2019年4月5日金曜日

学生の生活困窮

 東京私大教連の2018年調査によると,私大新入生の1日あたりの生活費は677円と,過去最低になったそうです。

 私は院生の頃,授業料免除申請で月の食費を2万5000円と書いたら,事務の人から「これじゃ通らんぞ,食費が高すぎだ」と言われたことがあります。1日あたり830円じゃんと思ったのですが,嘘っぱちというわけではなかったようです。

 上記の衝撃の数値は,どうやって出したのか。原資料は,『私立大学新入生の家計負担調査』というもので,2018年5~7月に,首都圏の私大の新入生の保護者に答えてもらったようです。
http://tfpu.or.jp/

 6月以降の仕送り平均額から平均家賃を引いて,月の生活費を出し,それを30日で割って「1日の生活費」としたようですね。2018年調査によると,私大新入生(下宿)の平均仕送り額は8万3100円で,平均家賃は6万2800円。前者から後者を引くと2万300円で,これを30日で割って,1日あたり677円であると。

 リンク先のPDFのレポートには,時系列データも載っていますので,私が大学に入った1995年と比較してみました。


 私の頃は,平均仕送り額が12万円を越えていたのですね。それでいて月家賃は今よりも安かった。1日あたりの生活費は2000円を超えていました。それが今では,仕送りが減り家賃が上がっているので,677円という悲惨な数値になっていると。

 家庭の年収よりも仕送りの減少率が大きいですが,学費が上がっているので,そのしわ寄せを受けているのでしょう。

 仕送りから家賃を引いたお金の全部を,自由に使えるわけではありません。光熱費も差し引かれます。しかし収入のほうも,奨学金やバイト代が加味されることが大半なので,上記の667円という数値は,現実にはもうちょっと上がると思われます。

 しかるにこれでは,学生も生活費稼ぎのバイトをせざるを得ません。それが増えているのは,データからも分かります。手元に,『日本大学学生生活実態調査』という資料があります。マンモス私大の日本大学のバイト学生に,バイトの目的を問うた設問があります。90年代半ばと最新の2015年の数値を並べると,以下の表のようになります。
https://www.nihon-u.ac.jp/disclosur/research/no_10/


 20年間の増分が大きい順に並べましたが,生活費・食費稼ぎという項目の選択率が,19.7%から44.1%と倍以上に増えています。その一方で,旅行・交際・レジャーという遊興費目当ての理由は,52.7%から26.2%へと半減しています。

 表を全体的にみて,遊ぶ金目当てのバイトが減り,生活費や学費稼ぎという切実な理由によるバイトが増えているのは明白です。

 「それがどうした,むしろ学生の本来の姿に近くなっているのではないか」という意見もあるでしょう。しかし,生活費の足しにするというレベルではありません。最初の表にあるように,今の下宿学生はバイトをしない場合,1日677円(光熱費含む)で凌がないといけません。普通の生活を営むには,多くの時間をバイトに割かないといけません。

 昨今の人手不足により,低賃金でバリバリ働いてくれる学生バイトは大歓迎されます。学生の側も,たくさん稼ぎたい。両者の意向が(奇妙に)マッチして,学業に支障が出るまでのブラックバイトが蔓延っています。学業とバイトの主従関係が完全に逆転している学生も多し。何のために大学に通っているのか?

 厳密なことを言うと,大学生はバイトなんてするヒマはないのです。大学設置基準では,1単位の取得のためには45時間勉強しないといけないと規定されています(授業時間含む)。半期の授業の2単位を得るためには90時間勉強しないといけないわけです。この規定が厳格に適用されるなら,学生はバイトやサークルなどする時間はなく,図書館は常に満員状態のはずです。

 最近は,大学も教育機能を充実させようとシャカリキになっています。私は私大で教えていた時,「学生に勉強させるため,ガンガン課題を出してくれ」と事務に言われました。しかるに,バイト漬けで青黒い顔をしている学生を目にすると,それは躊躇われました。勉強ができる条件が整っていないと感じました。

 国ができることは,学費の減免枠を増やしたり,給付型の奨学金を導入することですが,その余地があることは統計から知られます。よく引き合いに出されるのが,高等教育への公的支出額の対GDP比です。


 2015年のデータですが,日本は0.45%でOECD加盟国では最も低くなっています。上位は北欧諸国ですね。大学の学費は無償,高等教育費の9割は国費で賄われる社会です。日本の高等教育費の公費比率は3割ほどで,残りの7割は家計負担です。「公」型と「私」型のコントラストが出ています。

 しかし,私費負担型の高等教育が限界に達しているのは,最初の表から明らかでしょう(学生の1日の生活費677円!)。学生はバイト漬けで勉強なんてできやしない。政府もようやく重い腰を上げ,昨年度から給付型奨学金が導入され,来年度から高等教育無償化政策が実施されます。対象は,住民税非課税の低所得世帯です。

 これでは支援の幅が狭く,住民税非課税かどうかで線引きするのは酷ではないかという声もあったようで,大学等の学費減免措置として,年収300万未満の世帯には住民税非課税世帯の3分の2,年収300~380万の世帯には3分の1が授業料相当額支給されるという,傾斜も設けられています。

 一歩前進には変わりませんが,低所得層の救済という局地的な色彩が強く,一般学生の生活が楽になるという結果にはつながりそうにありません。

 とはいえ,大学進学率50%,高等教育進学率70%を超える日本において,全学生に支援の幅を広げるとしたら,膨大な財源が必要になる。それに,低ランクの私大の中には,経営努力を怠り,教育機関として機能していない大学も多し。学生を単なる「金づる」としか見ていない。こういう大学を救済してはならないという声も強く,一定の条件を満たさない大学は,上記の支援策の対象外とされています。

 ある方がツイッターで言われていましたが,「私大奨学金安月給という超絶無駄使いルート」があるのは事実です。ランクの低い大学ほど奨学金の利用率が高く,卒業後の延滞率も高い傾向があります。「FランはATMのあるパチンコ屋」という比喩がありますが,学生に借金を負わせ,彼らの人生を狂わせる「地雷」のような大学は,公金を注入して延命させるに値しません。乱暴な言い方ですが,潔く撤退していただいたほうがいいと思います。

 高等教育の質を担保しようというなら,思い切ってナタを振るい,大学の「スリム化」を図ることも必要ではないか。そこで生き残った大学に通う学生こそ,手厚い支援を行うに値する存在です。

 まだ先ですが,2022年度から成人年齢が18歳に下げられます。これを機に,18歳で社会に出ることをもっと推奨していいように思います。現業職の人手不足もあり,専門高校の正社員就職率は非常に良好です。それを欲している生徒も数多し。ただでさえ若い労働力が減っているのに,大学への進学を社会的に強制し,その浪費をしている場合ではありますまい。

 大学へは,必要を感じた時に,後から行けるようにすればいい。AIの台頭により,人間の労働時間は短くなる見通しですが,それで生まれた余裕を教育有給休暇の創出にあてるのもいいでしょう。学校と仕事の間を往来する「リカレント教育」の普及度は,日本は世界最低水準です。フィンランドでは,30代でも2割が学生なり。
https://twitter.com/tmaita77/status/1088014255662616578

 学生の生活困窮のデータから話が広がりましたが,学生の生活支援強化はもちろん,膨張し過ぎて,よからぬ部分が膨らんだ日本の高等教育の「スリム化」を図るのも必要ではないか,というのがここでの主張です。