警察庁は,遺書などの分析により,自殺者の自殺原因を仔細に明らかにしています。私は,同庁の公表資料をもとに,2011年中の年齢層別の自殺原因構成を俯瞰できる統計図をつくってみました。原因が判明した者の分の統計です。警察庁『平成23年中における自殺の状況』の附録資料から数字を採取して作図しました。
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm
ゴチの太字は,全年齢層でみた場合のシェアが上位5位の原因です。うつ病,身体の病気,生活苦,統合失調症,夫婦関係の不和,が該当します。
身体の病気は,高齢層になるほど比重が大きくなります。うつ病のシェアはどの年齢層でも大きいのですが,とくに30代~40代の働き盛りの層で猛威を振っています。30代では,全原因の4分の1近くがうつ病です。「うつの時代」と形容される,現代日本の状況が反映されています。
一昨日の読売新聞では,就職失敗を苦に自殺する若者が激増していることが報道されていました。この理由で自殺した10~20代の者は,2007年では60人でしたが,2011年では150人にまで増えたとのこと。しかるに,上図にみるように,全原因中の比重という点では,さして大きなものではありません。若者でも,うつや統合失調症など,精神的なものが大きいことがうかがわれます。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120508-OYT1T00690.htm
とはいえ,じゃあなぜ若者がうつになるのかといえば,それはやはり,就職失敗や生活苦というような社会的な原因による部分が大きいことでしょう。上図の模様は,偏った心理主義に堕すことを正当化するものではありません。
上記の警察庁資料では,年齢層別と共に職業別の自殺原因構成も明らかにされています。回を改めて,教員の自殺原因構成の年次変化を俯瞰できる統計図をつくってみようと思います。
2012年5月10日木曜日
2012年5月8日火曜日
ジニ係数の国際比較
このブログで何回か言及しているジニ係数ですが,この係数は,社会における収入格差の程度を計測するための指標です。イタリアの統計学者ジニ(Gini)が考案したことにちなんで,ジニ係数と呼ばれます。
昨年の7月11日の記事で明らかにしたところによると,2010年のわが国のジニ係数は0.336でした。一般に,ジニ係数が0.4を超えると社会が不安定化する恐れがあり,特段の事情がない限り格差の是正を要する,という危険信号と読めるそうです。現在の日本はそこまでは至っていませんが,5年後,10年後あたりはどうなっていることやら・・・。
ところで,世界を見渡してみるとどうでしょう。私は,世界の旅行体験記の類を読むのが好きですが,アフリカや南米の発展途上国では,富の格差がべらぼうに大きいのだそうです。
世界各国のジニ係数を出せたら面白いのになと,前から思っていました。そのためには,各国の収入分布の統計が必要になります。暇をみては,そうした統計がないものかといろいろ探査してきたのですが,ようやく見つけました。ILO(国際労働機関)が,国別の収入分布の統計を作成していることを知りました。
下記サイトにて,"Distribution of household Income by Source"という統計表を国別に閲覧することができます。世帯単位の収入分布の統計です。私はこれを使って,43か国のジニ係数を明らかにしました。しかるに,結果の一覧を提示するだけというのは芸がないので,ある国を事例として計算の過程をお見せしましょう。
http://laborsta.ilo.org/
ご覧いただくのは,南米のブラジルのケースです。旅行作家の嵐よういちさんによると,この国では,人々の貧富の差がとてつもなく大きいのだそうです。毎晩高級クラブで豪遊するごく一部の富裕層と,ファベイラと呼ばれるスラムに居住する大多数の貧困層。この国の格差の様相を,統計でもって眺めてみましょう。
http://www.saiz.co.jp/saizhtml/bookisbn.php?i=4-88392-829-3
上表の左欄には,収入に依拠して調査対象の世帯をほぼ10等分し,それぞれの階級(class)の平均月収を出した結果が示されています。単位はレアルです。一番下の階級は182レアル,一番上の階級は6,862レアル。その差は37.7倍。すさまじい差ですね。ちなみに,わが国の『家計調査』の十分位階級でみた場合,最低の階級と最高の階級の収入差はせいぜい10倍程度です。
表によると,全世帯の平均月収は1,817レアルですが,この水準を超えるのは,階級9と階級10だけです。この2階級が,全体の平均値を釣り上げています。
富量の分布という点ではどうでしょう。全世帯数を100とすると,階級1が受け取った富量は182レアル×7世帯=1,274レアル,階級2は320×8=2,560レアル,・・・階級10は6,862×13=89,206レアル,と考えられます。10階級の総計値は181,689レアルなり。
この富が各階級にどう配分されたかをみると,何と何と,一番上の階級がその半分をせしめています。全体の1割を占めるに過ぎない富裕層が,社会全体の富の半分を占有しているわけです。その分のしわ寄せは下にいっており,量の上では半分を占める階級1~6の世帯には,全富量のたった15%しか行き届いていません(右欄の累積相対度数を参照)。
さて,ジニ係数を出すには,ローレンツ曲線を描くのでしたよね。横軸に世帯数,縦軸に富量の累積相対度数をとった座標上に,10の階級をプロットし,それらを結んでできる曲線です。この曲線の底が深いほど,世帯数と富量の分布のズレが大きいこと,すなわち収入格差が大きいことになります。
上図は,ブラジルのローレンツ曲線です。比較の対象として,北欧のフィンランドのものも描いてみました。ブラジルでは,曲線の底が深くなっています。フィンランドでは,曲線に深みがほとんどなく,対角線と近接する形になっています。このことの意味はお分かりですね。
ジニ係数は,対角線とローレンツ曲線で囲まれた面積を2倍した値です。上図の色つき部分を2倍することになります。計算方法の仔細は,昨年の7月11日の記事をご覧ください。
算出されたジニ係数は,ブラジルは0.532,フィンランドは0.189なり。0.532といったら明らかに危険水準です。いつ暴動が起きてもおかしくない状態です。現にブラジルでは,凶悪犯罪が日常的に起きています。一方のフィンランドは,平等度がかなり高い社会です。
それでは,上記のILOサイトから計算した43か国のジニ係数をご覧に入れましょう。統計の年次は国によって違いますが,ほとんどが2002~2003年近辺のものです。なお,日本のデータは使用不可となっていたので,日本は,冒頭で紹介した0.336(2010年)を用いることとします。わが国を含めた44か国のジニ係数を高い順に並べると,下図のようです。
最も高いのはブラジルかと思いきや,上がいました。アフリカ南部のボツワナです。殺人や強姦の発生率が世界でトップレベルの南アフリカに隣接する国です。この国の治安も悪そうだなあ。
ほか,ジニ係数が0.4(危険水準)を超える社会には,フィリピンやメキシコなどの途上国が含まれる一方で,アメリカやシンガポールといった先進国も顔をのぞかせています。
ジニ係数が低いのは,旧ソ連の国(ベラルーシ,アゼルバイジャン)のほか,東欧や北欧の国であるようです。社会主義の伝統が濃い国も多く名を連ねています。
わが国は,44か国中23位でちょうど真ん中です。社会内部の格差の規模は,国際的にみたら中くらいです。お隣の韓国がすぐ上に位置しています。
かつてのK首相がよく口にしていたように,格差がない社会というのは考えられませんが,格差があまりに大きくなるのは,決して好ましいことではありません。ジニ係数があまりに高くなると社会が不安定化するといいますが,それを傍証するデータもあります。
昨年の6月28日の記事では,世界40か国の殺人率を計算したのですが,このうち,今回ジニ係数を算出できたのは20か国です。この20か国のデータを使って,ジニ係数と殺人率の相関係数を出したら,0.622となりました。ジニ係数が高いほど,つまり社会的な格差が大きい国ほど,殺人のような凶悪犯罪の発生率が高い傾向です。
日本社会のジニ係数の現在値(0.336)は,そう高いものとは判断されません。しかし,今後どうなっていくのか。前回みた大学教員社会のように,ジニ係数が高騰している小社会も見受けられます。わが国の前途に不安を抱かせる統計は,結構あるのです。
