法少年の場合は「補導」といいます。
2010年の資料によると,同年中に検挙・補導された非行少年は103,573人です。両親の状態の構成をみると,①「両親あり」の者が65,791人,②「母あり父なし」の者が29,843人,③「父あり母なし」の者が6,893人,④「両親なし」の者が835人,⑤「不明」の者が211人,となっています。
http://www.npa.go.jp/archive/toukei/keiki/h22/h22hanzaitoukei.htm
①が全体の63.5%と多くを占めています。しかし,少年全体(母集団)でみても「両親あり」という者が大半でしょうから,当然といえば当然です。各グループから非行少年が出る確率を明らかにするには,それぞれのグループの非行者数を母数で除した出現率を計算する必要があります。
2010年の『国勢調査報告』によると,20歳未満の子どもがいる母子世帯(他の世帯員がいる世帯を含む)は1,081,699世帯だそうです。20歳未満の子どもがいる父子世帯は204,192世帯です。これらは,②と③の母数として使えます。①については,20歳未満の子どもがいる全世帯数(13,306,961世帯)からこれらを差し引いて得られる,12,021,070世帯を母数として充てることとします。
④の「両親なし」のグループについても,非行者出現率を出したいのですが,このグループの母数は明らかにしようがないので,見送ることとします。では,①から③の各グループについて,非行者数を母数(世帯数)で除した,非行者出現率を計算してみましょう。
結果は,上表のようになりました。通常家庭<母子家庭<父子家庭,という構造になっています。母子家庭は通常家庭の5.0倍,父子家庭は6.2倍です。両親の状態により,非行を犯す確率が異なるであろうことは予想されることですが,これほどの差があるとは。また,父がいないことよりも,母がいないことのほうのダメージが大きいことも,私にとっては発見です。
次に,罪種ごとの数字を出してみましょう。一口に非行といっても,いろいろな罪種があります。グループ間の差が大きいのは,どの罪種でしょうか。昨年の10月30日の記事では,どういうタイプの高校に行っているか,高校に行っているか否かの差をみたのですが,凶悪犯のようなシリアスな罪種ほど,グループ間の差が大きい傾向が観察されました。両親の状態別にみても,こういう傾向がみられるかしらん。
下表は,各グループの罪種ごとの検挙・補導人員数を,上表の母数で除した出現率を整理したものです。
非行の多くは万引きのようなコソ泥ですので,出現率の絶対水準は,窃盗犯で高くなっています。その次が粗暴犯(暴行,傷害,脅迫,恐喝)です。グループ間の差の構造は,どの罪種でみても,先ほどみた全体のものと同じになっています。通常家庭<母子家庭<父子家庭,です。
では,差の規模はどうでしょう。マジョリティーの窃盗犯の場合,通常家庭からの出現率を1.0とした指数を出すと,母子家庭は4.9,父子家庭は6.1です。他の罪種についても同じ処理をし,結果を図示すると,下図のようになります。
各グループの値を結んだ線の傾斜がきついほど,差が大きいことを意味します。図をみると,両親の状態の影響は,粗暴犯や凶悪犯で相対的に大きいようです。粗暴犯は,通常家庭と母子(父子)家庭の断絶が明確です。凶悪犯(殺人,強盗,強姦,放火)の出現率は,通常→母子→父子,というように直線的に増える傾向です。父子家庭から凶悪犯少年が出る確率は,通常家庭の8.2倍にもなります。
巷でよくいわれることではありますが,非行少年の出現率は,罪種を問わず,家庭環境(両親の状態)と関連しているようです。
ところで,今回みた3グループの世帯数の構成は,通常家庭が90.3%,母子家庭が8.1%,父子家庭が1.5%,です。父子家庭は相当のマイノリティーです。わが国では,夫婦が離婚した場合,母親が子を引き取るケースが圧倒的に多いので,このような構造になっています。しかるに,量的には少ないこの父子家庭から,非行少年が出る確率が最も高くなっています。
親の一方がいないといっても,母がいないことと父がいないことでは,非行に対するインパクトが異なることがうかがわれます。この点について,何か説明はないものかと,手元の犯罪社会学や非行関連の文献にあたってみたのですが,残念ながら言及はありませんでした。
もう少し,細かい数字をいじってから考えるほうがよいでしょうか。次回は,両親の状態と非行の関連の様相が,子どもの性別や発達段階によってどう異なるかをみてみようと思います。
2012年1月3日火曜日
県別の年賀葉書引き受け数
