2013年3月28日木曜日

教員・生徒関係の国際比較

 教員は「教える」ことを業とする専門職ですが,教授活動が効果を上げるためには,児童・生徒との良好な人間関係を築くことが前提条件となります。

 この点については,教育課程の国家基準である学習指導要領でもいわれており,「日ごろから学級経営の充実を図り,教師と児童(生徒)の信頼関係」を育てることとされています(総則)。

 しかるに,法や政府文書に書かれていることは理想であって,現実はそれと食い違っていることがしばしばです。意地の悪い私は,後者のほうに目を向けたくなります。国際データをもとに,わが国の教員・生徒関係の良好度を診てみようと思います。

 OECDは,3年間隔で国際学力調査PISAを実施しています。対象は,各国の15歳の生徒です。日本では,高校1年生が回答しています。

 PISA2009の生徒質問紙調査のQ30では,「あなたの学校の先生について,どのように思っているか」と問い,以下の5つの事項について自己評定するよう求めています。


 まずは総合評価(①)から始まり,先生が自分に関心を持ってくれているか(②,③)を問い,さらに,自分に対する先生の扱い(④,⑤)を尋ねる,という仕掛けです。

 いずれもポジティヴな項目ですので,選択肢の数値は,教員・生徒関係の良好度を測る尺度として使えます。各項目で選択された数値を足し合わせた値を,教員・生徒関係の良好度スコアとします。全部4を選ぶ生徒は20点,逆に全部1を選ぶような不幸な生徒は5点となります。

 私は,当該調査のローデータ(下記サイトよりDL可能)を加工して,74か国,49万7,019人の生徒のスコアを計算しました。いずれかの項目に無回答ないしは無効回答がある者は除いています。
http://pisa2009.acer.edu.au/downloads.php

 手始めに,日本とアメリカの生徒のスコア分布をみていただきましょう。下図は,折れ線によるスコア分布図です。カッコ内はサンプル数であり,日本の場合,6,006人のスコア分布が描かれています。


 アメリカのほうが高得点層に多く分布していますね。4項目に「4」と回答した場合,16点となりますが,16点以上の者の比率に注意すると,日本は16.0%,アメリカは35.2%です。その分,わが国の生徒は,低スコアの比重が米国に比して高くなっています。

 上の分布からスコア平均を出すと,日本が13.1点,アメリカが15.1点となります。生徒による自己評定ですが,日本のほうが思わしくない,という結果が出ました。

 以上は日米比較ですが,比較の対象をPISA2009の全対象国(74か国)に広げましょう。私は同じやり方において,各国の教員・生徒関係スコアの平均値を計算し,高い順に並べたランク表をつくりました。

 ここでは,上位10位,下位10位と,主要国の位置をお見せします。先ほど出した日本の値(13.1点)はどこに位置づくか。ご覧ください。


 日本のスコア平均は,74か国の中で最下位です。スコアの絶対水準に大きな差はありませんが,相対比較という点でいうなら,わが国の高校の教員・生徒関係は,世界で最も思わしくない,とうことになります。

 これをどうみたものでしょう。昨年の10月に私は,「高校理科の授業スタイルの国際比較」という小論をシノドス・ジャーナルに寄稿しました。そこで分かったのは,日本の高校理科の授業スタイルが,開発主義とは最も隔たった知識注入型であることです。
http://synodos.livedoor.biz/archives/1990703.html

 授業は詰め込み,対生徒関係も芳しくない・・・。わが国の教員のパフォーマンスに?がつきそうですが,個々の教員の資質云々の問題ではないと思います。

 詰め込み授業は,内容がぎっしり詰まった国定カリキュラム(学習指導要領)に由来する面があるでしょう。対生徒関係スコアの低さにしても,会議や雑務であまりに忙しく,個々の生徒とじっくり向き合う時間がない,という条件によるのではないでしょうか。

 また,昨年の10月17日の記事でみたように,教員の非正規化(バイト化)が進んでいることの影響も大きいと思われます。学習指導要領がいう教員・生徒の「信頼関係」とは,長期的な接触の中で育まれるものですが,細切れ雇用の「バイト先生」が増えることは,確実にそれを不可能にします。

 教員の多くがバイト先生であるような学校では,生徒が「自分を分かってくれていない」と答えるのも,無理からぬことです。もしかすると,上表の各国のスコアは,教員の非正規率のような指標と相関しているんじゃないかなあ。

 なお,ここでのデータは,高校1年生のものであることにも注意が要ります。周知のように,わが国の高校は有名大学進学可能性に依拠して序列づけられている側面があり,いわゆるランクの低い高校の生徒が否定的な回答を多く寄せた,ということかもしれません。小・中学校でみたら,また違った結果になることも考えられます。

 学習指導要領でいわれているように,教員・生徒の良好な人間関係は,教授活動が効を上げるための最も基本的な条件です。この点にかんがみ,教員のゆとりの確保,非正規化の抑制が強く求められるといえましょう。