昨年の7月11日の記事で明らかにしたところによると,2010年のわが国のジニ係数は0.336でした。一般に,ジニ係数が0.4を超えると社会が不安定化する恐れがあり,特段の事情がない限り格差の是正を要する,という危険信号と読めるそうです。現在の日本はそこまでは至っていませんが,5年後,10年後あたりはどうなっていることやら・・・。
ところで,世界を見渡してみるとどうでしょう。私は,世界の旅行体験記の類を読むのが好きですが,アフリカや南米の発展途上国では,富の格差がべらぼうに大きいのだそうです。
世界各国のジニ係数を出せたら面白いのになと,前から思っていました。そのためには,各国の収入分布の統計が必要になります。暇をみては,そうした統計がないものかといろいろ探査してきたのですが,ようやく見つけました。ILO(国際労働機関)が,国別の収入分布の統計を作成していることを知りました。
下記サイトにて,"Distribution of household Income by Source"という統計表を国別に閲覧することができます。世帯単位の収入分布の統計です。私はこれを使って,43か国のジニ係数を明らかにしました。しかるに,結果の一覧を提示するだけというのは芸がないので,ある国を事例として計算の過程をお見せしましょう。
http://laborsta.ilo.org/
ご覧いただくのは,南米のブラジルのケースです。旅行作家の嵐よういちさんによると,この国では,人々の貧富の差がとてつもなく大きいのだそうです。毎晩高級クラブで豪遊するごく一部の富裕層と,ファベイラと呼ばれるスラムに居住する大多数の貧困層。この国の格差の様相を,統計でもって眺めてみましょう。
http://www.saiz.co.jp/saizhtml/bookisbn.php?i=4-88392-829-3
上表の左欄には,収入に依拠して調査対象の世帯をほぼ10等分し,それぞれの階級(class)の平均月収を出した結果が示されています。単位はレアルです。一番下の階級は182レアル,一番上の階級は6,862レアル。その差は37.7倍。すさまじい差ですね。ちなみに,わが国の『家計調査』の十分位階級でみた場合,最低の階級と最高の階級の収入差はせいぜい10倍程度です。
表によると,全世帯の平均月収は1,817レアルですが,この水準を超えるのは,階級9と階級10だけです。この2階級が,全体の平均値を釣り上げています。
富量の分布という点ではどうでしょう。全世帯数を100とすると,階級1が受け取った富量は182レアル×7世帯=1,274レアル,階級2は320×8=2,560レアル,・・・階級10は6,862×13=89,206レアル,と考えられます。10階級の総計値は181,689レアルなり。
この富が各階級にどう配分されたかをみると,何と何と,一番上の階級がその半分をせしめています。全体の1割を占めるに過ぎない富裕層が,社会全体の富の半分を占有しているわけです。その分のしわ寄せは下にいっており,量の上では半分を占める階級1~6の世帯には,全富量のたった15%しか行き届いていません(右欄の累積相対度数を参照)。
さて,ジニ係数を出すには,ローレンツ曲線を描くのでしたよね。横軸に世帯数,縦軸に富量の累積相対度数をとった座標上に,10の階級をプロットし,それらを結んでできる曲線です。この曲線の底が深いほど,世帯数と富量の分布のズレが大きいこと,すなわち収入格差が大きいことになります。
上図は,ブラジルのローレンツ曲線です。比較の対象として,北欧のフィンランドのものも描いてみました。ブラジルでは,曲線の底が深くなっています。フィンランドでは,曲線に深みがほとんどなく,対角線と近接する形になっています。このことの意味はお分かりですね。
ジニ係数は,対角線とローレンツ曲線で囲まれた面積を2倍した値です。上図の色つき部分を2倍することになります。計算方法の仔細は,昨年の7月11日の記事をご覧ください。
算出されたジニ係数は,ブラジルは0.532,フィンランドは0.189なり。0.532といったら明らかに危険水準です。いつ暴動が起きてもおかしくない状態です。現にブラジルでは,凶悪犯罪が日常的に起きています。一方のフィンランドは,平等度がかなり高い社会です。
それでは,上記のILOサイトから計算した43か国のジニ係数をご覧に入れましょう。統計の年次は国によって違いますが,ほとんどが2002~2003年近辺のものです。なお,日本のデータは使用不可となっていたので,日本は,冒頭で紹介した0.336(2010年)を用いることとします。わが国を含めた44か国のジニ係数を高い順に並べると,下図のようです。
最も高いのはブラジルかと思いきや,上がいました。アフリカ南部のボツワナです。殺人や強姦の発生率が世界でトップレベルの南アフリカに隣接する国です。この国の治安も悪そうだなあ。
ほか,ジニ係数が0.4(危険水準)を超える社会には,フィリピンやメキシコなどの途上国が含まれる一方で,アメリカやシンガポールといった先進国も顔をのぞかせています。
ジニ係数が低いのは,旧ソ連の国(ベラルーシ,アゼルバイジャン)のほか,東欧や北欧の国であるようです。社会主義の伝統が濃い国も多く名を連ねています。
わが国は,44か国中23位でちょうど真ん中です。社会内部の格差の規模は,国際的にみたら中くらいです。お隣の韓国がすぐ上に位置しています。
かつてのK首相がよく口にしていたように,格差がない社会というのは考えられませんが,格差があまりに大きくなるのは,決して好ましいことではありません。ジニ係数があまりに高くなると社会が不安定化するといいますが,それを傍証するデータもあります。
昨年の6月28日の記事では,世界40か国の殺人率を計算したのですが,このうち,今回ジニ係数を算出できたのは20か国です。この20か国のデータを使って,ジニ係数と殺人率の相関係数を出したら,0.622となりました。ジニ係数が高いほど,つまり社会的な格差が大きい国ほど,殺人のような凶悪犯罪の発生率が高い傾向です。
日本社会のジニ係数の現在値(0.336)は,そう高いものとは判断されません。しかし,今後どうなっていくのか。前回みた大学教員社会のように,ジニ係数が高騰している小社会も見受けられます。わが国の前途に不安を抱かせる統計は,結構あるのです。
2012年5月7日月曜日
大学教員社会のジニ係数
昨年の7月4日の記事では,大学教員の職名別(教授,准教授,講師,助教,非常勤講師)の月収データを使って,大学教員社会のジニ係数を試算してみました。データ・ソースは,2007年の文科省『学校教員統計調査』です。
ところで,本資料の統計表をよくみると,何と何と,大学教員の月収分布(5万円刻み)が掲載されいるではありませんか。これを使えば,大学教員社会のジニ係数を,より精緻な形で算出することができます。文科省の『学校教員統計』は,本当に「宝の山」です。
2010年の同資料によると,同年10月1日時点の大学の本務教員数は172,728人です。下記サイトの表188から,この17万2千人の教員の月収額分布(5万円刻み)を知ることができます。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001038417&cycode=0
しかるに大学教育は,大学に正規に属する本務教員(専任教員)だけによって担われているのではありません。授業をするためだけに雇われている兼務教員(非常勤教員)も,かなりの部分を担当しています。人件費削減のため,非常勤教員の比重が増してきていることは,4月2日の記事でみた通りです。
大学教員社会内部の給与格差を問題にする際は,専任教員のみならず非常勤教員も考慮に入れる必要があります。
なお非常勤教員には,作家や研究所勤務など,大学以外に本務先がある「定職あり非常勤教員」と,そのような本務先がなく,大学の非常勤をメインに生計を立てている「定職なし非常勤教員」がいます。ここでは,「定職あり非常勤」は考慮しないこととします。数が少ないこともありますが,彼らは本務の片手間に非常勤をやっている人間であり,自らのアイデンティティの拠り所を大学に置いている者はいないと考えられるからです。
しかるに,定職がない非常勤教員は違います。本職がない彼らは,観念の上では,非常勤先の大学を自らの職場と思っています。対外的には,「**大学非常勤講師」を名乗ります(名乗らざるを得ません)。非常勤の給与だけでやっている彼らは,大学内部の格差の問題にはとてもセンシティヴです。