今日が正月休みの最終日という方が多いと思いますが,いかがお過ごしでしょうか。私は昨日,近場の居酒屋で一杯やりながら,有川浩さんの『阪急電車』(幻冬舎文庫,2010年)を読みました。酒場で読む本としては,先行きを楽しみながら読める,ライト・ノーベルがよいでしょう。話し相手がいるようで,酒もススミます。
http://www.gentosha.co.jp/news/top/2007/12/post_55.php
さて,前回の続きです。ケータイやパソコンなどによる年賀メールにやや押されている年賀状ですが,その利用頻度が地域別にどう違うかを明らかにしようと思います。前回は,日本郵便の支社ごとの統計を出したのですが,もっと細かい,都道府県別のデータもあることに気づきました。
旧日本郵政公社のサイトに,県別の年賀葉書引き受け数をまとめた統計表がアップされています。下記サイトの「都道府県等別引受内国郵便物数」の「14.年賀葉書」をクリックすると,エクセル形式のデータが出てきます。1996年度から2006年度までのものです。やや古いですが,このデータを分析してみましょう。
http://www.japanpost.jp/toukei/2006/yu06.html
1996年度と2006年度における,県別の年賀葉書引き受け数は以下のようです。各県の人口一人あたりの数も計算しました。
全国的には,この10年間にかけて,年賀葉書の引き受け数は36億枚から30億枚へと減っています。しかし,県別にみると傾向は一様ではなく,引き受け枚数が増えている県も見受けられます。岐阜と滋賀です。滋賀では,4,200万枚から2億2,200万枚へと5倍になっています。これはいかに。
右欄の人口一人当たりの引受枚数をみると,年賀葉書の利用頻度の地域差を正確に測ることができます。黄色は最大値,青色は最小値です。1996年度,2006年度とも,最も低いのは沖縄です。「ゆいまーる」の当県では,対面での挨拶が多いのでしょうか。最大値は,1996年度は北海道でしたが,2006年度では滋賀となっています。2006年度の滋賀は,県民一人あたり160枚です。ダントツの高さです。これは,何か特殊事情があるのでしょう。
俯瞰してみると,この10年間において,年賀葉書の引き受け枚数の地域差が拡大していることも知られます。右欄の一人当たり引受枚数の標準偏差(S.D)を出すと,1996年度は5.0でしたが,2006年度は22.0にまでなっています。
こうした分極化傾向は,地図でみると,もっとクリアーです。下図は,人口一人当たりの引き受け枚数を地図化したものです。この10年間の変化に注目してください。
1996年度では一様に濃い色で塗りつぶされていますが,2006年度では,色が濃い県と薄い県とに分かれてきています。傾向としては,西高東低であるような感じがします。
2011年度の地図を描けるとしたら,どういう模様になるでしょう。地域差の規模は,もっと大きくなっているでしょうか。年賀状の利用頻度は,地域住民の連帯度を計測する指標(measure)として使えるかもしれません。
http://www.gentosha.co.jp/news/top/2007/12/post_55.php
さて,前回の続きです。ケータイやパソコンなどによる年賀メールにやや押されている年賀状ですが,その利用頻度が地域別にどう違うかを明らかにしようと思います。前回は,日本郵便の支社ごとの統計を出したのですが,もっと細かい,都道府県別のデータもあることに気づきました。
旧日本郵政公社のサイトに,県別の年賀葉書引き受け数をまとめた統計表がアップされています。下記サイトの「都道府県等別引受内国郵便物数」の「14.年賀葉書」をクリックすると,エクセル形式のデータが出てきます。1996年度から2006年度までのものです。やや古いですが,このデータを分析してみましょう。
http://www.japanpost.jp/toukei/2006/yu06.html
1996年度と2006年度における,県別の年賀葉書引き受け数は以下のようです。各県の人口一人あたりの数も計算しました。
全国的には,この10年間にかけて,年賀葉書の引き受け数は36億枚から30億枚へと減っています。しかし,県別にみると傾向は一様ではなく,引き受け枚数が増えている県も見受けられます。岐阜と滋賀です。滋賀では,4,200万枚から2億2,200万枚へと5倍になっています。これはいかに。
右欄の人口一人当たりの引受枚数をみると,年賀葉書の利用頻度の地域差を正確に測ることができます。黄色は最大値,青色は最小値です。1996年度,2006年度とも,最も低いのは沖縄です。「ゆいまーる」の当県では,対面での挨拶が多いのでしょうか。最大値は,1996年度は北海道でしたが,2006年度では滋賀となっています。2006年度の滋賀は,県民一人あたり160枚です。ダントツの高さです。これは,何か特殊事情があるのでしょう。
