2020年2月12日水曜日

理科の授業スタイルと理科嗜好・学力の関連

 教員志望者が減っているといいます。民間の好景気もありますが,教育のブラック労働が世に知れ渡り,学生の間で「教員離れ」が起きている可能性もあるでしょう。

 それに寄与したのは,教育社会学者が教員の過重労働を,データでぐうの音も出ぬほど明らかにしたことです。罪なことと思われるかもしれませんが,これを機に教員の働き方改革が進んでいるのですから,現実をしっかりと明らかにするって,大事なことだと感じます。

 その教育社会学者が手掛けている冷徹な仕事として,子どもの家庭環境と学力の相関分析というのがあります。「学力格差」という言葉がすっかり浸透していますので,どういう知見が出ているかはご存知ですよね。家庭環境に恵まれた子ほど学力が高い,子どもの学力は出身階層に規定される,というものです。それが教育達成,将来の地位達成の差に連なり,結果として世代間の地位の再生産,貧困の世代連鎖のようなことも起きるわけです。

 現場の教員としては,こういう事実をデータで突き付けられた時,驚きと同時に不快感(倦怠感)も生じることでしょう。子どもの学力は家庭環境に規定される,じゃあ自分たちの授業実践は無力なのかと。
 
 いやいや,そんなことはありません。教育というのは,子どもの内に潜んでいる資質の芽や可能性を引き出すことなんですが,それがどの程度できるかは,教えることのプロである教員の技量に左右されます。それを示すデータをご覧に入れましょう。

 IEAの国際学力調査「TIMSS 2015」では,中学校2年生に対し,理科の授業で教師はどういうことをするかと訊いています。「教師は生徒の発言をよく聞く」「実生活と関連付けて説明する」など,いろいろな項目を提示して反応をみる形式ですが,私は以下の項目への肯定率に注目しました。

 teacher does a variety of things to help learn

和訳すると,「児童・生徒の学習を促すため,教師は色々な工夫をする」って感じでしょうか。包括的ですが,授業への教師の熱意を測る指標としていいでしょう。この項目に対し「とても当てはまる(Agree a lot)」と答えた児童・生徒の率を出してみました。下記の集計ルーツによってです。
https://nces.ed.gov/surveys/international/ide/

 「TIMSS 2015」の対象は小学校4年生と中学校2年生ですが,横軸に前者,縦軸に後者の肯定率をとった座標上に,22の国を配置すると以下のようになります。小4と中2の両方のデータがある国に絞っていることを申し添えます。


 理科の授業で,教師がどれほど工夫をしているか。児童・生徒による評価ですが,日本は芳しくないようです。

 最も強い肯定の率は小4で46%,中2では21%でしかありません。他国と比して低くなっています。日本よりももっと左下にあるのは,お隣の韓国です。受験社会なので,理科の授業で実験や討議等のアクティブラーニングの頻度が低いのは想像できますし,データでも出したことがあります。
https://synodos.jp/education/2055/2

 右上には,イスラーム諸国が位置しています。国策として科学技術教育に力が入れられ,オイルマネーも注がれていると聞きますが,そういうお国柄なんで,理科の授業にも熱が入るのでしょうか。大国のアメリカも,授業の工夫度が高くなっています。

 あくまで子どもの評定で,これが真かどうかは分かりません。仮に的を射ているとしても,日本の教師を責めるのは筋違いでしょう。過密カリキュラムで,ALをしたり,生徒に細かな配慮をするゆとりはありませんし,教師は多忙で入念な授業準備もできない状態ですので。

 ちなみに児童・生徒の回答の選択肢は4つですが,日本の回答分布のパーセンテージは以下のようです。カッコ内の左は小4,右は中2の数値です。

 teacher does a variety of things to help learn
 ・Agree a lot (46,21)
 ・Agree a little (39,52)
 ・Disagree a little (11,21)
 ・Disagree a little (11,6)

 本題はここからで,これら4つの回答群ごとに,理科が好きという生徒の率,および理科の平均点を比べてみます。


 上の表は,「教師は理科の授業で,理解を促すための色々な工夫をする」という項目への回答に依拠して,児童・生徒を4つのグループに分け,理科嗜好と理科学力を出したものです。

 これによると,教師が理科の授業で工夫する度合いが高いグループほど,理科が好きという子の率が高く,理科の平均点も高いことが知られます。小4と中2とも,攪乱のないリニアな傾向です。

 小・中学校の段階では,学力や偏差値による振るい分けがまだされてませんので,教師が熱心な授業をするクラスに富裕層の子が多い,というようなことはないでしょう。上表の傾向に,出身階層の影響は混じっていないと考えられます。すなわち,教師がどういう授業をするかが,子どもの理科嗜好や学力に影響する,ということです。

 子どもの学力は出身階層に規定されますが,だからといって学校での実践が無力というのではありません。後者の影響が前者を上回るという希望すら持てます。生まれが貧しくとも,教え方次第で意欲や能力を引き出せる。

 そういえば,阪大の研究グループが「効果のある学校(effective school)」という研究をやってましたね。学区の住民の階層構成が低いが,学力テストで高い結果を出している学校を綿密に調べたものです。私自身,マクロ統計を使って同種の分析をしたことがあります。この論文は,教育社会学会の学会誌に載りました。
https://ci.nii.ac.jp/naid/130006906303

 教育社会学者が子どもの学力の社会的規定性を繰り返し実証するのは,現場の教師を失望させるためではありません。むしろ,教師を救うことを意図しています。子どもの学力の社会的規定性という事実を知らしめることで,「学テの結果を教員給与に反映させよう」なんていう愚策を防げます。貧困家庭の子どもを支援する政策のエビデンスにもなります。

 かといって,子どもの育ちはもっぱら環境に規定されるという宿命論に陥ってもなりません。実践によって,それを克服する余地は十分にあるのです。今回は,教師の授業スタイルの効果を見いだしたのですが,行政がなすべきは,不利な条件の学校の人員配置を手厚くする,学級規模を小さくするといった,制度・財政面の支援でしょう。

 現場の先生方は,専門職としての自分の力量が,目の前の子どものすがたを大きく変えることになる,という自覚(誇り)を持ち,日々研鑽に励んでいただきたいと思います。行政の側は,学校の働き方改革を断行し,教員が授業に注力できる環境を整える責務があるのです。日本の現状がそれとは隔たっていることが,最初の散布図から分かるかと思います。