職なし非常勤教員の数は,82,844人なり(2010年)。専任と非常勤を合わせた広義の大学教員数の4分の1を占めます。決して無視できる存在ではありません。彼らをオミットして,専任教員のみの給与分布からジニ係数を出しても,何のリアリティもない数字が出てくるだけでしょう。
ここでは,大学教員をして,専任教員と職なし非常勤教員の合算値と考えることにします。2010年における,この意味での大学教員は255,572人です。21年前の1989年は136,499人。両年次の大学教員の月収分布をみてみましょう。職なし非常勤教員は,最も低い階級(15万円未満)に含めました。Why?と思われる方は,下記のサイトでもご覧あれ。
http://www.j-cast.com/2009/05/06040504.html
両年とも,月収15万円以下の者が最多ですが,2010年では全体の33.4%がこの階級に含まれます。そのほとんどが職なし非常勤教員であることは言うまでもありません。1990年代以降の大学院重点化政策の影響がまざまざと表れています。
またこの20年間において,高収入層のシェアが高まっいることも注目されます。月収50万以上の層の比率は,1989年では15.8%でしたが,2010年では25.2%となっています。
現在では,大学教員の3人に1人が月収15万未満の貧困層である一方,4人に1人が50万以上の富裕層です。一昔前に比べて,上下への分極化傾向が進んでいることが知られます。換言すると,収入格差の拡大傾向です。
それでは,上図の月収分布のデータから,ジニ係数を出してみましょう。度数分布からジニ係数を出す場合,人数と富量の累積相対度数を出すのでしたよね。下表は,2010年の計算過程の数字です。
それぞれの階級に含まれる者の月収は,一律に真ん中の階級値であるとみなします。たとえば20万円台前半の3,918人は,月収22.5万円と考えるわけです。
富量は,人数に階級値を乗じた値です。それぞれの階級の教員に配分された富(income)の量に相当します。全階級の富量を合計すると,891億4千万円なり。2010年では,1か月あたりおよそ891億円の富が大学教員にもたらされたことになります。
さて問題は,この莫大な富が各階級の教員にどう配分されているかです。中央の相対度数の欄をみると,悲しいかな,その配分構造にはかなりの偏りがあることが知られます。15万円未満の層は,人数の上では全体の33%を占めますが,受け取った富の量は全体の12%にすぎません。一方,全体の25%しか占めない50万以上の層が,富全体の43%をもせしめています。
こうした偏りは,右欄の累積相対度数をみるともっとわかりやすいでしょう。教員の55%は月収40万未満ですが,彼らに配分された富は,全体の32%ほどです。逆にいえば,残りの68%の富は,それよりも上の階級に占有されていることになります。
ジニ係数とは,上表でいう「人数」と「富量」の分布がどれほどズレているかに注目するものです。横軸に人数,縦軸に富量の累積相対度数をとった座標上に各階級をプロットし,それらを結んだ曲線を描きます。この曲線がローレンツ曲線です。
1989年と2010年のローレンツ曲線を描いてみました。なお,大学全体(国公私立大学)とは別に,私立大学のみの曲線も描きました。私立大学の教員数(=専任教員+職なし非常勤教員)は,1989年が74,029人,2010年が167,972人であることを申し添えます。
大学全体でみても私立大学だけでみても,ローレンツ曲線の底が深くなってきています。このことは,大学教員社会における収入格差が拡大していることを意味します。全体と私立を比べると,曲線の底が深いのは後者であるようです。私立のほうが,職なし非常勤教員への依存度が高いためでしょう。
さて,求めるジニ係数は,対角線と曲線で囲まれた面積を2倍した値です。図の色つき部分の面積を2倍することになります。詳細な計算の仕方は,昨年の7月11日の記事をご覧ください。
算出されたジニ係数の値を示します。大学全体では,1989年は0.231,2010年は0.302です。私立大学は,1989年が0.263,2010年が0.343です。この20年間で,格差が拡大していることが明らかです。
以前に比してジニ係数がアップしていることは分かりましたが,2010年の0.302~0.343という値の絶対水準をどう評価したものでしょう。一般に,ジニ係数0.4以上が,社会が不安定化する恐れのある危険水域といわれます。現時点ではこの水準にまで達していませんが,今後どうなることやら。
ところで,今出したジニ係数は,現実のものよりも低いものとみなければなりません。計算に使ったデータが,諸手当を含まない月収のものであるからです。専任教員にはあって非常勤教員にはないもの,それはボーナスなどの諸手当です。
他にも問題はいろいろありますが,ひとまずこの点を補正し,より現実に近い値を試算してみましょう。やり方は簡単です。月収15万円以上の各階級の階級値を1.25倍します。月収20万円台前半の階級の教員は,22.5×1.25 ≒ 28.1万円の月収とみなすわけです。月収15万円未満の階級は,ほとんどが職なし非常勤教員ですので,据え置きとします。
このような操作をした上でジニ係数を再計算してみました。大学全体の結果は1989年が0.242,2010年が0.326です。私立大学は,1989年が0.278,2010年が0.374です。
私立大学の現在値は,危険水準の0.4にぐっと近くなります。補正倍率1.25を1.50として計算すると,2010年の私立大学のジニ係数は0.396となります。こちらは,暴動が起きかねない危険状態の一歩手前です。
①月収据え置き(素計算),②専任教員の月収1.25倍,③専任教員の月収1.50倍,という3バージョンのジニ係数を出してみました。その結果を表に整理しておきます。
どの計算結果を支持するかは,各人にお任せします。③のモデルは非現実的といわれるかもしれませんが,専任教員に支給されるボーナスって,何か月分くらいが相場なんだろう・・・。研究費や各種の保険なども考えれば,実際の年収額は,(月収×12)の1.5倍になることもあり得るんじゃないかしらん。そうだとしたら,私立大学のジニ係数の現在値は0.396。恐ろしや。
2008年6月8日,東京の秋葉原電気街にて,25歳の派遣労働者による無差別殺傷事件が起こりました。今度このような惨劇が起きるのは,もしかすると大学のキャンパスの中かもしれません。
ところで,本資料の統計表をよくみると,何と何と,大学教員の月収分布(5万円刻み)が掲載されいるではありませんか。これを使えば,大学教員社会のジニ係数を,より精緻な形で算出することができます。文科省の『学校教員統計』は,本当に「宝の山」です。
2010年の同資料によると,同年10月1日時点の大学の本務教員数は172,728人です。下記サイトの表188から,この17万2千人の教員の月収額分布(5万円刻み)を知ることができます。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001038417&cycode=0
しかるに大学教育は,大学に正規に属する本務教員(専任教員)だけによって担われているのではありません。授業をするためだけに雇われている兼務教員(非常勤教員)も,かなりの部分を担当しています。人件費削減のため,非常勤教員の比重が増してきていることは,4月2日の記事でみた通りです。
大学教員社会内部の給与格差を問題にする際は,専任教員のみならず非常勤教員も考慮に入れる必要があります。
なお非常勤教員には,作家や研究所勤務など,大学以外に本務先がある「定職あり非常勤教員」と,そのような本務先がなく,大学の非常勤をメインに生計を立てている「定職なし非常勤教員」がいます。ここでは,「定職あり非常勤」は考慮しないこととします。数が少ないこともありますが,彼らは本務の片手間に非常勤をやっている人間であり,自らのアイデンティティの拠り所を大学に置いている者はいないと考えられるからです。
しかるに,定職がない非常勤教員は違います。本職がない彼らは,観念の上では,非常勤先の大学を自らの職場と思っています。対外的には,「**大学非常勤講師」を名乗ります(名乗らざるを得ません)。非常勤の給与だけでやっている彼らは,大学内部の格差の問題にはとてもセンシティヴです。
職なし非常勤教員の数は,82,844人なり(2010年)。専任と非常勤を合わせた広義の大学教員数の4分の1を占めます。決して無視できる存在ではありません。彼らをオミットして,専任教員のみの給与分布からジニ係数を出しても,何のリアリティもない数字が出てくるだけでしょう。