俯瞰してみると,この10年間において,年賀葉書の引き受け枚数の地域差が拡大していることも知られます。右欄の一人当たり引受枚数の標準偏差(S.D)を出すと,1996年度は5.0でしたが,2006年度は22.0にまでなっています。
こうした分極化傾向は,地図でみると,もっとクリアーです。下図は,人口一人当たりの引き受け枚数を地図化したものです。この10年間の変化に注目してください。
1996年度では一様に濃い色で塗りつぶされていますが,2006年度では,色が濃い県と薄い県とに分かれてきています。傾向としては,西高東低であるような感じがします。
2011年度の地図を描けるとしたら,どういう模様になるでしょう。地域差の規模は,もっと大きくなっているでしょうか。年賀状の利用頻度は,地域住民の連帯度を計測する指標(measure)として使えるかもしれません。
2012年1月1日日曜日
年賀葉書の発行枚数
年が明けました。みなさま,晴れやかな新年を迎えられたことと存じます。
さて,元旦の楽しみといえば,年賀状の枚数をカウントすることでしょう。郵便屋さんのバイクの音が聞こえるや否や,玄関を飛び出して,ポストをカパ。そこには,輪ゴムで括られた葉書の束が鎮座しています。「あれっ。今年は思ったより少ないな(多いな)」,「あの人から来てる」・・・。元旦の午前中は,ツイッターなどで,このようなつぶやきが多いのではないかしらん。
でも,年賀葉書とは別のツールを使って,新年の挨拶を済ませる人もいることと思います。ある大学の先生はあまりに多忙で,膨大な数の年賀状を認めるヒマがないので,一斉メールの形で済ませているとか。パソコンや携帯電話が普及している今日,年賀「状」から年賀「メール」に乗り換える人が増えるのは,しごく自然な成り行きです。
日本郵政の発表によると,2011年度に発行された2012年用の年賀葉書の枚数は36.7億枚だそうです。2001年度発行の2002年用葉書の発行枚数は40.2億枚でした。この10年間で,およそ1割の減です。この期間中,上記の情報機器の普及率が上がったことと無関係ではないでしょう。
年賀葉書の発行枚数の変化を,もっと長期的なスパンでみてみましょう。1950年度(1951年用)から2011年度(2012年用)までの発行枚数の推移を跡づけてみます。資料は,旧日本郵政公社と日本郵政の発表資料です。1950年度から2006年度までの発行枚数は,下記サイトの時系列データから知ることができます。2007年度以降は,日本郵政のホームページの「お知らせ」から知ることができます。
http://www.japanpost.jp/toukei/2006/yu06.html
なお,1995年以降のパソコン・携帯電話の保有率(世帯単位)も併せて観察します。資料は,総務省の『通信利用動向調査』です。
年賀葉書の発行枚数は,戦後間もない1950年度では4億枚(国民一人当たり4.8枚)でした。その後,時代と共に発行枚数は増え,2003年度には44.6億枚に達します。国民一人当たり34.9枚です。しかし,それ以降は減少に転じ,2011年度の36.7億枚に至っています。
近年の年賀葉書の発行数の減少は,情報機器の普及と関連していることと思われます。図にみるように,1990年代後半以降,パソコンと携帯電話の世帯保有率はうなぎ昇りに上昇しています。1995年では,パソコンの保有率16.3%,ケータイの保有率10.6%であったのが,2010年では,順に83.4%,93.2%にまで高まっているのです。
今後,年賀葉書の発行数はどうなるかは定かでありませんが,社会の情報化の進展により,新年の挨拶の形式が多様化していくことは間違いないでしょう。しかるに,このような社会的状況を共有しながらも,旧来の慣行にこだわる方もいます。
試みに,年賀葉書の利用頻度の地域差を明らかにしてみましょう。日本郵便の速報資料から,2012年の「年賀郵便物元旦配達物数」を知ることができます。年賀郵便物のほとんどは,年賀葉書とみてよいでしょう。日本郵便の支社ごとの数字を整理すると,下表のようです。この数字は配達物数であるので,先ほどみた年賀葉書の発行枚数とは大きく異なることに留意ください。
http://www.post.japanpost.jp/whats_new/2012/0101_01.html
各支社の配達数を管轄地域の人口で除して,人口一人当たりの配達数を計算しました。この指標をみると,最も数が多いのは北陸で,一人当たり20.9枚です。最も少ない沖縄(6.5枚)の3倍を超えています。すごい差です。
