2017年11月27日月曜日

男性の稼ぎ寄与度の国際比較

 今からちょうど20年前の1997年,山一証券が倒産しました。私が学部3年の頃です。

 そのニュースが流れた翌日,経済学の授業でつい居眠りをしていたところ,教授から「おい,そこのお前。気持ちよさそうに寝ているけど,大企業もつぶれる時代なんだぞ」と,たしなめられたのを覚えています。

 それからわが国の経済状況は急激に悪化。翌年の98年には,年間の自殺者が3万人を超えました。増分の多くは,無慈悲なリストラに遭った中高年男性です。50代男性の自殺者は,97年は3875人だったのが,98年には5973人に急増しました(厚労省『人口動態統計』)。たった1年間で,2千人以上も自殺者が増えたわけです。

 悲しいかな。男性の自殺率は,社会の経済状況を鋭敏に反映する傾向を持っています。たとえば,失業率と自殺率の時系列カーブを描くと,驚くほど近似しています。下図は,1960年から2016年までの長期推移です。

 失業率は,各年の12か月の平均値です。15歳以上の労働力人口に占める,完全失業者の割合です。自殺率は,人口10万人あたりの年間自殺者数です。前者は総務省『労働力調査』,後者は厚労省『人口動態統計』に,計算済の数値が出ています。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000000110009&cycode=0
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001191145


 明瞭な共変関係ですねえ。この46年間のデータで相関係数を出すと,+0.938にもなります。失業率が分かれば,自殺率をほぼ正確に言い当てられるレベルです。これが因果関係を意味するとは限りませんが,「失業→生活苦→自殺」という経路を想定するのは容易いでしょう。

 昨日,このグラフをツイッターで発信したところ,ある方が「なぜ,男性は女性に経済的に頼ることを考えないのか?」という疑問を呈されました。
https://twitter.com/lalahearttwit/status/934614998319554561

 なるほど。「男性は,妻子を養って当たり前」という,わが国のジェンダー呪縛を逆照射する指摘ですね。97年から98年にかけて,リストラに遭った中高年男性の自殺者が急増したのですが,「家族に保険金を」という動機もあったことでしょう。

 女性にあっては,失業率と自殺率の間に明白な共変関係は見られません。男性に限っても,上図のようなトレンドが出てくるのは,日本くらいではないでしょうか。「一家を養うべし」というジェンダー呪縛,「仕事=生活」という価値観が最も浸透した社会ですので。

 わが国では,男性が女性に「経済的に頼ること」は稀ですが,諸外国ではどうなのでしょう。私はこの点を可視化すべく,共働き夫婦の稼ぎ分担を数値で出してみました。夫の稼ぎが,夫婦の稼ぎの何%に相当するかです。

 ISSPが2015年に実施した「労働環境の意識調査」では,就業者に対し,自分の年収と世帯の年収を尋ねています。日本の25~54歳の共働き男性(自分も妻も働いている男性)を取り出し,双方の分布をとると,以下のようになります。無回答は除く,有効回答の分布です。
http://www.issp.org/data-download/by-year/


 年収の階級は,階級値で示されています。250万円とは,年収200万円台の者です。この分布から平均値を出すと,個人年収は526万円,世帯年収は692万円となります。前者が後者に占める割合は,76.0%です。

 日本の25~54歳の共働き男性を取り出すと,世帯年収(夫婦の稼ぎ)の4分の3を当人が稼いでいると。

 他国はどうでしょう。同じやり方で,共働き夫婦の男性の稼ぎ割合を試算してみました。下表は,日本と欧米の6か国のデータです。お隣の韓国は,上記調査の対象になっていません。


 日本は76.0%ですが,欧米では6割くらいですね。イギリスやスウェーデンでは,夫婦の稼ぎが半々近くになっています。

 むろん三世代同居の世帯もあり,分母に自分(配偶者)の親の稼ぎも含まれている可能性はありますが,欧米では三世代同居はほとんどないので,夫婦の稼ぎに占める,夫の稼ぎの比重とみて間違いないでしょう。

 日本では三世代同居が結構いるかもしれませんが,核家族世帯に絞ったら,夫の稼ぎ比率は8割に達するかもしれませんね。

 このような簡単な検討からも,日本では,男性に重いジェンダー呪縛が課せられていることが知られます。最初の図でみたように,失業率と自殺率が気持ち悪いくらい同調するわけです。オトコが「女性に経済的に頼ること」を知っている社会では,こうはなりますまい。

 世界を見渡せば,少なからぬ女性が「主たる家計支持者」という国もあります。南国のタイでは,30~40代の有配偶女性の6割近くが,「自分が主たる家計支持者だ」と答えています。スゴイですねえ。男性が怠け者なんでしょうか。
http://tmaita77.blogspot.jp/2014/05/blog-post_11.html

 日本では,男女の双方にジェンダー呪縛が課されています。男性の稼ぎ分担率が主要国で首位なら,女性の家事・育児分担率は世界でトップです。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/03/post-4607.php

 収入源を絶たれたら即座に自殺する男性,家事・育児のワンオペで潰れる女性……。まったくもって,残念なことです。両性が,伝統的な相互の役割にもっと乗り入れるようになったら,事態は大きく変わることでしょう。