ここでは,大学教員をして,専任教員と職なし非常勤教員の合算値と考えることにします。2010年における,この意味での大学教員は255,572人です。21年前の1989年は136,499人。両年次の大学教員の月収分布をみてみましょう。職なし非常勤教員は,最も低い階級(15万円未満)に含めました。Why?と思われる方は,下記のサイトでもご覧あれ。
http://www.j-cast.com/2009/05/06040504.html
両年とも,月収15万円以下の者が最多ですが,2010年では全体の33.4%がこの階級に含まれます。そのほとんどが職なし非常勤教員であることは言うまでもありません。1990年代以降の大学院重点化政策の影響がまざまざと表れています。
またこの20年間において,高収入層のシェアが高まっいることも注目されます。月収50万以上の層の比率は,1989年では15.8%でしたが,2010年では25.2%となっています。
現在では,大学教員の3人に1人が月収15万未満の貧困層である一方,4人に1人が50万以上の富裕層です。一昔前に比べて,上下への分極化傾向が進んでいることが知られます。換言すると,収入格差の拡大傾向です。
それでは,上図の月収分布のデータから,ジニ係数を出してみましょう。度数分布からジニ係数を出す場合,人数と富量の累積相対度数を出すのでしたよね。下表は,2010年の計算過程の数字です。
それぞれの階級に含まれる者の月収は,一律に真ん中の階級値であるとみなします。たとえば20万円台前半の3,918人は,月収22.5万円と考えるわけです。
富量は,人数に階級値を乗じた値です。それぞれの階級の教員に配分された富(income)の量に相当します。全階級の富量を合計すると,891億4千万円なり。2010年では,1か月あたりおよそ891億円の富が大学教員にもたらされたことになります。
さて問題は,この莫大な富が各階級の教員にどう配分されているかです。中央の相対度数の欄をみると,悲しいかな,その配分構造にはかなりの偏りがあることが知られます。15万円未満の層は,人数の上では全体の33%を占めますが,受け取った富の量は全体の12%にすぎません。一方,全体の25%しか占めない50万以上の層が,富全体の43%をもせしめています。
こうした偏りは,右欄の累積相対度数をみるともっとわかりやすいでしょう。教員の55%は月収40万未満ですが,彼らに配分された富は,全体の32%ほどです。逆にいえば,残りの68%の富は,それよりも上の階級に占有されていることになります。
ジニ係数とは,上表でいう「人数」と「富量」の分布がどれほどズレているかに注目するものです。横軸に人数,縦軸に富量の累積相対度数をとった座標上に各階級をプロットし,それらを結んだ曲線を描きます。この曲線がローレンツ曲線です。
1989年と2010年のローレンツ曲線を描いてみました。なお,大学全体(国公私立大学)とは別に,私立大学のみの曲線も描きました。私立大学の教員数(=専任教員+職なし非常勤教員)は,1989年が74,029人,2010年が167,972人であることを申し添えます。
大学全体でみても私立大学だけでみても,ローレンツ曲線の底が深くなってきています。このことは,大学教員社会における収入格差が拡大していることを意味します。全体と私立を比べると,曲線の底が深いのは後者であるようです。私立のほうが,職なし非常勤教員への依存度が高いためでしょう。
さて,求めるジニ係数は,対角線と曲線で囲まれた面積を2倍した値です。図の色つき部分の面積を2倍することになります。詳細な計算の仕方は,昨年の7月11日の記事をご覧ください。
算出されたジニ係数の値を示します。大学全体では,1989年は0.231,2010年は0.302です。私立大学は,1989年が0.263,2010年が0.343です。この20年間で,格差が拡大していることが明らかです。
以前に比してジニ係数がアップしていることは分かりましたが,2010年の0.302~0.343という値の絶対水準をどう評価したものでしょう。一般に,ジニ係数0.4以上が,社会が不安定化する恐れのある危険水域といわれます。現時点ではこの水準にまで達していませんが,今後どうなることやら。
ところで,今出したジニ係数は,現実のものよりも低いものとみなければなりません。計算に使ったデータが,諸手当を含まない月収のものであるからです。専任教員にはあって非常勤教員にはないもの,それはボーナスなどの諸手当です。
他にも問題はいろいろありますが,ひとまずこの点を補正し,より現実に近い値を試算してみましょう。やり方は簡単です。月収15万円以上の各階級の階級値を1.25倍します。月収20万円台前半の階級の教員は,22.5×1.25 ≒ 28.1万円の月収とみなすわけです。月収15万円未満の階級は,ほとんどが職なし非常勤教員ですので,据え置きとします。
このような操作をした上でジニ係数を再計算してみました。大学全体の結果は1989年が0.242,2010年が0.326です。私立大学は,1989年が0.278,2010年が0.374です。
私立大学の現在値は,危険水準の0.4にぐっと近くなります。補正倍率1.25を1.50として計算すると,2010年の私立大学のジニ係数は0.396となります。こちらは,暴動が起きかねない危険状態の一歩手前です。
①月収据え置き(素計算),②専任教員の月収1.25倍,③専任教員の月収1.50倍,という3バージョンのジニ係数を出してみました。その結果を表に整理しておきます。
どの計算結果を支持するかは,各人にお任せします。③のモデルは非現実的といわれるかもしれませんが,専任教員に支給されるボーナスって,何か月分くらいが相場なんだろう・・・。研究費や各種の保険なども考えれば,実際の年収額は,(月収×12)の1.5倍になることもあり得るんじゃないかしらん。そうだとしたら,私立大学のジニ係数の現在値は0.396。恐ろしや。
2008年6月8日,東京の秋葉原電気街にて,25歳の派遣労働者による無差別殺傷事件が起こりました。今度このような惨劇が起きるのは,もしかすると大学のキャンパスの中かもしれません。
2012年5月6日日曜日
子どもの日にちなんで
昨日(5月5日)は,子どもの日でした。そのためか,県別の子どもの幸福度指数を明らかにした2月18日の記事の閲覧頻度が急に上がっています。「はて?」と思い,暦をふと見たところ,ああそうだったと気づいた次第です。
子どもの日・・・。申すまでもなく,社会は子どもと大人から成るのですが,両者の構成は昔に比べて著しく変化してきています。子どもの年齢的な定義はいろいろありますが,ひとまず20歳未満と広くとることにしましょう。この意味での子どもが,全人口の何%ほどいるかご存知ですか。
遅ればせながら,子どもの日にちなんで,子どもの量に関する統計数値をみてみましょう。ただ,「2010年現在の値は*%です」というだけでは,何のリアリティも伝わりません。わが国の現在値を,時代軸と空間軸で相対視してみようと思います。
まずは時代軸。わが国の年齢別の人口統計は,1884年(明治17年)のものから知ることができます。私は,20歳未満の「子ども」とそれ以外の「大人」の構成の変化を,おおよそ5年刻みでたどってみました。2060年までの将来予測のデータも加味しています。2005年までは総務省統計局の「長期統計系列」,2010年以降は国立社会保障・人口問題研究所の将来人口予測(中位推計)の統計を参照しました。
http://www.stat.go.jp/data/chouki/02.htm
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/newest04/sh2401smm.html
上記グラフの始点の1884年では,子ども4:大人6という組成でした。子ども人口比率は明治・大正期にかけてゆるやかに上昇し,1940年(昭和15年)には46.9%とピークを迎えます。半数近くが,20歳未満の子どもだったわけです。余談ですが,この年は私の母の生年です。
戦前の日本は,石を投げればほぼ半分の確率で子どもに当たる社会でした。しかるに,戦後にかけて状況はドラスティックに変わります。
子ども人口比率は,1950年以降,明らかな「右下がり」傾向に転じます。1950年では45.7%だったのが,四半世紀後の1975年には31.4%になり,世紀の変わり目の2000年には20.5%,ほぼ2割にまで減りました。この半世紀間で,子ども人口比率は半分以下に減ったことが知られます。