「ゆいまーる」に象徴される沖縄は,地域住民の交流度が高いと思うのですが,対面(face to face)での挨拶が多い,ということでしょうか。信越や九州の値が低いのも,このような事情なのでしょうか。なお,東北や関東(茨城,栃木,群馬,埼玉,千葉)の値が低いのは,昨年の震災の影響かと思います。
ひとまず,このようなデータが出たことをご報告いたします。明日も明後日も,追加の賀状が届くことと思います。そうした個々人のやり取りを集積すると,今回みたような数字になることをお知りいただければ,と存じます。
では,みなさま,よいお正月をお過ごしください。
さて,元旦の楽しみといえば,年賀状の枚数をカウントすることでしょう。郵便屋さんのバイクの音が聞こえるや否や,玄関を飛び出して,ポストをカパ。そこには,輪ゴムで括られた葉書の束が鎮座しています。「あれっ。今年は思ったより少ないな(多いな)」,「あの人から来てる」・・・。元旦の午前中は,ツイッターなどで,このようなつぶやきが多いのではないかしらん。
でも,年賀葉書とは別のツールを使って,新年の挨拶を済ませる人もいることと思います。ある大学の先生はあまりに多忙で,膨大な数の年賀状を認めるヒマがないので,一斉メールの形で済ませているとか。パソコンや携帯電話が普及している今日,年賀「状」から年賀「メール」に乗り換える人が増えるのは,しごく自然な成り行きです。
日本郵政の発表によると,2011年度に発行された2012年用の年賀葉書の枚数は36.7億枚だそうです。2001年度発行の2002年用葉書の発行枚数は40.2億枚でした。この10年間で,およそ1割の減です。この期間中,上記の情報機器の普及率が上がったことと無関係ではないでしょう。
年賀葉書の発行枚数の変化を,もっと長期的なスパンでみてみましょう。1950年度(1951年用)から2011年度(2012年用)までの発行枚数の推移を跡づけてみます。資料は,旧日本郵政公社と日本郵政の発表資料です。1950年度から2006年度までの発行枚数は,下記サイトの時系列データから知ることができます。2007年度以降は,日本郵政のホームページの「お知らせ」から知ることができます。
http://www.japanpost.jp/toukei/2006/yu06.html
なお,1995年以降のパソコン・携帯電話の保有率(世帯単位)も併せて観察します。資料は,総務省の『通信利用動向調査』です。
年賀葉書の発行枚数は,戦後間もない1950年度では4億枚(国民一人当たり4.8枚)でした。その後,時代と共に発行枚数は増え,2003年度には44.6億枚に達します。国民一人当たり34.9枚です。しかし,それ以降は減少に転じ,2011年度の36.7億枚に至っています。
近年の年賀葉書の発行数の減少は,情報機器の普及と関連していることと思われます。図にみるように,1990年代後半以降,パソコンと携帯電話の世帯保有率はうなぎ昇りに上昇しています。1995年では,パソコンの保有率16.3%,ケータイの保有率10.6%であったのが,2010年では,順に83.4%,93.2%にまで高まっているのです。
今後,年賀葉書の発行数はどうなるかは定かでありませんが,社会の情報化の進展により,新年の挨拶の形式が多様化していくことは間違いないでしょう。しかるに,このような社会的状況を共有しながらも,旧来の慣行にこだわる方もいます。
試みに,年賀葉書の利用頻度の地域差を明らかにしてみましょう。日本郵便の速報資料から,2012年の「年賀郵便物元旦配達物数」を知ることができます。年賀郵便物のほとんどは,年賀葉書とみてよいでしょう。日本郵便の支社ごとの数字を整理すると,下表のようです。この数字は配達物数であるので,先ほどみた年賀葉書の発行枚数とは大きく異なることに留意ください。
http://www.post.japanpost.jp/whats_new/2012/0101_01.html
各支社の配達数を管轄地域の人口で除して,人口一人当たりの配達数を計算しました。この指標をみると,最も数が多いのは北陸で,一人当たり20.9枚です。最も少ない沖縄(6.5枚)の3倍を超えています。すごい差です。
「ゆいまーる」に象徴される沖縄は,地域住民の交流度が高いと思うのですが,対面(face to face)での挨拶が多い,ということでしょうか。信越や九州の値が低いのも,このような事情なのでしょうか。なお,東北や関東(茨城,栃木,群馬,埼玉,千葉)の値が低いのは,昨年の震災の影響かと思います。
ひとまず,このようなデータが出たことをご報告いたします。明日も明後日も,追加の賀状が届くことと思います。そうした個々人のやり取りを集積すると,今回みたような数字になることをお知りいただければ,と存じます。
では,みなさま,よいお正月をお過ごしください。