戦後の高度経済成長により,日本は豊かになりました。寿命が延びる一方で,子どもは少なく産んで大事に育てようという気風が高まりました。死ぬ者が減るとともに,産まれる者も減ったわけです。「多産多死」の社会から,「少産少死」の社会に変わったといえましょう。
2010年(平成22年)現在の子ども人口は,実数にして約2,300万人,総人口に占める比率は17.9%です。今後,この比率はさらに低下することが見込まれており,2060年には12.7%になるであろうと予測されています。今から半世紀後の日本では,大人が人口のほぼ9割を占める社会になっているわけです。「少子高齢化」,恐るべし。
次に空間軸です,2010年現在の日本の子ども人口比率(17.9%)を,世界の他国と比較してみます。総務省統計局『世界の統計2012』から,世界の54か国(日本含む)の年齢別人口を知ることができます。私は,この54か国の子ども人口比率を計算しました。用いたのは,下記サイトの表2-7の統計です。
http://www.stat.go.jp/data/sekai/02.htm
各国の子どもの絶対数に関心をお持ちの方もおられると思うので,分子と分母のロー・データも提示いたします。単位は千人です。
右端の子ども人口比率をご覧ください。まず日本の値(17.9%)の位置を指摘すると,54か国中最下位です。わが国は,世界の主要国の中で最も少子化が進んだ社会であることが知られます。
子ども人口率が2割を切る数字は青色にしましたが,イタリア,ギリシャ,スペイン,およびドイツといった,多くは南欧の社会において,わが国と同じくらい少子化が進行しているようです。
反対に,子ども人口比率が高い社会は如何。54か国中の最大値は,アフリカのタンザニアの54.7%です。この国では,大人よりも子ども(20歳未満)が多いことになります。寿命が短く,かつ出生率が高い「多産多死」型の社会であるが故でしょう。
子ども率が50%を超えるのは,タンザニアのほか,パキスタン,エチオピア,そしてナイジェリア。40%以上の数値(赤色)は,アジアやアフリカ圏に多く分布しています。
今更声を大にして言うことではありませんが,現在のわが国は,少子高齢化が著しく進んだ社会であることが分かりました。このような社会変化に見合った,各種の制度構築が求められるところです。文科省では,「超高齢社会における生涯学習の在り方に関する検討会」という組織を設け,今後ますます増大していく大人をも射程に入れた教育システムの在り方を審議している模様です。
http://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/koureisha/1311363.htm
結構なことだと思います。量的にますますやせ細っていく子どもに対し,多くの大人(教育関係者,評論家・・・)がハイエナのごとく群がってばかりのような状況は,好ましいとはいえますまい。人口構成の変化による子どもの発達の歪み,子どもに対する眼差し「過剰」の社会がはらむ問題については,3月12日の記事をご覧いただければと存じます。
子どもの日・・・。申すまでもなく,社会は子どもと大人から成るのですが,両者の構成は昔に比べて著しく変化してきています。子どもの年齢的な定義はいろいろありますが,ひとまず20歳未満と広くとることにしましょう。この意味での子どもが,全人口の何%ほどいるかご存知ですか。
遅ればせながら,子どもの日にちなんで,子どもの量に関する統計数値をみてみましょう。ただ,「2010年現在の値は*%です」というだけでは,何のリアリティも伝わりません。わが国の現在値を,時代軸と空間軸で相対視してみようと思います。
まずは時代軸。わが国の年齢別の人口統計は,1884年(明治17年)のものから知ることができます。私は,20歳未満の「子ども」とそれ以外の「大人」の構成の変化を,おおよそ5年刻みでたどってみました。2060年までの将来予測のデータも加味しています。2005年までは総務省統計局の「長期統計系列」,2010年以降は国立社会保障・人口問題研究所の将来人口予測(中位推計)の統計を参照しました。
http://www.stat.go.jp/data/chouki/02.htm
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/newest04/sh2401smm.html
上記グラフの始点の1884年では,子ども4:大人6という組成でした。子ども人口比率は明治・大正期にかけてゆるやかに上昇し,1940年(昭和15年)には46.9%とピークを迎えます。半数近くが,20歳未満の子どもだったわけです。余談ですが,この年は私の母の生年です。
戦前の日本は,石を投げればほぼ半分の確率で子どもに当たる社会でした。しかるに,戦後にかけて状況はドラスティックに変わります。
子ども人口比率は,1950年以降,明らかな「右下がり」傾向に転じます。1950年では45.7%だったのが,四半世紀後の1975年には31.4%になり,世紀の変わり目の2000年には20.5%,ほぼ2割にまで減りました。この半世紀間で,子ども人口比率は半分以下に減ったことが知られます。
戦後の高度経済成長により,日本は豊かになりました。寿命が延びる一方で,子どもは少なく産んで大事に育てようという気風が高まりました。死ぬ者が減るとともに,産まれる者も減ったわけです。「多産多死」の社会から,「少産少死」の社会に変わったといえましょう。
2010年(平成22年)現在の子ども人口は,実数にして約2,300万人,総人口に占める比率は17.9%です。今後,この比率はさらに低下することが見込まれており,2060年には12.7%になるであろうと予測されています。今から半世紀後の日本では,大人が人口のほぼ9割を占める社会になっているわけです。「少子高齢化」,恐るべし。
次に空間軸です,2010年現在の日本の子ども人口比率(17.9%)を,世界の他国と比較してみます。総務省統計局『世界の統計2012』から,世界の54か国(日本含む)の年齢別人口を知ることができます。私は,この54か国の子ども人口比率を計算しました。用いたのは,下記サイトの表2-7の統計です。
http://www.stat.go.jp/data/sekai/02.htm
各国の子どもの絶対数に関心をお持ちの方もおられると思うので,分子と分母のロー・データも提示いたします。単位は千人です。
右端の子ども人口比率をご覧ください。まず日本の値(17.9%)の位置を指摘すると,54か国中最下位です。わが国は,世界の主要国の中で最も少子化が進んだ社会であることが知られます。
子ども人口率が2割を切る数字は青色にしましたが,イタリア,ギリシャ,スペイン,およびドイツといった,多くは南欧の社会において,わが国と同じくらい少子化が進行しているようです。
反対に,子ども人口比率が高い社会は如何。54か国中の最大値は,アフリカのタンザニアの54.7%です。この国では,大人よりも子ども(20歳未満)が多いことになります。寿命が短く,かつ出生率が高い「多産多死」型の社会であるが故でしょう。
子ども率が50%を超えるのは,タンザニアのほか,パキスタン,エチオピア,そしてナイジェリア。40%以上の数値(赤色)は,アジアやアフリカ圏に多く分布しています。
今更声を大にして言うことではありませんが,現在のわが国は,少子高齢化が著しく進んだ社会であることが分かりました。このような社会変化に見合った,各種の制度構築が求められるところです。文科省では,「超高齢社会における生涯学習の在り方に関する検討会」という組織を設け,今後ますます増大していく大人をも射程に入れた教育システムの在り方を審議している模様です。
http://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/koureisha/1311363.htm
結構なことだと思います。量的にますますやせ細っていく子どもに対し,多くの大人(教育関係者,評論家・・・)がハイエナのごとく群がってばかりのような状況は,好ましいとはいえますまい。人口構成の変化による子どもの発達の歪み,子どもに対する眼差し「過剰」の社会がはらむ問題については,3月12日の記事をご覧いただければと存じます。
2012年5月5日土曜日
東京の家賃地図
この4月から,武蔵野大学の有明キャンパスがオープンしました。政経学部や環境学部などは,これまでの武蔵野キャンパス(西東京市)から有明キャンパス(江東区)へと移転になったようです。
これに伴い,引っ越しを迫られた学生さんも少なくないと思います。「都心だと家賃が高いんでツライです・・・」。こういう声をよく聞きます。そうでしょうね。
2008年の総務省『住宅・土地統計調査』から,都内23区(特別区部)の借家居住世帯の家賃分布を知ることができます。家計支持者が25歳未満の世帯の家賃分布をみてみましょう。このグループには,単身の学生さんも多く含まれると思われます。下表は,下記サイトの「市区町村表31」から作成したものです。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001025143&cycode=0
23区の借家住まいの若年世帯は209万世帯ですが,このうちの3割弱が,家賃6~8万円台の物件に住んでいます。しかし,全体の7割近くが家賃6万円以上です。さすが都心。
私は学生の頃,家賃4万円のアパートに住んでいましたが,都心では,このレベルの物件の居住者は相当のマイノリティです。家賃が2万円以下の激安物件もあるようですが,いわゆる「ワケあり」物件か,大家さんが親類者というようなケースが多いのではないでしょうか。
上記の分布から平均値を出すと,およそ8万円なり。私の印象ですが,「高い!」ですね。冒頭で紹介した,学生さんの悲痛の声も分かろうというものです。武蔵野キャンパス近辺の物件に比したら,家賃水準はかなりアップしていることでしょう。
東京都内の家賃相場には,どれくらいの地域差があるのでしょう。上記の資料から,上表と同じデータを,都内の市区町別に出すことができます。私は,家賃の平均額をもとに各地域を塗り分けた「家賃地図」をつくってみました。
ご覧ください。きれいな「東高西低」型です。最高の港区と最低の羽村市で5万円以上違うこともさることながら,東西でこうもくっきりと色分けされることに驚かされます。キャンパスの新設に伴い,西から東へと移動を強いられた学生さんのお気持ち,お察しします。まあ,複数のキャンパスを擁しているのはウチの大学だけではないので,悪しからず。
でも,図をよくみると,東の区部の中に,白色の地域が一つだけあります。23区にあって,平均家賃が5万円未満の地域です。それは江東区。おお,武蔵野大学の有明キャンパスがある区ではないですか。学生さん向けの格安物件が多い地域なのでしょうか。
今回は東京だけの地図にとどまりましたが,隣接する3県も含めた「首都圏の家賃マップ」をつくったら面白いだろうな。地方から上京してくる学生さんの参考にもなるかも。
ちなみに,私が居住している多摩市の平均家賃は5万7千円なり。私のアパートの家賃は?決して高くはありません。
これに伴い,引っ越しを迫られた学生さんも少なくないと思います。「都心だと家賃が高いんでツライです・・・」。こういう声をよく聞きます。そうでしょうね。
2008年の総務省『住宅・土地統計調査』から,都内23区(特別区部)の借家居住世帯の家賃分布を知ることができます。家計支持者が25歳未満の世帯の家賃分布をみてみましょう。このグループには,単身の学生さんも多く含まれると思われます。下表は,下記サイトの「市区町村表31」から作成したものです。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001025143&cycode=0
23区の借家住まいの若年世帯は209万世帯ですが,このうちの3割弱が,家賃6~8万円台の物件に住んでいます。しかし,全体の7割近くが家賃6万円以上です。さすが都心。
私は学生の頃,家賃4万円のアパートに住んでいましたが,都心では,このレベルの物件の居住者は相当のマイノリティです。家賃が2万円以下の激安物件もあるようですが,いわゆる「ワケあり」物件か,大家さんが親類者というようなケースが多いのではないでしょうか。
上記の分布から平均値を出すと,およそ8万円なり。私の印象ですが,「高い!」ですね。冒頭で紹介した,学生さんの悲痛の声も分かろうというものです。武蔵野キャンパス近辺の物件に比したら,家賃水準はかなりアップしていることでしょう。
東京都内の家賃相場には,どれくらいの地域差があるのでしょう。上記の資料から,上表と同じデータを,都内の市区町別に出すことができます。私は,家賃の平均額をもとに各地域を塗り分けた「家賃地図」をつくってみました。
ご覧ください。きれいな「東高西低」型です。最高の港区と最低の羽村市で5万円以上違うこともさることながら,東西でこうもくっきりと色分けされることに驚かされます。キャンパスの新設に伴い,西から東へと移動を強いられた学生さんのお気持ち,お察しします。まあ,複数のキャンパスを擁しているのはウチの大学だけではないので,悪しからず。
でも,図をよくみると,東の区部の中に,白色の地域が一つだけあります。23区にあって,平均家賃が5万円未満の地域です。それは江東区。おお,武蔵野大学の有明キャンパスがある区ではないですか。学生さん向けの格安物件が多い地域なのでしょうか。
今回は東京だけの地図にとどまりましたが,隣接する3県も含めた「首都圏の家賃マップ」をつくったら面白いだろうな。地方から上京してくる学生さんの参考にもなるかも。
ちなみに,私が居住している多摩市の平均家賃は5万7千円なり。私のアパートの家賃は?決して高くはありません。
2012年5月3日木曜日
高学歴ワーキングプア
「ワーキングプア」とは,字のごとく,「働く貧困層」と訳されます。就労しているにもかかわらず,最低限の生活を維持するに足りるだけの収入しか得ることができない人々です。略称「ワープア」。現代社会を風刺する,最先端の流行語の一つといってよいでしょう。
昨今の不況のなか,この手のワープアに括られる人間の数は増えてきています。2007年の総務省『就業構造基本調査』によると,有業者(パート,バイト等含む)6,598万人のうち,年間所得が200万円未満の者は2,226万人だそうです。比率にすると33.7%。所得の区切りが妥当であるかは分かりませんが,働く人間の3人に1人がワープア,ないしはそれに近い状態にあることが知られます。
ところで,この言葉に「高学歴」という語を冠すると,「高学歴ワーキングプア」という熟語ができあがります。2007年10月に刊行された,水月昭道さんの『高学歴ワーキングプア-フリーター生産工場としての大学院-』(光文社新書)は,大学院博士課程修了の学歴を持ちながらも定職に就けず,月収15万円ほどの非常勤講師で食いつないでいる輩が少なからず存在することを,世に知らしめてみせました。
http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334034238
「高学歴」と「ワーキングプア」という,いかにも無縁そうな2つの要素が,実は分かちがたく結びついていることを暴いてみせた,本書の功績は大きいというべきでしょう。本書の刊行以降,「高学歴ワーキングプア」という言葉は市民権を持ち,『イミダス』や『現代用語の基礎知識』のような書物にも掲載されています。
ちなみに,大学院博士課程を修了しても定職に就けない「無職博士」が増えてきていることは,このブログでも繰り返し書いてきました。少子化により大学の雇用口の減少が明らかであるにもかかわらず,1990年代以降,大学院の定員(教員予備軍)が大幅に増やされました。その結果,大学教員市場の需要と供給のバランスが崩壊し,今しがた述べたようなよからぬ事態がもたらされています。
「高学歴なのにワープア?そういう人ってどれいくらいいるの?」。こういう関心をお持ちの方も多いかと思います。上記の水月さんの本では,おおよその見積もり値が指摘されていますが,ここではもう少し厳密にその量的規模を押さえてみようと存じます。
ある現象の量(magnitude)を統計で把握するには,操作的な定義が必要になります。ここでは,高学歴ワーキングプアをして,「大学院修了の有業者のうち,年間所得が200万円未満の者」という定義を置くこととします。
総務省『就業構造基本調査』から,有業者(パート,バイト等含む)の年間所得分布を学歴別に知ることができます。最新の2007年調査によると,大学院修了の有業者は127万人となっています。有業者全体の1.9%です。この層の年間所得分布は下図のようです。下記サイトの表41のデータをもとに作図しました。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001013824&cycode=0
最も多いのは,1,000万以上1,500万未満の階層です。多くは,大学の年輩教授でしょう。次に多いのは400万円台。助教や専任講師あたりでしょうか。この分布から平均値を出すと,だいたい700万円くらいです。
さて,問題の高学歴ワーキングプアは,上図の赤色の部分です。その数,88,500人なり。大学院修了の学歴を持ちながらも,年収200万円未満の貧困生活にあえいでいる人たちです。このうちのほとんどは,激安の給与で働く(働かされる)大学の専業非常勤教員でしょう。
4月2日の記事でみたところによると,2007年の大学・短大の専業非常勤教員の数は83,668人です。奇しくも,ここで明らかにした高学歴WPの数と近似しています。両者の差分は,非常勤講師の職すら得られず,肉体労働などで糊口をしのいでいる輩ではないかしらん。
2007年の高学歴WP88,500人の属性をみてみましょう。性,年齢,職業,および50万円刻みの所得階層の分布をみてみます。出所は,上図と同じです。
性別は,男女がほぼ半々です。年齢は,20代後半から30代前半が最も多くなっています。しかるに,35歳以上の者が全体の6割を占める点に注視すべきでしょう。「35歳の壁」といいますが,このラインを超えると正規雇用の道は相当厳しくなるのも事実です。
前掲の水月さんの本の帯に「非常勤講師とコンビニのバイトで月収15万円。正規雇用の可能性ほぼゼロ」というフレーズが記されていますが,このことは,とりわけ「高齢」高学歴WPに当てはまるといえましょう。
職業では,専門・技術職が6割と最多です。非常勤講師は一応は「専門職」ですので,さもありなんです。生産工程・労務のような肉体労働従事者が全体の7%ほどいます。その数,約6,200人。販売職・サービス職はおよそ8,700人。水月さんの本で紹介されている,コンビニでバイトする文学博士(女性)は,そのうちの一人でしょう。彼,彼女らは,採用面接で履歴書を出した際,さぞ好奇の眼差しを向けられたことでしょう。「これほどの能力を持ちながら何で・・・」。
最後に所得分布ですが,50万刻みの4つの層にほぼ均分されています。半数以上が年収100万未満です。とうてい生を維持できるレベルではありません。配偶者がいるか,親元(実家)にパラサイトしている者と思われます。
今回みたのは2007年のデータですが,もっと直近ではどうなっているのかしらん。4月2日の記事によると,大学・短大の専業非常勤教員の数は83,668人から92,655人へと1.107倍に増えています。この増加倍率を適用すると,2010年の高学歴WP数は約9万8千人と推計されます。おお,水月さんの本でいわれている「10万人」にほぼ近い値です。
今年(2012年)は,総務省の上記調査の実施年です。この調査結果から検出される,高学歴WPの数はどれほどになっていることやら。10万人を突破していることは間違いありますまい。
ワーキングプアが増えることはよろしくないことですが,高学歴ワーキングプアが増えることは,もっと深刻な問題をはらんでいます。それは,莫大な税金で育成した知的資源の浪費という,金勘定の上だけのものにとどまりません。米国のフリーマンという経済学者の筆になる『大学出の価値-教育過剰社会-』(1977年刊行)の一文を引用します。
「多数の高学歴者が希望通りの経歴をふむことができなかったり,また大学を出てから,自分の立場をより良くする道が見出せない場合,彼らの中には政治的過激運動に走る者も出てくるおそれがある」(訳書,230頁)。
多大な資源を投入して,社会を覆しかねない危険因子を育成する。こんな馬鹿げたことはありますまい。
昨今の不況のなか,この手のワープアに括られる人間の数は増えてきています。2007年の総務省『就業構造基本調査』によると,有業者(パート,バイト等含む)6,598万人のうち,年間所得が200万円未満の者は2,226万人だそうです。比率にすると33.7%。所得の区切りが妥当であるかは分かりませんが,働く人間の3人に1人がワープア,ないしはそれに近い状態にあることが知られます。
ところで,この言葉に「高学歴」という語を冠すると,「高学歴ワーキングプア」という熟語ができあがります。2007年10月に刊行された,水月昭道さんの『高学歴ワーキングプア-フリーター生産工場としての大学院-』(光文社新書)は,大学院博士課程修了の学歴を持ちながらも定職に就けず,月収15万円ほどの非常勤講師で食いつないでいる輩が少なからず存在することを,世に知らしめてみせました。
http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334034238
「高学歴」と「ワーキングプア」という,いかにも無縁そうな2つの要素が,実は分かちがたく結びついていることを暴いてみせた,本書の功績は大きいというべきでしょう。本書の刊行以降,「高学歴ワーキングプア」という言葉は市民権を持ち,『イミダス』や『現代用語の基礎知識』のような書物にも掲載されています。
ちなみに,大学院博士課程を修了しても定職に就けない「無職博士」が増えてきていることは,このブログでも繰り返し書いてきました。少子化により大学の雇用口の減少が明らかであるにもかかわらず,1990年代以降,大学院の定員(教員予備軍)が大幅に増やされました。その結果,大学教員市場の需要と供給のバランスが崩壊し,今しがた述べたようなよからぬ事態がもたらされています。
「高学歴なのにワープア?そういう人ってどれいくらいいるの?」。こういう関心をお持ちの方も多いかと思います。上記の水月さんの本では,おおよその見積もり値が指摘されていますが,ここではもう少し厳密にその量的規模を押さえてみようと存じます。
ある現象の量(magnitude)を統計で把握するには,操作的な定義が必要になります。ここでは,高学歴ワーキングプアをして,「大学院修了の有業者のうち,年間所得が200万円未満の者」という定義を置くこととします。
総務省『就業構造基本調査』から,有業者(パート,バイト等含む)の年間所得分布を学歴別に知ることができます。最新の2007年調査によると,大学院修了の有業者は127万人となっています。有業者全体の1.9%です。この層の年間所得分布は下図のようです。下記サイトの表41のデータをもとに作図しました。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001013824&cycode=0
最も多いのは,1,000万以上1,500万未満の階層です。多くは,大学の年輩教授でしょう。次に多いのは400万円台。助教や専任講師あたりでしょうか。この分布から平均値を出すと,だいたい700万円くらいです。
さて,問題の高学歴ワーキングプアは,上図の赤色の部分です。その数,88,500人なり。大学院修了の学歴を持ちながらも,年収200万円未満の貧困生活にあえいでいる人たちです。このうちのほとんどは,激安の給与で働く(働かされる)大学の専業非常勤教員でしょう。
4月2日の記事でみたところによると,2007年の大学・短大の専業非常勤教員の数は83,668人です。奇しくも,ここで明らかにした高学歴WPの数と近似しています。両者の差分は,非常勤講師の職すら得られず,肉体労働などで糊口をしのいでいる輩ではないかしらん。
2007年の高学歴WP88,500人の属性をみてみましょう。性,年齢,職業,および50万円刻みの所得階層の分布をみてみます。出所は,上図と同じです。
性別は,男女がほぼ半々です。年齢は,20代後半から30代前半が最も多くなっています。しかるに,35歳以上の者が全体の6割を占める点に注視すべきでしょう。「35歳の壁」といいますが,このラインを超えると正規雇用の道は相当厳しくなるのも事実です。
前掲の水月さんの本の帯に「非常勤講師とコンビニのバイトで月収15万円。正規雇用の可能性ほぼゼロ」というフレーズが記されていますが,このことは,とりわけ「高齢」高学歴WPに当てはまるといえましょう。
職業では,専門・技術職が6割と最多です。非常勤講師は一応は「専門職」ですので,さもありなんです。生産工程・労務のような肉体労働従事者が全体の7%ほどいます。その数,約6,200人。販売職・サービス職はおよそ8,700人。水月さんの本で紹介されている,コンビニでバイトする文学博士(女性)は,そのうちの一人でしょう。彼,彼女らは,採用面接で履歴書を出した際,さぞ好奇の眼差しを向けられたことでしょう。「これほどの能力を持ちながら何で・・・」。
最後に所得分布ですが,50万刻みの4つの層にほぼ均分されています。半数以上が年収100万未満です。とうてい生を維持できるレベルではありません。配偶者がいるか,親元(実家)にパラサイトしている者と思われます。
今回みたのは2007年のデータですが,もっと直近ではどうなっているのかしらん。4月2日の記事によると,大学・短大の専業非常勤教員の数は83,668人から92,655人へと1.107倍に増えています。この増加倍率を適用すると,2010年の高学歴WP数は約9万8千人と推計されます。おお,水月さんの本でいわれている「10万人」にほぼ近い値です。
今年(2012年)は,総務省の上記調査の実施年です。この調査結果から検出される,高学歴WPの数はどれほどになっていることやら。10万人を突破していることは間違いありますまい。
ワーキングプアが増えることはよろしくないことですが,高学歴ワーキングプアが増えることは,もっと深刻な問題をはらんでいます。それは,莫大な税金で育成した知的資源の浪費という,金勘定の上だけのものにとどまりません。米国のフリーマンという経済学者の筆になる『大学出の価値-教育過剰社会-』(1977年刊行)の一文を引用します。
「多数の高学歴者が希望通りの経歴をふむことができなかったり,また大学を出てから,自分の立場をより良くする道が見出せない場合,彼らの中には政治的過激運動に走る者も出てくるおそれがある」(訳書,230頁)。
多大な資源を投入して,社会を覆しかねない危険因子を育成する。こんな馬鹿げたことはありますまい。
2012年5月1日火曜日
教員の学歴構成(国公私別)
4月10日の記事の記事では,公立学校教員の学歴構成を明らかにしたのですが,この記事を見てくださる方が多いようです。文科省の『学校教員統計調査』をくくればすぐに分かる基本情報ですが,案外知られていないのだなと,少しばかり意外な感じです。
そういえば,『学校教員統計調査』は,公共図書館には置いてないのだよなあ。私の地元の多摩市立図書館は言わずもがなですが,多摩地域で最大の府中市立中央図書館にもありません。都立中央図書館レベルになって,辛うじて最近のものが所蔵されています。
このことは,本資料の認知度が相当低いことを示唆しています。学校教員に関する貴重なデータが満載の資料であるだけに,何とも残念です。まあ最近は,官庁統計のほとんどはネット上で閲覧することができます。『学校教員統計調査』の場合,1989年度(平成元年度)版のものまでは,政府統計総合窓口(e-Stat)で見ることが可能です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172
潮木守一教授は,インターネット時代の到来のことを,「ポスト・グーテンベルク革命」と形容されています。15世紀の印刷術の発明に次ぐ,大きな情報革命という意味です。今後,ますます多くの文献や資料をネット上で閲覧できるようになるでしょう(無償で)。国立国会図書館では,所蔵資料の電子化が着々と進められています。あと10年もすれば,金がなくても学術研究ができる時代がやってくるのではないでしょうか。ありがたや。
さて本題です。言うまでもないことですが,学校には公立校のみならず,国立校や私立校もあります。中高の場合,私立校が少なからぬシェアを占めています。今回は,公立学校に加えて,国立学校や私立学校の教員の学歴構成も明らかにしてみようと思います。国私立校の場合,大学院卒の教員が多いのではないかしらん。
まずは,各学校段階の教員の設置者構成をみてみましょう。2010年の文科省『学校教員統計調査』によると,同年10月1日時点の幼稚園教員は11万人,小学校教員は39万人,中学校教員と高校教員はそれぞれ23万人ほどです。その設置者構成をまとめると,下表のようです。
小学校では全体の98%までが公立学校の教員ですが,幼稚園では8割が私立校です。中高では公立校がマジョリティですが,国私立の比率は中学が6.9%,高校が26.4%と,段階を上がるにつれて高くなります。
では,各学校段階について,教員の学歴構成を国公私別にみてみましょう。下図は,結果を帯グラフで表示したものです。
まず短大をみると,私立と公立では短大卒が大半ですが,国立では教員養成系大学卒が最も多くなっています。まあ,今回のデータでいうと,国立の幼稚園教員は327人しかいません。全体のわずか0.3%です。完全なマイノリティ集団ですが,この部分に注目すると,通説とは違った側面が見えてきます。
小・中・高校では,大学院卒業者の比率が「国>私>公」という形になっています。とくに高校段階で差が激しく,国立が46.0%,私立が17.5%,公立が12.8%,という具合です。国立の高校教員では,半分近くが大学院修了者なのですね。前掲の表にあるように,この集団は全体の0.2%しか占めない少数派ですが,これは発見でした。
国立学校の教員って,公立学校の優秀な教員をスカウトするのですよね。言ってみれば,選りすぐりの集団です。このことは,上図のような学歴構成の違いとなって表れているように思います。
私立学校では,一般大学卒業者の比重が比較的高いようです。同系列の大学の卒業者を優先的に雇い入れる,というようなことがあるのでしょうか。
一括りに語られがちな教員のすがたも,属性ごとにバラしてみると,一様ではないことが知られます。別に機会に,大学や短大といった高等教育機関の教員の学歴も観察してみることにしましょう。
そういえば,『学校教員統計調査』は,公共図書館には置いてないのだよなあ。私の地元の多摩市立図書館は言わずもがなですが,多摩地域で最大の府中市立中央図書館にもありません。都立中央図書館レベルになって,辛うじて最近のものが所蔵されています。
このことは,本資料の認知度が相当低いことを示唆しています。学校教員に関する貴重なデータが満載の資料であるだけに,何とも残念です。まあ最近は,官庁統計のほとんどはネット上で閲覧することができます。『学校教員統計調査』の場合,1989年度(平成元年度)版のものまでは,政府統計総合窓口(e-Stat)で見ることが可能です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172
潮木守一教授は,インターネット時代の到来のことを,「ポスト・グーテンベルク革命」と形容されています。15世紀の印刷術の発明に次ぐ,大きな情報革命という意味です。今後,ますます多くの文献や資料をネット上で閲覧できるようになるでしょう(無償で)。国立国会図書館では,所蔵資料の電子化が着々と進められています。あと10年もすれば,金がなくても学術研究ができる時代がやってくるのではないでしょうか。ありがたや。
さて本題です。言うまでもないことですが,学校には公立校のみならず,国立校や私立校もあります。中高の場合,私立校が少なからぬシェアを占めています。今回は,公立学校に加えて,国立学校や私立学校の教員の学歴構成も明らかにしてみようと思います。国私立校の場合,大学院卒の教員が多いのではないかしらん。
まずは,各学校段階の教員の設置者構成をみてみましょう。2010年の文科省『学校教員統計調査』によると,同年10月1日時点の幼稚園教員は11万人,小学校教員は39万人,中学校教員と高校教員はそれぞれ23万人ほどです。その設置者構成をまとめると,下表のようです。
小学校では全体の98%までが公立学校の教員ですが,幼稚園では8割が私立校です。中高では公立校がマジョリティですが,国私立の比率は中学が6.9%,高校が26.4%と,段階を上がるにつれて高くなります。
では,各学校段階について,教員の学歴構成を国公私別にみてみましょう。下図は,結果を帯グラフで表示したものです。
まず短大をみると,私立と公立では短大卒が大半ですが,国立では教員養成系大学卒が最も多くなっています。まあ,今回のデータでいうと,国立の幼稚園教員は327人しかいません。全体のわずか0.3%です。完全なマイノリティ集団ですが,この部分に注目すると,通説とは違った側面が見えてきます。
小・中・高校では,大学院卒業者の比率が「国>私>公」という形になっています。とくに高校段階で差が激しく,国立が46.0%,私立が17.5%,公立が12.8%,という具合です。国立の高校教員では,半分近くが大学院修了者なのですね。前掲の表にあるように,この集団は全体の0.2%しか占めない少数派ですが,これは発見でした。
国立学校の教員って,公立学校の優秀な教員をスカウトするのですよね。言ってみれば,選りすぐりの集団です。このことは,上図のような学歴構成の違いとなって表れているように思います。
私立学校では,一般大学卒業者の比重が比較的高いようです。同系列の大学の卒業者を優先的に雇い入れる,というようなことがあるのでしょうか。
一括りに語られがちな教員のすがたも,属性ごとにバラしてみると,一様ではないことが知られます。別に機会に,大学や短大といった高等教育機関の教員の学歴も観察してみることにしましょう。
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